ビジネス・アーカイブズ通信(BA通信)

第85号(2020年3月19日発行)

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☆      □■□ ビジネス・アーカイブズ通信 □■□

☆       No.85 (2020年3月19日発行)

☆    発行:公益財団法人 渋沢栄一記念財団 情報資源センター

☆                        〔ISSN:1884-2666〕
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この通信では海外(主として英語圏)のビジネス・アーカイブズ(BA)に関する情報をお届けします。

海外BAに関わる国内関連情報も適宜掲載しております。

今号は文献情報1件、行事情報1件です。

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◆ 目次 ◆

[掲載事項の凡例とご注意]

■文献情報:中国のビジネス・アーカイブズ 最近の動向
◎2019年度全国企業档案 情報資源開発利用に関する優秀事例選定結果

■行事情報:ICA/SBA主催 ビジネス・アーカイブズ国際シンポジウム
◎テーマ:「ビジネス・アーカイブズと次のゴールドラッシュ」レポート その3
     2019年9月18日
     リーバイ・ストラウス社(米国カリフォルニア州サンフランシスコ)

☆★ 編集部より:あとがき、次号予告 ★☆

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[掲載事項の凡例]

・欧文の場合、日本語で読みやすいものになるように、タイトルははじめに日本語訳を、続いて原文を記します。
・人名や固有名詞の発音が不明の場合も日本語表記を添えました。便宜的なものですので、検索等を行う場合はかならず原文を用いてください。
・普通名詞として資料室や文書室、物理的な記録資料を表現する際は「アーカイブズ」を用います。固有名詞の場合はこの限りではありません。また物理的およびデジタル記録資料の蓄積や組織化に関しては「アーカイブ」「アーカイブ化」「アーカイビング」などの表現を用いることもあります。

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[ご注意]
・受信時にリンク先を示すURLが途中で改行されてしまう場合があります。通常のURLクリックで表示されない場合にはお手数ですがコピー&ペーストで一行にしたものをブラウザのアドレス・バーに挿入し、リンク先をご覧ください。


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■文献情報:中国のビジネス・アーカイブズ 最近の動向

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◎国家档案局による「2019年度全国企業アーカイブズ(档案)情報資源開発利用に関する優秀事例選定結果」
国家档案局ウェブサイト2020年1月15日「要闻」欄
(元記事は《中国档案报》2020年1月13日 总第3475期 第一版)
http://www.saac.gov.cn/daj/yaow/202001/2d5e43c8dee04c54b4a1cd64c33e68a5.shtml
http://www.zgdazxw.com.cn/news/2020-01/14/content_301155.htm

本通信編集部は昨年11月25日から27日まで東京都内で開催された、「アーカイブズのこれから-膨張する多様な記録にどう向き合うか」をテーマとするEASTICA(国際アーカイブズ評議会東アジア地域支部)の年次会合に参加しました。同会合のプログラムのうち、人口知能とアーカイブズに関するICA事務総長アンセア・セレス博士の基調講演と、中国国家档案局の丁勇氏による報告を中心とした参加記を、当財団ウェブサイト「情報資源センターだより」で公開しています。
https://www.shibusawa.or.jp/center/newsletter/851.html

「情報資源センターだより」でも紹介しているように、中国では1992年の市場経済への移行以後、2000年頃から国家档案局の指導で企業内におけるアーカイブズ・記録管理のための標準・規格の普及が強力に進められてきました。社会全体のデジタル化・情報化を推し進めるとともに、それによってアーカイブズ・記録管理のデジタル化・情報化がさらに進むという好循環を生み出してきたとみることができるでしょう。「情報資源センターだより」で紹介している丁氏の発表の「(3)アーカイブズ資料の利用促進を重視し、アーカイブズ機関(企業に限定されない)に対して中央から年間2億元(約30億円)の投資が行われている」点に関連して、今年に入ってから国家档案局のウェブサイトで、「2019年度全国企業档案情報資源開発利用に関する優秀事例選定結果」が発表されています。
http://www.saac.gov.cn/daj/yaow/202001/2d5e43c8dee04c54b4a1cd64c33e68a5.shtml
(张晶晶「2019年度全国企业档案信息资源开发利用优秀案例揭晓」中華人民共和国国家档案局要闻2020年01月15日)

