世界/日本のビジネス・アーカイブズ

"活用"を通して組織アーカイブズの価値を探る:企業を中心に

"活用"を通して組織アーカイブズの価値を探る:企業を中心に

公益財団法人渋沢栄一記念財団 情報資源センター

2023年3月15日発行
[PDF版 (986.2 KB)]


<目次>

・1. はじめに
・2. 組織アーカイブズとは
  2.1 「組織アーカイブズ」と「収集アーカイブズ」
  2.2 親組織の性格・目的・使命による違い
  2.3 仕組みと"活用"の位置:「前段なくして"活用"なし」
  2.4 (旧来の)標準的な組織アーカイブズと日本モデルの特性
・3. 組織アーカイブズの"活用":企業を中心に
  3.1 ビジネス・アーカイブズ概観
  3.2 グローバル化、デジタル化の中でのビジネス・アーカイブズの変化
  3.3 変化の背景を探る
  3.4 組織アーカイブズ:文脈の中に置かれた情報
  3.5 "活用"=価値の創出、親組織と社会に貢献
・4. おわりに
【注】


1. はじめに

・以下の「2. 組織アーカイブズとは」から「4. おわりに」までの文章は、専門図書館協議会機関誌『専門図書館』2022年度特別号(2022年11月25日発行)に掲載された松崎裕子(公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センター企業史料プロジェクト担当)「"活用"を通して組織アーカイブズの価値を探る 総論2:組織アーカイブズとその"活用":企業を中心に」の増補改訂版です。特別号の記事は、2022年7月20日にオンラインで開催された専門図書館協議会全国研究集会第3分科会「"活用"を通して組織アーカイブズの価値を探る」の総論2の講演内容をまとめたものです。
・本稿は専門図書館関係者向けの講演として準備したものを基にしているため、専門図書館員、とくに組織(企業)内図書館の司書、スタッフへのメッセージという性格を持つものです。このメッセージとは次の3点にまとめられます。
1 「組織とその業務の記録の塊・集積としてのアーカイブズ(記録)は、活用を通じてデジタル化とグローバル化時代の組織(企業)と社会に貢献する」
2 「活用のためには、証拠であり資産である記録の集積というアーカイブズ(記録)の本質をよく理解して、然るべき準備(前段)、取り扱いが必要」
3 「年史編纂プロジェクト等をきっかけに(機関としての)アーカイブ(ズ)室を立ち上げて、運営を図っている組織ばかりではなく、そもそもアーカイブズ(記録)とそれに関わる情報が集約・整理されていないなど、アーカイブズ(記録)の活用からは程遠い組織も少なくない。人的リソースが限られる企業においては、ライブラリアンが情報専門職としてアーカイブズ(記録)の管理・活用を担う、つまりアーカイブズ(機関)機能を担うことによって、組織(企業)に貢献できる可能性があるのではないか」

2. 組織アーカイブズとは

2.1 「組織アーカイブズ」と「収集アーカイブズ」

 最初に「組織アーカイブズ」について説明します。アーカイブズ(英語の複数形のカタカナ表記)とは、英語のarchive(複数archives、以下カッコ内は複数形)、フランス語のarchive(archives)、ドイツ語のArchiv(Archive)、イタリア語のarchivio(archivi)、ラテン語のarchivum(archiva)、さらに遡ると歴史的にはギリシア語のἀρχεῖονに由来します。これに正確に対応する概念が日本語に存在しないため、カタカナ語のまま「アーカイブズ」という言葉が用いられています。

 このカタカナ言葉「アーカイブズ」の意味は「個人または組織がその活動の中で作成または収受し蓄積した記録のうち、組織運営上、研究上、その他さまざまな利用価値のゆえに永続的に保存されるもの1(安藤正人「文書館の資料」『アーカイブ事典』2003年、下線は筆者による)であり、これに加えて、アーカイブズを収蔵・管理する館などの施設や部署、仕組み、プログラムも指すもので、一つの単語が複数の意味を持ちます

 アーカイブズとアーキビストに関わる非営利の国際的な専門団体である国際アーカイブズ評議会(ICA)の用語集を基にした、最近の日本語文献(下重直樹「序章 アーカイブズとアーキビスト」『アーキビストとしてはたらく:記録が人と社会をつなぐ』2022年)では、アーカイブズを次のように説明しています(下線は筆者による)2

1) 業務遂行の過程で個人又は組織により作成・収受されて蓄積され、ならびにその持続的価値ゆえに保存された記録
2) アーカイブズを保存し、利用できるようにする建物
3) アーカイブズを選別、取得、保存、提供することに責任をもつ機関又はプログラム

