ビジネス・アーカイブズ通信(BA通信)

第31号(2010年7月16日発行)

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☆      □■□ ビジネス・アーカイブズ通信 □■□

☆       No.31 (2010年7月16日発行)

☆   発行:財団法人渋沢栄一記念財団 実業史研究情報センター

☆                         〔ISSN:1884-2666〕
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この通信では海外(主として英語圏)のビジネス・アーカイブズに関する情報をお届けします。

今号は行事情報1件です。

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◆ 目次 ◆

[掲載事項の凡例とご注意]

■行事情報:サンゴバン社主催ICA後援 ビジネス・アーカイブズ・シンポジウム
  ◎テーマ:「会社の記憶、経営に奉仕するツール 」(続々報・最終回)

☆★ 編集部より:次号予告 ★☆

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[掲載事項の凡例]

・今号のタイトル、人名原文は本通信30号に記載しているため、今号では省略します。バックナンバー30号も併せてご覧ください。
http://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/20100628.html

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[ご注意]
・受信時にリンク先を示すURLが途中で改行されてしまう場合があります。通常のURLクリックで表示されない場合にはお手数ですがコピー&ペーストで一行にしたものをブラウザのアドレス・バーに挿入し、リンク先をご覧ください。

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■行事情報:ICA/SBL運営会議、ビジネス・アーカイブズ・シンポジウム 
         2010年5月25-27日 
         サンゴバン社アーカイブズ ブロワ(フランス) 《続々報》

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◎シンポジウム・テーマ:「会社の記憶、経営に奉仕するツール 」
Corporate memory, a tool serving management

http://www.ica.org/sites/default/files/Programme%20Symposium%20Blois%202010%20Eng.pdf
http://www.ica.org/en/2010/05/25/symposium-corporate-memory-tool-serving-management

前号、前々号に引き続き、今年5月にフランス・ブロワで開催されたビジネス・アーカイブズ・シンポジウムに関する報告をお届けします。今号では各発表の概要をお伝えします。

◆開会挨拶◆
モーリス・アモン
サンゴバン・グループ・ジェネラル・リレイションズ・ディレクター

[概要]
シンポジウム趣旨説明は次の通り。公共の歴史(public history) と企業史(corporate history) の関係を検討する。今日の経済社会の特徴のひとつは企業の存在が不安定なことである。企業アーカイブズを企業文化や企業アイデンティティへの貢献という観点からとらえるのみでなく、それを超えて、不安定あるいは危機的な経済状況の中で企業アーカイブズはどのように経営に奉仕するのか、ということを考えたい。さらに、このような不安定・危機的な環境のなかで、不幸にして会社自体が倒産したり、買収や合併に至った場合、その後においても様々に活用される企業資料の在り方を探りたい。

[編集者よりひと言]
開会挨拶に立ったモーリス・アモン氏はサンゴバン社のアーカイブズ部長を経て、現在はサンゴバン・グループ・ジェネラル・リレイションズ・ディレクター。サンゴバン社のアーカイブズをゼロから立ち上げた経歴を持ちます。現在はICAの「アーカイブズ発展のための国際基金」(FIDA: International Fund for Archival Development)の理事も務めています。
http://new.ica.org/3223/whos-who/board-of-trustees.html

[サンゴバン・グループ 歴史ウェブページ]
http://www.saint-gobain.com/en/group/our-history

[サンゴバン・グループ アーカイブズ・ウェブページ]
http://www.saint-gobain.com/en/group/our-history/archives

■クラフト社(米国):ブルース・スミス
「マーケティング・キャンペーンの成功におけるアーカイブの活用、クラフト・フーズ・オーストラリア」

[概要]
マーケティング・キャンペーンをうまく展開させるためにアーカイブズを利用した事例の報告。クラフト社のアーカイブズは米、独、英、豪、北欧に分散しているが、中央集権的な報告システムを持つ。オーストラリアでは1976年に、クラフト現地法人の50周年、2006年に80周年を記念する機会があった。オーストラリア人の食卓に欠かせないクラフト社製Vegemiteや、ナチュラル・チーズ市場に再参入(2009年9月開始)した際に、過去の製品に関する資料を用いたマーケティング・キャンペーンを行った。

[編集者よりひと言]
発表者ブルース・スミス氏はICASBLの運営委員で、オーストラリアを中心に活躍するアーカイブズ・コンサルタントです。クラフト社のオーストラリア現地法人のアーカイブズ管理にも関わっていることから、今回クラフト社の事例発表を行うことになりました。

[クラフト社 歴史ウェブページ]
http://www.kraftfoodscompany.com/About/history/index.aspx

[クラフト社 Vegemiteブランド・ウェブサイト]
http://www.vegemite.com.au/

■ユニリーバ社(英国):ジャネット・ストゥリックランド
「アーカイブズはいかにして付加価値を与えるのか?」

[概要]
ユニリーバ社の創業者William Hesketh Leverは労働者福祉に熱心で、教会、学校、病院、文化施設などを設立。オランダとイギリスが2大拠点。1994年にアーカイブズ&レコード・マネジメント部門が設置され、2003年に資料がアーカイブズ保管庫に移された。代表的なブランドにPersil、Pears Soapがある。

ユニリーバ・アーカイブズ&レコード・マネジメントは、次のような分野で「価値を付与」している。コンプライアンス、訴訟、商標保護、知的財産権保護、会社の記憶の保存と継承、ブランドの宣伝、ブランド立ち上げ、出版、スピーチ作成、プレゼンテーション作成、効率化などである。その他にもウェブにおける活用が重要である。ユニリーバ・アーカイブズでは今年、Face bookにページを開設予定である。

アーカイブズへのアクセスは社外にも開かれているが、限定的である。事前の予約が必要。アーカイブズでは郵便などによる問い合わせを勧めている。

[ユニリーバ社 歴史ウェブページ]
http://www.unilever.com/aboutus/ourhistory/

[ユニリーバ社 アーカイブズ]
http://www.unilever.com/aboutus/ourhistory/unilever_archives/?WT.LHNAV=Unilever_archives

