情報資源センターだより

65 AI時代のアーカイブズとビジネス・アーカイブズ

『青淵』No.851 2020年2月号|情報資源センター 企業史料プロジェクト担当 松崎裕子

 筆者は昨年11月25日から27日まで東京都内で開催された「アーカイブズのこれから-膨張する多様な記録にどう向き合うか」をテーマとするEASTICAの年次会合に参加する機会に恵まれました。EASTICAとは、アーカイブズとアーキビストに関する国際的な専門団体である国際アーカイブズ評議会(英文略称:ICA、1948年パリで設立)の「東アジア地域支部」(1993年北京で結成)の英文略称です。日本、中国、韓国、北朝鮮(今回不参加)、マカオ、モンゴル、香港の各国・地域の国立公文書館・地域公文書館に加え、日本の企業史料協議会を含む各国・地域のアーカイブズ関係学協会11団体、個別の自治体や企業アーカイブズなど50機関、その他個人、功労者により構成されています。

 本稿では、現在注目の的であるAI(人工知能)と機械学習をテーマとするICA事務総長アンセア・セレス博士による基調講演と、中国国家档案局の丁勇氏による同国のアーカイブズに関する報告を中心にご紹介します。

基調講演「〝すばらしい新世界〟-AIとアーカイブズ-」

 カナダ出身のセレス博士は、事務総長就任以前、イギリス国立公文書館(TNA)において電子記録の政府機関から国立公文書館への移管、公文書館業務の自動化を支援するための機械学習アプリケーションのテスト運用、電子記録移管プロセス実施等の業務に携わっておられました。セレス博士によれば、機械学習とAIを利用した政府の意思決定は既に実現段階に到達しているということです。そして、政府は意思決定に対して責任を負っているため、国立公文書館は意思決定を導くアルゴリズムを将来及び現在の歴史的記録として保存する必要があります。ところがアルゴリズムの保存に関する確実な方法はまだ得られていません。他方、アルゴリズムは、本来結びつけてはいけない複数のデータ・セットを結びつけることによって、個人の嗜好といったものを可視化してプライバシーを侵害する可能性といった倫理的な問題もはらんでいます。

 TNAの調査では、AIと機械学習は、記録のコンテンツとそのコンテクスト理解において不十分であり、メタデータが破損・改変されてしまうといった特性を持つことが明らかにされました。しかし大量の記録データを処理することが求められる現代の政府機関の業務、あるいは記録管理業務一般において、データ処理の機械化・自動化は不可避です。急激な経済社会の変化に対応しAIと機械学習をアーカイブズ業務へ導入し利用するため、さらに記録としてのアルゴリズムの保存に取り組むためには、相応のITスキル・能力を備えたスタッフがアーカイブズでの業務に携わる必要があります。一方で、アーキビストは政府機関の記録管理に関するステークホールダーとして認識されているだろうか、とのセレス事務総長の問いかけは深く胸に響きました。

国・地域別報告から-中国国家档案局「課題への挑戦及び本来の使命へ立ち戻る変革と改善-新時代における中国の档案館の活動-」

 中国では「情報」は国の政策の最上位に位置づけられています。変化の時代におけるアーキビストの活動に関連して、(1)アーカイブズ資源構築強化の制度的保障のため、法規整備とデジタル化を推進する、(2)「まず標準を策定し、試験事業を段階的に推進し、リスクを抑制する」原則に基づき、記録管理からアーカイブズ管理までを一気貫通させる、(3)アーカイブズ資料の利用促進を重視し、利用促進目的でアーカイブズ機関に対して中央から年間2億元(約30億円)の投資が行われている、(4)地域間アーカイブズ利用のプラットフォームの構築、特にインターネットとスマートフォン・アプリを利用した民生記録(婚姻届や学生証明書など15種類)の迅速簡便な申請・発行サービスを提供する、(5)デジタルアーカイブズ(電子的な記録管理体制)の全国モデル構築の整備、とりわけ「オープンであること、連携、共有」といった観点から档案館の業務形態の見直しの動きが出てきている、といった点が紹介されました。

 今回の報告との関連でご紹介しておきたいのは、1992年の市場経済への移行以後、特に2000年頃から、中国では国家档案局の指導で企業内におけるアーカイブズを含む記録管理のための標準・規格の普及が強力に進められてきた点です。品質マネジメントシステムの標準であるISO9000が2000年に改定された際、文書化(documentation)に関わる用語の定義が整理され、「記録」と「文書」の違いがいっそう明確になりました。ちょうどその頃から国家档案局がISO9000シリーズ、同15489やDA/T42「企业档案工作規范(企業の記録管理要件)」(2009年12月) といった記録に関わる標準の普及を推進してきたことは、2010年代における中国企業の情報化とデジタル化への適応の成功要因の一つに数えられるのではと筆者は見ています。日本企業と日本のビジネス・アーカイブズにとって学ぶべき点の一つではないでしょうか。

 なお国・地域別報告における国立公文書館 新垣和紀氏の報告では、同館が主体となって進めてきたアーキビストの公的資格制度についても強調されていました。中国では記録管理とアーカイブズの専門家養成のために20を超える大学・大学院に専門課程が設けられており、修了者は企業アーカイブズを含む各種のアーカイブズ(档案館)に職を得ています。日本におけるアーキビストの公的資格制度の整備と専門人材の養成推進は、日本の企業アーカイブズにも裨益することは間違いないでしょう。

*詳しくは2011年5月に当財団が主催した国際シンポジウム「ビジネス・アーカイブズの価値-企業史料活用の新たな潮流」での中国国家档案局王嵐氏の報告(『世界のビジネス・アーカイブズ』2012年所収)をご参照ください。


一覧へ戻る