■国家档案局による「2019年度全国企業アーカイブズ(档案)情報資源開発利用に関する優秀事例選定結果」
この文章によると、2016年に定められた「全国档案事業発展第十三次五カ年計画綱要」
http://www.saac.gov.cn/news/2016-04/07/content_136280.htm 
で示された「アーカイブズ利用サービスの深化と発展」のため、国家档案局は定期的に企業アーカイブズの情報資源開発利用に関する優良事例を選定しています。

2019年度の優良事例選定事業では、各地域・各部門・各組織から全部で346の事例が推薦され、この中から、1等賞10例、2等賞20例、3等賞30例、以上併せて60例、さらに優勝賞に80事例、優秀組織賞に49の組織が選出されています。1等から3等までの60例は下記のページにそのリストが掲載されています。
http://www.zgdazxw.com.cn/news/2020-01/14/content_301155.htm
(杨太阳責任編集「2019年度全国企业档案信息资源开发利用优秀案例评选结果」『中国档案资讯网』中華人民共和国国家档案局、2020年1月15日)

1等賞にリストされているのは、「マルチメディア・アーカイブズ資源を開発し、企業文化を構築し、種をまき、根を下ろさせる」(GMとの合弁会社上汽通用汽车有限公司の事例)、「無形文化遺産についてのアーカイブズを発掘することで、漢方薬文化を普及」、「人保寿険(中国人民人寿保険股份有限公司)における顧客アーカイブズのデジタル化管理及び応用例」、「「インターネット+」電子アーカイブズの応用を深めることで、電力ビジネス環境の最適化を後押し」ほかです。

2等賞には、「青い水と青空を守ることで、永遠に継続する企業を創建―地域を跨いだグループ給水企業の生産と販売の差率の管理コントロールプロジェクトおけるアーカイブズ資源の開発利用の実例」、「アーカイブズ資源を利用することで、企業が多額の補償を獲得」、「アーカイブズでロウ山ミネラルウォーターの発展歴史をさかのぼり、「ロウ山」ブランドの価値が228億9500万元に上昇」、「アーカイブズの精確さが1億元に上る国際負債の回収を後押し」などが選ばれました。

3等賞には、「国土資源部が設立した陝西省商州―丹鳳―商南地域のウラン鉱山の探鉱調査プロジェクトにおける地質に関するアーカイブズの開発利用」、「5000万元に達する不良債権回収に成功した背景にあるアーカイブズに関するストーリー」、「作物を深く耕し農作する科学技術に関するアーカイブズを探すことで、企業を赤字から黒字に転換させ、健全に発展させることを後押し」、「アーカイブズの利用法を深くカスタマイズすることで、原子力発電所の生産に高効率のサービスを提供」などです。

★☆★...編集部より...★☆★

企業アーカイブズ、企業の記録管理に対する政府機関(国家档案局)の強力な指導、一元的な管理は、社会主義市場経済という独特の体制によるものであるのは確かでしょう。しかし、体制の如何を問わずデジタル・トランスフォーメーションに対応していかなければいけないとするならば、組織の情報資源であるアーカイブズ、記録に多様な価値(企業文化継承のためといった文化価値以外の証拠価値など)を認めその効果的な利用のために、施策・計画を各企業が策定し推進していくことは望ましいことでしょう。

张晶晶氏記事の最後に「関連企業は、受賞事例の作成者・編集者に対し表彰・奨励を行うとともに、職階の評価決定、専門家選定時において、優先的に配慮する対象とすることが望ましい」とある点も興味深い点です。国家档案局が2018年5月に北京で開催した企業アーカイブズ国際会議に本通信編集部が参加した際、休憩時間などを利用して、何人かの実務家の方々にお話をうかがったところ、非常に高いモチベーションをもって専門業務に従事しているという印象を受けました。また、プロフィールからは一見欧米での転職のように思われた方もいたのですが、むしろここで言われている褒賞的な意味合いでの異動であったのだろうとこの記事を読んで理解しました。
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/20180705.html

