ビジネス・アーカイブズ通信(BA通信)

第97号(2023年3月29日発行)

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☆      □■□ ビジネス・アーカイブズ通信 □■□

☆       No.97 (2023年3月29日発行)

☆    発行:公益財団法人 渋沢栄一記念財団 情報資源センター

☆                        〔ISSN:1884-2666〕
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この通信では海外(主として英語圏)のビジネス・アーカイブズ(BA)に関する情報をお届けします。

海外BAに関わる国内関連情報も適宜掲載しております。

今号は文献情報3件です。

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◆ 目次 ◆

[掲載事項の凡例とご注意]

■文献情報:「"活用"を通して組織アーカイブズの価値を探る:企業を中心に」

■文献情報:eabh(欧州銀行金融史協会)ポッドキャスト
◎「ビジネス・ヒストリーからビジネスをどのように作るのか?」

■文献情報:「ポーランドのビジネス・アーカイブズの過去と未来:長寿企業における業務記録の活用に関する予備的調査」

☆★ 編集部より:あとがき、次号予告 ★☆

企業史料協議会・一般財団法人日本経営史研究所共催講演会「阿部武司先生定年記念・特別講演」

「アーカイブズの不穏な空気:アーキビストは、広範囲に及ぶ結果をもたらす厳しい決断を下す:彼らは私たちの支援に値する。」
(The Conversation 2023年1月12日公開記事)


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[掲載事項の凡例]

・欧文の場合、日本語で読みやすいものになるように、タイトルははじめに日本語訳を、続いて原文を記します。
・人名や固有名詞の発音が不明の場合も日本語表記を添えました。便宜的なものですので、検索等を行う場合はかならず原文を用いてください。
・普通名詞として資料室や文書室、物理的な記録資料を表現する際は「アーカイブズ」を用います。固有名詞の場合はこの限りではありません。また物理的およびデジタル記録資料の蓄積や組織化に関しては「アーカイブ」「アーカイブ化」「アーカイビング」などの表現を用いることもあります。

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[ご注意]
・受信時にリンク先を示すURLが途中で改行されてしまう場合があります。通常のURLクリックで表示されない場合にはお手数ですがコピー&ペーストで一行にしたものをブラウザのアドレス・バーに挿入し、リンク先をご覧ください。

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■文献情報:「"活用"を通して組織アーカイブズの価値を探る:企業を中心に」

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◎「"活用"を通して組織アーカイブズの価値を探る:企業を中心に」
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc020_value.html

情報資源センターのウェブサイトで公開している「世界/日本のビジネス・アーカイブズ」に、新しく「"活用"を通して組織アーカイブズの価値を探る:企業を中心に」を掲載しました。(2023.03.15)

本稿は、専門図書館協議会機関誌『専門図書館』2022年度特別号(2022年11月25日発行)に掲載された松崎裕子(公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センター企業史料プロジェクト担当)「"活用"を通して組織アーカイブズの価値を探る 総論2:組織アーカイブズとその"活用":企業を中心に」の増補改訂版です。専門図書館関係者向けの講演として準備したものを基にしているため、専門図書館員、とくに組織(企業)内図書館の司書、スタッフへのメッセージという性格を持っています。

HTML版
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc020_value.html

PDF版
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/pdf/doc020_value.pdf

<目次>
・1. はじめに
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc020_value.html#01

・2. 組織アーカイブズとは
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc020_value.html#02

  2.1 「組織アーカイブズ」と「収集アーカイブズ」
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc020_value.html#021

  2.2 親組織の性格・目的・使命による違い
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc020_value.html#022

  2.3 仕組みと"活用"の位置:「前段なくして"活用"なし」
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc020_value.html#023

  2.4 (旧来の)標準的な組織アーカイブズと日本モデルの特性
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc020_value.html#024


・3. 組織アーカイブズの"活用":企業を中心に
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc020_value.html#03

  3.1 ビジネス・アーカイブズ概観
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc020_value.html#031

  3.2 グローバル化、デジタル化の中でのビジネス・アーカイブズの変化
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc020_value.html#032

  3.3 変化の背景を探る
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc020_value.html#033

  3.4 組織アーカイブズ:文脈の中に置かれた情報
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc020_value.html#034

  3.5 "活用"=価値の創出、親組織と社会に貢献
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc020_value.html#035

