情報資源センターだより

66 『論語と算盤』の源流を探る

『青淵』No.854 2020年5月号|情報資源センター長 茂原暢

 情報資源センターでは、これまでに『渋沢栄一伝記資料』や「実験論語処世談」のデジタル版を公開してきましたが、現在『論語と算盤』のデジタル版を公開すべく、作業を進めています。

 『論語と算盤』は渋沢栄一の代表的な著述のひとつで、1916(大正5)年9月、東京の東亜堂書房よりシリーズ「縮刷名著叢書」の第37編として刊行されました。渋沢栄一記念財団の前身である竜門社の機関誌『竜門雑誌』に掲載された渋沢栄一の訓話や『青淵百話』(同文館, 1912)などの記事を基に梶山彬が編纂したもので、10篇90章からなる訓話集としてまとめられています。初版を「1927(昭和2)年に忠誠堂から刊行された」とする文献もあるようですが、それは誤りです。東亜堂書房版と忠誠堂版を比べると版面が異なることのほかにも、東亜堂書房版の凡例と目次の間にある「格言七則」が、忠誠堂版では割愛されているのがわかります。今回のデジタル版作成の目的は、この「格言七則」を含めたテキスト化を行うことで、誰でも『論語と算盤』の完全版を読めるようにすること、そして、渋沢栄一の叡智をコンピューター・ベースで活用可能とすることにあります。

『論語と算盤』の源流とは

 さて、『論語と算盤』の「凡例」によると、本書には『竜門雑誌』に掲載された栄一の訓話を集めたと書かれています。そこで、情報資源センターでは、『論語と算盤』のテキスト化とともに出典調査を行っています。この調査はまだ完了していませんが、2020年3月18日現在、90章中77章について出典と考えられる記事が判明しています。その内訳は、以下のとおりです。

 ・『竜門雑誌』に対応する訓話:62章
 ・『青淵百話』に対応する訓話:25章(うち9章は『竜門雑誌』に同内容の記事あり)
 *上記の数には『竜門雑誌』と『青淵百話』の内容を合わせて作られたもの1章が含まれています。

 そして、『青淵百話』は1912(明治45)年に刊行されたものであること、『竜門雑誌』の記事が1909(明治42)年から1916(大正5)年にかけて刊行されているものであることから、編纂者である梶山彬が対象とした栄一の訓話が、だいたいどの年代のものであるのかもわかってきました。ただし、『竜門雑誌』に掲載される記事は他の雑誌・新聞からの「転載」も多く、必ずしも初出ではないということは留意すべき点です。

『論語と算盤』の作られ方

 では、主な例を見てみましょう。

処世と信条:「論語と算盤は甚だ遠くして甚だ近いもの」
仁義と富貴:「真正の利殖法」
・「実業報知新聞五週年式場に於て」~『竜門雑誌』第306号(1913年11月)

「論語と算盤は...」と「真正の利殖法」は、ひとつの記事から異なる部分を抜粋・編集しています。基となった記事は「実業報知新聞社五周年記念祝賀会」(1913年10月9日)における栄一の祝辞で、来場者への挨拶、「真正の利殖法」、「論語と算盤とは...」、実業報知新聞への期待、という順序で話が展開しています。『論語と算盤』では挨拶と期待の部分は省かれ、本来の順序とも異なっていますが、そこに編集者である梶山彬の創意工夫を感じ取ることができます。ちなみにこの祝辞は、本書の前年に刊行された『青淵修養百話』(同文館, 1915)の「実業と利己的観念」に、より本来の文章に近い形で収載されています。

立志と学問:「大立志と小立志との調和」
立志と学問:「一生涯に歩むべき道」
・「立志の工夫 : 予が痛恨の歴史と其の教訓」~『竜門雑誌』第273号(1911年2月)
・「四一 立志の工夫」~『青淵百話』(1912年6月)

「大立志と小立志との調和」と「一生涯に歩むべき道」も、ひとつの記事の後半と前半を抜粋したものです。基になったと思われる「立志の工夫」は『実業界』という雑誌に掲載された記事で、『竜門雑誌』と『青淵百話』の両方に収載されています。栄一は『青淵百話』が刊行される際に自ら校閲を行ったため、『竜門雑誌』掲載記事とは文章が一部異なっています。今回の調査で、『論語と算盤』の文章が『青淵百話』に近いことをあらためて確認しました。

仁義と富貴:「能く集め能く散ぜよ」
・「金の威力」~『竜門雑誌』第332号(1916年1月)

「金の威力」は、栄一が顧問を務めていた修養団の機関誌『向上』第9巻第9号(1915年9月)に掲載された同タイトルの記事が初出です。『向上』の原文は「金(かね)は、尊いものであるとか、貴ばねばならぬものであるとか、いふ事に関しては、古来随分多くの格言もあり、俚諺もある。」と始まり、「金は交道の媒介となる」「金の効能」「宝とも仇ともなる」「古聖賢の教訓」「大銀行家ギルバルトの話」「よく集めよく散ず」の5段からなっています。『論語と算盤』には「古聖賢の教訓」の後半以降が収められています。

テキスト化の恩恵

 このような調査は、『渋沢栄一伝記資料』や「実験論語処世談」のような渋沢栄一関連文献をテキスト化したことによって、以前より簡単かつ確実にできるようになりました。『論語と算盤』からキーワードを拾って『渋沢栄一伝記資料』や「実験論語処世談」のデジタル版で検索すると、前記の他にも同じような文章が見つかるはずです。ぜひ皆様も、『論語と算盤』の源流を探してみてください。

デジタル版『渋沢栄一伝記資料』
https://eiichi.shibusawa.or.jp/denkishiryo/digital/main/
デジタル版「実験論語処世談」
https://eiichi.shibusawa.or.jp/features/jikkenrongo/

*「論語と算盤オンライン」公開にあわせ一部修正しました。(2024.03.29)


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