■企業史料協議会と中国档案学会の学術交流の記録から

ビジネス・アーカイブズに関する日本で唯一の専門団体・企業史料協議会は1992年から2005年まで、中国档案学会との相互訪問を行っていました。本通信編集部は中国档案学会最後の訪日となった2005年11月の交流プログラムの一部に参加しました。手元の参加記録を読み返してみると、「経営に役立つアーカイブズの優良実践事例が紹介された」とあります。

一つは中国石化集団勝利石油管理局档案館での取り組み例で、「井戸掘り事故事例の収集によって、年平均15件ほどの事故減少」というものでした。もう一つの事例は、四川剣南春集団公司档案消息中心の報告で、その内容は「アーカイブズ資料の情報提供により7年間で500万元の利益上げる」「専門情報サービスによって企業PR、イメージ向上」「歴史的情報は貴重な資源。刊行物発刊によってセールスに活用」「市場開拓、輸出、類似品摘発などの企業の合法的権利擁護のためアーカイブズ情報を経営陣に提供」といったものです。

日本でもPDCA等による改善は企業において普通に行われていることです。中国の事例で興味深いのは、仕事を適切に進めるには文書・記録を作る必要があり、そのようにして蓄積した過去の文書・記録の管理とその活用を「档案(アーカイブズ)情報資源開発」というコンセプトで把握し、これに対して国家的政策的サポートが行われ、企業活動への貢献にリンクさせている点です。「全国档案事業発展五カ年計画」の存在、「全国企業档案情報資源開発利用に関する優秀事例選定」事業からは、中国におけるアーカイブズ資源の開発利用の深さと広がりを感じます。

■中国における档案=アーカイブズ

本通信では「档案」を便宜的に「アーカイブズ」と訳しています。中国における「档案」は「中華人民共和国档案法」(1987年制定)第2条で定義されています。これによると、档案とは「過去及び現在の国家機構, 社会組織及び個人が, 政治, 軍事, 経済, 科学, 技術, 文化, 宗教等の活動に従事し, 直接作成した国家及び社会にとって保存価値を有する各種文字, 図表, 音声画像等, 形式を問わない歴史記録」とされます。 日本語訳は以下の文献によりました。
瀬野清水. 意識改革が進む中国の档案館事情. アーカイブズ. 2004, (14), p.55. (PDF)
http://www.archives.go.jp/publication/archives/wp-content/uploads/2015/03/acv_14_p54.pdf

档案法条文原文へのリンク
中华人民共和国国家档案局「中华人民共和国档案法」
http://www.saac.gov.cn/xxgk/2017-03/29/content_1704.htm

なお、中国では現在「档案法」の改定が進められています。2019年10月21日、第13回全国人民代表大会常任委員会第14回会議で検討され、10月31日、全国人民代表大会常任委員会法務委員会は档案法の改訂草案を発表しています。

「国务院常务会议讨论通过《中华人民共和国档案法(修订草案)》」
中華人民共和国档案局ウェブサイト「要闻」2019年10月12日
http://www.saac.gov.cn/daj/yaow/201910/18a4453af8244277b501ba21898644de.shtml

「《档案法》修订草案的特点」『中国档案资讯网』2019年11月22日
http://www.zgdazxw.com.cn/work/2019-11/22/content_298831.htm


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■行事情報:ICA/SBA主催 ビジネス・アーカイブズ国際シンポジウム
◎テーマ:「ビジネス・アーカイブズと次のゴールドラッシュ」レポート その3
     2019年9月18日
     リーバイ・ストラウス社(米国カリフォルニア州サンフランシスコ)

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◎ICA/SBA国際シンポジウム「ビジネス・アーカイブズと次のゴールドラッシュ」
2019年度のICA/SBAシンポジウムのレポート第3回です。今回は2日目午前中のエンターテインメント企業におけるデータに関するセッションについてご紹介します。
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/20190831.html

ウェブキャスト2日目
https://levis.brand.live/c/business-archives-the-new-gold-rush-sept-18

以下、◆〔  〕内の数字は該当する部分の始点と終点です。

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◆〔ビデオ 0:46:58 - 1:46:46〕
■セッション6:エンターテインメント・アーカイブズでデータを活用する
Session 6: Leveraging Data in Entertainment Archives