[ユニリーバ社 Persilブランド・ウェブサイト]
http://www.persil.com/

■エボニク社(ドイツ):アンドレア・ホーメイヤー
「会社史:化学産業にとっての付加価値」

[概要]
本社はエッセン。アーカイブズはフランクフルトとマールの2か所にある。2010年5〜6月にフランクフルトのアーカイブズはハーナウに移転する。スタッフは11人で大部分はパートタイムである。2011年には2人のフルタイム職員が退職予定なので、スタッフは減員となる。アーカイブズの社内における組織系統は、規律的にはコミュニケーション部門、機能的には法令順守部門に属している。

いかにしてアーカイブズが価値を付与するか?ひとつには機微に触れる歴史問題をサポートすることであり、またひとつには信頼できる情報を社内外に提供することである。社史を作成することも大切である。よい社史は会社に貢献するからである。アーカイブズ資料を用いたウェブサイトは重要なマーケティング・ツールである。経済状況が上向けばCD媒体による社史を出版する計画がある。

ほとんど毎日レファレンスがある。レファレンス対応のための調査には時間と手間がかかる。国家社会主義との関わりをはじめとする歴史問題マネジメント(Historical Issues Management)も大切な仕事である。レファレンスに対する回答集を作成している。透明性が重要である。

文書管理システムは社内のロジスティクス部門の協力で確立した。アーカイブズではアーカイビング・ポリシーを策定している。電子記録管理にも取り組んでいる。この分野ではコンサルタント会社マッキンゼー社の協力を得ている。

[エボニク社 歴史ウェブページ]
http://history.evonik.com/sites/geschichte/en/Pages/default.aspx

[エボニク社 社史 書誌情報]
タイトル:時代を動かす:1837- 2006 デグッサ社とその前身企業の歴史
タイトル原文:Moving times: 1837- 2006 the history of Degussa and its predecessor companies
編集者名:ドリス・アイゼンヘーファー、アンドレア・ホーメイヤー博士、ラルフ・ペータース
編集者名原文:Doris Eizenhofer, Dr. Andrea Hohmeyer, Ralf Peters
出版者名:デグッサ社
出版社名原文:Degussa AG
出版地:デュッセルドルフ
出版地名原文:Dusseldorf
出版年:2006年

[エボニク社 関連文献 書誌情報]
タイトル:協力から共犯へ:第三帝国におけるデグッサ社
タイトル原文:From cooperation to complicity: Degussa in the Third Reich
著者名:ピーター・ヘイエス
著者名原文:Peter Heyes
出版者名:ケンブリッジ大学出版
出版者名原文:Cambridge University Press
出版地:ケンブリッジ(英国)
出版地原文:Cambridge, UK
出版年:2004年

■プロクター&ギャンブル社(米国):エド・ライダー
「優れたブランドごとに一人のアーキビスト:プロクター・アンド・ギャンブルにおけるアーカイブズ管理」

[概要]
プロクター&ギャンブル社では1957年にアーカイブズ部署が誕生した。現在のスタッフは5人。1カ月に約150のレファレンスを受ける。そのうち32%は社外からの問い合わせである。アーカイブズによるアウトリーチ・サービスとして、本社内で「ヘリテッジ・センター」を運営している。社内の注目度は高い。

アーカイブズは「もっとproactive(積極的)に」という姿勢で業務に取り組んでいる。レファレンス等をただ待つだけでなく、アーカイブズの側から積極的にサービスを提供するということである。例えばアーカイブズではVicksブランドの歴史をまとめたVICKSTORY: A Historical Timelineという冊子体の刊行物を編集・作成し、Vicksブランドの開発に携わる社内の関係者に配布した。この冊子のデータ版も社内LANに掲載して社員がアクセスできるようになっている。Oral Bといったブランドでもブランド独自の取り組みを行っている。

社内の製薬関係部門の過去の記録はLloyd Library and Museumに移した。

「過去の遺産は役に立つ(Heritage works.)」。P&Gでは会社の歴史をブランド管理に活用している。現在米国では「ブランド・マーケティング」がブームである。「ブランド・マーケティング」では、アーカイブズはそのブランドが歴史を持っていることを証明するという役割を担っている。

[プロクター&ギャンブル社 歴史ウェブページ]
http://www.pg.com/en_US/company/heritage.shtml

[Lloyd Library and Museum ウェブサイト]
http://www.lloydlibrary.org/

■サノフィ・アバンティ社(フランス):オリヴィエ・デ・ボワボワッセル
「訴訟のためのリサーチの事例」

[概要]
サノフィ・アバンティ社はヨーロッパ第3位の製薬会社。アーカイブズ部門は国際的で、スタッフはフランス、イタリア、ハンガリー、米国、英国、カナダ他の国籍を持つ。

会社が関わる訴訟の数は増加傾向にある。知的財産権に関わる訴訟の場合、ライバル会社、ジェネリック薬製造会社、集団訴訟、個人、その他、と訴訟相手は多岐にわたる。ほとんどの製品が特許訴訟に巻き込まれている。とりわけジェネリック薬製造会社がアグレッシブにロビー活動を行っている。

サノフィ・アバンティ社は315の会社が一つのグループを構成しており、このことに伴ってアーカイブズにも多くの困難が存在する。取引先が複数存在する、記録に関する目録が会社によって異なり一貫性がない、多くの国にアーカイブズ資料が分散している、歴史に関するデータベースが不完全である、といったことがあげられる。そのような理由から、関連部署が協力する必要性が認識されるようになり、"Company Awareness Program"というコーポレート・キャンペーンが始まった。