 外来語ということもあり、当初は専門の研究者を除くと、「古いもののコレクション」のようにイメージされる傾向があったのではないでしょうか。2004年、この分野に関わる専門の学術団体である日本アーカイブズ学会が設立され、同学会では2012年に「日本アーカイブズ学会登録アーキビスト」資格認定制度を創設、さらに2020年には独立行政法人国立公文書館が同館館長の認証による「認証アーキビスト」制度をスタートするなど、アーカイブズ専門職制度の成長・発展とともに、近年、アーカイブズの言葉の意味は広く理解されつつあるように思われます3

 このようにアーカイブズ(記録)とは、個人や組織が生み出した記録を記録作成母体が管理するというのが元々のarchivesの考え方だったわけですが、一方で、さまざまな個人や団体が作成した(=出所の異なる)アーカイブズを集めた、すなわちアーカイブズをコレクションしたアーカイブズも存在します。「本来のアーカイブズ」を「組織アーカイブズ」、アーカイブズのコレクションを「収集アーカイブズ」と呼んで区別するかたちで理解が進むようになったという経緯があります(図1)。4

(図1)「組織アーカイブズと収集アーカイブズ」

組織アーカイブズと収集アーカイブズ

 組織アーカイブズ、本来のアーカイブズのイメージは、下の(図2)のように、その組織全体の記録の中から、組織運営上、研究上、その他さまざまな利用価値のゆえに永続的に保存するために集約したもの、集約して管理するし、利用提供する部署です。

(図2)「組織アーカイブズと収集アーカイブズのイメージ」

組織アーカイブズと収集アーカイブズのイメージ

 一方、収集アーカイブズのイメージは、ある組織や個人のアーカイブズをコレクションして、保存し利用提供する館、仕組みです。その意味で、情報資源センターや渋沢史料館を運営する公益財団法人渋沢栄一記念財団は、渋沢栄一に関わるアーカイブズを集めた収集アーカイブズ機関であると言えます。別の例を挙げると、日本近代文学館も収集アーカイブズといえます。そのコレクションのひとつに樋口一葉のアーカイブズが含まれます。企業のアーカイブズを集めている代表的な収集アーカイブズに、東京大学経済学部資料室が挙げられます(図2)。

 また、アーカイブズは記録の集積、塊です。記録の作成、捕捉及び管理に関わる国際標準ISO 15489-1: 2016(JIS X0902-1:2019)では記録とは「証拠として、及び資産として」作成、取得及び維持する情報とされます。従って、アーカイブズとは「証拠と資産の集積であり塊」とも言えるのです。アーカイブズが図書館と大きく異なる点は、誰が(どの部署が)、いつ、どのような目的でその記録資料を作成したのか、つまり記録作成の経緯(状況、文脈あるいはコンテクスト)に関わる記録・情報を、記録の内容(コンテンツ)と共に管理することが不可欠である点です。50年後、100年後の人にとっても、個々の記録の意味が理解できるように取り計らうのがアーカイブズとアーキビストの仕事であると言えます。

2.2 親組織の性格・目的・使命による違い

 親組織の性格や目的、使命によって、アーカイブズの設置根拠、利用者、利用目的は異なります。

 国や自治体の組織アーカイブズの場合、利用者は誰でも等しくアクセスできるのが原則ですが、アナログ時代の企業アーカイブズでは、展示利用を除くと、社外の人々が企業の組織アーカイブズ資料を目にすることはまれでした。

 さらに、営利を目的とした私的な組織の場合、アーカイブズ自体は利益を生み出さないコストセンターであるため、企業アーキビスト、とくに米国の企業アーキビストは「付加価値をどのように引き出すのか」に早くから関心を抱いてきました。デジタル時代になって活用の用途が広がり、そういう意味では存在意義を周りに理解してもらいやすくなりつつある反面、依然として整理・保存にはおカネと時間、手間がかかることは事実です(図3)。

(図3)「親組織の性格・目的・使命による違い」

親組織の性格・目的・使命による違い

2.3 仕組みと"活用"の位置:「前段なくして"活用"なし」

 利用、活用までの一連の流れには、現用記録として管理・利用するレコード・マネジメントの段階と、長期的にアーカイブズとして管理・利用するアーカイブズ管理の段階の二つのフェイズが存在します。(図4)は伝統的な記録のライフサイクルを意識した図ですが、デジタル時代になるとこの二つの段階はひと続きのものと捉えられるようになり、両者を統合し「レコードキーピング」と呼ばれるようになってきつつあります5