シャロン・ドーバス/モデレーター/ピクサー・アニメーション・スタジオ(米国 カリフォルニア)
Sharon Dovas, moderator, Pixar Animation Studios, California, USA

◆〔ビデオ 0:56:03 - 1:58:43、1:14:34 - 1:22:38〕
ローレン・ゲイロード/ピクサー・アニメーション・スタジオ(米国 カリフォルニア)
Lauren Gaylord, Pixar Animation Studios, California, USA

◆〔ビデオ 0:58:46 - 1:01:38、1:07:53 - 1:14:29〕
ティム・マップ/ルーカスフィルム(米国 カリフォルニア)
Tim Mapp, Lucasfilm, California, USA

◆〔ビデオ 0:48:13 - 1:52:04、1:22:40 - 1:33:33〕
シャロン・ミゾタ/ウォルト・ディズニー・リサーチ・ライブラリー(米国 カリフォルニア)
Sharon Mizota, Walt Disney Animation Research Library, California, USA

◆〔ビデオ 0:52:07 - 1:55:41、1:02:11 - 1:07:44〕
ニッキー・グエン/ウォルト・ディズニー・アーカイブズ(米国 カリフォルニア)
Nikki Nguyen, Walt Disney Archives, California, USA

◆〔ビデオ 1:40:33 - 1:46:46〕
会場との質疑応答

【セッション概要】
ウォルト・ディズニー・カンパニーの傘下企業であるピクサー・アニメーション・スタジオ、ルーカス・フィルム、ウォルト・ディズニーに所属する5人によるトーク・セッション。モデレータはピクサーのシャロン(ドーバス、以下ド)。シャロン(ド)によれば、本日の登壇者はウォルト・ディズニー・カンパニーでデータを扱う部門のごく一部の部門からの参加者である。このほか、フォックス・アーカイブズ、音楽アーカイブズ、プロダクト・アーカイブズなどがある。このセッションでは、最初にモデレータ以外の各人から簡単に所属するセクションやチームの業務内容、スタッフ数、簡単な自己紹介といった基本的な情報の提供があり、その後データに関するそれぞれの最近のプロジェクトを紹介している。参加者同士での質疑応答があり、最後にフロアからの質疑応答というフォーマットで進められた。(ここでは登壇者ごとにまとめて紹介する。)

■ウォルト・ディズニー・リサーチ・ライブラリー (WDRL)
シャロン(ミゾタ、以下ミ)はウォルト・ディズニー・リサーチ・ライブラリー (WDRL)のアーカイブズ・データ・スペシャリスト。ウォルト・ディズニーの69年の歴史を記録するアーカイブズ資料を管理している。所蔵資料は6,500万点の実物資料と3.4ペタバイトのボーンデジタル資料。世界最大規模のアニメーション・アーカイブズである。ディズニーはIP(知的財産権)を重視している。WDRLには25人のフルタイムのスタッフが6つのチーム(コレクション、リサーチ、イメージ・キャプチャーとデジタル化、デザイン・グラフィック関係、展示、事務関係)で働いている。シャロンはコレクション・チームに所属し、プロプライエタリな(社内限定の)データベースに関わる業務を担当している。このデータベースはカスタム語彙を構築しており、目録記述はアイテムレベルまで行なっている。シャロン自身はもともとスタジオ・アーティストであったが、その後ウェブ・デザイナーに転身し、2010年に大学院に戻り、そこからさらに映画芸術科学アカデミー(Academy of Motion Picture Arts and Sciences)の図書館ライブラリアンを経て、WDRLに。WDRLは社内のコミュニケーション&パブリシティ部門に属する。

シャロン(ミ)はWDRLのデータに関する2つのプロジェクトを紹介している。一つはキャット・クリップ(Cat Clip)と命名したプロジェクト。これはグーグル・シートを用いて、データ処理の進捗状況を管理するために開発したツールである。ある資料群の目録データ(アイテムレベルまで記述)記述作業の進捗状況を、資料箱一つを終えるごとにグーグル・シート上のボックスにチェックを入れていく、というもの。計算フィールドもあり、目録記述に何時間かかったかなどもすぐわかる。「ピノキオ」の場合、5人のスタッフで9カ月かかった。スタッフには「これはパフォーマンス測定のためのものではない」ことをしっかり伝えるのが大事。このツールは、目録作成作業の大雑把な見積もりや、すでに記述が終わっている資料箱の重複作業を避けるためのものである。ユーザーフレンドリーでもある。

