世界/日本のビジネス・アーカイブズ

森永製菓株式会社とたばこと塩の博物館:りゅうごと天使 - 連携によるアーカイブズ展示 [前編]

森永製菓株式会社とたばこと塩の博物館:りゅうごと天使 - 連携によるアーカイブズ展示 [前編]

公益財団法人渋沢栄一記念財団 情報資源センター
2015年8月22日発行
[PDF版 (762.0KB) / English version]


<りゅうごと天使 - 連携によるアーカイブズ展示 目次>

[前編]

はじめに

1.特別展『森永のお菓子箱 エンゼルからの贈り物』(2011年11月3日~2012年1月9日、於・たばこと塩の博物館)

たばこと塩の博物館
森永製菓株式会社
連携への道:目録整備・デジタル化を経て展覧会提案活動へ
連携の実現:特別展『森永のお菓子箱 エンゼルからの贈り物』(2011年11月3日~2012年1月9日)
連携の成果
さらなる連携へ:北へ(盛岡へ)、南へ(佐賀・伊万里へ)
[注]

[後編]

2.企画展「澁澤倉庫株式会社と渋沢栄一〜信ヲ万事ノ本ト為ス〜」(2012年3月17日~2012年5月27日、於・渋沢史料館)

・澁澤倉庫株式会社
・渋沢史料館
・連携のはじまり
・展示の内容とハイライト
・展示の成果とその後の発展
(1)会社が立地する江東区深川と澁澤倉庫とのつながりの再発見
(2)営利企業と文化施設の協力
(3)近隣小学校との交流の進展
(4)さらなる連携へ:「企業の原点を探る」シリーズ

おわりに

・[注]


 本稿は2015年6月にミラノで開催されたICA/SBA(国際アーカイブズ評議会 ビジネス・アーカイブズ部会)主催ビジネス・アーカイブズ国際シンポジウム「最良のビジネス・アーカイブズを作り上げる:投資に対し望ましい利益を得る」での発表の基になった原稿です(発表は本稿の要約)。発表時のスライドはICAのサイトで公開されています。 http://www.ica.org/download.php?id=3804 (PDF 1,816KB)


はじめに

 日本では経済的停滞が続くなか、企業は新たな取り組み・さまざまな改革の採用をせまられてきました。統合報告 Integrated Reporting 1、やグローバル・レポーティング Global Reporting 2と呼ばれるサステナビリティのためのイニシアティブへの取り組みが注目を集め、環境、社会、コーポレートガバナンス(ESG)などへの関与を通じた企業価値向上といった方策も模索されつつあります。この文脈において、企業の創業理念、会社史、地域社会への関与といったものは、ビジネスへの新たな貢献要素として位置づけられる必要があります 3。このことは、創業理念や会社史と密接にかかわる企業資料と企業アーカイブズ部門が、ビジネスに対して新たに果たし得る役割・領域が存在することを示唆しています。

 日本では伝統的に、社史編纂が企業資料の一般的な利用方法でした。社史編纂は周年行事の一部として行われるプロジェクトであることが多く、その編纂にあたる担当者は、必ずしもアーキビストや学芸員としての訓練を受けているわけではありませんし、専門要員として長くその仕事を続けるわけでもありません。そのため周年記念やその他の行事のための社史編纂が終わると、企業資料が散逸してしまうことも少なくありませんでした。しかし近年、社史編纂以外の方法によって企業資料を活用することへの関心が高まってきています。そのひとつの方法が、博物館での実業の歴史に関する展示です。これらの展示は企業とその歴史資料に対する関心と評価を社内外で高める可能性を持つものです。

 本稿では、企業資料の持つインパクトと効果を最大化する方法として、実業に関わる歴史展示―産業間・セクター間の連携による─に取り組んだ事例に焦点をあてます。本稿が取り上げるのは二つの事例です。ひとつは森永製菓株式会社と公益財団法人たばこ総合研究センターが運営するたばこと塩の博物館の連携、もうひとつは澁澤倉庫株式会社と公益財団法人である渋沢栄一記念財団渋沢史料館の連携です。森永製菓も澁澤倉庫も社内に博物館の展示施設を持っていません。両方のケースとも、営利企業と非営利団体間、相違する産業間の連携というこれまでにない試みで、さまざまな成果を生み出しました。本稿ではその道筋を明らかにすることによって、ふたつのプロジェクトがどのように始まり、どのような価値を生み出したのかを検討します。それによって、外部の博物館との間に利益をもたらす協力を可能にする方法への洞察を、展示スペースを持たない企業とそのアーカイブズに提供することを目的としています 4

