ビジネス・アーカイブズ通信(BA通信)

第100号(2024年3月27日発行)

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☆      □■□ ビジネス・アーカイブズ通信 □■□

☆       No.100(2024年3月27日発行)

☆    発行:公益財団法人 渋沢栄一記念財団 情報資源センター

☆                        〔ISSN:1884-2666〕
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この通信では海外(主として英語圏)のビジネス・アーカイブズ(BA)に関する情報をお届けします。

海外BAに関わる国内関連情報も適宜掲載しております。

今号は文献情報1件、行事情報1件です。

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◆ 目次 ◆

[掲載事項の凡例とご注意]

■文献情報:「デジタル・トランスフォーメーションと記録管理」

■行事情報:ICA/SBA、ディアジオ・アーカイブ主催 ビジネス・アーカイブズ国際シンポジウム
◎テーマ:「アーキビスト会議2023:オーディエンスとの関わり方」その2
     2023年9月25-26日
     ジョニーウォーカー・プリンセスストリート(英国・エジンバラ)

☆★ 編集部より:あとがき、次号予告 ★☆

ICA/SBA LinkedInアカウント開設

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[掲載事項の凡例]

・欧文の場合、日本語で読みやすいものになるように、タイトルははじめに日本語訳を、続いて原文を記します。
・人名や固有名詞の発音が不明の場合も日本語表記を添えました。便宜的なものですので、検索等を行う場合はかならず原文を用いてください。
・普通名詞として資料室や文書室、物理的な記録資料を表現する際は「アーカイブズ」を用います。固有名詞の場合はこの限りではありません。また物理的およびデジタル記録資料の蓄積や組織化に関しては「アーカイブ」「アーカイブ化」「アーカイビング」などの表現を用いることもあります。

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[ご注意]
・受信時にリンク先を示すURLが途中で改行されてしまう場合があります。通常のURLクリックで表示されない場合にはお手数ですがコピー&ペーストで一行にしたものをブラウザのアドレス・バーに挿入し、リンク先をご覧ください。


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■文献情報:「デジタル・トランスフォーメーションと記録管理」

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◎「デジタル・トランスフォーメーションと記録管理」
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc022_dx01.html

情報資源センターのウェブサイトで公開している「世界/日本のビジネス・アーカイブズ」に、「デジタル・トランスフォーメーションと記録管理」を掲載しました。執筆者は東北大学学術資源研究公開センター史料館協力研究員の白川栄美氏です。

本稿では、DXと情報ガバナンスの関係性に注目し、英国ブレア政権が1999年に掲げたデジタル化政策のもと、記録の適正な管理と長期保存という課題に直面したイギリス国立公文書館の当時の取り組みにも触れ、DX時代における記録管理の必要性について一考します。

渋沢栄一は商取引における信用を重視しました。DXや情報ガバナンスと栄一の思いはどのようにつながっているのか。本稿はその点もわかりやすく説明してくれています。

HTML版
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc022_dx01.html

PDF版
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/pdf/doc022_dx01.pdf

<目次>
・1. デジタル・トランスフォメーション
  https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc022_dx01.html#01
・2. DXの成功とボーンデジタル記録の増加
  https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc022_dx01.html#02
・3. 情報ガバナンス(Information Governance)と記録管理(Records Management)
  https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc022_dx01.html#03
・4. イギリスのDX:記録管理専門家の雇用と電子文書管理システムの普及
  https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc022_dx01.html#04
・5. 信頼できる記録と信用
  https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc022_dx01.html#05
【注】
  https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc022_dx01.html#06


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■行事情報:ICA/SBA、ディアジオ・アーカイブ主催 ビジネス・アーカイブズ国際シンポジウム
テーマ:「アーキビスト会議2023:オーディエンスとの関わり方」その2
     2023年9月25-26日
     ジョニーウォーカー・プリンセスストリート(英国・エジンバラ)