もう一つのデータ・プロジェクトはOpenRefineというオープンソースのソフトウェアを使ったデータ・クリーニング・プロジェクト。WDRLのデータベースでは統制語彙は用いていない。議会図書館やゲッティなどの主題語リストはある。WDRLのデータベースでは一つのフィールドに関連するキーワードをセミコロンで区切ってどんどん入れていく方法を用いている。このキーワードに関して、OpenRefineを用いてCSVファイルとして吐き出させ、フィルター・コマンドを用いてキーワードのクリーニングを行うほか、ファセット・コマンドを使い、あるキーワードが何回出てくるのかを確認できる。OpenRefineはこれをビジュアライズしてくれる機能も持っている。このほかサーチデータに関するユーザーログを用いて、どの部門の人が何を検索しているのかのデータを得ることもある。だがこれはなかなか大変な作業なので、1年に1回程度しか行わない(グーグル・アナリティクスは使わない)。

■ウォルト・ディズニー・アーカイブズ(WDA)
ニッキはウォルト・ディズニー・アーカイブズ(WDA)のコレクション・マネージャー。WDAは社内のコーポレート・コミュニケーション部門にある。ニッキはシラキュース大学大学院で博物館学を専攻。その後サンディエゴのアート・ミュージアム、現代美術館に。3年前にレジストラーとしてWDAで働き始めた。WDAはデーブ・スミスが1970年に立ち上げた、グループ内最古のアーカイブズ関連グループ。デーブ・スミスが引退した後はレベッカ・クラインRebecca (Becky) Clineがディレクターを務めている。文書記録のほか、パークの衣装や車、写真、地図、商品、パーク開園記録など多様な媒体・テーマの資料を持つ。WDAでは30人弱のスタッフがリサーチ、コレクション、事務関係、展示、写真アーカイブズのチームに分かれて働いている。

FileMaker Proで管理するデータベースが30ある。これらのデータベースで管理するのは約40万件のレコード(記録)、オブジェクト、そして情報である。データベースはエクセル・スプレッドシートのほか紙のファイルもある。ニッキのチームではこの30のデータベースを統合するプロジェクトを進めている。一番大きな問題はデータの一貫性問題である。これとは別に、最近社内のある部署から3,000以上の商品を受け入れた。商品には豊富なメタデータと紐づいた商品コードがあったので、現課から商品コードをエクスポートしてもらった結果、これらのメタデータを自動的に取り込んだということがあった。データベース統合プロジェクトではAPIも開発したいと考えている。開発中のシステムは、アイテムレベルのオブジェクト・レコード、階層性を持つアーカイブズ文書コレクション、そしてプロダクション・タイトルをもとにした包括的なオーソリティファイルを持つものにしたい。さらにこれまでなかった統制語彙の構築も考えている。リサーチチームでは、過去の社内レファレンスQ&Aをフォルダやデジタルオブジェクトとリレーショナルなものにすることも目指している。

■ピクサー・アニメーション・スタジオ・アーカイブズ
ローレンはピクサー・アニメーション・スタジオのデジタル・プロジェクトのプロセシング・アーキビスト。大学では歴史学専攻。様々なアーカイブズでの経験を経て2012年にテクニシャンとしてからピクサーに。その後大学院で学び、2015年から現在の職場に。ピクサーは2006年にディズニーに買収されて、現在はディズニー傘下である。ローレンの所属するチームはピクサー・リビング(Living)・アーカイブズと社内では一般に呼ばれている。これは「ピクサーはディズニーに買収されたが、死んではいない、生きている、いまもこれからも社内から記録資料を移管すべきアーカイブズがあるよ」と主張する意味でこのように名乗っている。ピクサー・リビング・アーカイブズ・チームは社内のレガシー部門に属している。レガシー部門とはピクサー関連のフランチャイズ契約によるビジネス(テーマパーク、出版、グッズ、ビデオゲーム他)継続のための部門である。

