公益財団法人 渋沢栄一記念財団 渋沢栄一

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渡米実業団

実業団之使命

以下は、1909(明治42)年9月4日、シアトル博覧会(アラスカ・ユーコン 太平洋博覧会 Alaska-Yukon Pacific Exposition)「日本日」(Japan Day)祝賀式において渋沢栄一が行った「実業団之使命」と題する演説を、増田明六が『竜門雑誌』掲載にあたってその概要をまとめたものです。


日本帝国が外国と交通を開きたる以来、外国に向て派遣せられし使節は数多き事ながら、何れも政治的意味を有するものなりし、然れとも、吾々一行の使命は全く是等と異りて、合衆国の商工農の状態を観て、将来米日両国をして従来の親厚を益増進せんとするに在れば、其切要なる事は決して前者に譲らざるものなり
吾々の一行は九月一日当市に到着、日を経ること僅かに四日なるに当地商業会議所の議員諸君、当市実業団、政府より派遣せられたる諸君、及州市官憲の諸君より熱誠なる歓迎を蒙りたるは、一行に代りて深く感謝する処にして、吾々の使命は前途遼遠なれ共、第一に上陸したる当地に於て、合衆国を代表したるとも云ふべき是等の諸君より如此歓迎を受けたれば、之にて已に吾々の使命は果たされたるかの如き感を抑ゆる能はざるなり、加之此宏壮なる博覧会に、日本帝国政府及我同胞が奮て助力したる結果は、博覧会総裁閣下より日本人が之に大に尽力したるは、愛国心の強き為めなりとの賞辞を蒙りたるは誠に喜ばしき事なり、顧みれば日本が始めて外国と関係を開きたるは、実に今より五十余年前、ペルリ提督の来訪に在りとす、次ぎて旧政府に於て村垣淡路守一行四十有余人を米国に使節として派遣したるが、其当時米国々民の大歓迎を受けたることは日本の記録に存して、吾々も克く知悉する処なり、其後岩倉大使の一行又米国に来航したるが、是等の人々の任務は何れも政治上にありしも、吾々の任務は之と反して経済上にあり、政治的使節の派遣必要ならんも、又経済的の使節の必要なるは敢て言を俟たざるべし
吾々が当市に於て毎日受くる盛大なる歓迎は、蓋し旧政府の村垣淡路守一行に次ぎて、岩倉大使等の受けたる歓迎以上なることを深く信するなり云々


出典:『渋沢栄一伝記資料』第32巻 (東京 : 渋沢栄一伝記資料刊行会, 1960.07) p.97
原文:『竜門雑誌』第264号 (東京 : 竜門社, 1910.05) p.44-45


行程概要の資料一覧
上陸に際し米国新聞紙に発表したる意見 実業団之使命
渋沢栄一、タフト大統領演説(1909年9月19日) 決議文(1909年11月29日)
帰朝歓迎式における答辞 解団式における告辞


行程概要
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更新日 2009年8月14日

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