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澁澤倉庫株式会社と渋沢史料館:りゅうごと天使 - 連携によるアーカイブズ展示 [後編]

澁澤倉庫株式会社と渋沢史料館:りゅうごと天使 - 連携によるアーカイブズ展示 [後編]

公益財団法人渋沢栄一記念財団 情報資源センター
2015年8月22日発行
[PDF版 (762.0KB) / English version]


<りゅうごと天使 - 連携によるアーカイブズ展示 目次>

[前編]

はじめに

1.特別展『森永のお菓子箱 エンゼルからの贈り物』(2011年11月3日~2012年1月9日、於・たばこと塩の博物館)

・たばこと塩の博物館
・森永製菓株式会社
・連携への道:目録整備・デジタル化を経て展覧会提案活動へ
・連携の実現:特別展『森永のお菓子箱 エンゼルからの贈り物』(2011年11月3日~2012年1月9日)
・連携の成果
・さらなる連携へ:北へ(盛岡へ)、南へ(佐賀・伊万里へ)
・[注]

[後編]

2.企画展「澁澤倉庫株式会社と渋沢栄一〜信ヲ万事ノ本ト為ス〜」(2012年3月17日~2012年5月27日、於・渋沢史料館)

澁澤倉庫株式会社
渋沢史料館
連携のはじまり
展示の内容とハイライト
展示の成果とその後の発展
 (1)会社が立地する江東区深川と澁澤倉庫とのつながりの再発見
 (2)営利企業と文化施設の協力
 (3)近隣小学校との交流の進展
 (4)さらなる連携へ:「企業の原点を探る」シリーズ

おわりに

[注]


2.企画展「澁澤倉庫株式会社と渋沢栄一〜信ヲ万事ノ本ト為ス〜」(2012年3月17日~2012年5月27日、於・渋沢史料館)

澁澤倉庫株式会社

 澁澤倉庫株式会社は本社を東京江東区永代に置く、倉庫業をはじめとする総合物流サービスを提供する企業です。2014年3月31日現在連結ベースで営業収益(売上高)546億8,900万円、資本金78億4,700万円、従業員数1,074名 1、営業種目は倉庫業、陸上運送業、海上運送業、港湾運送業、陸上・海上・航空運送の取扱業、陸海空複合貨物運送業及びその取扱業、通関業、医薬品・医薬部外品・化粧品及び医療機器の包装・表示及び保管業、不動産の売買・仲介・管理及び賃貸業、情報システムの企画・開発・販売及び運営管理業ほかです 2。日本国内では、運輸・倉庫関連業界の準大手企業とされています 3

 1897年、渋沢栄一(渋沢財団の創始者でもあります)を創業者(営業主)として「物流が、産業・経済発展のための大きな鍵となる」という考えの下、東京東部を流れる隅田川東岸に澁澤倉庫部として開業し、1909年に株式会社化しています。同社は、創業者没後の1933年に大阪を本拠とする浪華倉庫を合併し、日本国内の主要港湾を結ぶ本支店網を完成しました。1950年に東京証券取引所に株式を上場し、その後の高度経済成長期を迎え、倉庫と陸運・海運の営業一本化をはかり総合物流企業として発展しました。1969年に香港現地法人を設立したのを皮切りに、1970年にシンガポールに駐在員事務所を開設、1971年にアメリカ、西ドイツの各社と業務提携を進め、近年は中国の上海(2002年)、広州(2005年)、蘇州(2007年)、ベトナム・ホーチミン(2009年)、ハノイ(2011年)に現地法人あるいは駐在員事務所を開設し東アジア地域での事業拡大を進めています。

 社史は過去4回刊行されています。『澁澤倉庫株式会社三十年小史』(1931年)、『澁澤倉庫六十年史』(1959年)、『渋沢倉庫の80年』(1977年)、『澁澤倉庫百年史』(1999年)です。

渋沢史料館

 渋沢史料館は、近代日本経済社会の基礎を築いた渋沢栄一(1840~1931)の思想と行動を顕彰する財団法人である「渋沢青淵記念財団竜門社」(現公益財団法人渋沢栄一記念財団)の付属施設として、1982年、渋沢栄一の旧邸「曖依村荘」跡(現在東京都北区飛鳥山公園の一部)に設立された登録博物館です。

