情報資源センターだより

64 渋沢栄一を知らない誰かに、渋沢栄一を伝える方法

『青淵』No.848 2019年11月号|情報資源センター 井上さやか

 はじめて名前を聞く人物を知りたいと思った時、皆さんは、まずどのように調べようと思うでしょうか?人物事典?堅実な方法です。もっと手軽に、スマートフォンやパソコンで検索?Wikipediaに記事が作成されているかもしれません。その場合、インターネットの海からすくった情報のどれが誠実なものかを、判断する力が必要となることもあるでしょう。

 2019年、渋沢栄一の名前は、俄然、耳目を集めるようになりました。ひとつに、2024年上期発行予定である日本銀行一万円券の肖像に採用したという財務省による4月の発表 i があったこと、また、2021年度の大河ドラマの主人公に決定したというNHKによる9月の発表 ii にあったことが契機となっています。

 渋沢栄一記念財団ウェブサイトへのアクセス数は、例えば財務省発表のあった4月9~10日の2日間だけで、昨年同月同日の約100倍もの数にのぼりました。その後は減少しますが、面白いことに、渋沢栄一の基本的な情報(年譜)や、それらを裏付けるための証拠やレファレンスのためのコンテンツ(デジタル版『渋沢栄一伝記資料』、渋沢栄一関連会社名・団体名変遷図、デジタル版「実験論語処世談」など)へのアクセスは、平均すると現在でも昨年度比2倍増のペースが続いています。年譜は人物の概略を知るための入口となる情報ですが、その他のコンテンツへの関心の高さは、「渋沢栄一」という人物をより詳細に知りたいという需要が増えている証しともいえるでしょう。

 情報資源センターでは、渋沢関連情報資源の開発と同時に、急速にデジタル化が進む国際社会への貢献を念頭に、デジタルな情報資源のあり方とは何か、を検討しています。

 デジタルな情報資源は、開発して公開して終わりではありません。時代に即したアップデート、更に維持・継続を忘れてはなりません。多様な分野で共有し、世界の「どこでも」利活用できるという空間的な広がりと、私達の世代がいなくなった未来においても「いつでも」存分に利活用できるという時間的繫がりの両方を兼ねたものであることが大切であると考えています。

 渋沢栄一の事績や言行をまとめた『渋沢栄一伝記資料』全68巻のデジタル化プロジェクトにもその考え方が反映されています。集約された情報を隈なく活用するために、収載された事業の一覧や編年での事柄の切り出しから始まり、登場人物の名寄せデータベースといった補助ツールの作成、検索可能な全文テキストデータの公開開始、と段階を経て今日に至ります。渋沢栄一記念財団のウェブサイトへアクセスすれば、「いつでも・どこでも・誰でも」利活用することができるデジタルな渋沢栄一情報資源を目指しました。

 現在、情報資源センターではそうした些か壮大な野望を基に、『伝記資料』をはじめとするテキストデータに対して、「TEI(Text Encoding Initiative)」の「P5ガイドライン」を用いた再編成を試みています。デジタル情報資源を、永続性を保ちながら適切に運用するには、アーカイブズやデジタルキュレーションの知識を踏まえることも大切です。この問題を解決するために、司書とデジタルキュレーターが共同で取り組んでいます。

 TEIは、人文学者等によって約30年前に始められた「テキストデータを効率的効果的に共有するための国際的な共同プロジェクト」iii です。2016年には「東アジア/日本語分科会」が立ちあがり iv、ガイドラインの日本語訳が進んでいるところで、本年9月オーストリア・グラーツで開催された年次大会 v でも日本からの発表がありました。

 当財団ウェブサイトで公開中のデジタル版『伝記資料』は、書籍から作成したテキストデータを更に再構築した「ウェブページ群」の形をとっていますが、TEIは、その元となったテキストデータそのものを整備する為の仕組みです。例えば以下の点などが、空間・時間を超えるために必要な「テキストデータの共有・保存」に役立つだろうと考えています。

(1)特定のソフトウェアに依存しない
(2)オープン、かつ世界共通の指標(テキストデータの交換・流通・活用のためマークアップ=仕組みを共有)
(3)本文だけではなく、それらの作成・編集等に関する情報(メタデータ)が記述できる

 TEIに取り組むにあたり、対象となるテキストデータの内容や構造を理解することも必要となりました。これは、『伝記資料』をはじめとする渋沢栄一に関する情報資源を、私達自身が今一度見つめ直し、その編纂過程や収録された原資料とはどういったものか等、デジタルには移行できなかった情報を含め、より深く知ろうとする好機ともなっています。

 冒頭二つの発表をきっかけに、各地に眠っていた渋沢栄一に関する情報や資料の発掘・再発見の報が相次いでいます。2020年には、渋沢栄一が生誕してから180年を迎えます。情報資源センターが開発する渋沢関連情報資源が、渋沢栄一を知らない誰かの「渋沢栄一を知りたい」という知的欲求に答え続けるとともに、「いつでも・どこでも・誰でも」利活用できる知的財産の一つとなることを願っています。

【注】(サイトは全て2019年9月20日確認)
i 財務省 2019年4月9日発表
 https://www.mof.go.jp/currency/bill/20190409.html
ii NHK 2019年9月9日発表
 http://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=20240
iii「情報資源センターだより」(『青淵』830号)
 https://www.shibusawa.or.jp/center/newsletter/830.html
iv 永崎研宣著『日本の文化をデジタル世界に伝える』(樹村房、2019)
v TEI 2019
 https://graz-2019.tei-c.org/


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