2009年1月現在、アーカイブズが管理する資料箱は総延長が500キロメートルに及ぶ。

グループ内レコード・マネジメント構造は、一般的なレコード・マネジメント要件、グループにおける標準的な記録保存期間管理スケジュール、さらに一般的な情報技術(IT)原則によって構成されている。

[サノフィ・アバンティ社 ウェブサイト]
http://en.sanofi-aventis.com/

■ラ・ロシュ社(スイス):アレクザンダー・ビエリ
「企業のDNA:成功への重要な鍵」

[概要]
ラ・ロシュ社は1896年に創業した製薬・ヘルスケア関連企業。最近では抗ウイルス薬「タミフル」の製造販売元としても有名。同社は1920年代に社業が拡大、1950年代は持続的成長を続け、60年代から70年代にかけて、将来を模索しつつ、社業の整理統合を図ったが、1990年代に経営危機に陥り、2001年に経営陣が刷新された。創業家が現在も株式の50%を保有している。

1990年に散らばっていた資料を集めてHistorical Archivesが立ち上げられた。1996年に創業百周年を迎え、アーカイブズは種々の企画に関わる。その後、スイスの独立連邦委員会(Independent Federal Commission)による第二次世界大戦に関する調査がアーカイブズに関連して行われている。2001年の経営陣の刷新によって、アーカイブズ活動にも大きな変化がもたらされた。一つは、それまで過去に焦点を当てていたアーカイブズ業務が、これを機に将来に目を向けたものへ変化したことである。もう一つの変化は、社業活性化を指向する経営を、サポートするような業務へ変化したことであった。これらの変化は「歴史マーケティング(history marketing)」という新しいアプローチを必要とした。

初期の段階では、アーカイブズ・ツアーを組織したり、それまで知られていなかったアーカイブズ資料を一般市民に公開するといった活動を行った。これらを通じて、ラ・ロシュ社に関する誤った歴史認識が、事実によって正される方向に向かった。さらに、過去の社史関連刊行物は往々にして経営陣の観点に偏っていたのだが、新しいアーカイブズ活動を通じて、過去の経営陣をより多面的に見るような社内風土・社内文化が生まれてきた。もう少し具体的に言うと、2006年から始まった新しい展示では、それまで経営者の任期で区切っていた時代区分を止めて、時代時代で特徴的なテーマを、視覚に訴える展示に変えた。会社発展の歴史も製品ラインの観点からの叙述に変えた。論争的なテーマに関しては、より幅広い土台の上で語るようにした。既に失われてしまった会社内の価値観がもつ現代性(modernity)に光を当てた。全社員がこの新しい展示ツアーに参加した。これらの活動によって新しい自社イメージが社内外に徐々に浸透していった。

刷新されたアーカイブズ活動の柱のひとつは、「建築」に関わっている。新即物主義に属する有名な建築家O. R. Salvisberg設計・デザインによる社屋など、歴史的に建築はラ・ロシュ社の自己認識とコミュニケーション・ポリシーに重要な役割を果たしてきた。ところが1990年代末までには、社内で自社の建築を語ることは一種のタブーになってしまっていた(経営陣が保存のためのコストや景観保護団体を恐れたから)。アーカイブズは建物見学ツアーを開催したり、建築に関する社史関連文献を刊行することによって、そのようなタブーを少しずつ打ち破っていった。そして、自社建築はコーポレート・コミュニケーションの重要なツールである、という見方が経営陣に次第に受け入れられるようになった。2009年には新しいCEOがオリジナルな会議室を復元するプロジェクトをバックアップしてくれた。

[ラ・ロシュ社 歴史ウェブページ]
http://www.roche.com/about_roche/milestones.htm

[ラ・ロシュ社 社史 書誌情報]
タイトル:ロバート・スプレングとバーゼルのF・ホフマン=ラ・ロシュ社のためのO・ R・ザルビスベルグにある事務局建物に関する彼の写真
タイトル原文:Robert Spreng: and his photographs of O. R. Salvisberg's executive office building for F. Hoffmann- La Roche Ltd in Basel
著者名:アレクサンダー・ビエリ
著者名原文:Alexader Bieri
出版者名:エディション ロッシュ F・ホフマン=ラ・ロッシュ社、バーゼル
出版者原文:Editions Roche F. Hoffmann- La Roche AG, Basel
出版地:バーゼル
出版地名原文:Basel
出版年:2001年
ISBN: 3-907770-85-4

タイトル:伝統的にわれらの時代の先を行く
タイトル原文:Traditionally ahead of our time
著者名:アレクサンダー・ビエリ
著者名原文:Alexader Bieri
出版者名:ロッシュ歴史コレクション&アーカイブ、F・ホフマン=ラ・ロッシュ社、バーゼル
出版社名原文:The Roche Historical Collection and Archive, F. Hoffman-La Roche Ltd, Basel
出版地:バーゼル
出版地名原文:Basel
出版年:2008年
http://www.roche.com/static/app/milestones/en/pdf/histb2008_e.pdf

タイトル:健康を表現する:製薬デザインの起源
タイトル原文:Depicting health: the origins of pharmaceutical design
著者名:アレクサンダー・ビエリ
著者名原文:Alexader Bieri
出版者名:ロッシュ歴史コレクション&アーカイブ、F・ホフマン=ラ・ロッシュ社、バーゼル
出版社名原文:The Roche Historical Collection and Archive, F. Hoffman-La Roche Ltd, Basel
出版地:バーゼル
出版地名原文:Basel
出版年:2009年

■ハナ銀行(韓国):盧明煥(ノ・ミョンファン)
「ハナ銀行アーカイブズ:効率的な経営を目的とした、ハナ銀行の歴史と企業文化振興のためのその役割」

[概要]
朝鮮王朝時代の記録文化の興隆、日本植民地時代と独立後の権威主義的独裁政権におけるその否定、民主化と記録文化の復興・革新といった大きな歴史の流れを概観した後、ハナ銀行におけるアーカイブズの設立と活動を報告。