・4. おわりに
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc020_value.html#04

【注】
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc020_value.html#05


★☆★...編集部より...★☆★

本文の「はじめに」の部分に記したように、本稿は専門図書館関係者向けの講演として準備したものを基にしているため、専門図書館員、とくに組織(企業)内図書館の司書、スタッフへのメッセージという性格を持つものです。このメッセージとは次の3点にまとめられます。

1 「組織とその業務の記録の塊・集積としてのアーカイブズ(記録)は、活用を通じてデジタル化とグローバル化時代の組織(企業)と社会に貢献する」

2 「活用のためには、証拠であり資産である記録の集積というアーカイブズ(記録)の本質をよく理解して、然るべき準備(前段)、取り扱いが必要」

3 「年史編纂プロジェクト等をきっかけに(機関としての)アーカイブ(ズ)室を立ち上げて、運営を図っている組織ばかりではなく、そもそもアーカイブズ(記録)とそれに関わる情報が集約・整理されていないなど、アーカイブズ(記録)の活用からは程遠い組織も少なくない。人的リソースが限られる企業においては、ライブラリアンが情報専門職としてアーカイブズ(記録)の管理・活用を担う、つまりアーカイブズ(機関)機能を担うことによって、組織(企業)に貢献できる可能性があるのではないか」

組織の記録を体系的に収集、保存、管理し、参照できるようにする仕組みとしてのアーカイブズと、この仕組みの運用のために不可欠なプロフェッショナルであるアーキビストの養成が制度的に整わない状況のなかで、日本ではデジタル化時代に突入しました。また、グローバル化した経営環境のなかで、活用の機会は増えているにもかかわらず、アーカイブズ(史資料室)を社内に持つ組織は必ずしも多いとは言えません。

渋沢栄一は、企業活動とは公益に貢献すべきであることを理念として掲げる一方、記録を大切にしていました。競争の激しい企業活動においては、間接部門のスリム化志向は避けがたく、記録の管理を担当するアーカイブズ(史資料室)を設置し、維持していくことは簡単ではありません。しかし今日、アーカイブズはデジタルな環境において、活用によって価値を生み出す、その価値の源泉、資産です。本稿は、アーカイブズ(史資料室)が存在しない組織の場合、資料の専門家であるライブラリアンにアーカイブズへの関心を高めてもらいたい、という期待を込めた一文です。

ウェブサイトへの掲載あたっては、企業史料協議会「デジタル文書資料管理講座:企業アーカイブズとデジタルをつなぐ」の各回の講義や全国歴史資料保存利用機関連絡協議会(全史料協)近畿部会第163回例会(テーマ「アーカイブズにおける基礎概念の再検討」)での研究報告が大変参考になりました。前者の「初級編」講師の東京大学大学院経済学研究科資料室助教矢野正隆氏には、組織アーカイブズ、収集アーカイブズ、ライブラリーの関係を示した図の転載をご快諾いただきました。


[関連ページ]

専門図書館協議会
https://jsla.or.jp/

専門図書館協議会2022年度全国研究集会
https://jsla.or.jp/2022zenkokuken/

企業史料協議会「デジタル文書資料管理講座:企業アーカイブズとデジタルをつなぐ」
https://www.baa.gr.jp/syousai.asp?id=714

全国歴史資料保存利用機関連絡協議会(全史料協)近畿部会
http://jsai.jp/iinkai/kinki/kinki-top.html

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■文献情報:eabh(欧州銀行金融史協会)ポッドキャスト
◎「ビジネス・ヒストリーからビジネスをどのように作るのか?」

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◎欧州銀行・金融史協会(eabh)ポッドキャスト「ビジネス・ヒストリーからビジネスをどのように作るのか?」
eabh Podcast: How to make a business out of business history?
https://podcasters.spotify.com/pod/show/carmen-hofmann/episodes/How-to-make-a-business-out-of-business-history-e1qjk4j/a-a8s2mlg

出演:アンダース・ショーマン(ストックホルム経営史研究センター)、カルメン・ホフマン(eabh)
Anders Sjöman & Carmen Hofmann

eabhは、「過去の活動に関する正確かつアクセス可能な記録は、歴史的背景の中で基本的な金融原則とその発展を理解するための鍵であり、この理解こそ、持続可能なグローバル金融システムにとって不可欠な基盤である」との確信に基づき、歴史関連資料の適切な保存と高度な歴史研究の流れを促進するために1990年に結成された非営利団体で、会員は欧州各国の銀行が中心です。
http://bankinghistory.org/about/
http://bankinghistory.org/wp-content/uploads/EABHStatutes_2016.pdf (定款)

eabhはウェブサイトを通じて銀行・金融史研究とアーカイブズに関する情報発信を積極的に行っています。今回ご紹介するのはeabhのポッドキャスト・シリーズの一つで2022年11月14日に公開された「ビジネス・ヒストリーからビジネスをどのように作るのか?」というタイトルのプログラムです。この回の内容は、eabhの事務総長のカルメン・ホフマン氏による、スウェーデンのストックホルム経営史研究センターのアンダース・ショーマン氏へのインタビューです。