リビング・アーカイブズが扱うのは大きく分けると2つ。一つはコンテンツの製作(プロダクション)過程で生成する各種の記録。ストーリーボードや脚本、イラスト、コンセプト画、デザインモデルなどのプロダクション・パイプラインで作成されるもの、エディトリアル関係である。製作の初期段階で生成するものの収集に力を入れている。こちらがメインである。もう一方は歴史関係(ヒストリカル)なもので、デジタル・アニメーションに進出する前のソフト・ハードウェア・カンパニー時代からディズニーに買収された現在に至るまでの会社資料(ハロウィンの衣装など含む)である。これは企業文化継承を目的とした記録資料類である。前者(プロダクション、エディトリアル)は社内で開発したDAM(デジタル・アセット・マネジメント)システムで管理し、後者の会社史関係はFileMaker Proを自分たちのニーズに合わせてカスタマイズしたものを使って管理している。ローレンの日常の仕事は、DAMシステムで作成されたボーンデジタル・ファイルへのアクセスをサポートすること、社内からのレファレンスに答えること、所蔵資料の探し方をガイドすることなどである。

ローレンは二つのデジタルプロジェクトを紹介している。一つは新たに採用されたスタッフのプロフィール写真を自動的にDAMシステムに取り込むとともに、30分以内にそのレコード・ディスクリプションを自動的に行う、ビットマップ形式をTIFF形式に自動変換する、またすでにあるイメージファイルのメタデータ(氏名、社員識別番号、入社年度その他)をファイル名に取り込むといった一連の自動化システムを作ることである。スタッフの写真は職場への入退場時のセキュリティや毎年の表彰、ブックレットの作成などに利用する重要な記録である。もう一つはサーバクリーンアップ・プロジェクトである。これはプロダクション部門の古いサーバに難があるので、システムチームと組んでこれを解決することを目指している。難点とは何かというと、会社に関する知識がないと必要なものを探すのが難しいという点である。この状態が何年も続いてきたので、今は何が必要か明確になっている。それは、(1)プロダクション・サーバのトップレベルの構造を平準化すること、(2)検索可能なインデックス・ファイルを作成すること、(3)ファイルの拡張子が失われているものがあるので、明確な拡張子を付加すること、(4)壊れたファイルやフォルダ名を修復することである。

このプロジェクトでは、まず古いサーバをアンロックし、(1)そのままCSVファイルを現存する構造で作成する、(2)基本的なクリーンアップ作業をトップレベル・フォルダに関して行う、(3)トップレベル・フォルダは部門(department)ファイルのみにする、(4)後からファイルをサーバから削除するような変更があった場合は、そのファイルがどこから来たものであったのかということを文書化しておく、といった作業を行う。その後システムに三つのスクリプトを実行させる。(1)失われた拡張子を確認し、どんな拡張子が付加されるべきかサジェストするためのスクリプトを実行する。古いサーバでは拡張子が欠落しているファイルが3,000-6,000もあるので無作為抽出検査を行なって確認する。(2)空のファイルをリスト化し取り除くスクリプト。システムがスラッシュを表示したものは、ユーザの利便性のためにダッシュに置換える。(3)新しいインデックス・ファイルを作成するスクリプト。トップレベルにCSV形式でインデックス・ファイルを作り、キーワード検索できるようにする(ファインダーなどは作らない)。以上を行なってサーバをロックする。一連の作業に必要なツールなどは社内のITチームの協力で用意する。ITチームやプロジェクトに関わるメンバーとのやりとりは、複数のサーバを扱うためメールでは混乱をもたらす。各サーバの現状を追跡するにはSlackとWikiを使っている。作業効率がたいへん向上した。また最初の議論に参加していた人々、たとえば最初のスクリプトを書いたエンジニアをプロジェクトに巻き込むのはよいことである。

