ビジネス・アーカイブズ通信(BA通信)

第99号(2024年3月22日発行)

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☆      □■□ ビジネス・アーカイブズ通信 □■□

☆       No.99(2024年3月22日発行)

☆    発行:公益財団法人 渋沢栄一記念財団 情報資源センター

☆                        〔ISSN:1884-2666〕
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この通信では海外(主として英語圏)のビジネス・アーカイブズ(BA)に関する情報をお届けします。

海外BAに関わる国内関連情報も適宜掲載しております。

今号は文献情報1件、行事情報1件です。

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◆ 目次 ◆

[掲載事項の凡例とご注意]

■文献情報:「デジタル時代のアーカイブズ」

■行事情報:ICA/SBA、ディアジオ・アーカイブ主催 ビジネス・アーカイブズ国際シンポジウム
◎テーマ:「アーキビスト会議2023:オーディエンスとの関わり方」その1
     2023年9月25-26日
     ジョニーウォーカー・プリンセスストリート(英国・エジンバラ)

☆★ 編集部より:あとがき、次号予告 ★☆
渋沢史料館「新一万円札発行記念企画展 渋沢栄一肖像展 I 肖像写真」
古田ゆかり『企業博物館とは何か:歴史・役割・可能性』


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[掲載事項の凡例]

・欧文の場合、日本語で読みやすいものになるように、タイトルははじめに日本語訳を、続いて原文を記します。
・人名や固有名詞の発音が不明の場合も日本語表記を添えました。便宜的なものですので、検索等を行う場合はかならず原文を用いてください。
・普通名詞として資料室や文書室、物理的な記録資料を表現する際は「アーカイブズ」を用います。固有名詞の場合はこの限りではありません。また物理的およびデジタル記録資料の蓄積や組織化に関しては「アーカイブ」「アーカイブ化」「アーカイビング」などの表現を用いることもあります。

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[ご注意]
・受信時にリンク先を示すURLが途中で改行されてしまう場合があります。通常のURLクリックで表示されない場合にはお手数ですがコピー&ペーストで一行にしたものをブラウザのアドレス・バーに挿入し、リンク先をご覧ください。


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■文献情報:「デジタル時代のアーカイブズ」

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◎「デジタル時代のアーカイブズ」
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc021_kim01.html

情報資源センターのウェブサイトの「世界/日本のビジネス・アーカイブズ」において、公益財団法人渋沢栄一記念財団 デジタルキュレーター金甫榮による「デジタル時代のアーカイブズ」を公開しました。(2023年8月10日発行)

本稿は渋沢栄一記念財団の機関誌『青淵』第892号(2023.07)に掲載した記事を加筆修正したものです。

デジタル記録の長期保存問題は、これからの組織の情報基盤の根幹にかかわるものです。担当者はもちろんのこと、広く一般の方々にご一読いただきたい文献です。

HTML版:
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc021_kim01.html

PDF版:
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/pdf/doc021_kim01.pdf

<目次>
・1. はじめに:アーカイブズ(archives)
  https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc021_kim01.html#01
・2. デジタル記録の特徴
  https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc021_kim01.html#02
・3. どうやって保存するか?
  https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc021_kim01.html#03
・4. アーカイブマティカ(Archivematica)
  https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc021_kim01.html#04
・5. おわりに
  https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc021_kim01.html#05
【注】
  https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc021_kim01.html#06


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■行事情報:ICA/SBA、ディアジオ・アーカイブ主催 ビジネス・アーカイブズ国際シンポジウム
◎テーマ:「アーキビスト会議2023:オーディエンスとの関わり方」その1
     2023年9月25-26日
     ジョニーウォーカー・プリンセスストリート(英国・エジンバラ)

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◎ICA/SBA、ディアジオ・アーカイブ主催 ビジネス・アーカイブズ国際シンポジウム
ICA-SBA in collaboration with the Diageo Archive
「アーキビスト会議2023:オーディエンスとの関わり方」
Archivist Conference 2023:Engaging with our audiences
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/20230615.html#01

