ビジネス・アーカイブズ通信(BA通信)

第89号(2021年3月19日発行)

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☆      □■□ ビジネス・アーカイブズ通信 □■□

☆       No.89 (2021年3月19日発行)

☆    発行:公益財団法人 渋沢栄一記念財団 情報資源センター

☆                        〔ISSN:1884-2666〕
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この通信では海外(主として英語圏)のビジネス・アーカイブズ(BA)に関する情報をお届けします。

海外BAに関わる国内関連情報も適宜掲載しております。

今号は文献情報4件です。

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◆ 目次 ◆

[掲載事項の凡例とご注意]

■文献情報:アメリカ・アーキビスト協会ビジネス・アーカイブズ部会ニューズレターから
◎新型コロナウイルス感染症とビジネス・アーカイブズ

■文献情報:マネージング・ビジネス・アーカイブズ・サイト
◎「破たん処理にあたる実務家はどのように企業資料をレスキューできるか」

■文献情報:アーカイブズ論文集 10
◎『アーカイブズには価値があるのか?』(2019年)

■文献情報:イタリアの企業アーカイブズ関連文献
◎『カンパニー・ランド:地域への価値としての産業文化』(2020年)

☆★ 編集部より:あとがき、次号予告 ★☆

『アーカイヴズ:記録の保存・管理の歴史と実践』、ロイズ、企業史料協議会第5回関西ビジネスアーキビスト研修講座(オンライン)

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[掲載事項の凡例]

・欧文の場合、日本語で読みやすいものになるように、タイトルははじめに日本語訳を、続いて原文を記します。
・人名や固有名詞の発音が不明の場合も日本語表記を添えました。便宜的なものですので、検索等を行う場合はかならず原文を用いてください。
・普通名詞として資料室や文書室、物理的な記録資料を表現する際は「アーカイブズ」を用います。固有名詞の場合はこの限りではありません。また物理的およびデジタル記録資料の蓄積や組織化に関しては「アーカイブ」「アーカイブ化」「アーカイビング」などの表現を用いることもあります。

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[ご注意]
・受信時にリンク先を示すURLが途中で改行されてしまう場合があります。通常のURLクリックで表示されない場合にはお手数ですがコピー&ペーストで一行にしたものをブラウザのアドレス・バーに挿入し、リンク先をご覧ください。


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■文献情報:アメリカ・アーキビスト協会ビジネス・アーカイブズ部会ニューズレターから
◎新型コロナウイルス感染症とビジネス・アーカイブズ

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◎アメリカ・アーキビスト協会(SAA)ビジネス・アーカイブズ部会(BAS)季刊ニューズレター(オンライン版)
「パンデミックのなかのアーカイブズ」
Archives in a Pandemic (Vol.2 No.2), SAA Business Archives Section Quarterly
https://basnewsonline.com/

SAA/BASは1984年にニューズレターの発行を開始し、第17巻第2号(2000年)からオンラインに移行しています。オンライン版へ移行した直後の数年(2000年代)は、ウェブのコンテンツをアーカイブすることに関する認識が十分でなかったためか、ウェブサイトの更新によって、失われてしまったコンテンツも少なくありません。下記のページには、現在も閲覧可能分が掲載されています。

BAS季刊ニューズレターのページ
https://www2.archivists.org/groups/business-archives-section/newsletter-archive

米国の企業アーカイブズとビジネス・アーキビストの動向を知るにはこのニューズレターが有用です。2020年初頭から急激に全世界で感染が拡大したCOVID-19による米国の企業アーカイブズの変化、チャレンジ、成果をテーマとしたニューズレターの最新号についてご紹介します。編集担当による記事のほか、3名の企業アーキビストの投稿が掲載されています。
https://basnewsonline.com/

【1】
タイトル:編集者序文
タイトル原文:Editor's introduction
著者名:デイブ・J・ムーア Dave J. Moore
著者職名:ヘリテージ&デジタルアセットマネージャー Heritage & Digital Asset Manager
著者所属:カーハート Carhartt
https://basnewsonline.com/

今号の編集を担当しているのはカーハート社(Carhartt)ヘリテージ&デジタルアセットマネージャーのデイブ・J・ムーア(Dave J. Moore)です。著者によると、リモートワークでのプロジェクトとして、(1)過去の困難な時代にCarharttがどのように対応してきたのかという歴史的な情報を求める調査依頼に応えること、(2)パンデミック下の「今」(に関する記録)をどのように収集するかという戦略を練る、この2つの課題に取り組んだということです。(1)の具体例として、同社が今次のパンデミックにあたり医療用マスクやガウンの製造開始を決定した際、アーキビストはサプライチェーン担当上級副社長と協力して、第一次、第二次世界大戦中の取り組みについてのCBSテレビ全国向け放送用のインタビューを準備したことを上げています。

【2】
タイトル:パンデミック対策を支援する:活動中のゴアのアーカイブズ
タイトル原文:Supporting the pandemic response: Gore's archives in action
著者名:ケビン・ブラウン&ネダ・モクタデリ Kevin Brown & Nedda Moqtaderi
著者所属:W.L.ゴア&アソシエイツ株式会社 W.L. Gore & Associates, Inc.
https://basnewsonline.com/project/supporting-the-pandemic-response-gores-archives-in-action

W.L. ゴア&アソシエイツは、ふっ素樹脂をベースにした製品を多くの産業に提供しているグローバルな素材企業。高性能な消費者用アウターウェアに使用されるゴアテックスが最もよく知られていますが、医療、工業、製薬、航空宇宙、防衛用途向け製品など幅広く事業を展開しています。デラウェア州ニューアークに本社があり、北米、ヨーロッパ、アジアに製造拠点を持ち、5大陸で事業展開しています。