 本稿は、森永製菓株式会社史料室・須古邦子氏、一般財団法人森永エンゼル財団理事・主席研究員・野秋誠治氏、たばこと塩の博物館学芸員・鎮目良文氏、澁澤倉庫株式会社総務部長・工藤慎二氏、同部副部長・佐々木勇氏みなさまのご協力によって可能となりました 5。記して感謝いたします。


1.特別展『森永のお菓子箱 エンゼルからの贈り物』(2011年11月3日~2012年1月9日、於・たばこと塩の博物館)

たばこと塩の博物館

 最初に会場を提供したたばこと塩の博物館について簡単にご紹介します。同博物館は1978年11月3日に日本専売公社Japan Monopoly Corporation (現在は日本たばこ産業株式会社Japan Tobacco Inc.)が開設した、たばこと塩の歴史と文化をテーマとする博物館です。現在の運営主体は公益財団法人たばこ総合研究センターです。

 日本ではたばこは1904年から、塩は1905年から専売制度がとられ、大蔵省専売局が事業を運営してきましたが、1949年専売局は大蔵省から分離独立させられ、特殊法人である日本専売公社となりました。1985年の日本たばこ産業株式会社 (JT) の設立とともに日本専売公社は解散しました。

 たばこと塩の博物館所蔵資料の収集は、1932年、当時の大蔵省専売局長官佐々木謙一郎が局内官房総務課に収集品取扱係を設置して組織的に開始した、たばこ関係の歴史資料(浮世絵・喫煙具)がその起点となっています 6。戦時中は恒温恒湿設備のある三菱江戸橋倉庫に運び込まれて戦災を逃れましたが、専売局長官官房内で整理中の資料は金庫内のものを除き失われたという過去もあります 7

 2014年3月末時点の収蔵品は、浮世絵他絵画類1,805点、たばこ盆777点、きせる(たばこ盆・たばこ入れに付属するものは除く)1,095点、たばこ入れ569点、上記以外の日本の喫煙具1,806点、外国の喫煙具2,168点、たばこ包か7,727点、たばこ製造・販売・宣伝用具3,564点、看板・ポスター1,766点、古文書・古文献812点、その他の資料2,910点、塩関係資料1,026点、たばこPOP資料1,620点、旧世界のたばこ工芸館資料10,267点、計37,912点、図書資料が56,517点です 8

 展示活動は常設展に加え特別展(他機関からの資料借用)・企画展(自館収蔵品中心の企画)を年に6~7回開催しています。大使館・大学・他の博物館・美術館との共催企画は多数開催していますが、歴史的な結びつきを持つ日本たばこ産業以外の営利企業の歴史を取り上げることはありませんでした。しかし館の調査研究活動には「社内アーカイブズ」「産業・企業系博物館論」が含まれており、デザイン、工場関係資料、葉たばこ生産調査記録、また著作権問題への対応といった点から、かねてより企業史料、企業アーカイブズの可能性について模索してきた経緯が存在しました 9

森永製菓株式会社

 森永製菓株式会社(本社:東京都港区芝)は1899(明治32) 年8月15日に森永西洋菓子製造所・森永商店として、森永太一郎によって創業され、1910(明治43)年2月23日に株式会社森永商店が設立されました。2014年3月31日現在の資本金は186億1千万円、主な事業内容は菓子( キャラメル・ビスケット・チョコレート等)、食品( ココア・ケーキミックス等)、冷菓( アイスクリーム等)、健康(ゼリー飲料等)製品の製造、仕入れ及び販売です。売上高は1,779億29百万円、売上構成比は菓子食品65.0%、冷菓16.8%、健康12.1%、その他6.1%となっています。グループ会社が国内外に20社、従業員数は単独で1,356名、連結で2,978名です 10。資本構成における外国人保有比率は10%以下です 11