新型コロナウイルス感染症による中断を経て、4年ぶりに対面でのICA/SBA国際シンポジウムが昨2023年9月に開催されました。会場はスコットランド・エジンバラの目貫通り、プリンセス・ストリート145に位置する「ジョニーウォーカー・プリンセスストリート」です。この建物は、2018年まではデパート、さらにそれ以前は銀行として利用されていた、ということです。現在はウィスキーメーカーのディアジオ社によりジョニーウォーカーのブランド体験施設として運営されています。

https://www.johnniewalker.com/en/visit-us-princes-street/
https://www.bbc.com/news/uk-scotland-scotland-business-46357492
https://dailybusinessgroup.co.uk/2018/11/frasers-targeted-for-johnnie-walker-whisky-experience/

今回のシンポジウムは「エンゲージメント」を全体テーマとし、「ストーリーテリング」、「企業ミュージアム」、「ステークホルダー」、「アウトリーチ」、「テクノロジー」、「パートナーシップ」の5つをサブ・テーマとしたセッションがもたれました。新型コロナウイルス感染症のためプレゼンテーションをキャンセルしたスピーカーもいましたが、ほぼ予定通りのプログラムとなりました。

以下では同シンポジウムでのプレゼンテーションの要点をご紹介いたします。

■2023年9月25日(月)

■■午前の部 前半■■
テーマ:デスティネーション・ストーリーテリング
Destination storytelling

◆発表1:ブランド・ホーム体験の変革
Transforming brand home experiences
クリスチャン・レイチェル(BRCイマジネーション・アーツ、チーフ・クリエイティブ・オフィサー)
Christian Lachel, Chief Creative Officer, BRC Imagination Arts
クリスティン・マカファーティ(ディアジオ社アーカイブ部門責任者)
Christine McCafferty, Head of Archives Diageo

<概要>
ディアジオはスコットランド観光をサポートするために、豊富なアーカイブズ資料を利用し、スコッチ・ウィスキーと観光業に大きく投資してきた。現在はスコットランドを中心に、体験型観光戦略を展開していて、エジンバラを含む5つの地域プロジェクトがあり、各地域で異なるストーリーを展開している。各プロジェクトではブランドの歴史と現在を結び付け、ビジターに一貫性のある体験を提供している。アーカイブズを中心としたストーリーテリングを実施している。このストーリーテリングでは、歴史的なボトルや地域コミュニティとの深い関係に焦点を当てている。このような取り組みを通じ、ブランドの物語は深化/進化して、アーカイブズとつながった魅力的なストーリーとなり、顧客体験を豊かにしている。ディアジオでは、感情を揺さぶるストーリーテリングを重要視している。

<編集部より>
このプレゼンテーションは、ジョニーウォーカー・プリンセスストリートの施設、そこでの体験を企画・デザインしたBRCイマジネーション・アーツ社(米国カリフォルニア州バーバンク、英国エジンバラ、オランダ・アムステルダムに拠点)のチーフ・クリエイティブ・オフィサーであるクリスチャン・レイチェル氏とディアジオ社アーカイブ部門の責任者でアーキビストのクリスティン・マカファーティ氏の共同プレゼンテーションでした。BRCイマジネーション・アーツ社は「ブランドと文化のストーリーをイノベーティブなヒューマン・エクスペリエンスに変換するフルサービスを提供する、戦略的デザインおよび制作会社」(https://www.brcweb.com/about/)で、展示・ツアーの企画・デザインを専門としています。

同社はコカ・コーラ社やフォード社、ディアジオ社といった企業に加え、ミラノ万博のEUパビリオン、聖書博物館(米国ワシントンDC)、リバプール・ミュージアム、イリノイ・ホロコースト・ミュージアム、上海万博でのパビリオン、韓国烏山市のアモーレパシフィックの施設及びツアーのデザイン・制作その他に関わってきました(https://www.brcweb.com/projects/)。

プレゼンテーションの中では「ストーリーにいのちを吹き込む」という表現が何度か出てきたことが印象的でした。そのためには、ストーリーが事実に基づくものであること、その証拠がアーカイブズにあること、つまりストーリーとアーカイブズがつねに結びついていることの必要性が語られました。

ディアジオ社のアーカイブ部門は1990年に開設され、2000年に現在地のメンストリー(Menstrie、エジンバラから車で1時間ほど)に移転しました。マカファーティ氏は1997年からアーカイブ部門の責任者を務めています。

[関連ページ]
BRCイマジネーション・アーツ
https://www.brcweb.com/

クリスチャン・レイチェル氏LinkedInページ
https://www.linkedin.com/in/christianlachel/

ディアジオ社歴史ページ
https://www.diageo.com/en/our-business/our-history

ディアジオ社アーカイブ
https://www.diageo.com/en/our-business/our-history/the-archive

クリスティン・マカファーティ氏LinkedInページ
https://www.linkedin.com/in/christine-mccafferty-372b23b8/