ゴアのヘリテージ&アーカイブズ・チームは2008年の創立50周年を機に結成され、2014年以来広報部門に所属しています。昨年来、チームではパンデミックに対する会社の対応の記録を全社グローバルに収集しています。当初は、社内のイントラネット上にある各地域のパンデミックリソースページを毎日見直し、社員に配信された情報を文書化するとともに、古いアドバイスや新版が出されたために古くなってしまったままのポリシーの確認やコンテンツの定期的な監査を行いました。また、ページを整理して、最も関連性の高いコンテンツの視認性を向上させるために、廃棄する文書についても意見を提供したといいます。

一方、社内収集した資料はゴアの広報活動を大雑把に捉えたものに過ぎないことにすぐに気付き、パンデミック期間中の社内外コミュニケーションを包括的に記録するため、いくつかのチャンネルを監視して、部門間のコミュニケーション、公開ステートメント、イントラネットのダッシュボード用に書かれた記事、CEOが録画したビデオ、さらには工場で働く製造従業員に配信された重要なデジタルサイネージのコンテンツといったものまで記録し始めたということです。

【3】
タイトル:COVID-19: ハーレーダビッドソン企業アーカイブズでの創造と収集
タイトル原文:COVID-19: creating and collecting at the Harley-Davidson Corporate Archives
著者名:ビル・ジャクソン Bill Jackson
著者職名:アーカイブズ&ヘリテージサービス担当マネージャー Manager of Archives and Heritage Services
著者所属:ハーレーダビッドソンモーター社 ハーレーダビッドソン博物館 Harley-Davidson Motor Co. / Harley-Davidson Museum
https://basnewsonline.com/project/covid-19-creating-and-collecting-at-the-harley-davidson-corporate-archives

ハーレーダビッドソンの本社、博物館、製造施設は、3月中旬に州のCOVID-19規制により閉鎖され、コーポレート・アーカイブズのスタッフは、他のほとんどの会社従業員と同様に、初めて自宅で仕事をすることになりました。当面の優先事項は、全社のステークホルダーに継続的なサービスを提供することであったため、ラップトップPCの用意、社内VPNへのアクセス許可の取得、業務に必要なプログラムやアプリケーションのライセンス取得やインストールなど、IT部門との迅速な連携にまずとりかかったということです。かなり前から大量の歴史的コンテンツがデジタル化されており、印刷物の場合は大部分がOCRによって完全に検索可能となっていたため、在宅勤務でもストーリーテリングやリサーチへの応答が可能になったそうです。スキャン、資料整理、車両コレクションのケア、新しい資料の受入など、アーカイブズでの物理的な作業は中断した代わりに、活動の焦点をバーチャルな来館者との関わりに移していきました。

さらにアーカイブズ・チームはCOVID-19に対する会社の反応を記録することに目を向けています。その対象の大部分は、イントラネットとエクストラネットのサイトに掲載された社内コミュニケーションで、PDFやPNGとして保存しているほか、埋め込みビデオやその他のリンク先のコンテンツをダウンロードしています。また、電子メールでのコミュニケーションもPDFとして保存しています。このほか多くの外部のウェブサイトもスクリーンキャプチャしています。世界に散らばるグループのオフィスやビルの閉鎖も記録しようとしており、海外現地法人との新たな関係づくりの絶好の機会ともなっています。このようにあちこちにあるデジタルコンテンツを見つけ出して、可能な限り多くの文脈と情報とともに保持すること、キャプチャすること、急速に変化するコンテンツに対応することなどが課題として挙げられています。

【4】
タイトル:COVID-19 チックフィラ・ヘリテージ・アーカイブズでの在宅ワーク・プロジェクト
タイトル原文:COVID-19 Work-at-home projects at the Chick-fil-A Heritage Archives
著者名:ジェニファー・シロトキン Jennifer Sirotkin
著者職名:Archivist アーキビスト
著者所属:チックフィラ Chick-fil-A
https://basnewsonline.com/project/covid-19-work-at-home-projects-at-the-chick-fil-a-heritage-archives

チックフィラ・ヘリテージ・アーカイブズはホスピタリティチームの一員で、会社キャンパス内の他の部署にサービスを提供し、サポートセンターを運営しています。在宅勤務命令が出る前は、アーカイブズではAWS(アマゾンウェブサービス)のテープ起こしサービスを利用していましたが、年度後半の支出が凍結され、このサービスの利用ができなくなりました。ホスピタリティチームのリーダーはチームのメンバーによる在宅でのテープ起こし案を提起、20人以上が手を上げてくれ、3月以降、143本の動画をテープ起こしのために送り、そのうち106本が返却され、67本はアーカイブズのスタッフがレビューし、DAM(デジタル・アセット・マネジメント)システムにアップロードされています。内容を確認して修正する必要があったため、AWSでは一度に数本のテープ起こししかできなかったことを考えると、同じ期間を比べてみると前年よりも多くの動画をテープ起こししたことになります。テープ起こしの成果である書き起こしはアーカイブズのスタッフと会社の歴史を結びつけるツールであるとも語っています。


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■文献情報:マネージング・ビジネス・アーカイブズ・サイト

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◎「破たん処理にあたる実務家はどのように企業資料をレスキューできるか」
Managing business archives: how insolvency practitioners can rescue archives
https://managingbusinessarchives.co.uk/getting-started/business-archives-risk/how-insolvency-practitioners-can-rescue-archives/

英国のビジネス・アーカイブズ専門団体ビジネス・アーカイブズ・カウンシル(BAC)とイギリス国立公文書館(TNA)等の関係団体が取り組んだ「ビジネス・アーカイブズのための全国的戦略」の一環として企画され、現在も更新が続けられているウェブサイト「マネージング・ビジネス・アーカイブズ」サイトに、「破たん処理にあたる実務家はどのように企業資料をレスキューできるか」2月2日付改訂版が掲載されています。この文書は「企業や非営利団体が破綻した場合に、歴史的価値のある記録を確実に存続させるための手助けをすること」を目的としています。


【目次】
・歴史を守るためにあなたの役割を果たす
Play your part to protect history

「アーカイブズとは?」
What are archives?