企業内にアーカイブ室を設置したり、財団を設立してアーカイブズ(資料)の管理を行うことが普及している世界の他の地域とは異なり、北欧ではアーカイブズ管理の外部委託の仕組みが発達し、「アウトソーシング・アーカイブ・ソリューション」企業が存在します。ストックホルム経営史センターはその代表的団体・企業で、1974年に設立され、現在は約7,000社のスウェーデン企業の業務記録・アーカイブズ(書架延長は約75,000メートル)を管理しています。約500の企業が会員として非営利団体としてのストックホルム経営史センターを支え、この非営利団体の下部組織である営利企業としてのストックホルム経営史センターは次の3つの業務を行なっています。

(1) 企業から委託された記録・アーカイブズをアーキビストが整理する。
(2) 記録・アーカイブズの管理の委託を請け負っている企業からの調査をサポート、あるいは代行する。
(3) 管理を委託されている記録・アーカイブズを用いたエディトリアル業務(各種媒体による歴史コンテンツの作成サポート)
(ショーマン氏は、自分はアーキビストではなく、PR業界出身であり3つ目の業務を担当していると語っています。)

これらの業務から得られた収益は、親組織の非営利団体に寄付されて、親組織の方では、個々の企業とは関係のない学術研究活動を推進するという、非常にユニークなシステムとなっています。この仕組みが「ビジネス・ヒストリーからビジネスを作る」ことを可能にしています。

さて、ショーマン氏は、企業にアーカイブズが必要な理由を二つにまとめています。
(1) リスク管理のため
(2) 歴史マーケティングに活用可能な、価値ある資産だから

興味深いのは、「リスク管理のための企業アーカイブズ」という考え方は、1990年代に起こった第二次世界大戦中の企業の歴史を明らかにする取り組み、自社の過去の業務・活動の事実を把握することから生まれたもので、この過去の歴史の振り返りのなかから、過去の良いこと・悪いことを発見し、そこから「悪いことを認めたのだから、良いことも祝おう」という流れが生まれ、これが「(2)」の自分たちの歴史をより積極的に活用する歴史マーケティングのコンセプトを生んだ、という部分です。今回のインタビューはこの二つの理由・考え方の関係とその背景を知るために重要な指摘を含んでいます。

そして、現在の課題としては、ショーマン氏は次の3点を上げています。
(1) ボーンデジタル記録のアーカイブ
(2) デジタル時代に生まれた企業にアーカイブズの価値を認識してもらうこと
(3) ある種の産業の関係者に、自分たちの歴史に関心をもってもらうこと(とくにコンサルタント業)

このほか、「パーパス」という言葉は使われていませんが、企業が新しいミッションやビジョン・ステートメントを作る時、歴史的な裏付けを確認するといった点、あるいは、誰に向けて歴史コンテンツ(社史をはじめとするエディトリアル・プロダクト)を作成するのか、といった話題は、日本でもなじみ深いテーマでしょう。後者の事例として、大手食品小売業者が100周年記念として大判の本の出版を考えたのだけれど、食品店の経営者がそのような本を読む時間があるだろうか、どこに置くのか、といった議論を経て、最終的には4つの号に分割した雑誌形式のものとした、という事例が挙げられていました。

インタビューでは、eabhが関心を持つスウェーデンの銀行アーカイブズや、今後、林業や鉱山業などの基幹産業への回帰が必要といった話題も取り上げられていました。


[関連ページ]
「ビジネス・アーカイブズ通信」ストックホルム経営史センター関連記事
91号 https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/20211002.html#01-17
71号 https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/20170530.html#02
   https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/20170530.html#01
73号 https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/20171018.html#01
92号 https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/20211019.html#03
68号 https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/20170208.html#01

ストックホルム経営史センター(英語ページ)
https://www.naringslivshistoria.se/en/

「ビジネス・アーカイブズ通信」eabh関連記事
92号 https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/20211019.html#03
88号 https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/20210312.html#03
45号 https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/20130629.html

eabh
http://bankinghistory.org/

[関連文献]
「世界のビジネス・アーカイブズ概観」(『デジタルアーカイブ・ベーシックス 5 新しい産業創造へ』勉誠出版、2021年5月刊)
https://bensei.jp/index.php?main_page=product_book_info&cPath=2&products_id=101212

