公益財団法人 渋沢栄一記念財団 渋沢栄一

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渡米実業団

上陸に際し米国新聞紙に発表したる意見

民主国たると、言論を尊重すること、他に比類なきとの理由に依り、米国に於ける新聞紙の勢力は、固より極めて優勢なるものあり。殊に今回の如き我が有力なる商工業者の大団体の渡米は、空前のことに属し、其関係ある所、岩倉大使一行の渡米に比すべきものあるを以て、一行上陸前、米国新聞記者も、多大の期待を以て我等を迎ふべきにより、米国の国風に従ひ、此際有力の新聞紙若しくは通信機関を通じて、米国の公衆に対し、吾人の態度を明かにし、希望のある処をも言明し置くこと、極めて必要なりと認め、八月三十一日、ミネソタ号「ポート・タウンセンド」に到着するや、渋沢団長は出迎ひたる、水野総領事・田中領事及び頭本元貞氏と相談の上、左の趣意を以て一の言明書を作成し、之を以て米国新聞社の要求に応ずることとし、尚今後旅行中に於て、或種の事項、若くは土地に関し、特殊の意見を求めらるる場合の外は、此言明書を以て新聞応接の根本となすこととせり。其要左の如し。


五十年前、ペルリ提督の来航に依り、日米両国間に結ばれたる友誼は、日に親厚を加へつゝあることを言明し得るは、日本実業団長として、余の欣喜に堪へざる所なり。
三百年来武陵桃源の春を夢みて、東方に幽棲したる日本は、米国の紹介に依りて、世界全国と、友情及び諸種の関係を結ぶことゝなれり。而も米国が爾来常に吾々に対して助力を惜まず、正義人道の精神を以て、過去半世紀間の外交関係を、指導し来れる歴史を顧みれば、吾人が米国に対し、感謝の情甚だ深きものあるは当然にして、此感情は吾邦の上下を通じて、一般普通なることは、昨年米国大西洋艦隊の来訪、及び吾商業会議所の招待に応じて渡米したる、米国実業家の訪問に際し、吾国民が表明したる所に依りて諒知せらるべし。

当時吾日本の国民は、挙つて米国よりの来賓に対し、歓迎の意を表したるは、決して一時的の軽躁なる動作にあらずして、実に凡ての階級と職業とを通じて、国民一般が米国に対して抱ける、極めて自然的にして、且つ普及的なる友情の流露と云ふべし。今回吾実業団が、太平洋沿岸聯合商業会議所の招待に応じ、渡米したることに関しても、吾国民は衷心より之を喜び、一行の本邦出発に際し表されたる、熱誠なる送別の盛意は、実に日本国民が米国に対して、如何に親厚なる「インテレスト」を抱けるやを表したるものなりとす。
殊に吾等は皆 天皇陛下より、芝離宮に於て午餐を賜るの光栄に浴したるが、斯る光栄は、実に官命を帯びずして海外に渡航するものに対しては、空前のことにして、吾等の感佩措く能はざる所なり。
其他国務大臣、若くは各種実業団体等は吾行を壮んにせんが為に種種の方法を以て、熱心に送別の意を表し、団員をして応接に遑なからしめたり。
全国民が斯る熱心なる送別の意を表したるは、実に吾団が、已に日本の益友たり、又今後も我益友たるべき、米国に渡航するが為めに外ならず。若し吾人が他の外国に訪問せんには、斯る一般的の友情の表示を見ることは恐く困難なるべく、米国人に招かれ、米国に渡航するは、吾人の幸運と云ふべし。
東京商業会議所の設置以来、予は殆んど三十年間其会頭たり。現今は直接の関係を有せずと雖も、尚ほ日本実業家の一団と共に、米国を訪問せんことを求められたるに際し、予は至大なる愉快を以て之を承諾し、現に今貴国に上陸せり。

今や欧洲の諸国は、互に軍備の拡張を論じ、殊に列国の君主は、艦隊を率ひて互に訪問を交換せる折柄、日本国民が単純なる実業家を選み、之に平和の使命を附して、大商業国たる米国に派遺せる如きは、相対照して極めて趣味ある現象なりとす。予は屡々外国に於て日本は好戦国民なりとの評判あることを聞けり。是れ根本的の誤りなり。全国民が吾団に対し、斯る熱誠且つ大規模なる送別をなせる一事を以て、其国家的の使命、即ち商業の発達及官民一致して、各般の工業を開発増進せざるベからずとの、国民的使命を自覚せることを証すべし。日米商業関係の発達せんことは、吾人の最も希望する処にして、是亦吾団の、貴国を訪問する意を早やめしめたるものなり。
願くは貴我両国相互の利益の為めに、日米貿易の発展に努力せしめよ、日米両国は大洋に依つて相別るゝと雖も、同時に相連携して、太平洋貿易を建設増進すべき任務を有するものなり。商業は友誼の先駆にして、其精神は両国間に現に既に存在せる良好なる関係を、更に鞏固に、且つ永久ならしむべきものなり。日米両国間の友情は延いて日本及び東洋に於て、米国の産物に対する需用の、日々増加し往く一事に徴しても明なり。