「破たん処理にあたる実務家にとってのメリット」
Advantages to insolvency practitioners

「デューデリジェンス:何をすべきか」
Due diligence: what you need to do

「よくある質問 FAQs」
・どのような記録を探せばいいのでしょうか?
What kinds of records should we be looking for?

・破たん処理にあたる実務家は、会社の記録を保持する必要があります。破たん処理業務が終わった後、これらの記録はどうなるのでしょうか?
Insolvency practitioners need to keep some company records. What should happen with these records once work is at an end?

・英国一般データ保護規則(UK GDPR)はどうなっていますか?
What about the UK General Data Protection Regulation (GDPR)?

・贈与証書とは何ですか?
What is a deed of gift?

・アーカイブズ(文書館など)に記録が移管された後、記録はどうなりますか?
What will happen to the records once the archive repository has them?

・このプロセスの成功例を教えてください。
Can you point me to successful examples of this process?


★☆★...編集部より...★☆★

この文書はアーカイブズに関しては素人である破たん処理に関わる実務家向けの文書です。企業資料にはさまざまな価値があることを説明し、破たんした会社の企業資料をどのように取り扱ったらよいかについての情報を提供しています。最も重要な点は、「破たん処理にあたる実務家は企業資料をレスキューすることができる立場にあるのだが、企業資料のレスキューは破たん処理実務家にメリットをもたらす」として4つの点を挙げている部分にあります。

(1) 破たん処理にあたるアドミニストレーター(支払不能状態にある、あるいは、そのような状態になる可能性のある会社を救済する)やリキデーター(資産の処分など何らかの方法によって、法人その他の団体の負債や債権・債務関係を整理する)は倫理規定を守らねばならない。この倫理規定は破産事案の文脈を理解することを実務家たちに求めるもので、文脈の理解には企業資料は欠かせない。

(2) 資料整理などのアーカイブズ実務のベストプラクティスに関わる専門的アドバイスをアーキビストから無料で受けることができる。

(3) 契約によりアーカイブズ・リポジトリ(文書館など)に企業資料の所有権を移転させることにより、継続的な責任が発生しない。

(4) 破たん処理にあたる実務家の知名度を高め、社会的責任という目標を達成する。レスターシャーの文書館に移管された経営破たん後のトーマス・クックのアーカイブズに関わった破たん処理実務の専門企業アリックスパートナーズ(AlixPartners)が好例である。

このほか、「よくある質問」では探すべき記録の種類と媒体(紙とデジタル形式の公式記録と非公式記録の両方)における具体的な記録の種類を示して、破たん処理実務家の企業資料、企業アーカイブズ理解を助けています。下のようなものです。

・企業と管理:法人設立証明書、定款その他の法人の記録、役員会議事録、規則、方針、事業計画や手続き、報告書(年次報告書を含む)、株主名簿、会社の問題に関する重要な地位にある個人(会長、取締役、秘書など)のファイル、イベントや通知。

・法務および施設:連絡先、契約書、法定報告書、特許および営業許可証、不動産記録(証書、計画書、棚卸資産、評価書を含む)

・財務:年次決算書、財務報告書、監査、法定報告書、予算方針と計画文書、元帳、現金通帳、その他の金融取引を記録するシリーズ。

・生産/運営:部門の仕事、支店、メンバー、登記簿、リスト、ファイル、工場、販売記録を含むケースを含む。

・スタッフと雇用:リストと名簿、年金制度、雑誌、社会的行事の写真、スタッフクラブやソサエティーに関する文書を含む。

・マーケティング:広告資料、アートワーク、リーフレット、ポスター、プレスリリース、スクラップブック、写真、視聴覚資料(映画、ビデオ映像、およびオーディオカセット)。

・参考資料:破たんした企業内部で作成されたわけではないが、当該企業によって保管されていた記録。これらは、文脈を提供し、企業の対外的なさまざまな関係を示す。

このほか、英国一般データ保護規則(UK GDPR)は、個人データを含むすべての記録の破棄を要求するものではなく、公共の利益のためにアーカイブすることが除外事項とされている点にも注意を促しています。生きている人に関する個人データを含む重要な記録が歴史的価値を持つ可能性があり、アーカイブズ・サービス(文書館など)は、そのような個人データを含む項目へのアクセスを制限するといった点についても説明しています。

COVID-19感染拡大の影響で破たんに追い込まれる企業の増加も見込まれるなか、このガイドはアーカイブズ関係者、破たん処理にあたる実務家双方を手助けする、価値ある指針と言えるでしょう。


[関連ページ]
「トーマス・クック・アーカイブズのゆくえ」
(「ビジネス・アーカイブズ通信」第84号 編集部より:あとがき、次号予告)
(2020年2月20日発行)
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/20200222.html#04


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■文献情報:アーカイブズ論文集 10

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◎『アーカイブズには価値があるのか?』(2019年)
Do archives have value?
https://www.facetpublishing.co.uk/page/detail/do-archives-have-value/?K=9781783303328

企業アーカイブズに関わる章を含んだ、アーカイブズに関わる論文集『アーカイブズには価値があるのか?』についてご紹介します。2019年にロンドンのファセット・パブリッシング社から発行された本書には、企業アーカイブズに関わる論考、あるいは日本における年史編纂とアーカイブズの関係をテーマとした論考を含むもので、アーカイブズの「価値」に焦点を当てた論文集です。目次と寄稿者について、本書刊行時点での情報を短く紹介します。

【書誌情報】
タイトル原語:Do archives have value?
編著者1:マイケル・モス Michael Moss
編著者2:デイビッド・トーマス David Thomas
出版者:ファセット・パブリッシング Facet Publishing
出版年:2019
ISBN:9781783303328
版元ウェブページ:
https://www.facetpublishing.co.uk/page/detail/do-archives-have-value/?K=9781783303328
フライヤー
https://www.facetpublishing.co.uk/download_pdf.php?k=9781783303328