「企業アーカイブズの30年」(南山アーカイブズ『アルケイア-記録・情報・歴史-』17号、2022年11月)
https://www.nanzan.ac.jp/item/202211/Archeia17-1_Matsuzaki.pdf(PDF)
https://www.nanzan.ac.jp/archives/publication/archeia/000239.html

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■文献情報:「ポーランドのビジネス・アーカイブズの過去と未来:長寿企業における業務記録の活用に関する予備的調査」

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◎トマシュ・オレイニチャク、アンナ・ピコス「ポーランドのビジネス・アーカイブズの過去と未来:長寿企業における業務記録の活用に関する予備的調査」
Tomasz Olejniczak, Anna Pikos, The past and future of Polish Business Archives: Exploratory survey of business records uses in long-lived companies
https://www.researchgate.net/publication/367541043_The_past_and_future_of_Polish_Business_Archives_Exploratory_survey_of_business_records_uses_in_long-lived_companies

https://www.researchgate.net/profile/Tomasz-Olejniczak-4/publication/367541043_The_past_and_future_of_Polish_Business_Archives_Exploratory_survey_of_business_records_uses_in_long-lived_companies/links/63d7c11bc465a873a26e103d/The-past-and-future-of-Polish-Business-Archives-Exploratory-survey-of-business-records-uses-in-long-lived-companies.pdf (PDF)

ドイツ・ビジネスアーキビスト協会会誌『アーカイブと経済』2022年第4号に掲載された、トマシュ・オレイニチャク、アンナ・ピコス両氏(いずれもポーランド・ワルシャワのコズミンスキー大学所属)による同協会2022年年次大会での発表「ポーランドのビジネス・アーカイブズ」を基にした論文が、リサーチゲート(論文公開プラットフォームの一つ)で公開されています。

この論文は、ポーランドにおけるビジネス・アーカイブズの複雑な現状について、その成り立ちを明らかにすることを目的としています。また、ポーランドのビジネス・アーカイブズの今後の発展の道筋に何らかの示唆を与えることを期待して、筆者たちはポーランドにおける長寿企業の遺産・事業記録の管理に関する最近の動向を紹介しています。本稿の前半では、歴史的・法的観点からポーランドの事業記録の現状と、主要なアクターと機能モデルを簡単に説明し、後半ではポーランドの長寿企業の調査から得られたいくつかの知見を紹介し、最後にポーランドのビジネス・アーカイブズの将来について論じています。

歴史的観点からは、「第1期:産業革命以前から第二次世界大戦終了まで」、「第2期:1945年から1989年までの共産主義・社会主義体制まで」、「第3期:1989年以降」の3期に分け、それぞれ企業記録の「分散」(第1期)、「中央集権的なアプローチ」(第2期)、「分散と集中の混在」(第3期)が特徴であるとしています。法的観点では、国家アーカイブズ資源/非国家アーカイブズ資源と、登録済み/登録していない、の二つによって法的に区分されるとあります。

主要なアクターと機能モデルに関しては、『インターナショナル・ビジネス・アーカイブズ・ハンドブック』(2017年) https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/20190403.html#01 収録のジャネット・ストリットランド氏による論文「組織と目的」を参照しながら、組織内アーカイブズ、公文書館、専門資料館、財団、博物館、大学、その他、それぞれに該当する機関や団体をピックアップしています(Figure2)。

後半のポーランドの長寿企業における業務記録活用の予備的調査の部分は、筆者らの長期的な研究プロジェクトの調査の分析を行なうものです。この調査では、著者たちはポーランドの長寿企業50社を訪問して、「歴史的な継続性」と「記録の利用法」の二つの観点から、それぞれの企業がどのレベルに位置づけられるかを評価しています。

「歴史的な継続性」評価は、人、製品・サービス、コアビジネス、インフラ、所有権、場所、法的地位、コア技術、理念、名前・ブランドという10項目からなる「継続性に関わる諸次元フレームワーク」を用い、後者に関しては、(1) 事業記録の「収集」に限定した関与の度合いが最も低いレベル、(2) 社史の出版という最も一般的な業務記録の利用法、(3)企業博物館設立という高度で資本集約的な歴史記録の利用法、(4)本格的なビジネス・アーカイブズでの利用、とレベル分け(数字が大きくなるにつれて高度化する)を設定しています。