 渋沢栄一は生涯に約500の企業の育成に係わり、同時に約600の社会公共事業や民間外交にも尽力した人物として、「近代日本経済の父」「日本資本主義の父」としばしば呼ばれます。その思想と行動の特質は、企業活動を通じた公益の増進(「道徳経済合一説」)と、「官尊民卑の打破」にあると筆者は考えています。栄一の時代、商人・実業家は人間として一段低い存在と考えられてきたのですが、これに異をとなえ実業が社会に貢献することを栄一は生涯訴えつづけたのでした。1886年に結成された竜門社は、そのような栄一の思想に共鳴し、これに学ぼうとする若者たちの結社で、1924年に財団法人格を取得し、出版や講演会活動を通じて栄一を顕彰し、その思想の普及に努めてきました。『渋沢栄一伝記資料』全68巻(本編全58巻、別巻全10巻)は、第1巻を1944年に日本を代表する学術出版者岩波書店から発行され、1971年に最後の巻を世に送るまで、約30年にわたって財団が取り組んだ事業です。

 1982年に博物館を設置して以降、渋沢栄一という人物とその時代に関する展示を行ってきましたが、日本で最初に設立されたnational bank である第一国立銀行展をのぞいては、渋沢栄一が関わった個々の企業を取り上げた企業アーカイブズに関わる企画展は行われてきませんでした。

連携のはじまり

 渋沢財団では21世紀を迎え、あらためて財団のミッションを振り返る作業に取り組んできました。バブル経済の崩壊以後の長引く不況、2008年のリーマンショックによる経済の落ち込み、2011年3月の東日本大震災と原発事故といった日本の社会経済状況を背景に、新たに生まれてきた企画が「企業の原点を探るシリーズ」です 4。それはかつて栄一が関わり、今日なお事業を続けている企業の歴史を、その成りたちから振り返ることを通じて、現代社会における企業の存在意義を再考することを目指すものです。それは、これまでに例のない企業との連携企画でした。営利企業がそのアーカイブズを、非営利の博物館で展示した森永製菓とたばこと塩の博物館の試みは、ひとつのインスピレーションになりました 5

 2011年秋には渋沢史料館井上潤館長と桑原功一学芸員が澁澤倉庫と最初の接触を試み、以後2012年3月のオープニングに向けて準備を重ねました。

展示の内容とハイライト

序章   東京・深川を物流拠点に~渋沢栄一の物流構想~
第1章  ふたたび深川に倉庫会社を~澁澤倉庫部誕生~
第2章  倉庫業とは「公共的ノモノ」~物流の改革~
第3章  大震災後の復興と新たな物流構想
終章   澁澤倉庫株式会社に活きる「渋沢栄一」

 展示は、契約書、調査書、書簡、会社定款、貸借対照表などの事務書類、営業日報、支店長会議記録といった文書記録を中心に展示し、現代人に難解な展示物には適宜翻刻や詳細な解説を付けています。さらに明治以来の写真や、会社所蔵の渋沢栄一の書「信為万事本」(信ヲ万事ノ本ト為ス)の篇額、絵葉書、地図といった記録資料を用いて、地域において会社が果たしてきた人々の生活とのかかわりをビジュアルに示しました。倉庫業は企業向け業務が大きな割合を占め、一般の市民にとってはその業務が縁遠く感じられるものですが、この展示によって倉庫業というものに対する理解も深まったと筆者は考えます。

 展示でひときわ目をひいたのが、終章で展示された澁澤倉庫株式会社の印半纏です。これは倉庫現場での荷役業務を担当する受渡方が着用していたと伝えられるもので、背中には澁澤倉庫株式会社社章である「りゅうご」マークがあります。渋沢家は19世紀に藍玉取引によって家業を繁栄させます。その時の藍玉のトレードマークとして使われ出したものです。その元々の意味には諸説ありますが、澁澤倉庫には糸巻きに糸を巻いた姿に由来するといった言い伝えがあります(藍玉は糸の染色に用いられる)。つまり、「りゅうご」マークは渋沢栄一とのつながりを象徴するシンボルであり、そこに込められた意味は、実業における倫理を重視した創業者渋沢栄一のメッセージ「信為万事本」(信ヲ万事ノ本ト為ス)といえるでしょう。今回の連携展示は澁澤倉庫の歴史と企業文化を伝える格好の機会となりました。