【目次】
寄稿者について About the contributors

序章 Introduction
著者:デイビッド・トーマス、マイケル・モス
David Thomas and Michael Moss
著者紹介:
デイビッド・トーマスは、英国北部ニューカッスルにあるノーサンブリア大学の客員教授。2013年まで長年にわたりイギリス国立公文書館に勤務し、技術部長としてデジタル保存とデジタル資料へのアクセス提供を担当していた。

マイケル・モスは、ノーザンブリア大学のアーカイブズ学の教授。それ以前は、グラスゴー大学の人文科学先端技術・情報研究所のアーカイブズ研究分野の教授を務め、大学院修士課程の情報管理と保存プログラムのディレクターであった。スコットランド国立公文書館の非常勤のディレクターであり、2014年までは国立公文書館・公文書館に関する首相諮問委員会のメンバー、2015年にはメルボルン大学のMiegunyah distinguished fellowを務めた。

第1章 マラウイにおける口述ならびに文字によるテキストを評価する
Valuing oral and written texts in Malawi
著者:ポール・リホマ Paul Lihoma
著者紹介:
ポール・リマホはマラウイ国立公文書館ディレクター。国際アーカイブズ評議会(ICA)東南アフリカ地域支部(ESARBICA)会長。2008年から2014年まで英国図書館の消滅の危機に瀕したアーカイブズ・プロジェクト(Endangered Archives Programme)の国際諮問委員会委員。

第2章 エビデンスに基づく文書遺産コレクションのための文化の構築
Building an evidenced based culture for documentary heritage collections
著者:ナンシー・ベル、マイケル・モス、デイビッド・トーマス
Nancy Bell, Michael Moss and David Thomas
著者紹介:
ナンシー・ベルは博物館、図書館、アーカイブズ分野でさまざまな職務を経験してきた。イギリス国立公文書館のコレクション・ケア部門のヘッドを10年間務めた。ノーザンブリア大学iスクールの客員教授を経て、米国のゲッティ・コンサベーション・スカラー。

第3章 断片の中の価値:再文脈化に関するオーストラリアの視点
Value in fragments: an Australian perspective on re-contextualisation
著者:ヘレン・モーガン、ケイト・オニール、ニッキー・ヘニンガム、ギャバン・マッカーシー、アネリー・デ・ヴィリアーズ
Helen Morgan, Cate O'Neill, Nikki Henningham, Gavan McCarthy and Annelie De Villiers
著者紹介:
ヘレン・モーガンはメルボルン大学eスカラシップ研究センター・シニア・リサーチ・フェロー。歴史家、アーカイブズと編集オーストラリア女性アーカイブズ・プロジェクトの情報アーキテクトと展示デザイナーを務めたほか、Her Place Women's Museumの理事・ディレクター。歴史家、アーカイブズと編集関係の資格を持つ。

ケイト・オニールはメルボルン大学eスカラシップ研究センターのウェブサイトのエディター兼研究コーディネーター。歴史家であるが、ビクトリア州公文書館勤務経験を持つ。
ニッキー・ヘニンガムはフェミニスト・ヒストリアンでオーラル・ヒストリー、オンライン出版の専門家。オーストラリア国立図書館のオーラル・ヒストリー&フォークロア部のために多くのオーラル・ヒストリーを行ってきた。

ギャバン・マッカーシーは2007年以来メルボルン大学eスカラシップ研究センター・ディレクター。社会文化情報学と相関知識の分野の仕事を行ってきた。メルボルン大学のオーストラリア科学アーカイブズ・プロジェクトのアーキビストも経験。1985年以来オーストラリア・アーキビスト協会会員、1995年以来ICAの活動に積極的に参加、特にXMLスキーマやEncoded Archival Contextといったアーカイブズ記述標準分野に貢献してきた。

アネリー・デ・ヴィリアーズは2014年以来メルボルン大学eスカラシップ研究センターの研究アーキビストアシスタント。太平洋地域の土着文化における情報と知識管理に関わるプロジェクトに携わる。

第4章 記録を信頼する:1989年のヒルズボロ・サッカー場大惨事と独立委員会2010-12の活動
Trusting the records: the Hillsborough football disaster 1989 and the work of the Independent Panel 2010-12
著者:セラ・タィアック Sarah Tyacke
著者紹介:
ロンドン大学先端研究所名誉上級フェロー、国際記録管理トラスト(IRMT)議長。1992年から2005年までイギリスのパブリック・レコード・オフィス館長・王立歴史資料委員会委員長とイギリス国立公文書館館長を歴任。1989年に起きたヒルズボロ・サッカー場大惨事検証のための独立委員会委員。ICAフェロー。

第5章 歴史の共有:日本におけるアーカイブズと歴史編纂の結合
Sharing history: coupling the archives and history compilation in Japan
著者:森本祥子 Sachiko Morimoto
著者紹介:
埼玉県立文書館など複数の地方自治体公文書館、国立国語学研究所、学習院大学等を経て2013年以来東京大学文書館准教授。アーキビストとしての仕事のほか、大学や各種研修会にてアーカイブズ管理教育に携わる。記述標準、アーカイブズ学教育、アーカイブズ倫理、オーストラリア・シリーズ・システムなどに関する著作がある。

第6章 未来の記憶:インドのアーカイブズ
Memories of the future: archives in India
著者:スワパン・チャクラボルティ Swapan Chakravorty
著者紹介:インド・コルカタのプレジデンシー大学教授。インド国立図書館館長、コルカタ・ビクトリア記念ホール事務局長・キュレーターなどを歴任。

第7章 香港のビジネス・アーカイブズ:概要
Business archives in Hong Kong: an overview
著者:李培德 Pui-Tak Lee
著者紹介:
香港大学現代語言及文化学院名誉教授、華中師範大学亚洲研究院特聘教授。