 近年は、「ハイチュウ」を戦略商品と位置づけて、米国・東南アジア・中国を重点エリアに定め、現地生産と販売網の構築を進めています。中国では2004年より製造を開始、米国では2015年夏より現地での生産を予定しているほか、東南アジアエリアでは、2013年インドネシアに合弁会社を設立しました。台湾森永製菓は創業50年の歴史をもっており、台湾市場に加え、グローバルな製造拠点の役割を果たしつつあります。世界の優良企業との技術提携や販売契約事業では、イギリスのBurton'sが「パックンチョ」をライセンス生産するほか、イタリアPerfetti Van MelleのChupa Chupsの輸入販売、ドイツStorckのWerther's Original輸入販売、オーストリアPEZの輸入販売、カナダDareのGrainsfirstsのライセンス製造・販売、アメリカKelloggのPringlesの販売を行っています。そのほか、Weider(アメリカ)、Disney(アメリカ)、Sunkist(アメリカ)とは商標使用権や著作使用権の利用で提携しています。

 森永製菓には関連組織として1991年4月に設立した財団法人エンゼル財団があります(公益法人制度改革に伴い2012年4月に一般財団法人に移行)。同財団は「古今の生活文化を学術的に研究することにより、国民生活の向上と発展に寄与することを目的」に掲げ、設立以来ダンテ『神曲』、紫式部『源氏物語』、あるいは『神学大全』に関する連続講義等を行ってきました。現在は「子どもと学び」「グレート・ブックス」「エンゼル研究」を三つの柱として研究・実践を行っています。

 さて、森永製菓の歴史に目を向けると、創業者である森永太一郎(1865-1937)は九州佐賀県の伊万里市出身の商人です。東京、横浜で陶器商人として働いた後、1888年に米国市場の開拓のためサンフランシスコに渡りました。1890年、カリフォルニア州オークランドで知己を得た米国人老夫婦からの感化もありキリスト教に改宗、その後いったん日本に帰国するも、再度米国に渡航し洋菓子職人としての修業をつみました。1899年に12年に及ぶ米国滞在から帰国し、東京赤坂で西洋菓子の製造と卸を事業とする森永西洋菓子製造所を創業、1910年2月に資本金30万円で株式会社森永商店を設立し、1912年には現在の社名森永製菓株式会社に改称しています。

 それまで和菓子中心であった日本の菓子業界に初めて本格的に西洋菓子を導入したのが森永製菓でした。商品を載せた実物見本箱車の看板には「キリストイエス罪人を救はんために世に臨り給へりテモテ前書一章十五節」「義は国を高くし、罪は民を辱かしむソロモン箴言」と掲げるなど、創業者の信仰が実業と大いに結びついていました。太一郎は1905年にエンゼルマークを商標登録し、これは今日まで同社のシンボルとして、変遷を遂げつつ引き継がれています。現在は「森永と言えばエンゼル」というほどに、誰もが知るコーポレートマークとなっています。天使(エンゼル)をトレードマークに採用したのは、当時最も人気のあった商品(マシマロー)が米国でAngel Foodと呼ばれていたことに由来しています。

図 1 - 森永製菓エンゼルマークの変遷

The evolution of the Morinaga trademark

 社史は1954年12月20日に『森永五十五年史』(520ページ)、2000年8月に『森永製菓一〇〇年史:はばたくエンゼル、一世紀』(345、24ページ)の二つを刊行しています。そのほかに「森永50年・年表」(1953年)、「森永製菓75年 年表」(1974年)、「森永製菓90年 年表」(1989年)を発行しています。

 アーカイブズ管理に関しては、『森永五十五年史』刊行後の1955年に社内の一角に社内向け展示スペースを設けています。1974年に現在の本社ビル(前年の1973年竣工)に引っ越しし、この展示スペースは今日まで収蔵保管スペース兼社内向け展示スペースとして機能してきました。社史担当マネージャーが誕生したのも1974年のことです。記録では、1991年10月に史料室長が登場します。社史編纂以外にもマスコミや消費者からの問い合わせへの対応、博物館・美術館への貸し出し、マーケティングや経済史の学術研究者に資料を公開するなどをおこなってきています。