 図書館関係の方々には、「分類が資料の作成に先立つ」のがレコード・マネジメント/アーカイブズ管理の特徴である点に特に注目していただきたい点です。資料を分類にあてはめるのではなく、業務の分析をまず行なって、分類スキームを設計し、然る後に実際の資料(記録)が生まれる、という順序です6

(図4)「標準的な仕組みと"活用"の位置:『前段なくして"活用"なし』」

標準的な仕組みと

 利活用というのはこの流れの最後の段階に位置します。公的機関のものであれば一般に公開し、閲覧・利用に供することになります。企業など私的な団体の場合は、ミュージアムで展示したり、その他様々な業務のための利用があります。年史編纂も利活用の一つと言えます。このように資料を利活用するには、そこに至るまでにしかるべき準備が必要です。これは次節で述べる日本モデルにおいても同様です。

 また、文書の発生、記録としての取り込み(登録、捕捉)、機関としての組織アーカイブズでの管理、機関としての収集アーカイブズでの収集、さらに図書館における収集についてまとめた矢野正隆氏の概念図は、組織アーカイブズと収集アーカイブズと図書館の関係を理解する助けとなるでしょう(図5)7

(図5)「組織アーカイブズ、収集アーカイブズ、図書館」

組織アーカイブズ、収集アーカイブズ、図書館
(出典)矢野正隆「デジタル環境下における資料管理:保存・利用のための基本的な考え方と進め方」
(企業史料協議会デジタル文書資料管理講座・初級篇2023年2月9日資料)

2.4 (旧来の)標準的な組織アーカイブズと日本モデルの特性

 以上述べた利用・活用に至るまでの流れは、欧米や中国など国際的に普及している標準的なモデルです。

 しかし、日本のモデルはそれとは異なる点があります。レコード・マネジメントは一般には普及しておらず、たいていの場合、年史編纂のために記録資料を組織の各部署から「収集」します。年史関係の事業が終われば、とりあえず広報や総務で管理したり、そのまま段ボールにつめて倉庫で保管というあり方が長らく一般的でした。言葉を変えていうと、レコード・マネジメントとアーカイブズの管理が仕組み上つながっていません。業務のデジタル化が進むと、この断絶モデル/分断モデルではアーカイブズに新しい記録が流れてこず、"DX"の中で取り残される危険があります(図6)。

(図6)「(旧来の)組織アーカイブズと日本モデル」

(旧来の)組織アーカイブズと日本モデル

 ただし、近年、国のレベルで公文書管理法(2009年)が制定され、アーカイブズを専門に扱うアーキビストに関わる資格制度が整備されつつあり、変化の兆しがうかがえます。

 なお、日本企業にはほとんど存在しないレコード・マネジメント業務は、純粋なバックオフィス業務で、同じ間接部門のアーカイブズ部門が展示などを通じて社外との接触があるのとは異なり、その状況を外部からうかがい知ることはほとんどできません(公的機関の場合には情報公開制度が存在し、企業とは異なります)。幸いなことに、米国オハイオ州シンシナティに本社のあるプロクター&ギャンブル社のレコード・マネジメント部署の見学記録を日本語で読むことができます8

3. 組織アーカイブズの"活用":企業を中心に

3.1 ビジネス・アーカイブズ概観 9

 日本では明治以来社史編纂が盛んでしたが、恒常的な常設のアーカイブズ専門部署が組織の中に置かれるようになるのは、1990年代以降です。また、日本や欧州の企業アーカイブズではミュージアムとの一体運営が多いという特徴もみられます。

 欧州と米国では、アーカイブズの利活用、具体的にはアクセスの提供に関して考え方の違いがあり、欧州の方が社会に対して開かれている度合いが高く、米国では社内利用に限られる傾向があります(以上、前掲(図3)参照)。

3.2 グローバル化、デジタル化の中でのビジネス・アーカイブズの変化

 1990年代以降のデジタル化、グローバル化時代の企業アーカイブズ(組織アーカイブズ)には、3つの特徴があります10

 特徴その1は、アーキビストが、資料の整理・目録記述・レファレンス対応・小規模展示を行う資料の専門家から、アーカイブズと他部署(場合によっては社外)との連携プロジェクトを進める、マネージャー的な役割に変容しつつある点です。