[編集者よりひと言]
報告者の盧明煥氏は韓国外国語大学教授。ハナ銀行のアーカイブズ管理にコンサルタントとして関わった経験から報告者として登壇。

[ハナ銀行 歴史ウェブページ]
http://www.hanabank.com/contents/itd_eng/abt/hstorg/hstorg1/hstorg14/index.jsp?menuItemId=eh_01241

■インテサ・サンパウロ銀行(イタリア):フランチェスカ・ピノ
「大銀行の日々の求めに仕える:インテサ・サンパウロ社のグループ・アーカイブズ」

[概要]
イタリアにおける銀行業は1990年まで厳しい規制の下にあった。1990から1991年に規制緩和が行われた。インテサ・サンパウロ銀行は2007年1月にバンカ・インテサとサンパウロIMIが合併したものである。なお、記録に関連する法令により、イタリアにおける秘密記録の保存管理期間は70年でその他の記録は40年保存が定められている。

アーカイブズが近年経営に貢献した例に、ユダヤ人Vico Baerがインテサ・サンパウロ銀行の前身銀行に寄贈した財産を、彼の甥が返還請求した件がある。甥側のドキュメンテーションは十分なものでなかった。一方、アーカイブズはこの財産に関わる記録を提供することによって、銀行側の正当な行為を立証することに貢献し、訴訟を回避することができた。

インテサ・サンパウロ銀行のアーカイブズは4カ所に分散している。書架延長は8km。アーカイブズの使命は「記録の特定(同定)と保護」にある。通常の業務としては、200を超える数の前身企業の情報を提供している。そのために歴史地図を作成している。また散在しているアーカイブズを守ることも重要であると考えている。社内各部署と協力しながらファンド・レイジング(資金調達)にも取り組んでいる。

1996年以前、アーカイブズ資料は社内利用に限定されて、社外には非公開であった。1996年以降原則公開するようになった。社外からのアクセスによって生じる否定的な面というものはいまのところない。

[インテサ・サンパウロ銀行 歴史ウェブページ]
http://www.group.intesasanpaolo.com/scriptIsir0/isInvestor/eng/chi_siamo/eng_storia_intesa_sanpaolo.jsp

■インド準備銀行(インド):アショク・カプール
「インド準備銀行アーカイブズ:経営のツール、そして歴史的資源」

[概要]
インド準備銀行アーカイブズは1981年に設置された。インド全体で現在アーカイブズを持つ企業体は10〜15ぐらいである。アーカイブズの存在目的は(1)インド準備銀行の中央アーカイブズであること、(2)非現用記録の保管所として機能すること、である。所蔵される最古の記録は1825年作成の文書である。19世紀に作成されたタゴールの約束手形などの貴重資料を含む。アーカイブズ運営の基本には、科学的な保存手法を置き、オーラル・ヒストリー関連プロジェクトを重視している。

アーカイブズの銀行経営に対する貢献としては、次のような点を挙げることができる。アーカイブズに含まれる情報を有用な前例として経営に提供し活用する、効率的な計画策定に用いる、業務の効率化・低コスト化に有用である、情報への権利法(Right to Information Act)を遵守するために必要である、等々。アーカイブズ資料自体は法的証拠、広報の材料、あるいは歴史研究の資料として価値を有する。

トップ・マネジメントに対する教育もアーカイブズ部門が担当する重要な業務である。経営幹部ははじめはアーカイブズの価値を認識していないことが多い。しかしアーカイブズがどのように経営に役に立つのかを、具体的事例を挙げて説明することによって、教育的効果を上げることができる。25年前はまず「アーカイブズとは何か」から説明しなければならなかった。最近はかなり変わってきている。

アーカイブズを取り巻く環境の変化も早い。会社自体も複雑化している。訴訟の問題はとりわけ重要だと考えている。また銀行本体に関するメディア情報に対しては、アーカイブズも機敏に対応する必要がある。

[インド準備銀行 歴史ウェブページ]
http://www.rbi.org.in/scripts/History.aspx

[インド準備銀行アーカイブズ ウェブサイト]
http://cab.org.in/RBIArchives.aspx

■ケス・デジャルダン社(カナダ):フランシス・ルブロン
「デジャルダン・グループにとってのアーカイブズと会社史の重要性:不動産と固定資産に関わる全般的な回顧と特異的な要素」

[概要]
ケス・デジャルダン社はカナダ・ケベックを本拠とする保険会社である。1979年に創業100周年を迎え、記念誌を発行した。その後も社史や会社に関連するテーマでの出版活動、映画・TV番組制作を積極的に行っている。またアーカイブズでは創業者Alphonse Desjardinsの旧宅を一種の博物館(Maison Alphonse-Desjardins)として運営し、社員教育・社会教育に利用している。

報告ではアーカイブズが制作に携わった多数の刊行物が紹介された。

[ケス・デジャルダン社 歴史ページ]
http://www.desjardins.com/en/a_propos/profil/histoire/

■サノマ・メディアグループ(フィンランド):ペッカ・アントネン
「アーカイブズ、歴史、そして価値:サノマ・グループの歴史アーカイブズ」

[概要]
サノマがグループとして創業したのは1889年。その中で最古のグループ会社の創業は1834年で、チェコの雑誌Kvetyである。現在ヨーロッパを中心にして世界30カ国以上で、雑誌、ニュース、エンタテイメント、ラーニング&文学、貿易関係の事業行っている。当初の事業構成は雑誌事業が大半を占めていたが、現在は雑誌事業の売上に占める割合が40%。半分はフィンランド国内、残り半分はEC諸国における事業である。

グループ・アーカイブズでは、「サノマ・メモリー・プロジェクト」を立ち上げた。このプロジェクトでは(1)電子文書の長期保存、(2)退職した役員・従業員のオーラル・ヒストリーに取り組んでいる。アーカイブズの閲覧室利用者は年間約400人。カタログや新聞のマイクロフィルムがよく利用されている。社内におけるマーケティングが重要だと考えている。