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◎ICA/SBA、ディアジオ・アーカイブ主催 ビジネス・アーカイブズ国際シンポジウム
ICA-SBA in collaboration with the Diageo Archive
「アーキビスト会議2023:オーディエンスとの関わり方」
Archivist Conference 2023:Engaging with our audiences
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/20230615.html#01

<<前号からの続き>>

■2023年9月26日(火)

■■午前の部 前半■■
テーマ:技術による影響力拡大
Increased impact through technology

◆発表1:オリベッティ、ヘリテージを強化する革新についての一つの物語
Olivetti, a story of innovation also in the enhancement of heritage
ルイジ・エマニュエル・ディ・マルコ(オリベッティ歴史アーカイブ協会)
Luigi Emanuele Di Marco, Olivetti Historical Archive Association

<概要>
ルイジ・マルコ氏は、イタリアで115年の歴史を持つオリベッティ社のソーシャルメディアスペシャリストとして、同社のヘリテージと現在の革新について紹介。オリベッティの事業内容は、機械式タイプライターや計算機から電子機器へと進化し、1964年には世界初のデスクトップコンピュータを開発した。現在のオリベッティはデジタルサービス、特にモノのインターネット(IoT)やビッグデータ分析を主たる事業とし、行政機関などに革新的なソリューションを提供している。

オリベッティは文化遺産としても認識されている。発祥の地であるイタリア・ピエモンテ州トリノ県のイブレーア市は2018年にはユネスコによって20世紀の工業都市として世界遺産に登録された。この背景には、創業者が持っていたユートピア的なビジョンが影響している。

オリベッティのアーカイブズには書架延長14キロメートルに及ぶ文書や100万枚以上の写真、ポスターなどが保存されており、これらは企業の長い歴史と文化的価値を物語っている。オリベッティはソーシャルメディアを活用し、新しいオーディエンスへの訴求を図りつつ、革新的なデジタルスタンプやバーチャル・リアリティ(VR)展示を通じて、デジタル時代においてもそのヘリテージを伝え続けている。このように、オリベッティは歴史、文化的遺産、そしてデジタル時代における革新的取り組みを通じて、過去と未来を繋ぎ、文化的価値を社会に提供し続けている。

[関連ページ]
オリベッティ歴史アーカイブ協会
https://www.archiviostoricolivetti.it/en/


◆発表2:魅力的なアーカイブ・コレクション・ウェブサイトの構築
Building an engaging archive collection website
クリスティアーノ・ビアンキ(マネージング・ディレクター、Qiプロダクト・オーナー)
Cristiano Bianchi, Managing Director, Qi Product Owner
クレア・アフォード(Qiプロダクト・オーナー)
Claire Afford, Qi Product Owner

<概要>
デジタル化の進展に伴い、アーカイブズや博物館へのオンラインでのアクセシビリティを向上させる試みが増えている。Qiプロダクト・チームは、ロンドンからサンフランシスコ、シンガポール、香港に至るまで、さまざまな時間帯で、さまざまな組織とのプロジェクトに携わってきた。主に、コレクション管理システム(CMS)の改善と、利用者の期待に沿わないインターフェースの問題を解決することに焦点を当てている。これらの課題に対処するため、オーディエンスの理解を深め、よりシンプルで利用者にやさしいアクセス方法を開発している。

アーカイブズのデジタル化プロジェクトの目標は、利用者を異なるカテゴリーに分類し、それぞれに合わせたコンテンツを提供することにある。これにはさまざまなアプローチがあり、ストーリーやテーマ性のあるコンテンツを用いて、より魅力的で探索的な体験を提供することも重要。

これらの取り組みを成功させるためには、強力なバックエンドの支援が不可欠、すなわち優れたデータベースと、一貫性と信頼性を確保するための適切な管理システムが必要である。クラウドソーシングやコミュニティの参加を促すことで、アーカイブズの豊かなコンテンツを生かし、より多くの人々に興味を持ってもらうことができる。

アーカイブズのデジタル化は、単に技術的な挑戦を乗り越えるだけでなく、文化遺産を保存し、次世代に伝えるための新しい方法を模索することでもある。優れたデータベースを構築し、それを維持・改良し続けることで、アーカイブズが新しいデジタル未来に向けて生き生きと躍動するようになることを目指している。

