公益財団法人 渋沢栄一記念財団 渋沢栄一

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渡米実業団

行程概要

『渋沢栄一伝記資料』の目次に掲載されている綱文(出来事のサマリー)を基に渡米実業団の行程概要をまとめました。

文中にあるアメリカの地名をクリックすると、各地の詳細ページが開きます。また「→」ボタンをクリックすると『渡米実業団誌』『竜門雑誌』に掲載された渋沢栄一の演説等を見ることができます。


1909(明治42)年8月19日

渋沢栄一、渡米実業団一行を率いて東京を出発し、横浜よりミネソタ号に乗船、シアトル(Seattle)に向かう。
『渋沢栄一伝記資料』第32巻 p.55-83】

1909(明治42)年9月1日

渡米実業団一行シアトルに上陸する。船中にて歓迎式が行われ、渋沢栄一は団長として声明書を発表する。3日、シアトル商業会議所の主催にて渡米実業団歓迎晩餐会が開かれ、席上栄一、歓迎の辞に対して答辞を述べる。
上陸に際し米国新聞紙に発表したる意見『渋沢栄一伝記資料』第32巻 p.83-95】

1909(明治42)年9月4日

渋沢栄一、シアトル博覧会(アラスカ・ユーコン 太平洋博覧会 Alaska-Yukon Pacific Exposition)会場内で催された、「日本日」(Japan Day)祝賀式に臨み「実業団之使命」と題する演説を行う。同夜栄一、シアトル博覧会及び同商業会議所主催にて博覧会場内紐育館で催された渡米実業団歓迎晩餐会及び政府館内に於けるレセプションに出席する。
実業団之使命『渋沢栄一伝記資料』第32巻 p.95-99】

1909(明治42)年9月6日

渋沢栄一ら一行、渡米実業団のため特に用意された「100万ドル列車」でシアトルを出発し、タコマ(Tacoma)ポートランド(Portland)バンクーバー(Vancouver)スポーケン(Spokane)その他の諸市を巡回する。
『渋沢栄一伝記資料』第32巻 p.99-141】

1909(明治42)年9月16日

渋沢栄一、渡米実業団の団長として一行と共に、アメリカ合衆国ファーゴ(Fargo)及びグランドフォークス(Grand Forks)に到着し、農事試験場・農学校及び農場を見学視察する。22日、マディソン(Madison)に到着し、ウィスコンシン大学(University of Wisconsin)を訪問、同学農科大学を参観する。
『渋沢栄一伝記資料』第54巻 p.306-307】

1909(明治42)年9月19日

渡米実業団一行ミネアポリス(Minneapolis)に入る。同日、其近郊ミネトンカ湖畔ラファイエット倶楽部に到着、大統領ウィリアム・タフト(William Howard Taft, 1857-1930)に会見し、後、午餐を共にする。栄一この席上演説を行う。20日、同市商業会議所の歓迎会に臨み、次いでミネソタ州立大学(University of Minnesota)等を参観する。
渋沢栄一、タフト大統領演説(1909年9月19日)『渋沢栄一伝記資料』第32巻 p.141-154】

1909(明治42)年9月21日

渡米実業団一行、セントポール(Saint Paul)に入る。次いでシカゴ(Chicago)クリーブランド(Cleveland)、其他の都市を巡回して、10月11日ニューヨーク(New York)に向かう。
『渋沢栄一伝記資料』第32巻 p.154-215】

1909(明治42)年10月12日

渡米実業団一行、ニューヨーク市(City of New York)に入り21日まで滞在する。10月20日、タウンゼンド・ハリス(Townsend Harris, 1804-1878)の墓に詣でる。
『渋沢栄一伝記資料』第32巻 p.215-235】

1909(明治42)年10月22日

渡米実業団一行、ニューヨークを出発し、23日ボストン(Boston)に到着、3日間滞在、その間24日にはニューポート(Newport)のマシュー・ペリー提督(Matthew Calbraith Perry, 1794-1858)の墓に詣でる。26日ボストンを出発、ウースター(Worcester)及びスプリングフィールド(Springfield)を訪れる。28日フィラデルフィア(Philadelphia)に入り、3日間滞在の後同地を出発し、11月1日ワシントン(Washington, D.C.)に到着、3日間滞在する。
『渋沢栄一伝記資料』第32巻 p.235-279】

1909(明治42)年10月26日

渋沢栄一、渡米実業団の団長として、アメリカ合衆国内を旅行中、スプリングフィールドに於て、伊藤博文(いとう・ひろぶみ、1841-1909)遭難逝去の報に接する。
『渋沢栄一伝記資料』第57巻 p.417-419】

1909(明治42)年11月4日

渡米実業団一行、ワシントンを出発し、ピッツバーグ(Pittsburgh)セントルイス(St. Louis)カンザス(Kansas)サクラメント(Sacramento)を経て、19日ロサンゼルス(Los Angeles)に入り、21日同地を出発しサンディエゴ(San Diego)を経て、24日オークランド(Oakland)に向かう。
『渋沢栄一伝記資料』第32巻 p.279-358】

1909(明治42)年11月26日

渡米実業団一行、サンフランシスコ(San Francisco)に到着する。同日及び29日、渋沢栄一及び日本六商業会議所代表者等、アメリカ合衆国太平洋沿岸各商業会議所代表者と相会し、両者協力して貿易の増進拡張を図ることを決議する
決議文(1909年11月29日)『渋沢栄一伝記資料』第32巻 p.358-374】

1909(明治42)年11月30日

渡米実業団一行、サンフランシスコを出発して帰航の途に就くに当り、接伴委員、カリフォルニア州知事及び同地在留の日本人等を船中に招いて留別の宴を開く。12月6日ホノルル(Honolulu)を訪れ、同日横浜に向って出発する。
『渋沢栄一伝記資料』第32巻 p.374-396】

1909(明治42)年12月17日

渋沢栄一、渡米実業団を率いて横浜に上陸し、直ぐに東京に入り、宮内省に出頭し、宮内大臣を経て帰朝の旨を奏上する。午後、東京外五商業会議所聯合会主催同団帰朝歓迎式、東京商業会議所に催される。外務大臣伯爵小村寿太郎(こむら・じゅたろう、1855-1911)・農商務大臣男爵大浦兼武(おおうら・かねたけ、1850-1918)の祝辞に対して栄一答辞を述べる。次いで解団式が行われ、栄一団長として告辞を述べる。
帰朝歓迎式における答辞 解団式における告辞『渋沢栄一伝記資料』第32巻 p.396-415】

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更新日 2009年8月14日

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