Becky Paskin, Christine MacCafferty, Diageo Archive, Scotchwhisky.com
2016年10月10日
https://scotchwhisky.com/magazine/interviews/five-minutes-with/11310/christine-mccafferty-diageo-archive/

「ディアジオが画期的なジョニーウォーカー・ビジター体験施設をオープン」
〔共同通信PRワイヤー - 2021年9月2日〕
https://kyodonewsprwire.jp/release/202109029584

◆発表2:パスタ・クオモ・ミュージアム:既成概念にとらわれないミュージアム
Pasta Cuomo Museum: a museum out of the box
アメリア・クオモ(パスタ・クオモ ミュージアム館長)
Amelia Cuomo, Direttore Museo della Pasta Cuomo

<概要>
クオモ一族は長い歴史を持ち、1820年よりパスタ製造業に従事してきた。近年、市場での差別化について一族で検討するなかで、ストーリーの重要性を再認識した。しかし、自分たちの起源について正確な情報がなかったため、大学の教授に研究を依頼し、その結果、過去の貴重な経営文書や財務文書を多数発見した。それを基に現在のビジネスモデルを革新した。パスタ・クオモ・ミュージアムでの展示を通じて、広く一般に一族の事業の歴史を知る機会を提供している。

[関連ページ]
パスタ・クオモ・ミュージアム
https://www.pastacuomo.com/museo/
https://museimpresa.com/en/associati/pasta-cuomo-museum/(ムゼインプレーザサイト内ページ)


◆発表3:バーチャル・ツアーから脱出ゲームまで:ヘリテージを共有する新しい方法
From virtual tours to escape rooms: new ways of sharing our heritage
ジャッキー・サージェント(ジョン・デュワー&サンズ社<バカルディ>グローバル・ヘリテージ・マネージャー)
Jacqui Seargent, Global Heritage Manager, John Dewar & Sons Ltd (Bacardi)

<概要>
ジョン・デュワー&サンズ社のヘリテージ部門のスタッフは9名で、4カ国にアーカイブズがあり、14のヘリテージ・ブランドを持っている。このうち米国マイアミにはバカルディ・ファミリーの歴史を記録するアーカイブズ、グラスゴーにはスコッチ・ウィスキーとジンに関わる資料が保管されている。これらは、マーケティングなどで定期的に活用されている。

同社は観光のパイオニアとして、ビジター向けに豊富な体験を提供している。1873年から続く工場や、1795年までさかのぼるコニャックなどの古いヘリテージ・ブランドを持っている。1961年に開館したワイン・ミュージアムや、バカルディが提供するビジターセンターなどでは、所蔵するアーカイブズ資料を基にしたユニークな体験、例えばバーテンダーやビジターを巻き込んだインタラクティブな脱出ゲームなどの体験を提供している。

そのほか、ヘリテージ・チームはビジターに、教育的な方法で楽しみながら知識を共有し、アーカイブズ資料に触れる機会も作り出している。史資料について詳しく知ることができるよう、古いレシピ本を使ってビジターが歴史を学ぶといった取り組み。また、スマートフォンアプリやデジタルツールの活用、建物ツアーでの歴史の探求など、ビジターセンターでの体験が深まるよう手助けをしている。

単なる情報提供以上の価値をビジターに提供することを目指し、自社の文化遺産を新しい形で体験してもらうための取り組みを行なっている。チームはビジターセンターの立ち上げから始まり、さまざまなプロジェクトを通じて、アーカイブズと現代の観光のニーズを結びつけている。

[関連ページ]
ジョン・デュワー&サンズ ヘリテージ・ページ
https://www.dewars.com/dewars-heritage/

ジャッキー・サージェント氏インタビュー(アメリカ・アーキビスト協会ブログ)
https://archivesaware.archivists.org/2019/11/05/theres-an-archivist-for-that-interview-with-jacqueline-seargeant-global-archive-manager-john-dewar-sons-ltd/