 このように史料室での資料の保管は1950年代からつづけられてきたのですが、しかし、その整理(目録作成)とアクティブな活用(デジタル化や展示公開)は『森永製菓一〇〇年史:はばたくエンゼル、一世紀』編纂プロジェクトの終了を待たねばなりませんでした。

連携への道:目録整備・デジタル化を経て展覧会提案活動へ

 2003年6月に着任した野秋誠治氏 12 が異動後考えた戦略は「社外の評価により社内の評価を高める」というものでした。最初に取り掛かったのが資料の保存措置とデジタル化、目録の整備でした 13

 目録の整備、デジタル化がひととおり済んだ段階で次に行ったのが提案活動です。2010年3月に「森永製菓企業コレクションを生かした展覧会の提案」というカラーA4判22ページの冊子を作成しました。その内容は次のようなものです 14

冊子「森永製菓企業コレクションを生かした展覧会の提案」目次


〈展覧会テーマ〉
おもいでのキャラメル・あのころのチョコレート・だいすきなビスケット
おいしくて*なつかしい スイーツ デザイン コレクション

時代を創ったデザイン
時代を物語るデザイン
時代を超えるデザイン

なぜ、こんなに心が惹かれるのでしょうか。

〈展覧会の特色〉
ポスター・パッケージ・キャンペーンで見るお菓子のデザインと文化
1. 日本のグラフィック黎明期からの第一線のデザインに触れられます。
2. お菓子と人々をむすぶパッケージデザインの変遷史が一望できます。
3. 今日の先駆けともなるユニークな広告やキャンペーン、ディスプレイ等が楽しめます。
4. 大正・昭和の子ども文化のデザイン性のかわいさと豊かさを発見できます。
「おいしく、たのしく、すこやかに」
  時代とまちをいろどる
  くらしを楽しくする
  おいしさを演出する
  子どもの夢を育む

〈想定される展示テーマの展開〉
テーマ1 タイムトラベルゾーン おかしとデザインの111年 1899-2010
  お菓子のはじめて物語
  今もむかしも人気者
  ポスター
  広告キャンペーン
  パッケージ
テーマ2 クリエイター・ワークス
テーマ3 時代と文化をつくるデザイン
  乙女文化
  こども文化
  キャラクター文化
  ノベルティ文化

〈展開イメージ〉
〈空間イメージ〉
〈楽しいおまけアイテム〉

〈主要出展資料〉
明治時代からの広告デザイン史を物語るポスター 約50点
日本のお菓子文化史、生活史、広告史を物語るパッケージ
ロングセラー製品の100年を超える歴史を物語るパッケージ、広告等
こどもたちを育むデザイン

〈連動企画〉
関連行事
  イベントや講演会の例として「キョロちゃん出張イベント」「工作教室」「講座・
  講演会」
ミュージアムグッズや図録
  人気キャラクターのグッズや展覧会限定商品、お菓子詰め合わせなど

〈展示協力実績〉
1994年から2009年までの展覧会への資料協力事例32件

 冊子の中では以上のようなさまざまな提案を行っています。また提供可能な資料も紹介されています。

連携の実現:特別展『森永のお菓子箱 エンゼルからの贈り物』(2011年11月3日~2012年1月9日) 15

 「森永製菓企業コレクションを生かした展覧会の提案」にもあるように、連携展示以前から、史料室では、広報やお客様サービスセンターを通じて社会貢献活動として、要望があれば学芸員のいる公立の博物館等に資料(レプリカ含む)を貸し出したり、マスコミ取材に協力してきました。その一環として、2008年にたばこと塩の博物館が「昭和30年ものがたり」の展示を行った際、貸し出しをしています。このようなバックグラウンドがあったため、2010年の9月から10月にかけて森永製菓の野秋誠治氏により「森永製菓企業コレクションを生かした展覧会のご提案」を示されると、たばこと塩の博物館側もこれを積極的に受け止めました。

 2010年11月に特別展開催の打診と正式依頼をたばこと塩の博物館が行い、2月以降月1回のペースで開催することで合意しました。2011年3月に東日本大震災がありましたが、4月に企画会議を再開し次のように準備を進めています 16

