情報資源センターだより

68 『渋沢栄一伝記資料』別巻のインターネット公開に向けて

『青淵』No.860 2020年11月号|情報資源センター 井上さやか

 渋沢栄一の事績をまとめた全68巻の資料集『渋沢栄一伝記資料』は、大きく本編58巻と、別巻10巻に分けて編纂されました。このうち本編は、栄一の生涯を「在郷及ビ仕官時代」(誕生~大蔵省辞任まで)、「実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代」(~実業界引退まで)、「社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代」(~没するまで)の三時代に大別し、日々並行して数多くの事業をこなしていた栄一の行動や時代背景をしめす典拠資料を、キーワードごとに確認できるようになっています。それに対して別巻は、日記、書簡、講演、談話、遺墨、写真などが、資料の形態別に収録されています。

 現在、インターネットでアクセス可能な「デジタル版『渋沢栄一伝記資料』」[1]において本編を公開中ですが(索引巻である第58巻を除く)、情報資源センターでは、別巻を追加公開するべく準備を進めています。今回は、別巻の冒頭、第1巻と第2巻に収録された渋沢栄一の「日記」に触れ、取り組みの概観を紹介したいと思います。

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 栄一自筆の日記は、当財団に1冊、国文学研究資料館に30冊あることが確認できています。後者は、栄一の嫡孫・敬三によって計画された日本実業史博物館コレクションに含まれており、1962年に同資料館の前身である文部省史料館へ寄贈されたものが引き継がれています。当財団の前身である竜門社周辺で開始された『伝記資料』編纂は、幸田成友を中心にした第一次編纂(1932~1935年)、土屋喬雄を中心にした第二次編纂(1936~1943年)、戦後の刊行(1955~1971年)、と進められました。気軽なコピーが叶わなかった編纂当時、日記をはじめとする資料は原本を謄写する方法で収集され、『伝記資料』稿本とともに、今日でも当財団の中核を成す大切な資料群となっています。

 別巻には、現在所在のわからない4冊分を含め、『伝記資料』編纂時に栄一自筆を確認し得た1868(慶応4)年から1930(昭和5)年の日記の翻刻と、その解題が収録されています。[2]これをみると、明治前半期までは、職務あるいは地方へ出かけた際の日記があるのみですが、59歳を迎える1899年からは、博文館の日記帳「卓上日記」「当用日記」を用い、ほぼ1年に1冊のペースで亡くなる前年まで綴られたことがわかります。解題に「来訪者、訪問先、会議等の記録が主で、これは終生変ることがない。感想類の記入は稀にしか見る事が出来ず」とある通り、日時と事柄が簡潔に記された日記は、栄一の周辺事情を知った上でなければ読み解くことが難しい場合も多々あります。『伝記資料』は、事業名などキーワードで万人にわかりやすくまとめられた本編と、栄一の日々の行動の記録をまま収録した別巻は、互いに情報を補完しあうものであるといえるでしょう。

 栄一自筆の日記は、没後早々に(おそらく渋沢家から)見出され、1934年に編纂の為の謄写を終えたことが、『竜門雑誌』掲載の報告[3]からわかっています。見出されたきっかけが、編纂であったのか遺品整理であったのかは定かではありませんが、日記の幾つかは形見分けされたようです。栄一の四男・秀雄は、随筆に「父が亡くなつたとき、その日記類は二十冊ばかりも出てきた。...(中略)...それを私ども近親で一冊づゝ分けることにしたから、私のところへも明治四十二年の分が届けられた」[4]としるし、当時彼の手元にあった1909年の日記を抜粋紹介しています。この年、栄一は渡米実業団を率いて海を渡りました。

 秀雄が紹介した日記と、別巻に収録された日記には、同じ原本を用いながら、微細な記述の違いがあります。この差はなぜ生まれたのでしょうか?『伝記資料』別巻収録の日記は、凡例の通り、「読める」よう句読点を付したり、編纂者が補記や注記を入れたりしている他、栄一自身の手によると思われる修正の痕跡は省かれたりしていることなどもわかってきました。秀雄による日記の抜粋も、「読める」よう多少なり手が加えられている可能性があります。残念ながら、この年の日記は、現在原本の所在を確認し得えない1冊となっています。

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 書籍をデジタル化し、インターネット上で「読める」ようにすることは、難しいことではなくなりました。『伝記資料』本編のインターネット公開に当たっては、冊子版の編纂形式を重んじ、「事業別の見出し-綱文(要約文)-資料群」という構造が「見える」よう、試みました。別巻の公開にあたっては「読める」「見える」ほかにも、「使える」情報資源とは何かを、例えば人文情報学の手法を取り入れて検討しています。『伝記資料』を情報資源として存分に使うことで、その編纂過程を遡り、稿本や原資料と改めて情報を結び、更には全く異なる情報資源と繫がっていくのではないか。さまざまな可能性がぼんやりとみえてきました。

 一千部限定刊行という冊子版から、国内外を問わず誰でも活用できる拓かれた情報資源へ。まずはデジタル版『伝記資料』に触れていただき、これまで思いつかなかったような方面からのアプローチ、ご要望ご意見などもお待ちしております。

【参考文献・URL】(URLは、全て2020年9月20日確認)
[1] デジタル版『渋沢栄一伝記資料』 https://eiichi.shibusawa.or.jp/denkishiryo/digital/main/
[2] 別巻に収録されていない滞欧時代の日記類(写本等が現存)については、関根仁「日本史籍協会叢書『渋沢栄一滞仏日記』の刊行と収録日記についての考察」(『渋沢史料館年報』2012年度、2014.03)、および『渋沢栄一滞仏日記』(日本史籍協会、1928、https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1076220)を参照。同日記類は『渋沢栄一伝記資料』第1巻に分割され収録。
[3] 編纂時の日記収集に関しては、『竜門雑誌』536号、541号、543号、553号、589号の編纂室の各報告、および567号の幸田成友「青淵先生伝記資料の編纂について」(上)を参照。
[4] 渋沢秀雄「父の日記(一)」(『実業の日本』42巻19号、のちに『随筆集 父の日記など』(実業之日本社、1939.12)に収録)
*国文学研究資料館 日本実業史博物館コレクションデータベース http://base1.nijl.ac.jp/~jituhaku/


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