[関連ページ]
キープシンキング・Qiプロダクト ページ
https://www.qi-cms.com/

クリスティアーノ・ビアンキ氏LinkedInページ
https://www.linkedin.com/in/cbianchi/


◆発表3:MUMAC:コップの中の遺産、技術、未来
MUMAC: heritage, technology and future in cup
アンナ・チェント(MUMACキュレーター:MUMAC、チンバリ・グループのコーヒーメーカー・ミュージアム)
Anna Cento, MUMAC Curator - MUMAC, Museum of the Coffee Machine of Cimbali Group

<概要>
イタリア・ミラノのビナスコにあるファミリー・ミュージアムについて。このミュージアムは、1912年に設立された家族経営の会社が起源であり、2022年に創業110周年を迎えた。このミュージアムは自社ブランドだけでなく、コーヒー・エスプレッソマシン全般の歴史を記念することを目的としている。訪問者は1905年に作られた最初のコーヒーマシンをはじめ、350以上のコーヒーマシンのコレクションを見ることができる。ミュージアム内には20,000以上の文書や書籍を収蔵するライブラリーとアーカイブズもある。

ミュージアムの展示は、さまざまな時代のコーヒーマシンに関わる技術や革新を表現するように設計しており、訪問者はそれぞれの時代の雰囲気を感じることができる。未来の部屋では、過去の技術から現在、そして未来に至るまでの進化を展望する。誰もがアクセスしやすいように、さまざまな障害を持つ人々にも配慮した展示を行っている。デジタルアーカイブを含むさまざまなデジタル関係プロジェクトによって、遠方の訪問者もミュージアムのコレクションをオンラインで楽しむことができる。

ミュージアムはヘリテージと未来をつなぐ重要な役割を果たしている。ミュージアムの取り組みは、コーヒーマシンの歴史だけでなく、社会的・歴史的な文脈におけるその重要性を伝えている。

[関連ページ]
MUMAC
https://www.mumac.it/


◆発表4:バーチャル・アクセスの冒険:HSBCの遺産のオンライン化
Adventures in virtual access : putting HSBC heritage online
クレア・ツイン(シニアアーカイブマネージャー)
Claire Twinn, Senior Archives Manager

<概要>
2021年7月に開設されたHSBCの歴史ウェブサイトは、HSBCの長い歴史を紹介し、社内外のオーディエンスに向けてヘリテージを活用することを目的としている。HSBCは、グローバルでは4カ国にしか物理的なアーカイブズを持っておらず、これを補完するため、大規模なデジタル化戦略の一環としてオンライン上のプレゼンスを拡大した。ウェブサイトの目的は、効率的な問い合わせ応答、ストーリーテリング・プラットフォームの提供、新しいオーディエンスへの訴求などである。

ウェブサイトは、アーカイブズ・サービスの単なる延長ではなく、銀行のコミュニケーションとブランドへの関与の一部として機能している。動的なビジュアル・ストーリーテリングを通じて、銀行のヘリテージを紹介し、知識の共有と組織全体の協業を促進する。このウェブサイトは、社内外の誰もがアクセス可能で、銀行の戦略や価値観を支える重要なストーリーを語るプラットフォームである。開発プロセスには、セキュリティ、ブランド、アクセシビリティに関するHSBCの基準が組み込まれ、リレーションシップ管理とコミュニケーションが鍵となっている。外部の研究者向けではなく、主に社内オーディエンスと一般の人々を対象としている。

ウェブサイトは利用者からの意見に基づいて継続的に評価・改善され、検索機能の最適化やコンテンツの選定・デジタル化に重点を置いている。また、ソーシャルメディアと統計のフィードバックを利用して、サイトの実績を計測し、改善している。この取り組みは、HSBCの歴史を広く紹介し、社内外の関係者にヘリテージを活用する手段を提供するものである。