第8章 イサカを検索? デジタル時代のアーカイブにおける個人の記憶の価値
The search for Ithaca? The value of personal memory in the archive of the digital age
著者:Louise Craven ルイーズ・クレイブン
著者紹介:
イギリス国立公文書館目録部門部長を務めたほか、オープン・ユニバーシティ、王立歴史資料委員会、ロンドン・メトロポリタン・アーカイブズを経て、フリーランスのアーカイブズ・リサーチャー、ボランティア・アーキビスト。

第9章 アーカイブズの商業化:英国におけるオンライン家族史サイトの影響
The commercialisation of archives: the impact of online family history sites in the UK
著者:デイビッド・トーマスとマイケル・モス
David Thomas and Michael Moss

第10章 真実性の探求:ポスト・トゥルース(ポスト真実)の世界におけるアーカイブズに関わる研究
A search for truthiness: archival research in a post-truth world
著者:Daniel German ダニエル・ジャーマン
著者紹介:
1992年にカナダ国立公文書館に入職。情報公開とプライバシーに関わる法令をカナダ連邦政府のアーカイブズ・レコードに適用する業務に関わるとともに、歴代首相を含む政治家文書の整理を進めた。近年はカナダの連邦安全保障とインテリジェンス機関のアーカイブズ・レコードの責任者を務めている。

索引 Index


★☆★...編集部より...★☆★

本書はアーカイブズやスペシャル・コレクションの価値とは何か、その価値をどのように測るのかを探求しています。博物館やビジター・アトラクションなどの価値測定方法については多くの文献があるにもかかわらず、アーカイブズやスペシャル・コレクションに関してはそのような研究が少ない、という問題意識に基づいています。仮想評価法、支払意思額(willingness to pay)、バリューチェーンなど、利用可能な様々な評価法がアーカイブズやスペシャル・コレクションの価値の測定に適しているかどうかを評価しています。さらにアーカイブズがデジタルに移行することにより、アーカイブズは性格を大きく変えて、維持運用コストが上昇している点に関しても論じています。

欧州や北米のみならず、日本、インド、香港、アフリカといったさまざまな地域の文脈においてアーカイブズの価値を探求している点も本書の特色の一つです。

東京大学文書館の森本祥子准教授による第5章は、日本における年史編纂とアーカイブズのユニークな関係がこれまでどのように形成されてきたのか、両者のこれからについて論じたものです。日本では、かつて年史編纂(機能)とアーカイブズ(機能)の境目が不分明でした。しかし情報公開法、公文書管理法といった法の整備とそれに伴う実務の充実によって、近年それぞれの独自性、独立性が理解されるようになりつつあります。著者は、共通の価値観や組織の記憶の共有・継承志向についてトヨタ自動車の75年史を引用しながら、日本における年史編纂が廃れるようなことはないであろうとみています。そして、最も重要な点は、アーカイブズと年史編纂がそれぞれ固有の機能として発展(また各々の独立性を認識)すること、必要に応じて協力しあうことであり、このことが双方を成功に導くであろうという見通しを述べておられます。

一方、香港のビジネス・アーカイブズに関する第7章の著者は、歴史家の立場から香港におけるビジネス・アーカイブズと会社史編纂に関する大きな流れをまとめています。英国系企業では文書・アーカイブズ管理が早くから実践されていたこと、英国系企業の会社史編纂が地元の中国系企業の年史編纂に影響を与えてきたこと、香港の経済発展と国際化は中国系企業の文書管理を促すとともに、英国系企業における会社史発行を促進したこと、中国系企業の商習慣とこれに従った会計文書の特徴、全体として戦争その他の要因により多くの企業資料が失われたことなどが指摘されています。

編著者のひとり、マイケル・モス教授は何度か来日されたことがあり、日本のアーカイブズ関係者にも多くの知己をお持ちでした。残念なことに、去る2月9日に73歳で他界されたとの知らせがイギリスのビジネス・アーカイブズ関係者から本通信編集部にも伝えられました。グラスゴー大学のウェブサイトにモス教授に関わる伝記的情報が掲載されています。
https://www.universitystory.gla.ac.uk/biography/?id=WH1695&type=P

目次での著者紹介以外に次のような経歴が記されています。

・オックスフォード大学で教育を受け、同大学のボドリアン図書館の西洋写本部門でアーキビストとしての訓練を受ける
・1970年にグラスゴーに(母親はグラスゴー大学の医学生、父親は海軍付き牧師として戦時中しばしばグラスゴー近郊クライド湾を訪問するなど、グラスゴーとのファミリー・コネクションを持つ)。グラスゴー大学スコットランド歴史学部を拠点とするスコットランド国立公文書館西部調査レジストラーに就任
・レジストラーとして個人所蔵記録を、グラスゴー市公文書館や大学などのアーカイブズで管理できるように手配、多くの文書をレスキュー
・1974年から2001年までグラスゴー大学の大学アーカイブズのアーキビスト。企業資料コレクションの管理を経済史学科から大学アーカイブズに移管、企業資料コレクションと大学アーカイブズ・コレクションの移転を監督
・2021年2月9日、短い病の後に73歳で死去

アーカイブズの実務とアーカイブズ学・歴史学というアカデミズムの世界の両方において、広く国際的に貢献した専門家でした。

生前の姿(グラスゴー大学 大学コレクションから)
https://www.universitystory.gla.ac.uk/images/UGSP02921.jpg
https://www.universitystory.gla.ac.uk/images/UGSP02920.jpg
https://www.universitystory.gla.ac.uk/images/UGSP02919.jpg


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■文献情報:イタリアの企業アーカイブズ関連文献
『カンパニー・ランド:地域への価値としての産業文化』(2020年)