■■午前の部 後半■■
テーマ:観客を魅了する企業ミュージアム
Company museums engaging audiences

◆発表1:ムゼインプレーザ:100を超えるイタリアのビジネス・アーカイブズが観客を巻き込む
Museimpresa: more than 100 Italian business archives engaging audiences together"
アンナ・スクデラーリ(マティーニ・ヘリテージ・キュレーター、ムゼインプレーザ理事)
Anna Scudellari, MARTINI Heritage Curator and Museimpresa Board Member

<概要>
2001年にイタリア産業総連盟とイタリア北部の企業経営者協会アソロンバルダが主導して、ミラノで設立された企業のアーカイブズとミュージアムを会員とする協会、ムゼインプレーザの最近の取り組みの紹介。

イタリアの企業によるミュージアムやアーカイブズの取り組みが、インスタグラムのストーリーとして若い世代に紹介され、多くのインタラクションやインプレッションが得られることにより、企業の歴史や文化の重要性の喚起、企業文化の促進がはかられている。ムゼインプレーザでは、2022年2月からADIデザイン・ミュージアムとのコラボレーションを開始し、イタリアの技術革新とデザインの展示をおこなっている。各企業はアーカイブズから持ち寄った独自のストーリーを共有し、その文化のメタファーとして大きな時計が展示されている。この時計は過去から現在、未来に至る企業の歴史とイノベーションを象徴している。

毎年11月にはイタリアで「企業文化週間」が開催され、多彩なイベントやディスカッション、展示が全国的なプログラムとして行われている。これは報道機関やソーシャルメディアを通じて大々的に宣伝され、さらに多くのオーディエンスに届けられている。

このほか、Google Arts & Cultureと連携して、イタリアの企業文化を世界中の人々に届けることを目的とした新しいデジタルアートと文化プラットフォームの立ち上げが予定されている。デジタルイノベーションが現代の企業にとって重要な課題の一つであることから、ムゼインプレーザではミラノ工科大学などとのコラボレーションも推進している。

ビジターは企業のアーカイブズやミュージアムを訪れることで、これらの文化的取り組みに直接触れる機会が提供されていることが強調された。

[関連ページ]
ムゼインプレーザ
https://museimpresa.com/en/about-us/

ADIデザイン・ミュージアム
https://www.adidesignmuseum.org/en/


◆発表2:企業ミュージアムへの人類学的アプローチ
An anthropological approach to a corporate museum
ソフィー・ゼーバッハ(LEO歴史アーカイブズ・ミュージアム ヘッド)
Sophie Seebach, Head of LEO Historical Archives and Museum

<概要>
デンマークの製薬会社レオ・ファーマの歴史アーカイブズとミュージアムの責任者に就任したソフィー・ゼーバッハ氏は人類学者。同社の歴史は1620年に遡る。ゼーバッハ氏は人類学的アプローチを取り入れて、ミュージアムをよりアクセスしやすくし、企業の歴史を従業員と共有することに力を入れている。歴史を体系的に活用し、企業の社会的・文化的背景を深く理解することを目標に据えている。

また、デジタルメディアを通じて、従業員だけでなく、より広いオーディエンスとのコミュニケーションも模索している。デジタルメディアを用いることにより、企業の歴史や文化をより完全で、ニュアンスに富んだ形で表現できるようにすることと、ミュージアムを成功のみならず失敗をも含む企業の歴史を展示する場所に変えたいと考えている。

[関連ページ]
LEO歴史アーカイブズ・ミュージアム
https://issuu.com/leofoundation/docs/leo_foundation_annual_report_final/s/11936325
(issuuサイト)

ソフィー・ゼーバッハ氏着任紹介ページ
https://leo-foundation.org/en/2020/11/09/new-head-of-the-leo-museum/


◆発表3:レトリカル・ヒストリーの多様性: 日本、イタリア、ポーランドの企業ミュージアム比較分析
Varieties of rhetorical history: comparative analysis of corporate museums in Japan, Italy and Poland
Tomasz Olejniczak
トマシュ・オレイニチャック(コズミンスキー大学経営史学科准教授)
Tomasz Olejniczak, Associate Professor, Division of Business History, Kominski University

<概要>
この発表では、研究者であるオレイニチャック氏がポーランド、日本、イタリアで生活した経験と、これらの国々で撮影した6000枚以上の写真を基に、企業ミュージアムのコミュニケーション戦略とレトリカル・ヒストリー(「企業の重要なステークホルダーを管理するための説得戦略として過去を戦略的に用いること」詳しくは本通信90号参照)の国際比較を試みている。