そして、この調査結果を、4種類のカテゴリーからなる遺産管理のマトリックスに位置付け(Figure4)、ポーランドのビジネス・アーカイブズの二つの発展経路の可能性を結論として引き出しています。すなわち、「伝説的遺産」(歴史的継続性の次元の数が少なく、かつ記録の利用も単純、限定的)から「戦略的遺産」(歴史的継続性の次元の数は少ないが、記録を高レベルで利用する)への道と、「自然遺産」(歴史的継続性の次元が多元的であるにも関わらず、記録の利用が単純または限られている)から「完璧な遺産」(記録を高レベルで利用し、歴史的継続性の次元が多元的)への移行の道です。

記録の利活用と企業の継続性の関係は、経営学とアーカイブズ学の重なる領域にある重要な研究テーマであり、現実の企業経営においても、これに関わる知見が大いに期待されることに気付かされた論文でした。


[関連ページ]
「ビジネス・アーカイブズ通信」中東欧のビジネス・アーカイブズ関連記事
86号 https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/20200529.html#02
91号 https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/20211002.html#01-13

同 ドイツ・ビジネスアーキビスト協会関連記事
94号 https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/20220701.html#03

ドイツ・ビジネスアーキビスト協会会誌『アーカイブと経済』2022年第3号、2022年度大会に関する記事(PDF)
https://www.wirtschaftsarchive.de/site/assets/files/24611/auw_3_2022_150-155.pdf
最後のページに、トマシュ・オレイニチャク教授とアンナ・ピコス博士の発表風景の写真が掲載されています。


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[略称一覧]
ACA: Association of Canadian Archivists(カナダ・アーキビスト協会)
ARA: Archives and Records Association(アーカイブズとレコード協会)
ASA: Australian Society of Archivists(オーストラリア・アーキビスト協会)
BAC: Business Archives Council(ビジネス・アーカイブズ・カウンシル)
BACS: Business Archives Council in Scotland(スコットランド・ビジネス・アーカイブズ・カウンシル)
BAS: Business Archives Section(ビジネス・アーカイブズ部会:SAA内の部会)
CoSA: Council of State Archivists(米国・州文書館長評議会)
DCC: Digital Curation Center(英国デジタル・キュレーション・センター)
EDRMS: Electronic Document and Record Management System(電子文書記録管理システム)
ERM: Electronic Record Management(電子記録管理)
ICA: International Council on Archives(国際文書館評議会)
NAGARA: National Association of Government Archives and Records Administrators(米国・全国政府アーカイブズ記録管理者協会)
NARA: National Archives and Records Administration(米国 国立公文書館記録管理庁)
RIKAR: Research Institute of Korean Archives and Records(韓国国家記録研究院)
RMS: Record Management System(記録管理システム)
SAA: Society of American Archivists(アメリカ・アーキビスト協会)
SBA: Section for Business Archives(企業アーカイブズ部会、ICA内の部会)
TNA: The National Archives(英国国立公文書館)


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☆★ 編集部より:あとがき、次号予告 ★☆

ビジネス・アーカイブズに関わる日本で唯一の団体である企業史料協議会は、一般財団法人日本経営史研究所との共催で同協議会の阿部武司副会長(大阪大学名誉教授、国士舘大学政経学部教授)の講演会を3月31日にオンラインで開催します。
https://www.baa.gr.jp/syousai.asp?id=721 

協議会会員以外の一般の方も参加できます。

演題(仮):
「資料に触れる・歴史に学ぶ:人智とともに歩む企業研究 記憶にたどり着く企業資料―我が人生とアーカイブズ、これまでとこれから―」
日時:2023年3月31日(金)15:00~16:30
場所:オンライン(Zoomミーティング)参加者に招待URLをお知らせします
主催:企業史料協議会、一般財団法人日本経営史研究所 
参加費:無料
定員:80名
申込:参加希望者氏名・所属機関名・メールアドレスをお書きのうえ、事務局メール info@baa.gr.jp 宛にお申し込みください。
申込締切:2023年3月29日(水)
※詳細は下記をご確認ください。
https://www.baa.gr.jp/syousai2.asp?id=721
https://www.baa.gr.jp/


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「アーカイブズの不穏な空気:アーキビストは、広範囲に及ぶ結果をもたらす厳しい決断を下す:彼らは私たちの支援に値する。」
Disquiet in the archives: archivists make tough calls with far-reaching consequences - they deserve our support.
https://theconversation.com/disquiet-in-the-archives-archivists-make-tough-calls-with-far-reaching-consequences-they-deserve-our-support-197013