[関連ページ]
HSBC歴史ウェブサイト
https://history.hsbc.com/

◆発表5:孤立はもういらない:バーチャル・エンゲージメントの魔術の発見
Isolation No More: discovering the alchemy of virtual engagement
ヴルンダ・パターレ(ゴードレージ・アーカイブズ ヘッド)
Vrunda Pathare, Head, Godrej Archives

<概要>
ゴードレージは1897年設立。126年の歴史を持ち、錠前製造から始まり、セキュリティ機器、家具、電化製品、工具、プロセス機器、倉庫設備保管ソリューション、精密エンジニアリング、航空宇宙まで幅広い事業を手掛けている。アーカイブズは1997年に創業100周年を記念して構想され、2006年に正式に設立された。アーカイブズはまた、多様な事業領域に対応しており、経営資料と創業家一族関係の記録を含む多様なアーカイブズ資料を保有している。過去だけでなく現在をも記録し、未来に歴史を残そうとしている。restore(復興する)、reflect(深く考える)、reimagine(再び想像する)をモットーにして、遺産(レガシー)の意味を再発見し、それが企業にとってどのように利用可能な過去となりうるかを追求することに取り組んでいる。

デジタル化への取り組みとしては、2006年にウェブサイトを立ち上げ、展示のデジタル化、デジタル資産管理(DAM)ソフトウェアへの移行などを実施した。バーチャルツアーを含む多様なデジタル技術の利用を通じて、社内外の資料利用を拡大し、エンゲージメントの向上を図っている。デジタルなアーカイブズへの挑戦として、バーチャルツアーの導入、拡張現実を用いたインタラクティブな体験の提供などを進め、リアルな展示会の体験をデジタル空間で再現している。これによって、アーカイブズは、リポジトリの中の存在から、人々に直接届ける存在へと進化し、デジタルとリアルの両方で人々とのつながりを深めている。

[関連ページ]
ゴードレージ・アーカイブズ
https://archives.godrej.com/


◆発表6:乱雑さを打破する:コロナウイルス感染症とその後
Breaking through the clutter: using technology to connect during Covid-19 and beyond
ジェイミー・マーティン(IBMコーポレート・アーキビスト)
Jamie Martin, IBM Corporate Archivist

<概要>
IBMアーカイブズはニューヨーク州ポキプシーにあるマーケティング部門に位置し、記録、写真、AV広告、マーケティング資料、さらには巨大なメインフレームなど、物理的にもデジタル的にも多様なコレクションを保有している。COVID-19パンデミック中には特に、DIY的なアプローチで多様な活動を行った。莫大な予算やリソースがない中でも実行可能な取り組みに焦点を当てた。

IBMの長い歴史と将来に対する展望の中では、過去を振り返りながら未来を考えることが重要性である。

パンデミックが始まった際、IBMでは在宅勤務が一般化し、物理的アーカイブズへのアクセスが難しくなった。これに対応して、IBMアーカイブズではバーチャルツアーを作成し、GitHubを通じて無料で利用可能なソフトウェアを使って、リアルのモノ資料・空間をバーチャルに再現した。このDIY的な取り組みにより、誰でも貴重なアーカイブズ・コレクションを体験できるようになった。

さらに、IBMの歴史や文化を社内外に共有するために、Slackチャンネルを立ち上げた。これにより、歴史への興味や愛を共有する場が生まれ、IBMの過去に関する知識や情報の共有が活発になった。このチャンネルは社内で人気のあるSlackチャンネルの一つとなり、従業員が自らの投稿でアーカイブズに貢献し、コンテンツが豊富になった。

これらの取り組みは、莫大な予算がなくても、創造性と献身によって歴史と文化を保存し、共有することができることを示している。IBMアーカイブズの活動は、企業アーカイブズの役割が単に過去を保存することにとどまらず、現在と未来に対する理解と関連性を深めることにあることを示している。

[関連ページ]
SAA(アメリカ・アーキビスト協会)BAS(ビジネス・アーカイブズ部会)リポジトリ紹介:IBM
https://www2.archivists.org/groups/business-archives-section/repository-profile-ibm-corporate-archives