企業ミュージアムは企業のナラティブを伝える主要な手段となっており、近年この分野の研究が増えている。特にイタリアと日本の研究者がこの分野をリードしている。本研究はこれまでのものとは異なり、複数の国のミュージアムを比較するという点で独自性を持つ。約50の美術館とミュージアムを訪れ、各ミュージアムのナラティブ、コミュニケーションの方法、トピック、価値観、感情について定性的に調査した。

イタリアの企業ミュージアムは物質的なコミュニケーションに焦点を当てており、芸術やデザインに対する情熱が際立っている。対照的に、日本の企業ミュージアムは、技術や社会貢献など、多様な情報に溢れていて、ビジターは文字による情報を多く取り込む。ポーランドの企業ミュージアムは、今後抽象的な価値観と具体的な物質性との間でどの方向に進んでいくのかが重要な課題である。

<編集部より>
オレイニチャック教授の日伊企業ミュージアム比較は非常に興味深いものでした。イタリアの企業ミュージアムには、文字情報(展示解説やストーリー)は非常に少なく、どこに行ってもモノそのものが展示のほとんど全てであるといいます。一方、日本の企業ミュージアムの場合はどこでも、創業者の生い立ち・思想から始まり、会社発展の軌跡、社業の興隆により社会に貢献してきたことを、文字情報を中心に観覧者に提示するという一定のパターンが存在するといい、シンポジウム参加者から大きな注目を集めていました。

[関連ページ]
トマシュ・オレイニチャック氏LinkedInページ
https://www.linkedin.com/in/tomasz-olejniczak-64202910

文献情報:社史とコーポレート・ガバナンス
「資本主義の多様性と企業による歴史の利用:日本の経験から」(2018年)
(本通信90号 2021年7月13日発行)
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/20210713.html#02


◆発表4:移行期とビジネス・アーカイブズ:スロベニアの場合
Transition and business archives: case of Slovenia
ザルコ・ラザレヴィッチ(現代史研究所)
Zarko Lazarevic, Inštitut za Novejšo Zgodovino / Institute of Contemporary History

<概要>
次のような話題が述べられた。
・ビジネス・アーカイブズの社会的重要性と、公共のミュージアムやアーカイブズとの関連性。
・一般には公開されていないが国全体の活動において重要な役割を果たす、非公開のビジネス・アーカイブズとして、銀行を具体的な例として上げて述べる。
・この銀行ミュージアムは最初から一般に公開されていたわけではなく、社会主義体制から自由民主主義体制への移行期を経て発展してきた。
・ビジネス・アーカイブズは一般市民やさまざまなオーディエンスに紹介されてきた。
・ビジネス・アーカイブズは国や社会におけるビジネスの歴史を伝えるために重要である。
・アーカイブズは教育価値を提供し、社会的役割を果たし、そして地域社会に貢献する。
・成功したビジネスが公的なアーカイブズに自社のアーカイブズを保存することには意義がある。
・アーカイブズは、企業に関する知識、起源、地域における役割を伝えるために重要である。

<編集部より>
現代史研究所は、現代史研究所は1959年設立で、19世紀以来のスロベニア人の現代史を研究するスロベニア共和国の中心的な科学機関です。

[関連ページ]
現代史研究所
https://www.inz.si/en/


■■午後の部 前半■■
テーマ:ステークホルダーにスポットを当てる
Spot on the stakeholders

◆発表1:ステークホルダー・エンゲージメントの再構築
Reimagining stakeholder engagement
アマンダ・ノーブル(ロイズ・バンキング・グループ、アーキビスト)
Amanda Noble, Archivist, Lloyds Banking Group

<概要>
ロイズ・バンキング・グループはヨーロッパで初めて紙幣を発行した銀行で、スコットランド最古の紙幣を保有している。アーカイブズは、書架延長約4キロメートルに及ぶ物理的な記録と2テラバイトのデジタル記録を含み、一般公開も行っている。

エジンバラとロンドンのミュージアムは無料公開されており、年間5万人近くの来館者が体験型ワークショップに参加している。

COVID-19のパンデミックによりアーカイブ・チームは、ステークホルダーとの関わり方を再考し、オンラインでの教育サービスやYouTubeを通じたワークショップの提供を始めた。また、ステークホルダー・エンゲージメントの原則を開発し、アーカイブズの活動を見直し、異なるオーディエンスに焦点を合わせて活動を効率化することを目指すことになった。