2010年 11月   特別展開催の打診・正式依頼(事業計画)
2011年 2月   企画会議(月1回を予定)
     3月11日 震災(3月10日に2回目の企画会議)
     4月   企画会議再開 年間イベントスケジュール(公開)
     5月   ポスター・ちらし デザイナー決定(DM作成開始)
     7月   著作物に対する考え方整理、イベント関係交渉
     8月   展示プラン大筋確定、ポスター・チラシ制作
     9月   スケジュール見直し 展示品確定
         資料撮影、原稿作成
    10月   図録作成・展示造作 輸送手段段取り 広報活動本格化
    11月   展示スタート

 予算は、展示造作、資料輸送(含む保険)、図録製作費、印刷物制作費(デザインを含む)、その他をたばこと塩の博物館が負担し、撮影費、イベント開催費、その他を森永製菓とエンゼル財団が負担しています。

 実現に向けての討議の中で展覧会は、「展示準備を通じ、それぞれの職員が交流する中で、各々が所蔵する作品や資料について、従来の角度とは違った見方や活用方法について探ること」 17 「企業が大切に保管してきた史資料を、日本の生活史の一断面として展示することによって、企業史資料の文化性やその豊かさを紹介し、その保存・活用の意義について考察すること」といった目的も包含するものとして企画されました 18。このため、本展覧会は企業史料協議会の後援も受けることになったのでした。

 実際の展示には森永製菓史料室所蔵の500点以上を公開しました。初めての試みということもあり、時代やテーマを限定せずできるだけ大勢の人たちに喜ばれるような展示を試みたということです。展示の構成は次の通りです。

〈導入展示:「森永エンゼルの会の店」仮想再現〉
1960年代のお菓子屋さんを当時の写真などをもとに再現。

〈森永タイムトラベル〉
1899年の創業から、関東大震災、戦争、高度成長などを経て発展してきた道筋を年表と資料で振り返る。戦中・戦後に扱っていた医薬品や靴クリーム製品も展示。

〈黄色い小箱の物語〉
1913年発売以来親しまれてきたロングセラー製品「ミルクキャラメル」をテーマに、そのパッケージの変遷や工夫を凝らした広告を紹介。

〈森永製品大集合!〉
約10年単位で、時代順に発売製品を展示。関連商品やグッズも紹介。

〈広告の森永〉
世評の高かったポスターなどの広告を展示。テレビCMも紹介。

連携の成果

 54日間の会期中、入館者は13,108人(一日平均243人)でした 19。たばこと塩の博物館にとっては、これまでの入館者層とは異なる、若者から中年層の来会が目立ち、子ども向けワークショップも好評でした 20

 アンケート結果では、パッケージやポスターを懐かしむものや、「当時の自分」(自分史)を語るものが多数あり、企業の歴史的社会的役割を示すものと主催者は評価しています 21

 森永製菓では、役員のほとんど全員が来館しました。役員たちからは「こんなにたくさん資料をもっているんだ」という感想が寄せられています 22。さらに、デザインを学んでいる学生の来館など、これまで史料室との接点がなかった分野の専門家への訴求効果を確認しています 23

 またこの展示は2012年3月期(第164期)の「株主通信」 24 にこの期のトピックスとして写真入りで大きく取り上げられて、株主へも大きくアピールしました。

 連携による学術研究上の成果もありました。洋菓子産業とたばこ産業はいずれも100年を超える歴史を持ち、社会的に有機的なつながりがあるといえます。ともに嗜好品・大衆向け商品・パッケージ商品・装置産業という共通点があり、新商品開発・デザイン戦略(パッケージ形状)・広告戦略を比較して見ると、相関性を見出すことができました 25

 さらに日本の著作権法にはフェアユースという考え方が存在しないため、博物館における展示では複雑な権利処理を行わねばならないことがあります。企業資料の場合、著作権の帰属先がはっきりしているので、その分容易に展示することができることも判明しました 26

 一方、発見された課題もあります。ひとつは資料の劣化です。展示によって一部の資料の劣化が進んだため、それに対する保存措置を講ずる必要が生まれ加えて、通常業務が手薄になるという点も明らかになりました 27

 本展覧会の総括としては、連携の場合、組織作り(運営体制)、予算配分、役割分担、業務の進め方、著作権への考え方などすり合せなければならないことが多かったということですが、一方で展示は企業資料の価値を高め(役員の評価に明らか)、活用・普及に寄与することが示されたということができます。