■■午前の部 後半■■
テーマ:パートナーシップ(協力)の活用
Leveraging partnerships

◆発表1:パートナーシップの探求:Ancestry.comとの協業
Exploring partnerships: a collaboration with Ancestry.com.
キャロル・クイン(アイリッシュ・ディスティラーズ/ペルノ・リカール)
Carol Quinn, Irish Distillers/Pernod-Ricard

<概要>
キャロル・クイン氏はアイルランドの蒸留酒メーカーであるアイリッシュ・ディスティラーズのアーカイブズ担当者。同社は1966年に設立され、グループは、ルーツが18世紀まで遡る3つの会社から成る。最も有名なのはジェムソン・アイリッシュ・ウイスキーで、世界中で愛されている。アーカイブズは内部利用に限られ、主にマーケティング部門で活用されている。アーカイブズは政治家などの訪問者が強い興味を示す要因にもなっている。

アイルランドでは、1922年のダブリンにあるフォー・コーツ(4つの裁判所が置かれた建物)の爆破事件により多くの歴史記録が失われたため、家系調査が困難となっている。そのようななか、アイリッシュ・ディスティラーズでは、ジェイムソンに関連する賃金に関わる人事関係記録などの経営記録が、失われた歴史の一部を補完する価値があることに気付いた。

解決策として、Ancestry.comとのパートナーシップを通じて、ジェムソンの賃金台帳などの記録をデジタル化し公開することにした。これによって、世界中の人々が所蔵する関連資料に自由にアクセスできるようになり、失われたアイルランド社会の歴史の一部の再構築に貢献している。このプロジェクトは、ウイスキー会社が通常接点を持つことのない人々とのつながりを生み出し、新たなコミュニケーションチャンネルを開拓した。さらにこのパートナーシップは外部メディアにも取り上げられ、1億人以上に同社の存在と歴史を知らせることができた。アーカイブズ担当者は、アーカイブズの仕事が企業のブランドストーリーを豊かにし、社会的なつながりを深める点で重要な役割を果たす。

<編集部より>
このプレゼンテーションは、2日間のシンポジウムの中で、もっとも印象深いものの一つでした。公文書館が内戦の混乱の中で攻撃されて7世紀にわたる記録が灰燼に帰したため、アイルランドでは家系調査を行うことができませんでした。ところがアイリッシュ・ディスティラーズのアーカイブズが従業員に関わる人事記録をしっかり保管してきたおかげで、これをデジタル化することで失われた記録の代替が可能になりました。デジタル化の連携先はアンセストリー・ドットコム(Ancestry.com)。デジタル化されたデータをアンセストリーのウェブサイトに掲載してよいという条件で合意し、約100年間にわたる記録97冊をわずか4日間でアンセストリーがデジタル化しました。公開に関わる法的問題もアンセストリーの法務部が全て対応するというものでした。

ビジネス・アーカイブズはプライベートなアーカイブズで、国民の多くの調べ物の役に立つ、という機能はほとんどありません。そういったなかで、アイリッシュ・ディスティラーズの発表は、企業アーカイブズであっても公益性の強いプロジェクトに貢献できるという生きた事例として、会場のアーキビストを鼓舞してくれたように思われます。

[関連ページ]
アイリッシュ・ディスティラーズ/ペルノ・リカール アンセストリー・ドットコムとの提携の発表
https://www.irishdistillers.ie/article/jameson-and-ancestry-partner-to-publish-historical-publican-agreements-that-reveal-a-vanished-ireland/

アンセストリー・ドットコム アイルランド・ジェイムソン関係データベース
https://www.ancestry.com/search/collections/62336/

トリニティ・カレッジ・ダブリン 1922年の火災
https://virtualtreasury.ie/the-1922-fire

「バーチャル・トレジャリー・レコード・オブ・アイルランド」
1922年以前のアイルランド文書館をバーチャルに再現したサイト
https://virtualtreasury.ie/


◆発表2:パートナーとの提携によるリーチの拡大 Partnering to expand your reach
ヘレン・スウィナートン(ヒストリー・インク)
Helen Swinnerton, History Ink