予は近年に於ける米国商工業の発達に驚歎し、米国民を慶賀せんとす。而も此ことたる吾人に取りて亦甚だ賀すべきことなり。何となれば両国の関係や、互に相関聯錯雑し居るを以て、一方に影響すべき事件は、延いて他方にも及ぶべきを以て、米国の繁栄は又日本の繁栄なりと云ふべく、米国の不景気は延いて日本の市場を沈鬱ならしむるものなればなり。
日米両国は、更に東亜に於ける大市場を発展する為めに、互に握手して進まざるべからず。吾人は東洋に国するを以て、東亜の市場に於ては、米国に優り多少の利便を有するは当然のことなれども、大体より云へば、米国民は其莫大なる富源と、廉価なる資本を有するを以て、更に大なる便宜を有するものと云はざるべからず。

商業組織及機械に関する、労働職工の熟練等に至つては、日本国民は畢竟米国人の徒弟に過ぎず。但し前述の如く、日本は清国及び東亜の他の部分に於て、地理上及び其他種々の理由により、欧米国民よりも優れるの便利を有することは、茲に一言附加するを要す。
予が望みは、如上の事情を利用し、米国の廉価且つ豊富なる資本と日本の地理的其他の智識及利便と相俟つて、共同的の商業を東亜に開始し、発展し往くことに存す。斯く云へばとて、日米両国相提携して他の商業国を全然除外拒絶するの意味にあらざるは勿論なり。
聞く所に依れば、米国商業の原則は機会均等・公平無私の二語に存すと。吾邦武士道の本意亦之に外ならず、故に日米両実業家は、此点に於て一致の主義を有するを以て、此主義の上に活動の余地を存し得べきは睹易き道理なりとす。

此航海中、既に同船の米国人より、又上陸後に於て、貴国の各種の人士より、常に米国に於ける日本人問題に付て予の意見を求めらるるも、予は政治家にあらず、又外交家にもあらざるを以て、現状に付て極めて無智なることを白状せり、唯実業家として、此間題に関し一言を求めらるべくんば、吾実業家は、米国に対する日本移民制限---吾政府の自由意思に依りて行はれつゝある---は、良好なる政策と認めざるを得ず。何となれば、此手段は吾邦の経済上、及工業上の状態が変化したるより生ずる、論理的の結果なればなり。
一面に於ては、国内に於ける工業の発展、一面に於ては、吾移民が諸外国に渡航するに依り、国内の賃銀は著しく増加するの傾向を生じ、随つて工業上の利害を有する実業家は、甚だ不安の状態に陥りたり。殊に日本は朝鮮の開発に関し責任を有するに至つて、此所にも亦労力の多数を需要するを以て、労力に対する要求は、益々増加の傾向を有す。更に台湾に於て蕃地を征服するに随ひ、吾労力の要求も亦増加し、北海道に在ても、移民の必要は毫も減ぜざるのみならず、益々拓殖上の必要を感ずるに至れり。
一言以て之を掩へば、日本自国は工業国たるべき運命を有するを以て、実業家としての予は、日本の低廉なる労力が、米国又は何れの外国へも輸出さるゝことは、吾本国の工業の発展上、決して有利なりとは認むる能はずと断言せざるを得ず

 以上言明の主意はシヤトル上陸以後桑港乗船迄大体貫徹して之を発表し、為めに米国人をして、吾国の立場及日米関係に於ける日本実業団の態度を会得せしむるに多少の効果ありしと信ぜらる。


出典:『渋沢栄一伝記資料』第32巻 (東京 : 渋沢栄一伝記資料刊行会, 1960.07) p.91-94
原文:『渡米実業団誌』 (東京 : 巌谷季雄, 1910.10) p.583-590


行程概要の資料一覧
上陸に際し米国新聞紙に発表したる意見 実業団之使命
渋沢栄一、タフト大統領演説(1909年9月19日) 決議文(1909年11月29日)
帰朝歓迎式における答辞 解団式における告辞


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更新日 2009年8月14日

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