さらなる連携へ:北へ(盛岡へ)、南へ(佐賀・伊万里へ)

 この展覧会を大きなきっかけとして、森永製菓では2012年7月21日から9月23日まで、もりおか歴史文化館(岩手県盛岡市)で特別展「お菓子で笑顔に ~森永製菓の企業資料から~」を、もりおか歴史文化館、森永製菓株式会社、一般財団法人森永エンゼル財団の三者の共催事業として開催しました。2014年にはさらに、7月18日から9月7日まで佐賀県立博物館で生誕150年記念「森永太一郎─2坪の町工場から始まった〈おかし〉革命─」展を、佐賀県立博物館、森永製菓株式会社、一般財団法人森永エンゼル財団で共催、続いて9月21日から11月16日まで、同県伊万里市歴史民俗資料館で企画展「伊万里で生まれた製菓王」を開催しました。

 盛岡での展覧会のちらしには「国内で初めて板チョコやキャラメルを作った森永製菓株式会社には、明治時代から今日までの企業資料が大切に保管されています。企業活動によって生み出されるさまざまな資料は、産業史の語り部であり、生活や社会の姿も映し出す文化財です」と明記され、展示のメインテーマを企業資料の意義と価値に置いています。

 盛岡での展覧会には会長と専務二名が、九州での展示には会長、社長、専務二名も来場するなど、社内の経営トップ層が高い関心を示してくれました。地域社会に対して企業資料に関してアピールしたことがよくあらわれているのは、現地の販売店が保管していた過去の販促活動の写真や書画が発掘されたり(盛岡)、関連する書簡が発掘されたり(佐賀)、オーラルヒストリーの対象者を発見して実際に話を聞いた(佐賀)などの資料収集につながったことです 28

 日本では公的機関(国や地方自治体、財団法人など)と営利企業の間の垣根は高く、両者の間の連携は難しいと考えられてきました。公的機関と営利企業の間の連携協力は公的機関のフェアネスを損なうと見られがちとも言えます。しかし、本展覧会においては大きな批判もなく、「企業資料の保管、修復の努力に感銘を受けた」「企業文化の豊かさの一端が見られた」(来館者アンケート 29 より)といった企業資料の展示そのものを高く評価する感想が寄せられました。本展は一般の市民、デザインを学ぶ学生、そして役員たちの企業資料への関心を高めたと言えます。

 また野秋氏は、日本では近年行政の効率化のために、公立博物館運営が指定管理者に委託され、学芸専門職が減っているという状況があるため、「森永製菓企業コレクションを生かした展覧会の提案」といったツールの提供は、そういった公立博物館やギャラリーが展示企画をするうえで、博物館・ギャラリー側の負担を減らし、展覧会開催を後押しする要因になる可能性があると指摘しています 30

 以上をまとめましょう。森永製菓史料室とたばこと塩の博物館の連携は、企業と、その企業とは直接(人的、資本的)関係のない博物館の展示における連携です。これは、企業資料の評価を高め、それによって企業に対する社会的信頼・歴史的アイデンティテイに関する認知度を向上させたものとして、たいへん優れたものと言えます。この展示は企業資料の多様性、文化性とその意義を、地域社会、一般市民、そして経営幹部に広く伝える格好の場となったのです。東京での展示は地方展示への道を拓いたものとしても注目に値します。

 『森永のお菓子箱 エンゼルからの贈り物』の連携事例は他社・他館に新しい取り組み方法として少なからぬインパクトを与えました。その一つが澁澤倉庫株式会社と公益財団法人渋沢栄一記念財団渋沢史料館の間の連携企画「企業の原点を探る」シリーズであり、その第一回目企画展「澁澤倉庫株式会社と渋沢栄一〜信ヲ万事ノ本ト為ス〜」の開催です。

[ 以下、後編に続く ]


[注]

1 International Integrated Reporting Council('the IIRC') http://integratedreporting.org/

2 Global Reporting Initiative https://www.globalreporting.org/Pages/default.aspx

3 例えば、小森博司「外国人機関投資家の視点で考えるCSRからESGへの流れ」『研究報告CSR白書2014:統合を目指すCSR その現状と課題』2014年7月、東京財団、ISBN978-4-86027-008-7 。