プロジェクトの目的は、エンゲージメント活動を明確にし、アーカイブズの付加価値と知名度を高めること。そのため、活動を追跡するためのシンプルなエクセルのスプレッドシートを作成し、それを用いて年間アクションプランを策定した。ステークホルダーをカテゴリー分けし、無関心なステークホルダーから高い影響力を持つ者までを特定した。目標は、アーカイブズの利用促進と、無関心なグループを対象にしたアーカイブズとグループの歴史への関心を高めること、に置いた。最終的に、ステークホルダーのエンゲージメント活動を改善し、より積極的で集中的なアプローチを取るように努めている。

[関連ページ]
ロイズ・バンキング・グループ・アーカイブ
https://www.lloydsbankinggroup.com/who-we-are/our-heritage/our-companies.html


◆発表2:オンボーディング: 新入社員に組織の価値観や文化を浸透させる上で、アーキビストが果たす重要な役割 
Onboarding: the essential role of archives in instilling organizational values and culture in new colleagues
ポール・ラーサウィッツ(マッキンゼー・アンド・カンパニー、ファーム・アーキビスト)
Paul Lasewicz, Firm Archivist, McKinsey & Company

<概要>
マーケティングのサポート領域が限られている企業では、アーカイブズの価値を組織内で証明する必要がある。戦略的資源としての価値、組織における文化の形成、戦略的目標のサポートに歴史がどのように役立つか、マッキンゼー・アンド・カンパニーの事例を紹介し議論した。

新入社員が企業の歴史や価値観を吸収する上で、オンボーディング(新たに採用した社員に対する教育プログラム)は重要である。それは企業文化を強めることにつながる。プログラムづくりにおける教育理念には3つの柱(プライベートな対話、相互作用の定着、および探求の奨励)があり、オンボーディング・プログラムは歴史的コンテンツを取り入れたものである。

発表者によれば、歴史は、新入社員が大きな目標に向かう際に強力なツールとなるものであり、これらの活動は彼らの会社への帰属意識を高めるものである。会社の価値観は戦略的目標を達成するための重要な基盤であり、価値観は無形ではある(目に見えない)が、その貢献は非常に有意義であることを強調するプレゼンテーション。

[関連ページ]
マッキンゼー・アンド・カンパニー沿革(2026年に100周年を迎えます)
https://www.mckinsey.com/about-us/overview/history-of-our-firm


■■午後の部 後半■■
テーマ:アウトリーチへの新しいアプローチ
New approaches to outreach

◆発表1:権威の声であること:マッカラン・ブランド・ヘリテージを用いて強力なオーディエンス・エンゲージメントを開発する
Being the voice of authority : developing strong audience engagement with the Macallan Brand Heritage Archive
シェリル・トラバーサ(ザ・マッカラン、ブランド・アーカイブ・マネージャー)
Cheryl Traversa, Brand Archive Manager, The Macallan

<概要>
マッカランは1824年にスコットランドで設立されたウィスキーメーカーで、ブランドは200年の歴史を持っている。ヘリテージ・チームのメンバーは3人。ほかにフリーランスもプロジェクトに関わっている。チームはブランド部門に属し、クリエイティブチームの一部としてマーケティング・プロジェクトに携わっている。

マッカランのアーカイブズは比較的新しく、5年の歴史しかないが、所蔵する記録資料は19世紀から現在までをカバーしている。1890年代の通信文書や、パッケージ、ラベル、アート、イラストレーションが含まれるボトル・アーカイブズ、デジタル・アーカイブズが含まれる。

アーカイブズからのストーリーとインスピレーションを用いて、ブランドと消費者のエンゲージメントを深めることを目標としている。クリエイティブ・チームへのアーカイブズへの没入型訪問(immersive visit)機会や歴史に基づいた映像コンテンツの提供を通じて、ブランドストーリーの信憑性と具体性を強化している。また、インターナル・ブランド=DNAの研究や、過去のラベルや文書記録の研究を含むプロジェクトを通じて、ヘリテージ部門はブランドの歴史と文化を確固としたものにしつつある。

今後はマッカランの200年にわたる歴史を記念して、製品と歴史に焦点を当てた出版物や、200の重要な瞬間に焦点を当てた出版物が予定されている。また、企業の意思決定に影響を与えた先駆者たちの紹介と製品展示を目指している。ヘリテージを活性化させる多くの戦略的な取り組みを計画している。