 その2は、アーカイブズ資料が企業や企業が扱っている財やサービスのブランディング、マーケティングに積極的に利用されるようになってきている点です。

 その3は、そういった利用がインターネット上で行われるために、アナログ時代はアーキビストや社内の一部の人間、社外の歴史研究者、経営史の研究者といったごく少数の人の目にしか触れなかったアーカイブズ資料が、多くの人の目に触れるようになってきている点です。

3.3 変化の背景を探る

 次に日本の状況に関わるデータを用いて、企業における組織アーカイブズの変化の背景をさぐってみましょう。まず1990年代後半の金融ビッグバン以降、日本企業の株主に外国人が増加している点が注目されます。日本市場における、1970年以来の主要投資部門別の株式保有比率の推移を見ると、1990年代半ばを境に大きく増加しているのが外国法人等です11。このことは、企業の側からすると、投資の対象として企業が選ばれるために自組織を知ってもらう必要があることを意味しています(図7)。

(図7)「主要投資部門別株式保有比率の推移」

主要投資部門別株式保有比率の推移
(出典)株式会社東京証券取引所、 株式会社名古屋証券取引所、 証券会員制法人福岡証券取引所、
証券会員制法人札幌証券取引所「2020年度株式分布状況調査の調査結果について」
https://www.jpx.co.jp/markets/statistics-equities/examination/nlsgeu000005nt0v-att/j-bunpu2020.pdf

 外国人投資家の増大と並行して、IR(インベスター・リレーションズ)、IR広報も必要とされ、とくに2000年代の半ば以降、財務情報以外の企業情報(非財務情報)のための広報媒体としてIR刊行物の発行が一貫して増加しています。CSRレポート、サステナビリティレポートなどと呼ばれるもので、最近は統合報告書という名称の刊行物が増大しています。IR関係専門企業による調査では、統合報告書を発行する企業数も一貫して増加しており、そのうち約8割の企業は英文版も発行しています(図8)12

(図8)「統合報告書発行企業数の推移」

統合報告書発行企業数の推移
(出典)株式会社ディスクロージャー&IR総合研究所ESG/統合報告研究室
「統合報告書発行状況調査2021最終報告」
https://rid.takara-printing.jp/res/report/uploads/2022/03/7d4de39930d33d523a8a107e44014e30eba1be97.pdf

 企業活動自体が国際化し、海外でのオペレーションが増え、他企業とのM&Aの件数も、新型コロナウイルスによるパンデミックが起こる2020年までは基本的に右肩上がりで増加してきました(図9)13

(図9)「M&Aの件数・金額の推移」

M&Aの件数・金額の推移
(出典)大島久幸「デジタル化とアーカイブズによる経営支援」
(『企業と史料』、企業史料協議会、2022年、第17集)、70ページ。

 組織の透明性やガバナンスを良好に保つために、投資家、株主、そして世の中に対して、企業情報を開示していく流れが強まってきたのがここ20数年の傾向です。財やサービスの購入者へのアピールも必要で、これらはエクスターナルなブランディングと言えます。

 一方、組織の内部においては、優れた財やサービスを生み出すため、自社のヘリテージ(遺産)に関わるストーリーの共有を通じた企業文化の創造、共通の価値観の醸成が大きな課題となっています。この取り組みがインターナルブランディングです。

 つまり、アイデンティティの識別、そしてその共有が企業経営にとって重要な課題となっているということです。少子高齢化における学校、大学、法人化以降の国立大学においても、アイデンティティの識別、ブランディングは組織の運営・経営の中心的課題でしょう。ロシア文学者で名古屋外国語大学学長の亀山郁夫先生が最近のインタビュー(『日本経済新聞』2022年6月23日夕刊)で大学という組織が目指すべき成功は「安定した志願者の獲得です。言い換えれば大学のブランドの確立です」と語っておられたのがたいへん印象的でした。そういった中、組織アーカイブズはヘリテージを通じたアイデンティティ・存在意義(パーパス)の識別のための手がかりを与えてくれるものであり、そこに活用のニーズが存在すると考えられるのです。

