情報資源センターだより

47 刊行物から見た渋沢栄一記念財団の歩み

『青淵』No.797 2015年8月号|情報資源センター 専門司書 門倉百合子

 渋沢栄一は明治初期、あらゆる産業事業を盛んにするためには、人々の知識を高めなければならず、そのためには書籍、新聞、雑誌などの印刷物を普及させることが必要と考えました。栄一は幕末に訪れたヨーロッパで、数多くの印刷物が社会に出回り世論の形成に一役買っているのを、実際に目にしてきたのです。安価で大量に速く印刷をするには、日本古来の和紙ではなく洋紙を製造するのがまず大切と考えた栄一は、1872(明治5)年に王子製紙の前身である抄紙会社を発起、翌年創立に至りました。そして『中外物価新報』(1876〈明治9〉年創刊、後の『日本経済新聞』)、『東京経済雑誌』(1879〈明治12〉年創刊)、『東京日日新聞』(1882〈明治15〉年創刊、後の『毎日新聞』)などの刊行を援助したのです。

 渋沢栄一記念財団の前身である竜門社が発足したのは、『東京日日新聞』創刊の4年後、1886(明治19)年のことです。竜門社は発足直後から、数々の刊行物を社会に送り出してきました。それはまさに栄一の志を実現する活動でもあったのです。情報資源センターではこれらの刊行物を通して財団の歩みをご理解いただけるよう、刊行物一覧をこのたびウェブサイトで公開いたしました。時代ごとの刊行物の特徴は次の通りです。

【1】竜門社の刊行物 1886~1945 (明治19~昭和20)

 竜門社は栄一を慕う書生たちにより組織され、その意見を述べる機関誌『竜門雑誌』を創立の年から刊行し、活動の成果を世に問うてきました。栄一が各所で語った談話の多くはこの雑誌に掲載され、また他の新聞雑誌に載った記事も転載されていきました。栄一の言葉を多く掲載した『竜門雑誌』の記事から、『論語と算盤』(東亜堂書房、1916〈大正5〉)はじめいくつもの刊行物が生まれました。竜門社は1900(明治33)年には『青淵先生六十年史』を、1918(大正7)年には渋沢栄一著『徳川慶喜公伝』全8巻を出しています。また1928(昭和3)年に栄一の米寿を記念して、『国訳論語』『訓点論語』『青淵先生訓話集』を刊行。そして栄一没後にはその事績をまとめた『渋沢栄一伝記資料』の刊行にとりかかりましたが、戦争に阻まれ第1巻のみの出版で中断しました。

全史料協大会プログラム表紙
『竜門雑誌』(改正)第一号

【2】渋沢青淵記念財団竜門社の刊行物(1) 1946~1981 (昭和21~56)

 竜門社は第二次大戦後、渋沢青淵記念財団竜門社に引き継がれました。『竜門雑誌』は1948(昭和23)年の677号をもって休刊しましたが、翌1949(昭和24)年には栄一の号を誌名とした雑誌『青淵』として生まれ変わりました。また道徳経済合一説を唱えた栄一の思想研究機関として竜門社内に発足した経済道徳研究所からは、『三聖人の経済道徳観』『経済道徳研究所年報』が刊行されました。そして何より『渋沢栄一伝記資料』本編58巻が、竜門社から独立した渋沢栄一伝記資料刊行会により1955~65(昭和30~40)年にかけて刊行、続いて別巻10巻が竜門社から刊行され1971(昭和46)年に完結しました。

【3】渋沢青淵記念財団竜門社の刊行物(2) 1982~2003 (昭和57~平成15)

 1982(昭和57)年に竜門社の付属として、登録博物館である渋沢史料館が開館しました。そして「民部省改正掛 : 明治の知識集団」などの企画展示が毎年行われ、展示図録が作られていきました。また活動を記録した『渋沢史料館年報』の刊行も始まりました。1986(昭和61)年には『渋沢青淵記念財団竜門社百年史』が、機関誌『青淵』447号に掲載され抜刷でも刊行されました。さらに1989(平成元)年に発足した渋沢研究会からは、研究成果をまとめた『渋沢研究』の刊行も加わりました。

【4】渋沢栄一記念財団の刊行物 2004~2014 (平成16~26)

 渋沢青淵記念財団竜門社は2003(平成15)年11月に財団法人渋沢栄一記念財団と改称し、同年新たに発足した研究部や実業史研究情報センターの事業が加わり、刊行物も多彩になりました。財団事業が国際的に展開するのに伴い、英語や中国語の刊行物が加わってきました。2004~5(平成16~17)年に米国セントルイスと東京で開催した「日米実業史競(くらべ)」の図録は、それぞれ英語と日本語を併記したものが作られました。2012(平成24)年に研究部は『実業家とブラジル移住』(不二出版)を、実業史研究情報センターは『世界のビジネス・アーカイブズ』(日外アソシエーツ)を編集しました。さらに同年財団の総力をあげて取り組んだ『渋沢栄一を知る事典』(東京堂出版)が刊行、2014(平成26)年には21世紀の財団活動を総括した英文財団史『Rediscovering Shibusawa Eiichi in the 21st century』が刊行されました。本年には日本語の財団史『渋沢栄一記念財団の挑戦』が刊行の予定です。

全史料協大会プログラム表紙
英文財団史

 以上刊行物を通して当財団の歩みをたどってみました。『竜門雑誌』が休刊したのは関東大震災の時と第二次大戦末期のころだけです。『青淵』は創刊以来一度も休刊したことはありません。そして財団は130年近い歴史の中で、それぞれの時代を反映した刊行物を数多く出版してきました。一方で渋沢栄一は紙媒体だけでなく、蓄音機が出てくれば演説をレコードに吹き込み、ラジオ放送が始まれば放送局に出向いてマイクに向かい、自らの考えの普及に努力を惜しみませんでした。情報資源センターでは栄一が種々の情報メディアを最大限利用していたように、ウェブサイトをはじめ時代に即したメディアを上手に使って、これからも栄一の志を伝え続けていきたいと思います。

(刊行物の一覧は以下のサイトをご覧ください)
ウェブサイトURL:渋沢栄一記念財団>財団概要TOP>沿革>
■財団刊行物一覧(1886~2003)
https://www.shibusawa.or.jp/outline/history/publications01.html
■財団刊行物一覧(2004~2014)
https://www.shibusawa.or.jp/outline/history/publications02.html


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