<概要>
アーカイブとヘリテージに関するコンサルタント会社を設立し、企業がアーカイブを資産として活用する方法についての経験を紹介。特に、香港のHSBCとのパートナーシップを通じて小学生に提供されたワークショップは、教育とコミュニティ参加を促す重要な取り組みであった。アーカイブズの価値を高めるためには、展示デザイナーやデジタル体験のクリエイターとのパートナーシップが必要であり、互いの知識とスキルを共有することが成功の鍵。

HSBCとの連携事例では、スタッフ・ボランティアを教育し、ワークショップを通じて歴史的知識を伝えるプログラムを紹介。ボランティアが新しい知識やスキルを身につけることで、地域のコミュニティとの関わりを深めることができた。この取り組みは、アーカイブズが社内外の多くの人々に影響を与え、企業文化を豊かにする力を持つことを示している。

香港海事博物館との展示パートナーシップでは、HSBCのアーカイブズと香港の歴史を融合させた展覧会が成功を収め、10万人を超える来場者を集めた。この事例から、外部機関との協力によってアーカイブズの魅力を最大化し、広範なオーディエンスに届けることが重要であることが分かる。

カドゥーリー家と香港バプテスト大学とのパートナーシップでは、学生たちがオーラル・ヒストリーの技術を学び、地域社会の高齢者から直接歴史を学ぶ機会を提供した。このプログラムは、学生たちにとって教室外での実践的な学習経験となり、アーカイブズを教材として活用することの価値を示している。

こういった事例は、アーカイブズが持つ潜在的な力を最大限に引き出し、多様なオーディエンスとの繋がりを深めるさまざまなアプローチがあることを示している。アーカイブズの力を活用し、クリエイティブなパートナーシップを通じて新たな価値を生み出すことが、ビジネス・アーカイブズの未来を形作る重要な要素である。

[関連ページ]
ヒストリー・インク
https://www.history-ink.com/


◆発表3:ビジネス・アーカイブにおけるインクルージョンのための協業 Collaboration for inclusion in the business archive
アリックス・グリーン(エセックス大学)
Alix Green, University of Essex
クレア・タンストール(ユニリーバ)
Clare Tunstall, Unilever

<概要>
ユニリーバのアーカイブズ担当である講演者は、企業の歴史に対する情熱と、それを人々につなげたいと願っている。また、アーカイブズを守りながら、そのストーリーを共有することでインスピレーションを提供したいと考えている。そして、学者や大学との協業も重要である。このような協力関係を構築する際には障壁や挑戦もある。ユニリーバでは、より公平でインクルーシブな職場を目指し、多様性とインクルージョンを推進する目標を持っている。これが現在の経営の重要な方向である。

企業アーカイブズがいかにして外部のコミュニティや組織との関係を築き、彼らと共に歩むかの事例として、エセックス大学とのパートナーシップによる資金の獲得や、協力事例が紹介された。この過程で、アーカイブズとそのコレクションに関する深い知識を共有し、新しい研修教材の作成やソーシャルメディアを通じたアーカイブズ文書の共有など、アーカイブズをよりアクセスしやすくする方法が模索されている。

共同研究の経験からは、お互いの視点を尊重し、目標に向かって同じ方向を向いていることが、協力関係の成功に不可欠であることが分かった。外部資金の重要性と、学生に実践的なプロジェクト参加の機会を提供することも価値あることである。学生とのコラボレーションを通じて、企業は新たな洞察を得ることができ、学生には貴重な実践経験がもたらされるという、双方に利益のある関係が築かれる。

アーカイブズが持つ力とビジネス・アーカイブズが提供する創造性、ひらめきに関連して、長期的な関係の構築と誠実さが、有意義なパートナーシップを築く上での鍵であることを強調した。


[関連ページ]
ユニリーバ・歴史&アーカイブズ
https://www.unilever.com/our-company/our-history-and-archives/