[サノマ・メディアグループ 歴史ウェブページ]
http://www.sanoma.com/history/history_eng.html

■A P モラー=メルスク社(デンマーク):ヘニング・モーゲン
「今日のニュースの中にある昨日の事実:ステークホルダー・コミュニケーションにおける会社史」

[概要]
A P モラー=メルスク社は造船、海運、コンテナ、石油ガス分野において営業している。創業は1904年。報告者モーゲン氏は1998年よりレコードマネジャーとして同社に勤務。現在はグループの歴史ドキュメンテーション、情報保存管理期間ポリシー関係に携わっている。現在の担当に就く以前は、物理的なアーカイブズの管理、船舶関係のドキュメンテーション、eメール管理等を担当していた。

グループの歴史ドキュメンテーションの目標は、(1)調査活動を行うこと、(2)関係者に対して、簡潔で事実に基づいた説明やプレゼンテーションを届ける(博物館管理を含む)こと、である。そしてその目的は、自社の文化、価値、名声を支える正しい情報を適宜伝えることにある。

歴史コミュニケーション(会社史を媒体としたコミュニケーション)へのアプローチ方法は、3つの点で変化してきた。(1)かつてはトップ・マネジメントと創業家が叙述の中心であったものが、現在はグループ・リレーションズと事業部を中心としたものに、(2)かつては会社史および人物史が中心であったものが、現在はテーマと事例(ケース・ストーリー)を中心に、(3)かつては過去に焦点を当てて、現在に対する言及がほとんどなかったのに対し、現在は過去に立脚しながらも、現在に焦点を当てる、これらが3つの変化である。

このよう歴史コミュニケーションへのアプローチ方法の変化によって、アーカイブズのカスタマー(ユーザー)の構成も過去とは違ったものになった。現在アーカイブズを最も利用する社内のグループは、コミュニケーション、CSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)、HSSE(Health Safety Security Environment:健康、安全、セキュリティ、環境保全)、ミドル・マネジメント、顧客/取引先関係である。その次に利用頻度が高いのが、事業部のマネジメント関係。利用頻度が少ないグループは、トップ・マネジメント、従業員、そして社外、といった順番になっている。

ここでは3つ事例(ケース・ストーリー)を紹介する。

事例その1 「環境パフォーマンス」
この事例の背景には、海運ジャーナリストが技術的な見解を求めて訪ねてきたことがある。また、メルスクの海運技術・グループにも関連している。アーカイブズに課せられた課題は「アーカイブズには環境関連の技術標準に関わる資料はあるか?」という問いに答えることであった。環境パフォーマンスは今日重要なイシューになりつつある。顧客は環境への影響に注目しており、一般市民の社会的関心もますます高まっている。さらに末端消費者は環境保全に対する行動と透明性を求めており、環境への影響を最小限に食い止めることは今日当然のこととされている。そして調査の結果、アーカイブズ資料から、海運による輸送は陸運や航空機による輸送に比べても、環境への負荷が低いことが明らかにできた。

アーカイブズによる、このような一連の課題解決までの流れには、二つの使命が含まれる。ひとつは「現在と過去を結びつける」ことであり、もうひとつは「その事例に対する長期的な展望を示す」ということである。

この事例の場合、結果として関係者はたいへん驚きかつ感動した。外部のジャーナリストはさらに詳しい話を求めてきた。

事例その2 「グローバルな存在感と地域への影響」
この事例のバックグラウンドにあるのは、アフリカにおけるCSRに関して、社内報向け記事を準備するということであった。アーカイブズに課された課題は「私たちは過去にCSRを行ったことがあるか?」という問いに答えることであった。

この事例の場合は、タンガニーカ植民会社(Tanganyika Planting Company Ltd.)に関する1930年から1980年までの記事、砂糖プランテーション、従業員とその家族4,000名、全ての年齢対象の学校、病院その他社会的サービス、写真といったアーカイブズ資料を利用することによって、過去のCSR活動を示すことができた。その結果、社内報担当者はたいへん喜んでくれた。

事例その3 「価値観を支える」
この事例の背景には、自社のバックグラウンドと事業を簡潔にまとめることを要求されたということがあった。具体的にはアーカイブズが「メルスク博物館での案内ガイドを作成する」ということである。この事例の場合、アーカイブズの使命は「自社の歴史遺産を紹介する」ことであった。そのために博物館用の社内利用に限定した45分の紹介ガイドを作成した。結果、従業員の価値観を支え、彼らの視野をひとつの事業部から全社的な幅広いものへと押し広げることに寄与した。

[編集者よりひと言]
報告者のモーゲン氏と意見交換をするなかで、興味深い指摘に遭遇しました。メルスク社アーカイブズでもかつては(historical) issue management「(歴史)問題管理」という用語を使っていたそうですが、この用語は誤解を招く可能性があることから、case story「事例」に変更したということです。たしかにhistorical issue managementというと、事実を事実として提示するという意味合いよりは、歴史的なある事柄を経営に都合のよいように管理する、という意味で受け取られかねません。ここで一言付け加えておきたいのは、issue managementという用語を用いていたEvonik社アーキビストのホーメイヤー博士も、その他の参加者も一様に、「事実に基づいた会社史の認識」の大切さ、「透明性の確保」を強調していた点です。会社の歴史の中に見出される歴史的問題、あるいは特定の歴史的テーマは、企業アーカイブズが管理する記録資料によって事実として提示することが可能になる、そのような重要な役割をアーカイブズは担っているのだと改めて感じました。

質疑応答では、現在の価値観と過去の価値観の関係を問う質問が出されました。モーゲン氏は「50年前に環境への配慮がなかったことはどうしようもない。この事実自体を変えることはできない。事実を伝えるしかない。」と答えてくれました。