4 2010年5月発行の Business Archives: Principles and Practice 誌第100号に掲載された KATEY LOGAN and CHARLOTTE McCARTHY, Commercial Impact of an Archive Exhibition はその後日本語に翻訳されて2012年3月に刊行された Sekai no Bijinesu Akaibuzu: Kigyo Kachi no Gensen (Leveraging Corporate Assets: New Global Directions for Business Archives). Tokyo: Nichigai Associates, 2012に収録され、企業アーカイブズの展示の先行事例・成功事例として日本語版刊行以来関係者にも広く読まれています。

5 校正と編集を担当してくれた博物館学を専門とするMs.Sarah Kuramochiにも感謝します。

6 以下の記述は他に断りのないかぎり、たばこと塩の博物館『2013年度 たばこと塩の博物館年報 第29号』2014年、4ページ。

7 同上。

8 たばこと塩の博物館『2013年度 たばこと塩の博物館年報 第29号』2014、13ページ。

9 鎮目良文(たばこと塩の博物館)「企業アーカイブズから展覧会へ─その企画展開について─」第21回産業文化博物館コンソーシアムCOMICにおけるプレゼンテーション。2011年11月30日開催。

10 Corporate Data, Corporate Information, Morinaga Website http://www.morinaga.co.jp/english/information/data/ (Accessed 05/01/2015)

11 http://www.morinaga.co.jp/company/ir/ir_inc/pdf/governance.pdf

12 史料室(アーカイブズ)着任以前は、生活文化研究所 CONSUMER LIFE RESEARCH DIVISION、お客様センター、イノベーション研究 INNOVATION CENTER 関係部署等に勤務。現在は森永エンゼル財団理事。日本アーカイブズ学会登録アーキビスト。

13 筆者による野秋誠治氏、須古邦子氏インタビュー、2015年3月18日。野秋氏の取り組みは後に野秋誠治「第7章 史資料の管理」、企業史料協議会編『企業アーカイブズの理論と実践』2013年11月、丸善プラネット株式会社発行、99~114ページとしてまとめられ、刊行されました。本書は日本における企業アーカイブズ管理に関する最初の専門書籍です。

14 森永製菓株式会社「森永製菓企業コレクションを生かした展覧会の提案」(非売品・内部資料)。

15 以下の記述は他に断りのないかぎり、筆者による野秋誠治氏、須古邦子氏インタビュー、2015年3月18日による。

16 鎮目良文(たばこと塩の博物館)「企業アーカイブズから展覧会へ─その企画展開について─」第21回産業文化博物館コンソーシアムCOMICにおけるプレゼンテーション。2011年11月30日開催。

17 勝浦秀夫「ごあいさつ」、たばこと塩の博物館『特別展 森永のお菓子箱 エンゼルからの贈り物』(図録)、2011年、4ページ。

18 たばこと塩の博物館『2011年度 たばこと塩の博物館年報 第27号』2012年7月1日、36ページ。

19 たばこと塩の博物館『2011年度 たばこと塩の博物館年報 第27号』2012年7月1日、36ページ。

20 鎮目良文(たばこと塩の博物館)プレゼンテーション資料「企業アーカイブズから展覧会へ─その企画展開について─」2012年4月7日、渋沢史料館にて開催。

21 同上。

22 筆者による野秋誠治氏、須古邦子氏インタビュー、2015年3月18日による。

23 同上。

24 http://www.morinaga.co.jp/company/ir/ir_inc/pdf/1211_164.pdf

25 鎮目良文(たばこと塩の博物館)「企業アーカイブズから展覧会へ─その企画展開について─」第21回産業文化博物館コンソーシアムCOMICにおけるプレゼンテーション。2011年11月30日開催。

26 同上。

27 筆者による野秋誠治氏、須古邦子氏インタビュー、2015年3月18日による。

28 佐賀県立博物館での展覧会は2014年3月期(第167期)の「株主通信」 Kabunushi Tushin (Newsletter for Shareholders) にこの期のCSRのページに同展のカラーポスターと共に紹介されています。

29 たばこと塩の博物館『2011年度 たばこと塩の博物館年報 第27号』2012年7月1日、37ページ。

30 筆者による野秋誠治氏、須古邦子氏インタビュー、2015年3月18日による。

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