公益財団法人 渋沢栄一記念財団 渋沢栄一

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渡米実業団

「渡米実業団」とは

渋沢栄一と渡米実業団

写真-渋沢栄一
渋沢栄一 (渡米実業団団長)

「近代日本の資本主義の父」と呼ばれ、道徳と経済の一致をモットーとして、500近くの企業の設立に関与した渋沢栄一(しぶさわ・えいいち、1840-1931)は、経済界の組織化にも尽力しました。現在の東京商工会議所の前身となる東京商法会議所を1878(明治11)年に設立するとともに会頭に就任し、長年にわたって会議所をリードしました。

20世紀に入ってからは、米国の潜在的な成長力をいち早く見抜き、良好な日米関係がアジア・太平洋、ひいては世界平和にとって不可欠になると予想しました。日本各地の実業家や有望な若手に米国社会の本質を理解してもらいたいと考えていた栄一は、69歳の高齢にもかかわらず渡米実業団団長を引き受け、3ヶ月にわたる米国訪問を成功に導きました。

その後、栄一は日米親善の架け橋として重要な役割を果たしていきます。


明治ビジネスマンのアメリカ視察旅行から100年…

1909(明治42)年、渋沢栄一が団長となり、東京・大阪など6大都市の商業会議所を中心とした民間人50名を率いて、3ヶ月間にわたりアメリカ合衆国の主要都市を訪問しました。この日本初の大型ビジネスミッションは「渡米実業団 (Honorary Commercial Commissioners of Japan to the United States of America)」と呼ばれました。

渡米実業団は、米国各地で政治・経済・社会福祉・教育など多方面の施設を見学し、第27代アメリカ合衆国大統領ウィリアム・タフト(William Howard Taft, 1857-1930)、発明王トーマス・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847-1931)、鉄道王ジェームズ・ヒル(James Jerome Hill, 1838-1916)など各界実力者に面談し、成長著しい米国社会を体感しました。

それから1世紀がたった今日、米国社会が大きく変わろうとする兆候が見られ、日米関係も再構築を迫られています。日米民間外交の基礎を築いた渡米実業団の団員たちは何を思い、どのような影響を受け、その経験は現代の私たちに何を語ってくれるのでしょう。

写真:第27代アメリカ合衆国大統領 ウィリアム・タフト
第27代アメリカ合衆国大統領
ウィリアム・タフト

未来へつないだミッション

写真:ミッション視察中の渡米実業団

渡米実業団は政財界に大きな影響をもたらしました。まず日米通商航海条約の改正(1911)に向けて、アメリカの政財界首脳と交流し、東アジア、特に中国市場での平和裏の競争、資本・技術提携の可能性について初めて率直な意見をかわすことができました。この結果、日露戦争(1904-1905)後悪化し始めた日米関係を改善する環境を作り出しました。民間経済人の主導で実業を通じて富国になり、世界平和に貢献するという日本の意思をアピールしたといえます。

経済界においては、商工会議所の連携強化など民間交流の組織化に成功し、戦後の日米財界人会議へつながる太いパイプを築く出発点になりました。またこの訪問によって日本の実業家はアメリカへの理解を深め、国際理解教育の必要性を認識しました。啓発された根津嘉一郎(ねづ・かいちろう、1860-1940)、田辺淳吉(たなべ・じゅんきち、1879-1926)などの団員たちは様々な分野で活躍しました。

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更新日 2009年8月14日

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