[A P モラー=メルスク社 歴史ウェブページ]
http://www.maersk.com/AboutMaersk/WhoWeAre/Pages/History.aspx

■ヴーヴ・クリコ社(フランス):ファビエンヌ・モロー
「大手シャンパン企業アーカイブズの保存と開発:利害関係、制約、そして成果:大手シャンパン会社のアーカイブズ」

[概要]
創業は1772年、フランス最古のシャンパン製造業者である。今回の報告では海外市場の話に限定する。会社は経営方針上「イメージによって高級感を維持する」という戦略を持っている。2003年、会社の歴史資料を集めた「ヘリテッジ・ハウス」を立ち上げた。ここでは1772年の創業以来の記録を管理している。最古の記録は1534年のものである。ヘリテッジ・ハウス立ち上げに当たっては、それまで散在していた記録資料類を1カ所に集めた。写真データベースも完備している。

ヘジテッジ・ハウスの目的は「歴史資源を最良の条件で保存し、情報を求める人や、ひらめきを求める人々(who...wants to be inspired)とそれらを共有する」ことにある。

マーケティングとアーカイブズの連携事例には、過去の製品の記録にヒントを得たYellow Design Box 360°programやThe Yellow ribbonのキャンペーンがある。

[ヴーヴ・クリコ社 歴史ウェブサイト]
http://www.veuve-clicquot.co.jp/the_house/history/index.php?page=history
(日本語)

■IBM社(米国):ポール・レイゼウィッツ
「アーカイブズに根をおろして:IBMブランド・エクスペリエンスに対するコーポレート・ヘリテージの貢献」

[概要]
IBM社ではブランドとは次の4つの特性を持つものと定義している。(1)永続的なアイディア、(2)そのブランドを他から区別するもの、(3)そのブランドが最初に経験される方法、(4)そのブランドが奉仕する対象、である。そしてIBM社のブランドは各々に対応して次のような特質を定めている。(1)の永続的なアイディアとはIBMにあっては「進歩」Progressであり、(2)そのブランドを他から区別するものとは、「われわれの価値」Our values、(3)そのブランドが最初に経験される方法とは、すなわち「IBM社員を通じて」through the IBMer、そして(4)そのブランドが奉仕する対象とは、「前向きに思考する人」The Forward Thinkerである。このようなIBMブランドにアーカイブズはどのように貢献しているのかを報告する。

IBM社では歴史は社内で常に大切にされてきた。1930年には歴史的製品ホールが作られ、企業アーカイブズが開設されたのは1964年であった。そのような歴史を尊ぶ社内文化において、ここ最近5年間は、ブランド戦略をサポートすることにより、会社の歴史はかつてないほど大きな戦略的役割を果たしている。

まず第一に、IBM社は2000年以降40以上の会社を買収し、インドだけでも2002年に比べ従業員が80,000人も増加した。全社員の60%は社歴5年未満である。このような状況でアーカイブズは社員に共通の知的基盤を提供することに貢献してきた。2年前会社は本社内に歴史をテーマとした展示スペースを設けた。この展示は再構成されて、より多くの人の目に留まる機会を与えられた。さらにウェブのコンテンツにも利用され、2009年1年間で60,000人がウェブサイトを訪問し、ページ閲覧時間はトータルで71,000時間に及んだ。

第二に、われわれのブランドの4つの特性を特定するにあたって、自社の歴史的遺産がインスピレーションとして働いたことがあげられる。ブランド・チームは数年前、アーカイブズを調査して、時を超えてIBMをIBMたらしめるものは何かを探った。創業者トーマス・J・ワトソンJrの記録、またその他の記録の中に発見したのは「進歩の概念」であった。同様にして、「われわれの価値」「IBM社員を通じて」「前向きに思考する人」というIBMブランドの特性を発見したのであった。

戦術的なレベルにおけるアーカイブズの貢献の事例に、2008年に開始された「スマ―ター・プラネット(Smarter Planet)」というマーケティングに関与した件がある。この取り組みでも、アーカイブズから得られたインスピレーションが大きな役割を果たした。

[編集者からひと言]
レイゼウィッツ氏によると、ブランド育成におけるアーカイブズの貢献は、ただ漫然と行われたわけではないということです。アーキビストであるレイゼウィッツ氏の側から、経営陣に対して100周年が近づいていることへの関心を喚起するといった、proactiveな働きかけを行ったことが、アーカイブズを経営戦略策定の中に組み込むきっかけになったということでした。

IBM社アーカイブズが受けるレファレンスの数は45%が社内、55%が社外だそうです。ただし、調査には社内からの問い合わせのほうがずっと多くの時間がかかるといいます。

[IBM社アーカイブズ・ウェブページ]
http://www-03.ibm.com/ibm/history/

■BASF社(ドイツ):スーザン・ベッカー
「憧れと現実:BASF社の歴史」

[概要]
BASF社は1865年創業。2004年にCIの一環としてThe Chemical Companyと呼び始めた。現在385の事業所がある。アーカイブズ部門(Corporate History)は、コーポレート・コミュニケーション・ヨーロッパに属しており、フルタイムのスタッフが2名、非常勤スタッフが2名である。海外現地法人のアーカイブズには責任を負っていない。

アーカイブズの歴史は、1937年に資料集め開始で始まった。1938年には創業75周年(1940年)に向けた準備が開始された。このときの成果が現在のコレクションの基礎となっている。2010年にはそれまでCorporate Archiveであった名称が、Corporate Historyに変わった。アーカイブズ資料は書架延長45km、写真が5万点、年間のレファレンス数が約700件である。社内報にはアーカイブズが担当する歴史に関する記事を掲載している。これは読者によるランキングでは1位になっている。

経営陣の入れ替わりはアーカイブズにも影響を及ぼす。2006年には米国のEngelhard Corporation社を、2009年にはCiba AG社を買収した。これらの会社とは社内文化が違っていたために、アーカイブズは歴史コミュニケーションや文書の移管に関して大変苦労した。