■ルーカス・フィルム・スチール写真&デジタル・アセット・マネジメント
ティムはルーカス・フィルムのスチール写真&デジタル・アセット・マネージャー。このチームは社内ではアセット部門に属する。チームは6名でプリント・プロダクションを行う写真エディターが2名、デジタル・アセットとアナログフィルムを扱うアーキビストが2名、デジタル化スペシャリスト(スキャン等を行う)が1名、アニメーション・アセット担当が1名。関連する専門家としてサウンド・ライブラリアンと3Dアセット担当チームも社内に存在する。デジタル・アセット関係は社内ではフランチャイズ部門に属する。過去の作品のアーカイブズ管理と現在のビジネスのアーカイブ化を進めつつ、現在のビジネス向けにアーカイブズにあるアセットを貸し出す側でもある。ティム自身、1990年代後半は写真ジャーナリズムのエージェンシーに勤務していた。90年代から00年代はちょうどアナログからデジタルへの移行期であり、デジタルファイルの組織化について関心が深かったことから大学院で学んだ後、2012年にルーカスに移ってきた。

ティムの紹介するデータ・プロジェクトは、90年代にインハウスで構築された古いDAMのデータを新しいDAMにマイグレーションするという試みで、2014年に実行された。ルーカスのDAMには何百万件ものデジタル・アセットが格納されている。まずデータ構造を学び、どのファイルがダウンロードされているのか統計を取る。また人々が検索に使う語彙を活用し、統制語彙を加え、AIタギング・システムを整えた。利用者が検索に利用する言葉を分析し、それに合わせていくというのが基本となる考え方である。新システムへのマイグレーションが終わると、今度は新たにDAMに取り込まれるデータの取り込みがうまくいっているかを確認する。さらに、次のマイグレーションでのサード・パーティとの関係やメタデータについて早くも構想を始める。

4人の登壇者の発表の合間には登壇者同士の短い質疑応答が挟まれ、最後に会場からの質問へのそれぞれの回答の時間もとられた。会場からの「複数のシステムを統合するにあたってのアドバイスは」という質問に対して、ニッキは「統制語彙」、シャロン(ミ)は「利用者調査」、ローレンは「フレキシビリティ」、そしてティムは「全体図。属性(attribute)を固定しないこと」という回答であった。


★☆★...編集部より...★☆★

このセッションではエンターテインメント業界のアーカイブズでのデータをめぐる仕事について、かなり詳しい実例が紹介されました。データを活用してもらうためのデータ整備(データのクリーニングや整形ほか)、データベースを統合してさらに使いやすいものにするなど、企業アーカイブズが管理するデータ活用のために、見えないところで働くアーキビストたちの仕事の内容を知ることができます。登壇者の話を聞く限り、ほぼ全員がキャリアの途中で大学院においてアーカイブズあるいはライブラリーに関わる専門教育を受け、現場に戻りキャリアアップを図っているのがわかります。一方、何人かの登壇者が、「社内のIT・技術部門との連携やサポート、近隣地域にIT企業が存在することは、プロジェクトを進める上で非常にありがたい」と表明している点も印象的でした。このセッションから、日本の企業アーカイブズのなかに存在する豊かなデータの活用へのヒントを受け取っていただければと思います。


[関連ページ]
「Open Refine(旧Google Refine)の使い方 ~導入・基本編~」
大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構
データサイエンス共同利用基盤施設
ライフサイエンス統合データベースセンター
https://togotv.dbcls.jp/20130212.html
DOI: 10.7875/togotv.2013.004


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[略称一覧]
ACA: Association of Canadian Archivists(カナダ・アーキビスト協会)
ARA: Archives and Records Association(アーカイブズとレコード協会)
ASA: Australian Society of Archivists(オーストラリア・アーキビスト協会)
BAC: Business Archives Council(ビジネス・アーカイブズ・カウンシル)
BACS: Business Archives Council in Scotland(スコットランド・ビジネス・アーカイブズ・カウンシル)
BAS: Business Archives Section(ビジネス・アーカイブズ部会:SAA内の部会)
CoSA:Council of State Archivists(米国・州文書館長評議会)
DCC: Digital Curation Center(英国デジタル・キュレーション・センター)
EDRMS:Electronic Document and Record Management System(電子文書記録管理システム)
ERM:Electronic Record Management(電子記録管理)
ICA: International Council on Archives(国際文書館評議会)
NAGARA: National Association of Government Archives and Records Administrators(米国・全国政府アーカイブズ記録管理者協会)
NARA: National Archives and Records Administration(米国 国立公文書館記録管理庁)
RIKAR: Research Institute of Korean Archives and Records(韓国国家記録研究院)
RMS:Record Management System(記録管理システム)
SAA: Society of American Archivists(アメリカ・アーキビスト協会)
SBA: Section for Business Archives(企業アーカイブズ部会、ICA内の部会)
TNA: The National Archives(英国国立公文書館)