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◎『カンパニー・ランド:地域への価値としての産業文化』
Company lands: la cultura industriale come valore per il territorio

本通信87号でご紹介した『ヘリテージ・マーケティング』のふたりの著者のうちの一人、モンテマッジによる新刊の目次をご紹介します。

【書誌情報】

著者:マルコ・モンテマッジ Marco Montemaggi
タイトル:カンパニー・ランド:地域の価値としての産業文化
タイトル原文:Company Lands: La cultura industrial come valore per il terrritorio
出版者:エディフィール(フィレンツェ) Edifir: Firenze
出版年:2020
ページ数:120p
ISBN: 978-88-7970-947-7
版元ウェブページ:
https://www.edifir.it/prodotto/company-lands/

【目次情報】

はじめに Introduzione

第1部:イタリアの地域における企業文化
Parte prima. La cultura d'impresa nel territorio Italiano

地域的価値としての産業文化
La cultura industriale come valore territoriale

 事例:ピレリ財団
 Case History: Fondazione Pirelli

戦略的ブランド価値としての地域の産業アイデンティティ
L'identità industriale di un territorio come Brand Value strategico

イタリアの産業文化関連の公共博物館
I Musei pubblici legati alla cultura industriale in Italia

イタリアの産業文化の振興を全国協会の視点から:ムゼインプレーザとAIPAI
La valorizzazione della cultura industriale in Italia da un punto di vista associativo nazionale: Museimpresa e AIPAI

 事例:ムゼインプレーザ. イタリア企業アーカイブズ・企業博物館協会
 Case History: Museimpresa. Associazione Nazionale degli Archivi e Musei d'impresa

 事例:AIPAI(イタリア産業考古学遺産協会)
 Case History: AIPAI -Associazione Italiana per il Patrimonio Archeologico Industriale

産業文化地区の発展
Lo sviluppo dei Distretti di Cultura Industriale

 事例:優良景観協会
 Case History: Associazione Il Paesaggio dell'Eccellenza

第2部:アイデンティティの要素としての企業文化
Parte seconda. LA CULTURA D'IMPRESA COME ELEMENTO IDENTITARIO

企業と地域:両者の交流
Impresa e territorio: uno scambio vicendevole

 事例:カーザ・ゼニアとDocBi協会-ビエッラ研究センター
 Case History: Casa Zegna e Associazione DocBi- Centro Studi Biellesi

文化を高める:企業のアーカイブズとミュージアム
La valorizzazione della cultura: archivi e musei d'impresa

 事例:ダルミネ財団
 Case History: Fondazione Dalmine

4つの画像で見るブランドスケープ(クリスティアーナ・コッリによる)
Brandscape in 4 immagini di Cristiana Colli

 事例:イタリアの産業文化と建築
 Case History: Cultura Industriale e Architettura in Italia

"与えることと持つこと"企業と地域の間での文化と複式簿記(エリサ・フルコによる)
"Dare e avere": la cultura e la partita doppia tra impresa e territorio
di Elisa Fulco

 事例:CUBEユニポール
 Case History: CUBO Unipol

第3部:産業ツーリズム
Parte terza. Il trismo industriale

新しい観光需要:テーマ別観光
La nuova domanda turistica: il turismo tematico

イタリアの産業観光とその可能性
Il turismo industriale in Italia e le sue potenzialità

 事例:産業観光、今後の展望
 Case History: Il turismo industriale, prospettive per il futuro

自動車産業と連携した地域観光:博物館と大規模イベントの間
Il turismo territoriale legato all'industria dell'automotive: fra musei e grandi eventi

参考文献 Bibliografia


★☆★...編集部より...★☆★

「はじめに」によると、本書は著者が2000年代初頭にボローニャのボルゴ・パニガーレ地区を歩きながら、産業博物館のひとつドゥカティ博物館行きの観光バスを見かけた時に着想したものです。企業文化に関わる場所(企業アーカイブズ、企業博物館など)が観光拠点に変化していくことによって、それまで工業地帯とされていた地域が次第に変化していくという現象を表現したいと著者は考えるようになったといいます。本書では、代表的な事例を取り上げて、「産業文化が個々の企業のみならず、いかにコミュニティにとっても価値を持つのか」ということを伝えています。著者はまた、企業文化は地域のアイデンティティにとっても価値を持つことを強調しています。

事例として取り上げられているのは、タイヤメーカー・ピレリ社のピレリ財団やテナリス・グループのダルミネ財団、マティーニ&ロッシ歴史アーカイブズ、サルバトーレ・フェラガモ博物館、カンパリ・ギャラリー、ミサノ・ワールド・サーキットなどです。本書は、これからの日本の企業アーカイブズ、企業ミュージアムの活動にも示唆的な1冊となるのではと編集部では考えています。

ベネチア大学のサイトにこの本の著者へのインタビュー記事が掲載されていました。
https://www.unive.it/pag/40750/?tx_news_pi1%5Bnews%5D=9312&cHash=4b01d15d621465584e7880cea05a9a2f
ここでも著者は「企業のヘリテージ(アーカイブズ、博物館)の持つ価値は、もちろん企業文化の一部で企業の未来に向けた経営に役立つのだけれど、その企業が属する地域の文化の一部でもあり、地域のアイデンティティでもあるのだ」と語っています。

《関連ツイート》
https://twitter.com/Museimpresa/status/1305567681026887682
https://twitter.com/Museimpresa/status/1305569459579629571
https://twitter.com/Museimpresa/status/1305571574431518721
https://twitter.com/Museimpresa/status/1305574023816974338