透明性と開放性という点で、アーカイブズは経営に貢献している。第二次世界大戦中の強制労働に関してはWollhelm Memorial, Frankfurt am Main、ならびにNazi Forced Labor Documentation Center, Berlinに協力している。そのほか、アニリン癌の問題や化学物質生産の人体および環境に対する影響、土壌汚染、職業病などの分野における調査にアーカイブズは寄与することができる。

[BASF社 歴史ウェブページ]
http://www.basf.com/group/corporate/en/about-basf/history/index

[Wollhelm Memorial ウェブサイト]
http://www.wollheim-memorial.de/

[ナチ強制労働ドキュメンテーション・センター ウェブページ]
http://www.topographie.de/en/nazi-forced-labor-documentation-center/

■英国国立公文書館(イギリス):アレックス・リッチー
「イギリスにおける会社清算、管理、そして企業史料の処分」

[概要]
最近経営破綻した英国企業にはReader's Digest UK社、Ethel Austin Ltd社、FW Woolworth & Co Ltd社、Roach Bridge Paper Co Ltd社(創業1875年)といった会社がある。企業の経営破綻にともなう企業史料の問題を考えるにあたっては、次の4つの観点が必要である。(1)企業経営の失敗に関する情報収集、(2)企業の記録を保護する法令の欠如、(3)企業アーカイブズ・セクターを強化すること、(4)破産管財人との協議。

企業史料の保存に関わり、近年はいくつかの試みが考案されている。例えば昨年公表された「企業史料のためのナショナル・ストラテジー」、地域との連携、危機対応チームの結成、企業アーカイブズの振興、そして破綻した企業の管理人を企業史料保存に巻き込んでいくことなどがある。

具体的事例として、ミルトン・キーンズのピアノ製造業者Kemble & Co Ltd社、製造業者HJ Berry & Sons Ltd社の経営破綻とそれに伴う史料救出例が紹介された。

[英国国立公文書館 会社の記憶:ビジネス・アーカイブズ管理ガイド]
http://www.nationalarchives.gov.uk/documents/corporate-memory.pdf

■財団法人渋沢栄一記念財団(日本):松崎裕子
「日本のビジネスに歴史とアーカイブズを届ける」

[概要]
財団法人渋沢栄一記念財団のミッションは、渋沢栄一が唱道実践した道徳経済合一主義に基いて、経済道義を高めることにある。財団の起源は1886年に遡る。1924年に財団法人化されたのち今日に至るまで、財団の主要な事業は渋沢栄一と彼が関わった事業をドキュメンテーションし、また関連する記録資料を保存活用することであった。震災や戦争によって財団の組織アーカイブズの多くは失われたが、残された資料とその後収集した資料には渋沢が関与した企業関係の資料も多数含まれる。

渋沢栄一記念財団における有形遺産の活用には、近年二つの特徴がみられる。一つは海外の機関との連携による国際的な展示活動であり、もうひとつは現代の情報通信技術を活用した新しいプロジェクトの展開である。後者に関しては『渋沢栄一伝記資料』のデジタルテキスト化とデータベース構築事業、さらに錦絵を用いた「絵引き」データベースの構築を紹介した。

さらに記録管理・アーカイブズ管理を道徳経済合一主義実践の今日的あり方のひとつと位置付け、これらの重要性を啓発し、具体的実践方法に関する情報を提供する事業として「企業史料ディレクトリ」の編纂や「ビジネス・アーカイブズ通信」の編集発行を行っていることを報告した。

■ダルミネ財団(イタリア):カロリナ・ルサナ
「会社史、企業の町、共有された記憶:ダルミネ財団のアーカイブズ」

[概要]
ダルミネ財団は1999年に設立された。シームレスパイプ製造メーカーで多国籍企業であるテナリス社(Tenaris)が設立したものである。財団のミッションは歴史的意識を高めることにある。産業、労働、文化といった分野における資料の保存、教育、展示、トレーニングなどの事業を行っている。

■ドイッチェ・ミュージアム(ドイツ):ベルンハルト・ワイデマン
「企業と博物館の協力:マン社250周年記念」

[概要]
ドイッチェ・ミュージアムは1903年に設立され、1925年に移設、1939年に図書室とアーカイブズがオープンした。第二次世界大戦中甚大な被害を被り、戦争終結後の1945年に再建された歴史を持つ。科学と技術に関する博物館なので、三次元のモノ資料を多数所蔵している。

2008年に創業250年を迎えたMAN社の歴史を記念するイベントを同社と共同で企画運営した経験を紹介する報告であった。

[ドイッチェ・ミュージアム ウェブサイト]
http://www.deutsches-museum.de/en/information/

[MANミュージアム ウェブサイト]
http://www.man.eu/MAN/en/Unternehmen/Die_MAN_Gruppe/Firmenhistorie/MAN-Museum/

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[略称一覧]
ACA: Association of Canadian Archivists(カナダ・アーキビスト協会)
ARA: Archives and Records Association(アーカイブズとレコード協会)
ARC: ARC magazine: archives - records management - conservation
(SoAが発行する月刊ニュースレター)
ASA: Australian Society of Archivists(オーストラリア・アーキビスト協会)
BAC: Business Archives Council(ビジネス・アーカイブズ・カウンシル)
BACS: Business Archives Council in Scotland
(スコットランド・ビジネス・アーカイブズ・カウンシル)
CoSA:Council of State Archivists(米国・州文書館長評議会)
DCC: Digital Curation Center(英国デジタル・キュレーション・センター)
EDRMS:Electronic Document and Record Management System
(電子文書記録管理システム)
ERM:Electronic Record Management(電子記録管理)
ICA: International Council on Archives(国際文書館評議会)
LSE: London School of Economics and Political Science
(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)
MLA: Museums, Libraries and Archives Council
(英国 博物館、図書館、アーカイブズ評議会)
NAGARA: National Association of Government Archives and Records
Administrators
(米国・全国政府アーカイブズ記録管理者協会)
NARA: National Archives and Records Administration
(米国 国立公文書館記録管理庁)
RIKAR: Research Institute of Korean Archives and Records
(韓国国家記録研究院)
RMS:Record Management System(記録管理システム)
SAA: Society of American Archivists(米国アーキビスト協会)
SBL: Section for Business and Labour Archives
(企業労働アーカイブズ部会、ICA内の部会)
SoA: Society of Archivists(イギリス・アーキビスト協会)
TNA: The National Archives(英国国立公文書館)