[関連ページ]
マッカラン・アーカイブズ
https://www.themacallan.com/en/the-spirit-of-1926


◆発表2:歴史マーケティングの新しいハンドブックは、アーカイブ・サービスの販売に役立つか?
Can a new handbook in history marketing help us all sell more archive services?
アンダース・ショーマン(ストックホルム経営史センター)
Anders Sjöman, Centre for Business History in Stockholm

<概要>
ストックホルム経営史センターのコミュニケーション部門のヘッドで、ICA/SBA運営委員のアンダース・ショーマンが最近著者として刊行した『歴史マーケティング:歴史を企業の戦略資産として用いる』(原題:History marketing : using history as a corporate strategic asset)を紹介するプレゼンテーション。

この本では企業が自社の歴史を戦略的に活用することでビジネスを構築し、市場での地位を強化できるという考え方を「マーケティング・ヒストリー」と呼んでいる。著者は自分の所属するストックホルム経営史センターの三つの側面(アーカイブズの重要性、エディトリアル(出版)サービスの提供、非営利組織(NPO)としての役割)を強調する。またこの研究所は、スウェーデンにおいて、約400社の大手企業を顧客とし、アーカイブ・ソリューション(アーカイブズとして企業資料を整理し、目録・データベースを作成し、デジタル化するなどの一連の作業)の提供から、会社史の編集・出版サービス、学術的な研究協力まで、幅広いサービスを提供している。

本書では歴史を経営のための戦略的資産として利用することの重要性と、それにより企業がどのように価値を生み出し、自己のアイデンティティを強化できるかについて、また、歴史が単なる過去の記録ではなく、現在と未来を形作るための強力なツールであることを述べている。本書の目指すところは、企業が自社の歴史をどのように戦略的に活用し、それを通じてどのように価値を創造し続けることができるかを理解するための、実践的なガイドとなること。

[関連ページ]
ストックホルム経営史センター
https://www.naringslivshistoria.se/en/about-us/

アンダース・ショーマン『歴史マーケティング:歴史を企業の戦略資産として用いる』
https://www.naringslivshistoria.se/en/cfn-nyheter/new-handbook-history-marketing-using-history-as-a-corporate-strategic-asset/

企業団体情報:ストックホルム経営史センター(「ビジネス・アーカイブズ通信」71号、2017年5月30日)
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/20170530.html#02


◆発表3:ストーリーか数字か:効果的なメトリクス(定量的に評価可能な)指標による報告を探る
Stories or numbers: exploring effective metrics reporting
ジェニファー・ジョンソン(カーギル社コーポレート・アーカイブス元部長)
Jennifer Johnson, former Director of the Corporate Archives at Cargill, Incorporated

<概要>
このプレゼンテーションは、企業アーカイブズの価値を示すための効果的なメトリクスとレポーティング手法に焦点を当てたものである。カーギル社の企業アーキビストとしての経験を基に、上長がアーカイブズの役割を理解し、その価値を認識するための効果的なメトリクスについて述べる。

カーギル社のアーカイブズ部門では、アーカイブズがビジネスの価値と機能にどのように貢献しているかを示すために、具体的なデータやメトリクスが必要になったため、従業員や経営陣からのリクエスト、問い合わせの種類、アーカイブズへのアクセス頻度など、様々な指標を追跡し始めた。それによって、アーカイブズの活動がどのように企業のニーズを満たしているかを明確に伝えることができるようになった。

アーカイブズへのリクエストを追跡するために使用しているツールや、コミュニケーション・チームとの協力による成果を共有することの重要性、アーカイブズから得られる洞察が、企業のストーリーテリングやヘリテージ管理に貢献した。

また一方で、アーカイブズの価値を示すためには、単に数字を提供するだけでなく、それらの数字がどのように企業の目標やビジョンに貢献しているかを視覚的にも示すことが重要であるとし、アーカイブズが企業内で認識され、価値を認められるためには、メトリクスとストーリーテリングの両方を駆使する必要があるとまとめた。

[関連ページ]
カーギル社歴史年表
https://www.cargill.com/about/cargill-history-timeline


■■見学:ジャーニー・オブ・フレイバー・ツアーズ Journey of Flavour Tours■■
ジョニーウォーカー・プリンセス・ストリート
Johnnie Walker Princes Street