3.4 組織アーカイブズ:文脈の中に置かれた情報

 組織アーカイブズの価値を別の角度から紹介します。昨年(2021年)の企業史料協議会「ビジネス・アーカイブズの日」のシンポジウムでは、国際アーカイブズ評議会(ICA)企業アーカイブズ部会(SBA)部会長で、スイスの製薬大手ロシュ社のアーカイブズ・キュレーターであるアレクサンダー・ルーカス・ビエリ氏に基調講演14をお願いしました。ビエリ氏の言葉は、組織アーカイブズにある記録資料とは、その組織の活動、つまり固有の文脈のなかにおかれた情報であり、このような情報こそ新しい知識を生み出す、という議論をしています。筆者はこの基調講演の解説とコメント15を担当しました。その際、花王の120年史における情報事業参入の経緯に関する記述を取り上げ、過去の失敗の記録が、現在、そして未来の経営判断を助けるという説明を行いました。固有の文脈を持つこのような情報は、社外のどこを探しても見つけることはできません16

3.5 "活用"=価値の創出、親組織と社会に貢献

 企業アーカイブズは周年記念事業に欠かせませんが、その活用はそれだけに留まりません。

 近年、欧州の企業アーカイブズでは、オンラインで目録公開を行う、リンクト・オープン・データのプロジェクトを立ち上げ一般の利用を促進する、認知症に関わる学術プロジェクトにアーカイブズが協力する、などさまざまな動きが出てきています17。フランスやイタリアでは、企業アーカイブズが国のアーカイブズのポータルサイトと連携するようになってきています18。社外にアクセス機会を提供することは、CSR、エクスターナル・ブランディング、透明性向上といった領域で、組織の経営をサポートする価値を生み出すことを期待されているといえるでしょう。

 2022年6月、フォード自動車がFord Heritage Vaultというウェブサイト19をオープンしました。これなどは、マーケティングや営業・宣伝という領域で経営をサポートすることを目的としたものでしょう。組織アーカイブズとしての企業アーカイブズ(部署)は所蔵するアーカイブズ(資料)を利活用に提供することによって組織の様々な活動を支えるものなのです(図10)。

(図10)「アーカイブ(ズ)室による組織・事業活動支援」

アーカイブ(ズ)室による組織・事業活動支援

 社外の一般の人々にとっても、企業アーカイブズを目にする機会が増えることは、知識へのアクセス機会の増大として、歓迎されることと言えます。

4. おわりに

 以上をまとめると次のようになります。

(1) アーカイブズには組織アーカイブズと収集アーカイブズがあり、本稿では組織アーカイブズ、すなわち「本来のarchives」を取り上げました。
(2) "活用"には前段が存在します。前段をきちんと整え、デジタルで活用できるように準備することが必要です。「前段なくして"活用"なし」です。
(3) "活用"とは「価値を創り出すこと」です。活用は親組織と、そして、インターネットを利用したグローバルな情報アクセス環境においてはとりわけ、「社会」に貢献します。

 最後に専門図書館関係者に、国立国会図書館の元副館長で、2011年から2021年に急逝されるまで企業史料協議会副会長を務められた安江明夫氏の言葉をご紹介します。安江氏は「「遺す」でなく「活かす」」と題された論説の中で、企業の中にいる司書に向かって次のように提案しています。

「企業アーキビストの配置がなければ、社内でアーカイブズをしっかり担える人は司書以外にない。とすれば司書がライブラリーとアーカイブズの違いを理解し、異なるタイプの資料を異なる仕方で扱い、インフォプロとして会社に寄与するのはどうか。それにより、ライブラリーの会社貢献度は飛躍的に高まるのではないか。」20


【注】(参照日は全て2023-3-7)

1 安藤正人「文書館の資料」(小川千代子・高橋実・大西愛編『アーカイブ事典』、大阪大学出版会、2003年)、14ページ。

2 下重直樹「序章 アーカイブズとアーキビスト」(下重直樹・湯上良編『アーキビストとしてはたらく:記録が人と社会をつなぐ』、山川出版社、2022年)、3ページ。

3 「アーカイブ」("ズ"がない)概念については、図書館情報学やデジタルアーカイブの研究者が、近年精力的に検討を加えています。根本彰『アーカイブの思想:言葉を知に変える仕組み』(みすず書房、2022年)では、「アーカイブ」を「後から振り返るために知を蓄積して利用できるようにする仕組みないしはそうしてできた利用可能な知の蓄積のことです」(同書9ページ)としています。あるいは加藤諭・宮本隆史「序章 デジタル時代のアーカイブの諸系譜をたどるために」、加藤諭「アーカイブの概念史」(いずれも、柳与志夫監修、加藤諭・宮本隆史編『デジタル時代のアーカイブ系譜学』、みすず書房、2022年所収)は、日本語圏におけるカタカナ語「アーカイブ」に限定し、その用法の変化・バリエーションを考察しており、「デジタル時代に社会に流通する『アーカイブ』の概念を定義することは困難」だとしています(「序章 デジタル時代のアーカイブの諸系譜をたどるために」11ページ)。これらの議論は社会全体における「アーカイブ」を考察したものと言えるでしょう。一方、企業や団体といった組織が、自組織の経営管理やアイデンティティに関わる企業文化の充実のために、自組織が作成して保管管理してきた記録・アーカイブズの活用を試みる場合、本文で述べたarchives、組織アーカイブズという考え方が必要であり、有用です。