ユニリーバ・アーカイブズ
https://archives-unilever.com/

エセックス大学「ユニリーバ・アーカイブズにおけるインクルージョンを発展・拡大させる機会探求」プロジェクト(PDF)
https://www.essex.ac.uk/-/media/documents/directories/fees-and-funding/faculty-of-arts-and-humanities-phd-scholarship-project-details.pdf

ビジネス・アーカイブズ・カウンシル(BAC)「ビジネスにおける研究者とアーキビストの協働」
Facilitating Academic-Archivist Collaborations in Business
https://businessarchivescouncil.org.uk/activitiesobjectives/collaborations/

BAC「ビジネスにおける研究者とアーキビストの協働を促進する」(PDF)
Facilitating Academic-Archivist Collaborations in Business
https://managingbusinessarchives.co.uk/wp-content/assets/Facilitating-academic-archivist-collaboration.pdf


◆発表4:専門分野のエキスパートとの提携 Partnering with experts within specialist fields
エイブリン・コーガン(ギネス/ディアジオ)
Eibhlin Colgan, Guinness/Diageo

<概要>
ギネスはディアジオ・グループの一員で、ビールとスピリッツの世界的な会社。ダブリンのコレクションには1759年までさかのぼることのできる資料がある。ギネスは現在世界40カ国以上で醸造され、150カ国で販売されている世界的なブランドである。本プレゼンテーションでは、ギネスのアーカイブズ管理のうち、特にフィルム・コレクションのデジタル化に焦点が当てられた。

デジタル・データベースは約80テラバイトに達し、デジタル化作業によって日ごとに増加している。ギネスのフィルム・コレクションは多くの異なる場所に分散しているため、アイルランド映画協会とのパートナーシップを通じてデジタル化し、アクセス可能にするためのプロジェクトを行った。このプロジェクトは、アイルランドの文化、遺産、経験の歴史的記録を保存し、特に保護が必要な形式の資料に注目することを目的とするものであった。プロジェクトは最終的には物理的なコレクションを合理化し、デジタル保存に関する学びを他のフィルム・コレクションにも適用できた。ギネスがアイルランド社会で重要な役割を果たしていることを示すイベントも予定している。


[関連ページ]
ギネス・アーカイブズ
https://www.guinness-storehouse.com/en/discover

ギネス・アーカイブズ 従業員データベース
https://www.guinness-storehouse.com/en/discover/find-your-family

アイリッシュ・フィルム・インスティチュート アイリッシュ・フィルム・アーカイブ
https://ifi.ie/archive


■■現場視察 Site Visits■■
ジョニーウォーカーの故郷である低地地方のグレンキンチー蒸留所
Glenkinchie distillery, lowland home of Johnnie Walker
メンストリーにあるディアジオ・アーカイブの見学
Visits to Diageo Archive, located at Menstrie

[関連ページ]
ディアジオ・グレンキンチー・ビジターセンター
https://www.diageo.com/en/careers/distillery-visitor-experiences/glenkinchie-visitor-centre

ディアジオ・アーカイブ(メンストリー)
https://www.diageo.com/en/our-business/our-history/the-archive

★☆★...編集部より...★☆★

ディアジオ・アーカイブがホストとなった2023年のICA/SBAシンポジウムは、「エンゲージメント(関与、関わり合い)」をテーマにした、ビジネス・アーカイブズの活用事例を幅広く紹介するものとなりました。

編集部が行ったリサーチによると、2000年代前半までのICA/SBL(企業労働アーカイブズ部会、当時)の会合では主として収集、保存、評価・選別、アクセスといったテーマが取り上げられていました。2010年ごろを境に、シンポジウムのテーマはほぼ全面的に「活用」に関わる事例発表が中心になってきました。

元々、ICAは1948年にパリにおいて設立された組織で、ビジネス・アーカイブズ関係の会合も、長らくヨーロッパや北米から参加する人がほとんどでした。公文書館と同様に、これらの地域ではアナログ時代からアーカイブズ(史資料室)で「コツコツと資料整理・目録作り」が進められてきており、そのような土台があって、さらにデジタル技術が利用可能となったことで、さまざまな活用が一気に進んだ、といえるでしょう。