★☆★...編集部より...★☆★

ICA/SBA運営委員ポール・ラーサウィッツ氏が所属するマッキンゼー・アンド・カンパニーが2年後にセンテナリー(centenary 100周年)を迎えます。ラーサウィッツ氏がIBMアーキビストとして関わった、2011年のIBM創業100周年はアーカイブズが重要な役割を果たしました。それは、近年のビジネス・アーカイブズの関係者にとっては、記憶と記録に残る出来事でした。他方、マッキンゼーの場合、モノをつくったり、一般の人々が利用するサービスを提供しているわけではありません。どのような方法、視点でコンサルティング・ファームが自分たちの100年の歩みを記念するのか、社内に限定した取り組みなのか、そのようなことを考えながら、同ファームの年表を眺めました。

<<以下次号に続く>>

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[略称一覧]
ACA: Association of Canadian Archivists(カナダ・アーキビスト協会)
ARA: Archives and Records Association(アーカイブズとレコード協会)
ASA: Australian Society of Archivists(オーストラリア・アーキビスト協会)
BAC: Business Archives Council(ビジネス・アーカイブズ・カウンシル)
BACS: Business Archives Council in Scotland(スコットランド・ビジネス・アーカイブズ・カウンシル)
BAS: Business Archives Section(ビジネス・アーカイブズ部会:SAA内の部会)
CoSA: Council of State Archivists(米国・州文書館長評議会)
DCC: Digital Curation Center(英国デジタル・キュレーション・センター)
EDRMS: Electronic Document and Record Management System(電子文書記録管理システム)
ERM: Electronic Record Management(電子記録管理)
ICA: International Council on Archives(国際文書館評議会)
NAGARA: National Association of Government Archives and Records Administrators(米国・全国政府アーカイブズ記録管理者協会)
NARA: National Archives and Records Administration(米国 国立公文書館記録管理庁)
RIKAR: Research Institute of Korean Archives and Records(韓国国家記録研究院)
RMS: Record Management System(記録管理システム)
SAA: Society of American Archivists(アメリカ・アーキビスト協会)
SBA: Section for Business Archives(企業アーカイブズ部会、ICA内の部会)
TNA: The National Archives(英国国立公文書館)


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☆★ 編集部より:あとがき、次号予告 ★☆

いよいよ本年2024年7月3日、新しい日本銀行券が発行されます。新1万円札の肖像画は、みなさまご存じのとおり、渋沢栄一です。これを記念して、渋沢史料館では「新一万円札発行記念企画展 渋沢栄一肖像展 I 肖像写真」を2024年2月3日(土)~6月2日(日)の期間、開催しています。どうぞお運びください。
https://www.shibusawa.or.jp/museum/special/2023/kikaku2023_04.html

[関連ページ]
国立印刷局「新しい日本銀行券特設サイト」
https://www.npb.go.jp/ja/n_banknote/index.html

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企業博物館に関する新しい文献『企業博物館とは何か:歴史・役割・可能性』(青弓社)が昨年2023年5月に刊行されました。著者は科学技術コミュニケーター、科学技術コミュニケーション・プロデューサー、サイエンスライターの古田ゆかり氏です。

日本において企業ミュージアムはビジネス・アーカイブズが持続的に未来に継承されるために重要な役割を果たす装置といえます。企業の文脈で言えば、アーカイブズ資料は利用・活用されないかぎり「ゴミ(=捨てる対象)」と見なされ、アーカイブズ部署以外の人々の目には(ほとんど)入らない資産・資源です。ミュージアムがあれば、アーカイブズは恒常的に展示の場を確保することができるという大きなメリットがあります。本書によって、企業ミュージアムに対する理解と関心がさらに高まることを期待します。出版社のページに掲載されている目次をご覧下さい。

[出版社ページ]
https://www.seikyusha.co.jp/bd/isbn/9784787200822/

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次号は2024年3月発行の予定です。

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◆◇◆バックナンバーもご活用ください◆◇◆

https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/index.html

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ビジネス・アーカイブズ通信(BA通信) No.99
2024年3月22日発行 (不定期発行)
【創刊日】2008年2月15日
【発行者】公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センター
【編集者】公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センター
      「ビジネス・アーカイブズ通信」編集部/
      株式会社アーカイブズ工房
【発行地】日本/東京都/北区
【ISSN】1884-2666
【E-Mail】
【サイト】https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/index.html

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