図 2 - 「りゅうご」マークのついた澁澤倉庫の印半纏

The evolution of the Morinaga trademark
展示の成果とその後の発展

(1)会社が立地する江東区深川と澁澤倉庫とのつながりの再発見

この企画展で特に目立ったのは澁澤倉庫が立地する東京湾湾岸・江東地域の市民、文化財担当者、あるいは博物館関係者の来館です。(渋沢史料館は東京都北部の北区にあります)

 企画展終了後、澁澤倉庫の依頼によって、展示タペストリーの一部を渋沢史料館が澁澤倉庫に寄贈し、これは本社内の大会議室へつづく廊下に展示されました。澁澤倉庫の顧客を来社時に案内するほか、社内や一般の市民、地域の小学生たちがこれを見学に来社しました。これまでほとんど同社企業資料と無縁であった人々が、資料を見学し、同社とその地域の歴史を学ぶために会社を訪れるようになったことは、特別展以前とは大きな違いと言えます。

(2)営利企業と文化施設の協力

 博物館などの文化施設関係者は、その地域の歴史と密接に関係する企業の歴史や企業アーカイブズに関心をもっているのですが、企業の中にプロフェッショナルなアーキビストや学芸員が存在することがまれなため、文化施設と企業との間の交流はなかなかスムーズにいかない、という状況にありました。その点で、今回の連携の試みはこれまでにない企業と文化施設間協力の事例と言えます。

(3)近隣小学校との交流の進展

 展示後の2012年末から2013年1月にかけては、近隣の小学校4年生の先生が創業者渋沢栄一に関する学習を小学校で行うことの相談に来館されました。これはその後澁澤倉庫本店を会場に、小学生に対しアーカイブズを担当する総務部と渋沢史料館学芸員が授業を行うとともに、のちには小学校での出張授業も行っています。また、2013年11月1日には、全国レベルの小学校教諭の研修大会で、社会科の授業として「産業の発展に尽くした渋沢栄一」公開授業として取り上げられ、これにも澁澤倉庫総務部副部長と渋沢史料館学芸員がゲストティーチャーとして貢献しています。

(4)さらなる連携へ:「企業の原点を探る」シリーズ

 渋沢史料館では、澁澤倉庫との連携をさきがけとして、以後今年まで4つの企業団体と連携した企画展を開催してきました 6。いずれも渋沢栄一が創業や経営に深く関わり、現在まで事業を継続する100年以上の歴史を持つ会社です。東洋紡に至っては、紡績業から出発しつつも、現在は自動車や電子電機、ライフサイエンスなどの部材や素材を提供するスペシャルティケミカルメーカーへと変貌しています。このような企業にとっては、自らの来歴を知り、現在の顧客をはじめとするステークホールダーとのコミュニケーションのために企業資料は欠かせません。

 いずれの企業も所蔵する企業資料を外部に公開する施設をもたず、企業資料を媒介にした渋沢財団・渋沢史料館とのつながりも近年までは希薄でした。この「企業の原点を探る」シリーズ展示の準備・実施過程で、人的にも資料的にも相互の理解が深まりました。そして何よりも、それまで社外の目に触れることの少なかった企業資料が、渋沢史料館という博物館を通じて、社内の役員・従業員、地域の市民に開かれたこと、またそれらのステークホルダーが企業資料を通じて各企業・団体の創業の理念や歩みに触れることができたことが最大の成果であったといえるでしょう。


おわりに

 日本では長年にわたって受け継がれてきた社史編纂という「伝統」によって、ある時点では企業資料が豊富に社内に集積される機会があったといえます。しかしながら、アーキビストの不在(これは日本の雇用慣行とも大いに関連しています)、レコードマネジメント・プログラムの不備もあり、持続的・継続的に収集と活用が行われてきたとは言い難い状況でした。1990年代後半以降、経済全体が停滞するなかで、少なからぬ企業が社史編纂プロジェクトに割くリソースを失い、社史自体の刊行が減少しました。これはとりわけ、M&Aに翻弄された銀行業界に顕著です 7

 一方、企業経営に関わるグローバルな関心は、環境問題や社会的問題、あるいはコーポレートガバナンスの改革への取り組みを企業に対して促しています。企業資料関係者はこのような観点から、アーカイブズを企業価値向上に利用可能なリソースと位置づけ直す必要があります。

