情報資源センターだより

67 「わがまちの渋沢栄一」こぼれ話 ~渋沢栄一の足跡を訪ねて~

『青淵』No.857 2020年8月号|情報資源センター 若狭正俊

 情報資源センターでは、2019年1月号より3か月に1度の間隔で、本誌『青淵』に、連載記事「わがまちの渋沢栄一」を掲載しています。

 本財団だよりでは過去掲載した第4回から第6回の「わがまちの渋沢栄一」について、こぼれ話をお伝えしたいと思います。ぜひ各回の連載記事も併せてご覧ください。

第4回 麒麟麦酒開源記念碑~神奈川県・横浜市~ 第847号(2019年10月号)

 麒麟麦酒開源記念碑は、横浜山手の静かな住宅地の中にあります。みなとみらい線元町・中華街駅を降りて上り坂をしばらく歩き、横浜外国人墓地の脇を通ると次は下り坂。横浜市立北方小学校の校庭の向かいに、突如巨大な記念碑が現れます。

 記念碑の建つキリン園は、現・キリンホールディングス株式会社の起源、スプリング・ヴァレー・ブルワリーのビール工場があった場所です。当時この土地には豊富な水が湧いていたといいます。北方小学校の敷地内には当時利用されていたといわれる井戸が残っています。なお、同ブルワリー名は、現在キリンのビールブランド「スプリングバレーブルワリー」として使用されています。お飲みになった方もいらっしゃるのでは。

 渋沢栄一は、この会社の土地・建物を引き継いだジャパン・ブリュワリー・コンパニーの経営に参加しました。実際には栄一は山手の工場までは来ることはなく、現在の山下町にあった同社事務所を重役会議に参加するため訪れていたようです。残念ながら『渋沢栄一伝記資料』には事務所訪問の記載はなく、どの程度訪れていたかは定かではありませんが、本記事でも参考にしたキリンホールディングス株式会社のアーカイブで、その様子を知ることができます。

第5回 路面電車と一里塚~東京都・北区~ 第850号(2020年1月号)

 西ヶ原一里塚は、当財団の本拠地飛鳥山の渋沢史料館から駒込方面に歩いて数分のところにあります。近くには栄一も氏子であった七社神社があり、さらに先に進むと栄一の愛した滝野川(現・西ヶ原)の街が広がります。栄一は明治維新後の日本経済の振興を様々な事業を通じて支えていますが、西ヶ原一里塚のような旧蹟の保護や歴史的偉人たちの顕彰などを行い過去の時代への敬意も忘れませんでした。

 本記事では栄一が援助したといわれる王子電気軌道株式会社についても触れました。のちに東京市電に吸収され、その路線の一部が都電荒川線となって現存しています。同線三ノ輪橋駅には、昭和2年に建設された通称「王電ビル」が今も残っています。東京都内には以前多くの路面電車の路線がありましたが、交通事情の変化によって姿を消していきました。荒川線は路面電車でありながら、専用の軌道を有していたため、他の交通機関の妨げにならず共存できたことが、存続の理由のひとつのようです。

 東京都北区周辺では栄一のゆかりの風景を各所で見ることができます。JR王子駅の近くには、栄一が設立に関わった抄紙会社の工場跡地に建つ「洋紙発祥の碑」もあります。リニューアル後の渋沢史料館にお越しの際は、少し足をのばしてみるのはいかがでしょうか。

第6回 青淵先生の水戸旅行~茨城県・水戸市~ 第853号(2020年4月号)

 現地取材のため水戸市のお隣、大洗町の大洗美術館を訪問しました。同館館長は竜門社茨城支部長として、渋沢栄一の精神を広めています。また栄一の四男秀雄との縁が深く、取材当日は美術館で「渋沢栄一と秀雄の親子展」が開催されており、秀雄のスケッチや渋沢家ゆかりの人々の写真を拝見することができました。中には、これまで見てきた姿とは少し違った栄一の妻、千代の写真などもあり、大変興味深く感じられました。

 大洗美術館では茨城県と栄一の関係についてもお話を伺いました。茨城とのかかわりはあまり多くないとのことでしたが、お話が進む中で、栄一が水戸市を訪れた時に宿泊した料亭「清香亭」は、館長のご親戚が経営されていたことがわかりました。残念ながら戦争で料亭は焼失していますが、知られざる栄一とのつながりをまたひとつ発見できました。先日も水戸市内のお寺に、寄付に賛同した栄一の名前が載っている名簿があることがニュースになっています。大河ドラマや新一万円札により、渋沢栄一が注目されるようになったことで、まだまだ世に出ていない栄一の足跡が見つかるかもしれません。

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 本年初頭からの新型コロナウイルス感染症の世界的拡散により、情報資源センター職員も在宅勤務、不要不急の外出自粛を余儀なくされ、文献の調査や現地取材が思うようにできない状況にあります。「わがまちの渋沢栄一」第7回の記事では、もともと別の内容を予定していましたが、情勢の変化により変更。財団で所蔵する文献を基にインターネット上の情報を参考にしながら「感染症と渋沢栄一」と題して、明治・大正期の病魔との戦いを、栄一の関わった事業を通じて紹介しました。栄一の時代も現代も様々な脅威に接し、それらを克服しています。

 今般の感染症との戦いが終息し、また新たな渋沢栄一との出会いができることを期待しつつ、今後も定期的に掲載を続けていけるように努めてまいります。

 情報資源センターでは、各種渋沢栄一関連情報をインターネットで発信、提供しております。詳しくは財団ホームページをご覧ください。
 ・公益財団法人渋沢栄一記念財団 (URL)https://www.shibusawa.or.jp/


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