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[略称一覧]
ACA: Association of Canadian Archivists(カナダ・アーキビスト協会)
ARA: Archives and Records Association(アーカイブズとレコード協会)
ASA: Australian Society of Archivists(オーストラリア・アーキビスト協会)
BAC: Business Archives Council(ビジネス・アーカイブズ・カウンシル)
BACS: Business Archives Council in Scotland(スコットランド・ビジネス・アーカイブズ・カウンシル)
BAS: Business Archives Section(ビジネス・アーカイブズ部会:SAA内の部会)
CoSA: Council of State Archivists(米国・州文書館長評議会)
DCC: Digital Curation Center(英国デジタル・キュレーション・センター)
EDRMS: Electronic Document and Record Management System(電子文書記録管理システム)
ERM: Electronic Record Management(電子記録管理)
ICA: International Council on Archives(国際文書館評議会)
NAGARA: National Association of Government Archives and Records Administrators(米国・全国政府アーカイブズ記録管理者協会)
NARA: National Archives and Records Administration(米国 国立公文書館記録管理庁)
RIKAR: Research Institute of Korean Archives and Records(韓国国家記録研究院)
RMS: Record Management System(記録管理システム)
SAA: Society of American Archivists(アメリカ・アーキビスト協会)
SBA: Section for Business Archives(企業アーカイブズ部会、ICA内の部会)
TNA: The National Archives(英国国立公文書館)


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☆★ 編集部より:あとがき、次号予告 ★☆

学術的・専門的でありながら、手軽に読める150ページほどの新書型のアーカイブズに関わる書籍が今年2月に刊行されました。『アーカイヴズ:記録の保存・管理の歴史と実践』(原著2020年、日本語版2021年)です。(本通信ではカタカナでの「アーカイブズ」表記を標準としています。ここでとりあげる本の日本語タイトルは「アーカイヴズ」です。本書での用語翻訳に関しては、この記事の末尾にリンクを記載している訳者のツイートをご覧ください。)
https://www.hakusuisha.co.jp/book/b555670.html
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I031258441-00

【書誌情報】
タイトル:アーカイヴズ : 記録の保存・管理の歴史と実践
著者名:ブリュノ・ガラン
訳者名:大沼太兵衛
シリーズ名:文庫クセジュ ; 1042
出版社:白水社
出版年月日等:2021.2

著者はフランス国立古文書学校を卒業、フランス国立公文書館等でアーキビストとして勤務し、ローヌ県立リヨン・メトロポール館長を務めるほか、パリ・ソルボンヌ大学等でも教鞭をとるアーカイブズの専門家です。訳者は日本の国立国会図書館司書でフランス国立古文書学校修士課程修了という経歴をお持ちです。

原著は、Bruno Galland "Les Archives"のタイトルで文庫クセジュの一冊としてHumensis(文庫クセジュを1941年から刊行していたフランス大学出版局PFUと、1777年に設立されたブラン出版 ÉditionsBelin が合併してできた出版社)から、昨年2020年2月に刊行されたばかりものです。これほど迅速に日本語で読むことができるということに、訳者をはじめとする関係者の方々の熱意を感じます。
https://www.puf.com/content/Les_Archives

白水社から翻訳出版されてきた文庫クセジュシリーズ既刊には、ジャン・ファヴィエ Jean Favierによる "Les Archives"(1958年初版)の日本語版『文書館』(1970年初版、訳者は都立日比谷図書館司書であった永尾信之氏)が含まれています。
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001237389-00

文庫クセジュの2冊『アーカイヴズ』と『文書館』との間には約60年間(日本語版は約50年間)の時の流れがあります。両者の目次を見てみると、現代の人々のアーカイブズへの関心がどこにあるのかがうかがわれるでしょう。

『文書館』(原著1958年、日本語版1970年)目次は次の通りです(同書p.8-9)。

本書をすすめる(杉捷夫)
訳者まえがき
序文 文書資料
第1部 文書館の歴史
 第1章 古代と中世
 第2章 近代
 第3章 現代
第2部 文書学
 第4章 現代文書館の形成
 第5章 保管の諸問題
 第6章 歴史サービス機関としての文書館
第3部 ヨーロッパ主要文書館概観
 I  フランスの文書館
    国立公文書館、各官庁の文書、県立文書館、市町村の文書館、地方文書館
 II 諸外国の文書館
    ドイツ、西ドイツ、東ドイツ、オーストリア、ベルギー、スペイン、イギリス、イタリア、オランダ、ポルトガル、ヴァチカン
参考文献

一方、『アーカイヴズ:記録の保存・管理の歴史と実践』(原著2020年、日本語版2021年)目次は次の通りです(同書p.3-5)。


第1章 アーカイヴズの歴史
 I  古代および中世初期
 II 中世
 III 国家のアーカイヴズ(十六―十八世紀)
 IV フランス革命の所産
 V  歴史研究のためのアーカイヴズ
 VI 万人のためのアーカイヴズ――二十世紀後半の展開
第2章 アーカイヴズには何があるのか
 I  基本原則――同出所資料群の尊重
 II 中央政府のアーカイヴズ
 III アンシアン・レジームの州および近代の県における行政
 IV コミューンおよびコミューン間連合の文書館
 V  その他の公文書
 VI 個人・家族・団体・企業――私文書
 VII 諸外国におけるアーカイヴズの体制
第3章 アーキヴィストの使命
 I  職務・教育・専門職ネットワーク
 II アーカイヴズ遺産の形成――収集と評価
 III 保存――予防と修復
 IV 編成と検索手段
 V  提供
結語
謝辞
訳者あとがき
参考文献


両書とも第1章で歴史を説明し、続いて文書学・文書館に関わる章が続きます。第3章はファビエ『文書館』では西ヨーロッパ各国の文書館の紹介でしたが、ガラン『アーカイヴズ』は「アーキビストの使命」に充てています。アーカイブズ(文書と文書館)にとって、アーカイブズ(文書)を扱う、あるいはアーカイブズ(機関)で働く「人」に関わる問題がこの半世紀の間に、いっそう重要なものと認識されるようになったと言えるでしょう。そして、20世紀から今世紀にかけて扱う対象が物理的なものからデジタルデータへと広がりつつあるなかで、『アーカイヴズ:記録の保存・管理の歴史と実践』の著者は次のような言葉で本書を結んでいます。