4 「組織アーカイブズ」「収集アーカイブズ」という考え方は、日本では2000年代に入ってから受容が進んだもので、『文書館用語集』(全国歴史資料保存利用機関連絡協議会監修、大阪大学出版会、1997年)には収録されていませんでした。最近、これらの用語に関する研究が進みつつあります。全国歴史資料保存利用機関連絡協議会近畿部会第163回例会(2023年2月17日開催、テーマ「アーカイブズにおける基礎概念の再検討)での小澤梓「組織アーカイブズ、収集アーカイブズ」は二つの概念の意味と日本における受容と理解について系統的に明らかにする報告でした。今後の公刊が期待されます。

5 レコードキーピングに関する詳しい日本語文献として、スー・マケミッシュ他編、安藤正人他訳『アーカイブズ論:記録のちからと現代社会』、明石書店、2019年が上げられます。

6 エリザベス・シェパード、 ジェフリー・ヨー共著、 森本祥子他編訳『レコード・マネジメント・ハンドブック:記録管理・アーカイブズ管理のための』、日外アソシエーツ、2016年。

7 矢野正隆「デジタル環境下における資料管理:保存・利用のための基本的な考え方と進め方」(企業史料協議会デジタル文書資料管理講座・初級篇2023年2月9日資料)。

8 小谷允志「プロクター&ギャンブル(P&G)社の記録管理」(『文書と記録のはざまで:最良の文書・記録管理を求めて』、日外アソシエーツ、2013年)、313~322ページ。

9 松崎裕子「世界のビジネス・アーカイブズ概観」(時実象一監修、久永一郎責任編集『デジタルアーカイブ・ベーシックス5 新しい産業創造へ』、勉誠出版、2021年)、19~46ページ。

10 同上。

11 株式会社東京証券取引所、 株式会社名古屋証券取引所、 証券会員制法人福岡証券取引所
https://www.jpx.co.jp/markets/statistics-equities/examination/nlsgeu000005nt0v-att/j-bunpu2020.pdf (PDF)

12 株式会社ディスクロージャー&IR総合研究所ESG/統合報告研究室「統合報告書発行状況調査2021最終報告」株式会社ディスクロージャー&IR総合研究所様の許諾を得て転載。https://rid.takara-printing.jp/res/report/uploads/2022/03/7d4de39930d33d523a8a107e44014e30eba1be97.pdf (PDF)

13 大島久幸「デジタル化とアーカイブズによる経営支援」(『企業と史料』、企業史料協議会、2022年、第17集)、70ページ。

14 アレクサンダー・ルーカス・ビエリ「ロシュ社のアーカイブズ&アーカイブからビジネスに価値を生み出す」(『企業と史料』、企業史料協議会、2022年、第17集)、36~50ページ。

15 松崎裕子「解説とコメント」(『企業と史料』、企業史料協議会、2022年、第17集)、51~57ページ。

16 詳しくは「世界/日本のビジネス・アーカイブズ:企業を変える、戦略を生む:ビジネス・アーカイブズとデジタル社会」https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc011_kigyo_wo_kaeru.htmlをご参照ください。

17 松崎裕子「アーカイブズでつながるコミュニティ:アーカイブズコミュニティを目指して」(『企業と史料』、企業史料協議会、2021年、第16集)、6~15ページ。

18 フランス国立公文書館が運営するポータルサイト:FranceArchives: Portail National des Archives. Archives de France. https://francearchives.fr/fr/
イタリア文書保護局統一情報システム:Sistema Informativo Unificato per le Soprintendenze Archivistiche. https://siusa.archivi.beniculturali.it/cgi-bin/siusa/pagina.pl
イタリア全国アーカイブシステム: Sistema Archivistico Nazionale. http://san.beniculturali.it/web/san

19 The Ford Motor Company. Ford Heritage Vaults. https://fordheritagevault.com/

20 安江明夫「『遺す』でなく『活かす』:企業アーカイブズの本領」(『企業と史料』、企業史料協議会、2017年、第12集)、13ページ。

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