これに対して日本では、アナログ時代には10年か20年に一度、社史編纂プロジェクトが立ち上げられ、編纂が終了すると、資料は未整理のまま段ボールや倉庫の中で次の社史編纂まで眠りにつく、あるいは散逸する、という状況が一般的でした。利用可能なデジタル技術があったとしても、すぐには資料の活用に用いることができない状況が続く企業も少なくありません。会社の記録が体系的に整理されるまでには、さらに数年かかるのが普通だからです。

ディアジオ・アーカイブの設置は1990年、アーカイブズとしてはすでに30年以上の歴史があります。今回のシンポジウム2日目の午後に訪問したメンストリーはアーカイブズ専用施設で利用は基本的に社内に限定されます。
https://www.diageo.com/en/our-business/our-history/the-archive

ウェブサイトのVR(Matterportを利用)ではディアジオ・アーカイブの収蔵庫内を見ることができます。動画冒頭のボトル類、末尾近くの文書収蔵庫が壮観です。

ジョニーウォーカー・プリンセス・ストリートの彩り鮮やかな体験型施設が提供するストーリーに命を吹き込むのは、30年以上に亘りコツコツと実績を積み上げてきたこのアーカイブズなのです。


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[略称一覧]
ACA: Association of Canadian Archivists(カナダ・アーキビスト協会)
ARA: Archives and Records Association(アーカイブズとレコード協会)
ASA: Australian Society of Archivists(オーストラリア・アーキビスト協会)
BAC: Business Archives Council(ビジネス・アーカイブズ・カウンシル)
BACS: Business Archives Council in Scotland(スコットランド・ビジネス・アーカイブズ・カウンシル)
BAS: Business Archives Section(ビジネス・アーカイブズ部会:SAA内の部会)
CoSA: Council of State Archivists(米国・州文書館長評議会)
DCC: Digital Curation Center(英国デジタル・キュレーション・センター)
EDRMS: Electronic Document and Record Management System(電子文書記録管理システム)
ERM: Electronic Record Management(電子記録管理)
ICA: International Council on Archives(国際文書館評議会)
NAGARA: National Association of Government Archives and Records Administrators(米国・全国政府アーカイブズ記録管理者協会)
NARA: National Archives and Records Administration(米国 国立公文書館記録管理庁)
RIKAR: Research Institute of Korean Archives and Records(韓国国家記録研究院)
RMS: Record Management System(記録管理システム)
SAA: Society of American Archivists(アメリカ・アーキビスト協会)
SBA: Section for Business Archives(企業アーカイブズ部会、ICA内の部会)
TNA: The National Archives(英国国立公文書館)


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☆★ 編集部より:あとがき、次号予告 ★☆

国際アーカイブズ評議会企業アーカイブズ部会(ICA/SBA)は、2015年にFacebookにアカウントを設け、ビジネス・アーカイブズに関わる交流の場として運用してきました。
https://www.facebook.com/ICASBA

2023年末には、これに加えて、ビジネス向けソーシャル・ネットワークサービスであるLinkedInにもアカウントを開設し、ビジネス・アーカイブズ、企業アーキビストの情報発信のプラットフォームとして運用を始めました。
https://www.linkedin.com/groups/9547421/

ビジネス・アーカイブズにおける日頃の取り組みを、それぞれの機関のアーキビストが発信しています。情報の海、情報の洪水の中から、ビジネス・アーカイブズに特化した情報にたどり着くための場としてご利用ください。

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次号は2024年3月発行の予定です。

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◆◇◆バックナンバーもご活用ください◆◇◆

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ビジネス・アーカイブズ通信(BA通信) No.100
2024年3月27日発行 (不定期発行)
【創刊日】2008年2月15日
【発行者】公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センター
【編集者】公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センター
      「ビジネス・アーカイブズ通信」編集部/
      株式会社アーカイブズ工房
【発行地】日本/東京都/北区
【ISSN】1884-2666
【E-Mail】
【サイト】https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/index.html

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