 本稿で紹介した二つの事例は、博物館施設を持っておらずとも、展示は可能であり、展示は企業資料と企業に対する理解を広めるのに有効な手段であることをはっきりと示しています。市民向けの展示はそれ自体が地域社会への貢献であり、地域社会が企業への理解を深める格好の機会と言えます。経営者の企業資料に対する認識を向上させることも明らかです。

 展示のための自社スペースを持たないといったリソース上の限界は、アーキビスト(あるいは管理担当者)と他館との連携・協働によって解決することが可能になることがあるのです。そのためには、「森永製菓企業コレクションを生かした展覧会の提案」のようなツールの作成といった工夫が必要です。

 歌田勝弘企業史料協議会会長(元味の素社長・会長・相談役)は展示図録のなかで次のように記しています。

企業では数多くの貴重な史料を保有しながら、公開の場が、あるいは機会が無く、ある意味公共財産である企業史料を死蔵しているケースが散見されます。そのような企業にとっては誠にありがたい企画であり、世間の方に文化財に等しいそれらを公開し、ご覧いただくことは企業の使命でもあります。こうした特別展が、これからも継続的に続けられることをお願いいたします 8

 さまざまな制約から「死蔵」されている企業資料は少なくありません。扉を開けて、蔵の中で利用されずに眠っている資料に新しい命を吹き込む─利用できるようにする─、そして外部との連携などのあらゆる可能性を探っていくことは、私たち企業アーカイブズ関係者にとっての絶えざる使命といえるでしょう。


[注]

1 http://www.shibusawa.co.jp/english/company/profile.html, http://www.shibusawa.co.jp/ir/pdf/20140701.pdf (PDF 954KB) (in Japanese)

2 http://www.shibusawa.co.jp/english/company/profile.html

3 「会社四季報Online」による。http://shikiho.jp/tk/stock/info/9304

4 Jun Inoue, Sarah Anne Munton (trans.), The Shibusawa Memorial Museum: Past, Present, and Future, Gil Latz (ed.), Rediscovering Shibusawa Eiichi in the 21st Century, 2014, Shibusawa Eiichi Memorial Foundation, pp. 68-71.

5 「企業の原点をさぐる」展覧会はシリーズとして企画されました。企業資料をもってはいても展示する機会がなかった連携のパートナー企業にご参集いただき、2012年4月7日には渋沢財団の会議室にて「企画展『企業の原点を探る』シリーズ」の趣旨説明会を開催しています。この場で連携の事例報告を行ってくれたのが、たばこと塩の博物館学芸員の鎮目氏と森永製菓史料室の野秋氏です。鎮目氏からは「企業アーカイブズから展覧会へ─その企画展開について─」という特別展『森永のお菓子箱 エンゼルからの贈り物』(2011年11月3日~2012年1月9日)開催にかかわる説明を、野秋氏には「企業史料担当部門の役割:企業アーカイブズとして」のプレゼンテーションを行っていただき、業種が異なる、営利企業がそのアーカイブズを非営利の博物館で展示する際のノウハウ、教訓といったものを学びました。なお、趣旨説明会で発表された「企画展『企業の原点を探る』のめざすもの」は『ビジネス・アーカイブズ通信』のバックナンバーで読むことができます。(https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/20150414.html#02a

6 王子製紙(1873年創業)との「渋沢栄一と王子製紙株式会社~国家社会の為に此の事業を起す~」(2013年3月16日~5月26日)、帝国ホテル(1890年開業)との「実業家たちのおもてなし~渋沢栄一と帝国ホテル~」(2013年3月15日~5月25日)、東京商工会議所(1878年開業)との「商人の輿論(よろん)をつくる! ~渋沢栄一と東京商法会議所~」(2014年10月4日~2014年11月30日)、東洋紡(1880年創業)との「近代紡績のススメ ―渋沢栄一と東洋紡―」(2015年3月14日~2015年5月31日)

7 Yuko Matsuzaki, '75 Years of Toyota: Toyota Motor Corporation's Latest Shashi and Trends in the Writing of Japanese Corporate History', Alexander Bieri, (ed.), Crisis, Credibility and Corporate History, Liverpool: Liverpool University Press, 2014, p. 128.

8 歌田勝弘「メッセージ 特別展『森永のお菓子箱 エンゼルからの贈り物』開催にあたって」、たばこと塩の博物館『特別展 森永のお菓子箱 エンゼルからの贈り物』(図録)、2011年、6ページ。

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