わがまちの渋沢栄一

5 王子の製紙場 ~東京都・北区~

『青淵』No.886 2023年1月号|情報資源センター

  見よや王子の製紙場 はや窓ちかく来りたり
            すきだす紙の年にます 国家の富もいくばくぞ(注1)

 明治時代に発表された鉄道唱歌に歌われた「王子の製紙場」は、1873(明治6)年2月、「抄紙会社」として設立しました。今からちょうど150年前のことです。

 渋沢栄一は、あらゆる事業の隆盛には一般社会の知識の発達が必要であり、文運の進歩に資する書物や新聞の原料となる紙、特に印刷が容易で安価に製造できる洋紙が不可欠と考えていました。そこで御為替方(注2)であった三井組、小野組、島田組とともに、洋紙の製造会社である抄紙会社の設立を計画しました。設立当時、政府の役人であった栄一は同社の発起人にはならず、政府を辞して実業界入りを果たしたのちに社務を委託されています。同社は後年、王子製紙株式会社と改称し、栄一は取締役会長となりました。

 「王子の製紙場」の開業は会社設立から数年後のことでした。工場用地の選定のため、栄一や雇用した外国人技師らは直接候補地を巡っています。用地には紙の製造と運搬、原料となるボロ布の搬入のため、清らかで豊富な水量のある川と東京市街地との交通網が必要でした。栄一たちは神田や 三田、品川、玉川などの候補地を巡りましたがなかなか決定打がなく、ようやく王子の地に辿り着きます。当地は石神井川と市街地への街道が通っていたことが決め手となりました。工場は鹿島岩蔵が請け負い、のちに栄一が居を構える飛鳥山の麓に建設されました。その後、軌道に乗った王子工場は第2、第3工場を増設し、会社自体も日本各地へと工場を拡げ、ついには大王子製紙と呼ばれる大企業になりました。

 しかし、王子工場は突如終焉を迎えます。第二次世界大戦中の1945(昭和20)年4月、王子工場は王子・滝野川を襲った空襲により被災、建屋や機械の多くを失いました。終戦後に復旧作業が試みられたものの断念。工場としての歴史にピリオドを打ちました。残された土地は、戦後の財閥解体の影響により王子製紙から誕生した十条製紙株式会社(現・日本製紙株式会社)が引き継ぎ、社宅などとして活用されました(注3)。1972(昭和47)年には十條ボウル王子センター(現・王子駅前サンスクエア)となり現在に至っています。鉄道唱歌にも歌われた製紙工場があったことは一目ではわからなくなりましたが、敷地の一角には「洋紙発祥の碑」が建立され、日本近代製紙業黎明の地の一つであることを伝えています。

【注】
1.『鉄道唱歌』第4集(三木佐助、1900年)3番。
2.国庫の出納事務を担当する機関。
3.空襲で焼け残った電気室は戦後、製紙記念館(現・紙の博物館)となる。

王子製紙株式会社王子工場

王子製紙株式会社王子工場

飛鳥山から眺めた王子工場。石神井川を挟んだ両岸に工場の関連施設が建ち並ぶ。工場の開業当時、西洋式の工場建築は珍しく、新しい東京名所の一つとして人びとに近代産業の幕開けを感じさせた。
 手前の三角屋根はボイラー室と電気室。その奥に第1・第3工場が広がり、左奥が第2工場。第2工場は1887(明治20)年に清水満之助が建築を請け負った。1923(大正12)年の関東大震災で被災し写真に写る建物は再建改修中のもの。
(写真は『王子製紙株式会社案内』(王子製紙、1925年)より)



洋紙発祥の碑

洋紙発祥の碑

1953(昭和28)年に十条製紙株式会社により建立された。当地が日本の製紙業発展の始まりの地であるとともに現・王子製紙、日本製紙両後身会社の発祥の地でもあることを伝えている。なお日本製紙株式会社は現在も登記上の本店所在地を王子としている。(2022年10月14日撮影)



【主な参考文献】
『渋沢栄一伝記資料』第11巻、別巻第10
『鉄道唱歌』第4集(三木佐助、1900年)
『王子製紙株式会社案内』(王子製紙、1925年)
『王子製紙社史』第1巻(王子製紙社史編纂所、1956年)
『十條製紙社史』(十條製紙、1974年)
『百万塔』創立四十周年記念特別号(紙の博物館、1990年)


【参考リンク】
デジタル版『渋沢栄一伝記資料』
・第11巻|抄紙会社・製紙会社・王子製紙株式会社
https://eiichi.shibusawa.or.jp/denkishiryo/digital/main/index.php?11#21030601

渋沢栄一関連会社名・団体名変遷図
・製紙業〔商工業:紙パルプ〕
https://eiichi.shibusawa.or.jp/namechangecharts/histories/view/1

渋沢栄一ゆかりの地
・王子製紙株式会社
https://www.shibusawa.or.jp/eiichi/yukarinochi/album/13-J-0173-B0012-ph01.html

※本記事は『青淵』2023年1月号に掲載した記事をウェブサイト版として加筆・再構築したものです。


一覧へ戻る