理事長メッセージ

年頭のご挨拶

 新年、明けましておめでとうございます。本年もまた、皆様にとって幸多い年となりますよう、衷心よりお祈り申しあげます。本年もどうかよろしくお願いいたします。
 さて今年2026年ですが、渋沢栄一にとって100年前、つまり1926年はたいそう実りある年でした。と言いますのも、その前年と同年に、渋沢は、はじめてノーベル平和賞候補に推薦されたからです。
 当時の日本にあって、ノーベル平和賞がもつ意味あいは、現在ほど深いものではなかったようです。しかし、国際的な推薦を求めたノーベル賞委員会にたいして、当時の日本政府は、加藤高明首相の名で、渋沢栄一を候補として応答しました。その理由は、当時の日本にとって重大な問題であったアメリカ合衆国政府との軋轢の解消に努力を傾けたというものでした。
 軋轢とは、日本からの対米移民が米国の労働力市場を撹乱しているとの反発が昂進して、反日騒動にまで発展しかねないとの憂慮が拡がっていたことでした。老渋沢はみずから身を挺して渡米して、有力者たちに事情の説明と、穏当な解決を提唱してきました。その努力について、日本政府は国際平和賞の授与を求めたというわけです。
 その要請は残念ながら、ノーベル賞委員会の容れるところとなりませんでした。しかし、今となって顧みれば、渋沢の平和志向は、たんに日本人移民問題ばかりではなく、もう少し広汎な、多国間の理解や協力を求める思考や協力への提唱を含めたものだったようです。その発想は当時にあっては、第一次世界大戦の災禍を体験した世界が共有しはじめた平和思想に対応するものでもありました。
 もし仮に渋沢が1920年代に、幸いにもノーベル平和賞を受賞していたとしたら、あるいは日本政府は、のちに愚かな戦争への道を択ばなくてもよかったかも知れないと思わざるをえません。歴史家である私は、歴史には「もし」はありえないと、認めざるをえないのですが。
 今年の初夢としてお認めいただけるでしょうか。この夢が醒めなければいいなとひそかに希っています。今年は日本人のどなたかに平和賞が与えられますように。


2026年1月
公益財団法人 渋沢栄一記念財団
理事長 樺山紘一