「過去においても現在においても『アーキヴィストは、アーカイヴズの完全性を維持し、それによってアーカイヴズが過去についての永続的かつ信頼に足る証拠であることを保障しなければならない』のである」(同書、p.136)

アーカイブズがアーカイブズ(「過去についての永続的かつ信頼に足る証拠」)であるためには、アーキビストが必要であるということです。

訳者大沼太兵衛さんがツイッターで、「訳者あとがき」には書けなかったというコメントを投稿されています。

https://twitter.com/meta2017/status/1361668604215746563
(カナ表記について)

https://twitter.com/meta2017/status/1365446693840322561
(訳語についての補足)

https://twitter.com/meta2017/status/1368464863098376195
(アーカイブズ(学)を知るために役立つ動画を紹介)


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最近、奴隷取引に関わる過去の企業資料調査のためにロンドンの保険引受組織・市場であるロイズがアーキビストを募集するという報道を目にしました。

「ロイズが奴隷取引とのつながりを調査するためにアーキビストを募集」BBCニュース 2021年2月21日
Lloyd's seeks archivist to investigate slave trade links: BBC News, 21 February 2021
https://www.bbc.com/news/business-56144970

昨年5月末に白人警察官の不適切な拘束方法によって黒人男性が死亡させられた事件(ジョージ・フロイドの死)をきっかけ人種差別に反対するBLM(ブラック・ライブズ・マター)運動が世界的に広まるとともに、メディアも独自の調査を展開し、いくつかの企業・団体は奴隷貿易と歴史的なつながりがあると指摘したのでした。

「スクープ イギリスのトップ企業が、創業者たちの奴隷制との関係をめぐり賠償金を支払うことに:グリーン・キングやロンドンのロイズなどが謝罪し、BAME(*)グループへの支払いを誓約する企業として挙げられている」ザ・テレグラフ 2020年6月17日
Exclusive: Top British firms to pay compensation over founders' slavery links: Greene King and Lloyd's of London among the companies to apologise and pledge payments to BAME groups: The Telegraph,17 June 2020
https://www.telegraph.co.uk/news/2020/06/17/companies-britain-linked-slave-trade-say-today/

(*)BAMEとは英国でBlack、Asian、Minority Ethnicを総称する時に使われる略語。

テレグラフ紙のスクープ記事で大きく取り上げられた企業・団体の一つがロイズでした。ロイズはこの報道の翌日、下の声明を自社サイトに掲載しています。

「ロイズには330年以上の長い歴史がありますが、誇れない部分もあります」Lloyd's ウェブサイト 2020年6月18日
Lloyd's has a long and rich history dating back over 330 years, but there are some aspects of our history that we are not proud of
https://www.lloyds.com/
Home >News & Insights >News >Our full statement on the Lloyd's market's role in the slave trade と進みます。

1688年創業のロイズは大西洋を航行する船舶(奴隷を乗船させている)と保険契約を結ぶという形で奴隷貿易に関わっていました。この声明では、

「特に、18世紀から19世紀にかけての奴隷貿易でロイズの保険取引が果たした役割については申し訳なく思っています。これは英国の歴史においても、私たちロイズ自身の歴史においても、恐ろしくも恥ずべき時代であり、この時代に起きた弁解の余地のない不正行為を非難します。」

と過去の誇ることのできない過去の事実について謝罪し、批判しています。

BBCの報道で引用されているロイズの広報担当によれば、今回のアーキビストの募集は、ロイズが所蔵する絵画、剣や家具を含む3,000点以上のアイテムが奴隷貿易にどのような役割を果たしたのか、その文脈を専門的に調査する人材を求めている、ということです。広報担当はまた、

「もちろん、歴史を完全に理解することは重要ですが、良いことも悪いことも含めて、その歴史をいっそう充分に理解するために、感情の変化や社会的見方の変化を反映した方法で行わなければなりません」

と語っている点も重要です。企業は今日、多様性(ダイバーシティ)・包摂性(インクルージョン)といった価値観を自らのものとし、質の高い企業統治を推進し、持続可能な成長を続けていくことが求められています。内外のステークホルダーに対して説明責任を果たすことが必要です。事業と事業を取り巻く環境はかつてないほど激しい変化にさらされ、自社の過去は固定したもの、解釈が定まったものとしてではなく、新たな出来事によって再度の検証や説明が求められます。この検証や説明に必要な資料整理や調査を誰が社内で行うのでしょうか。それはアーキビストの仕事なのです。


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編集部は2021年2月18日に開催された企業史料協議会第5回関西ビジネスアーキビスト研修講座(オンライン)に参加しました。(https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/20210312.html#04)アーカイブズと社史編纂、資料整理の考え方と実務、企業家ミュージアムに関する充実したプログラムでした。「事例研究 パナソニック株式会社のアーカイブズと100年史編纂」の講義では、「(資料を体系的に整理しデータベース化した)アーカイブズがあったからこそ100年史編纂業務をタイトなスケジュールで進めることができた」、「アーカイブズあっての年史編纂」というお話をうかがうことができました。今号でご紹介した『アーカイブズには価値があるのか?』(2019年)での日本に関する章での森本先生の議論を裏付ける事例です。

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次号は2020年5月発行の予定です。どうぞお楽しみに。

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ビジネス・アーカイブズ通信(BA通信) No.89
2021年3月19日発行 (不定期発行)
【創刊日】2008年2月15日
【発行者】公益財団法人渋沢栄一記念財団事業部情報資源センター
【編集者】公益財団法人渋沢栄一記念財団事業部情報資源センター
      「ビジネス・アーカイブズ通信」編集部/
      株式会社アーカイブズ工房
【発行地】日本/東京都/北区
【ISSN】1884-2666
【E-Mail】
【サイト】https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/index.html

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