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☆★ 編集部より:あとがき、次号予告 ★☆

■■SDGs(国連持続可能な開発目標)に対するファッション業界の取り組み■■

前々号ではリーバイ・ストラウス社のデザイナー、ポール・ディリンジャー氏の講演についてご紹介しました。ファッション関連業界は気候変動への対応をはじめとして、SDGsに対する取り組みに前向きです。

まず、今年に入り1月11日に静岡で開催された「TGC(東京ガールズコレクション)地方創生プロジェクト」は『SDGs推進 TGC しずおか 2020 by TOKYO GIRLS COLLECTION』というテーマを掲げていました。これはSDGsへの関心を高めてもらうことを目指したもので、昨年を上回る参加者を集め盛況であったようです。
https://girlswalker.com/tgc/shizuoka/2020/about/
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000308.000007466.html

続いて、1月20日に「国連グローバル・コンパクト」に署名した東洋紡は渋沢栄一とも縁が深い企業です。
「国連グローバル・コンパクト」に署名 | ニュースリリース | 東洋紡
https://www.toyobo.co.jp/news/2020/release_656.html

さらに同月デザイナーのジャンポール・ゴルチエ氏は引退にあたり、「あまりにも多くの、着られることのない服がある。どうか捨てずに、リサイクルしてほしい」と語っていました。
「伝説的デザイナーのゴルチエ氏、華やかに引退飾る」AFP BB News
https://www.afpbb.com/articles/-/3264805

<参考ページ>
「ファッション業界、画期的な気候行動憲章を発表(*憲章の日本語訳ができました)」
2019年02月14日
https://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/32117/


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■■『インターナショナル・ビジネス・アーカイブズ・ハンドブック』ペーパーバック版■■

本通信第80号(https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/20190403.html)でご紹介した『インターナショナル・ビジネス・アーカイブズ・ハンドブック:企業の歴史文書を理解し管理する』初版(2017年)のペーパーバック版が発売されました。39.99 ポンドで、ハードカバー版(180ポンド)に比べ、ずっと購入しやすくなりました。
https://www.routledge.com/The-International-Business-Archives-Handbook-Understanding-and-managing/Turton/p/book/9780754646631

The International Business Archives Handbook: Understanding and managing the historical records of business, 1st Edition

Amazon.co.jpのサイトでは、ペーパーバック版のほかに割高(31,680円)ですがKindle版も購入可能です。

<ペーパーバック版>
https://www.amazon.co.jp/dp/0367882442

<Kindle版>
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WHOがパンデミックと宣言したCOVID-19への対応のための各国政府による緊急対策はわたしたち多くの人々の日常生活にも大きな影響を与えつつあります。この困難における自社の各部門の状況を記録化し、未来に伝えることを意識している会社も少なくないでしょう。あるいは自宅でのリモートワークの利用が大きく進みつつあるかもしれません。本通信の編集部では、このようなまれにみる状況における諸外国の企業と企業アーカイブズの動きを注意深くウォッチしていこうと考えています。

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次号は2020年4月中旬発行の予定です。どうぞお楽しみに。

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◆◇◆バックナンバーもご活用ください◆◇◆

https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/index.html

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ビジネス・アーカイブズ通信(BA通信) No.85
2020年3月19日発行 (不定期発行)
【創刊日】2008年2月15日
【発行者】公益財団法人渋沢栄一記念財団事業部情報資源センター
【編集者】公益財団法人渋沢栄一記念財団事業部情報資源センター
      「ビジネス・アーカイブズ通信」編集部/
      株式会社アーカイブズ工房
【発行地】日本/東京都/北区
【ISSN】1884-2666
【E-Mail】
【サイト】https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/index.html

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