オーストラリア・メルボルンを拠点とする非営利のグローバル・ニュース・ネットワーク「ザ・カンバセーション」The Conversationは、2023年1月12日にアーカイブズとアーキビストに関わるたいへん興味深い記事を公開しました。著者はラ・トローブ大学(オーストラリア連邦ビクトリア州)人文・社会科学・商学部兼任教授のスチュアート・ケルズStuart Kells氏です。

この記事でケルズ氏は次のような視点を提示しています。

・デジタル化やICT技術の発達、人種差別や奴隷制といった過去の出来事に関わるヘリテージへの注目の高まり、フェイクニュースが氾濫し「ポスト・トゥルース」時代と言われる状況から、今日、世界のアーキビストは多忙で、難しい判断に直面している。

・アーキビストは、何をいつまで保存するのかといった重要な決定に関わり、また、保存すべき記録を光、エアコン、泥棒、不注意な取り扱い、偽物などさまざまな危険から保護する責務を担う専門家である。過去の過ちに関わる記録を保存し、適切に公開していくこともアーキビストの仕事にかかっている。

・アーカイブの仕事は埃っぽくて、退屈で、温和なものというありきたりなイメージは、真実からは程遠い。アーキビストは、政治や社会の変化の中で、常に難しい決断を下している。アーキビストが難しい決断をし続けるためには、必要なリソースを与える必要がある。そして、政治家や狭い利害関係者からアーキビストを保護する必要がある。それによってアーキビストは安心して、保存対象、保存の理由、そして保存物を適切な文脈に置くために下す判断について、透明性を保つことができる。

・過去200年を振り返ってみると、アーキビストは資料管理に関わり、あらゆる失敗をしてきたが、自分たちの仕事の中心的な目的を見失ったことはほとんどない。現代の大きな問題に対して、私たちはアーキビストが正しい判断を下すことを信頼すべきであり、彼らが安心して仕事ができるように、理解と保護を与えるべきである。

ケルズ氏は、アーカイブズとアーキビストが今日担っている「責任」の意味を掘り下げ、そのような責任を担うアーキビストへの理解と保護が必要であることを、はっきりと、的確に指摘しています。この記事が、現在、記録・アーカイブズ管理に携わっているすべての方々を力づける記事であることは間違いありません。

◆「ザ・カンバセーション」The Conversationについて

The Conversationは、2011年にオーストラリアのメルボルンで設立されました。現在は、オーストラリア、米国、英国、フランス、アフリカ、インドネシア、スペイン、カナダで活動する専門チームによるグローバルなサイトネットワークとして運営されています。
https://theconversation.com/global/who-we-are

このオンライン・ジャーナル編集部では「情報の自由な流通を信条としており」、CC-BY-ND(表示-改変禁止)のライセンスの下で記事を公開しています。原作者のクレジット(氏名、作品タイトルなど)を表示し、かつ元の作品を改変しないことを主な条件に、営利目的での利用(転載、コピー、共有)が行えます。
https://theconversation.com/global/republishing-guidelines

このジャーナルはまた、学者とジャーナリストによるユニークなコラボレーションで、10項目から成る同団体の設立趣意書には、次の項目が含まれています。
"責任と倫理を持ち、証拠に裏打ちされた知識ベースのジャーナリズムで、国民の議論に情報を提供する。"
"研究者や学者の知識を引き出し、社会が抱える最大の問題に対する明確な洞察力を国民に提供する。"
"学術、企業、政府のパートナーやアドバイザリーボードと協力し、公共の利益のために運営することを確実にする。"
https://theconversation.com/global/charter

この記事を含め、アーカイブズ関連記事(archivesのタグのついた記事)が87本公開されています(2023年3月28日現在)。
https://theconversation.com/global/topics/archives-7705

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次号は2023年5月発行の予定です。どうぞお楽しみに。

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◆◇◆バックナンバーもご活用ください◆◇◆

https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/index.html

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ビジネス・アーカイブズ通信(BA通信) No.97
2023年3月29日発行 (不定期発行)
【創刊日】2008年2月15日
【発行者】公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センター
【編集者】公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センター
      「ビジネス・アーカイブズ通信」編集部/
      株式会社アーカイブズ工房
【発行地】日本/東京都/北区
【ISSN】1884-2666
【E-Mail】
【サイト】https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/index.html

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2007- All Rights Reserved.

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