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☆★ 編集部より:あとがき、次号予告 ★☆

今年5月に開催されたサンゴバン社主催ICA後援のビジネス・アーカイブズ・シンポジウム「会社の記憶、経営に奉仕するツール 」を三号にわたってお送りしてきました。いかがでしたか。

会議中、頻繁に耳にしたのが、「proactive(積極的な)」という言葉でした。アーカイブズでレファレンスがあるまでじっと待つのではなく、さまざまな業務分野に積極的に提案するといったことが、今日ビジネス・アーカイブズに求められているのがひしひしと伝わってきました。また何人かの報告者は「歴史マーケティング」や「歴史コミュニケーション」といった言い回しを用いて、アーカイブズ部門・アーカイブズ資料が事業・経営に役立つことを報告してくれました。こういった考え方が、今後日本でも取り入れられていくでしょうか。

またヨーロッパの企業アーカイブズの報告の中で何度か言及されていたのが、第二次世界大戦中の企業活動に関する記録をめぐる問題です。国家社会主義への企業の関与という問題は、冷戦期間中は機微に関わる問題として公けには議論しずらい問題でした。しかし東西冷戦が終結した1990年代以降、集団訴訟が提起されることが格段に増え、企業は過去の記録の開示に対する態度決定を迫られたといいます。エボニク社のアーキビスト・ホーメイヤー博士によれば、国家社会主義への協力自体は非難されることであったとしても、記録を公けにしない、あるいはあいまいな態度でいるよりは、記録を公開することが企業への信頼に結びつく、少なくとも最近のヨーロッパではそのような考え方が主流ではないかと語っていました。さらにこの点に関しては、米国における企業アーカイブズの考えとは異なっていると思う、と付け加えていました。米国の場合、現在のヨーロッパの企業アーカイブズに比べると、外部に対する記録の非公開度が高いのではないかということです。

ところで、ビジネス・アーカイブズ関係の会合は、学術団体や専門職団体の会議とはまた違った趣があります。ひとつの大きな違いは、報告ペーパー(全文または要旨)の配布がない場合が多いということです。昨年12月にインド・プネーで開催されたビジネス・アーカイブズ国際セミナーはかなり学術会議のフォーマットに近く、インド側からの発表はほぼすべて配布資料がありました。今回のブロワ会議では、報告関連参考資料(報告全文または要旨)の配布が一切なかったのが印象的でした。その理由の一つは、企業アーカイブズの私的性格に由来するのでしょう。

このような事情から、今回お届けした編集者による概要まとめも発表ごとに精粗があります。発表後個人的に意見交換をした報告者の発表や、刊行された社史を会議後提供してくださった報告者の方々の部分はかなり詳しくお伝えできたかと思います。一方、報告自体が概略的であったり、編集部のノート取りが十分でなかった報告はあまり詳しくお伝えができませんでした。少しでも会議の模様とエッセンス、メッセージを読者のみなさまにお伝えすることができたならば幸いです。

次号は2010年8月中旬配信予定となります。どうぞお楽しみに。

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◆◇◆〈渋沢栄一記念財団からのお知らせ〉◆◇◆

□「企業史料ディレクトリ」:企業アーカイブズと企業史料の所在・概要ガイド

2008年7月22日公開いたしました。日本を代表する企業を中心とした企業アーカイブズと史料保存・学術研究機関合わせて30企業・団体・機関の概要、所蔵資料に関する情報を掲載しております。ぜひご覧ください。
http://www.shibusawa.or.jp/center/dir/index.html

□実業史研究情報センター・ブログ「情報の扉の、そのまた向こう」

「今日の栄一」「渡米実業団」「栄一情報」「栄一関連文献」「センターニュース」「今日の社史年表」「社史紹介(速報版)」「ビジネス・アーカイブズ通信(速報版)」「アーカイブズニュース」「図書館ニュース」をお届けしております。
http://d.hatena.ne.jp/tobira/

「アーカイブズニュース」では公文書等の管理に関する法律に関する動向やアーカイブズのデジタル化、資料の発見・公開に関わるニュースを随時ご紹介しております。

ブログ画面右側の「カテゴリー」にある「アーカイブズニュース」をクリックしてください。「アーカイブズニュース」として掲載した記事をまとめて一覧することができます。

・カテゴリーの紹介
http://d.hatena.ne.jp/tobira/20080203

実業史研究情報センター・ブログ「情報の扉の、そのまた向こう」はほぼ毎日更新しております。どうぞご利用ください。

□「渋沢栄一関連会社社名変遷図」

渋沢栄一がどのような会社に関わったか、それが今にどうつながっているのか、一目でわかるように業種別にまとめて変遷図にしました。現在101図掲載中です。社名索引もありますので、どうぞご覧ください。
http://www.shibusawa.or.jp/eiichi/companyname/index.html

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ビジネス・アーカイブズ通信(BA通信) No.31
2010年7月16日発行 (不定期発行)
【創刊日】2008年2月15日
【発行者】財団法人渋沢栄一記念財団実業史研究情報センター
【編集者】財団法人渋沢栄一記念財団実業史研究情報センター
      「ビジネス・アーカイブズ通信」編集部
【発行地】日本/東京都/北区
【ISSN】1884-2666
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