ビジネス・アーカイブズ通信(BA通信)

第32号(2010年8月20日発行)

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☆      □■□ ビジネス・アーカイブズ通信 □■□

☆       No.32 (2010年8月20日発行)

☆   発行:財団法人渋沢栄一記念財団 実業史研究情報センター

☆                         〔ISSN:1884-2666〕
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この通信では海外(主として英語圏)のビジネス・アーカイブズに関する情報をお届けします。

今号は行事情報3件です。

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◆ 目次 ◆

[掲載事項の凡例とご注意]

■行事情報:米国アーキビスト協会(SAA)ビジネス・アーカイブズ部会コロキアム
  ◎アーカイブズのアドボカシー(理解増進のための活動) 8月11日 ワシントンDC

■行事情報:米国アーキビスト協会(SAA)第74回年次大会
  ◎デイビッド・フェリーロNARA館長基調講演
  「最初の300日:得られた教訓」 8月12日 ワシントンDC

■行事情報:第42回国際文書館(ICA)円卓会議(CITRA) ビジネス・アーカイブズ関連会合
  ◎円卓会議テーマ:デジタル時代における記録・アーカイブズ管理への挑戦
  9月11日-17日 オスロ(ノルウェー)

☆★ 編集部より:次号予告 ★☆

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[掲載事項の凡例]

・欧文の場合、日本語で読みやすいものになるように、タイトルははじめに日本語訳を、続いて原文を記します。
・人名や固有名詞の発音が不明の場合も日本語表記を添えました。便宜的なものですので、検索等を行う場合はかならず原文を用いてください。

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[ご注意]
・受信時にリンク先を示すURLが途中で改行されてしまう場合があります。通常のURLクリックで表示されない場合にはお手数ですがコピー&ペーストで一行にしたものをブラウザのアドレス・バーに挿入し、リンク先をご覧ください。

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■行事情報:アメリカ・アーキビスト協会ビジネス・アーカイブズ部会
        コロキアム 8月11日 ワシントンDC

Business Archives Section Colloquium 2010
Annual Meeting of the Society of American Archivists, Washington DC

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◎テーマ:アーカイブズのアドボカシー(理解増進のための活動)
Archival advocacy

http://www.archivists.org/saagroups/bas/welcome.asp

今年のSAAビジネス・アーカイブズ部会会議のテーマは「アーカイブズのアドボカシー(理解増進のための活動)」でした。基調講演の後の休憩に続き、会員からの事例発表がありました。

最初の4つのプレゼンテーションは、アーカイブズ・リーダーシップ・インスティテュート参加者4名がパネル形式で発表しました。アーカイブズ・リーダーシップ・インスティテュートとは、ウィスコンシン大学マディソン校図書館情報学大学院が2008年から開催しているワークショップ形式の研修講座です。毎年夏に1週間ほどの期間開催されます。中堅から上級の職位にあるアーキビストを対象とするものです。今年は7月18日から24日まで開催され、25名のアーキビストが参加しました。大部分の経費は国立歴史的出版物・記録委員会(NHPRC)からの助成で賄われますが、各人600ドルの登録料が必要です。事前の選考があります。

最後の二つのプレゼンテーションは、一つはカナダの企業の事例、もう一つはコカ・コーラ社におけるウェブ・アーカイビングに関するものでした。

[基調講演]
◆テーマ:成果はルーツの中にある The fruits are in the roots
講演者:ジョーイ・レイマン Joey Reiman
肩書き:ブライトハウス社創業者・CEO CEO, the founder of BrightHouse
エモリー大学ゴイズエタ・ビジネススクール教授
Professor, Goizueta Business School, Emory University
[解説]
レイマン氏はコンサルティング会社ブライトハウス創業者兼CEO。エモリー大学ビジネス・スクールでも講師を務めています。ブライトハウス社は1995年創業。ideationというコンセプトによるコンサルティング業務を行っています。ideationとは「アイデアを生み出す」といったような意味で、「目的」と「社会的価値」を通じて多くの有力企業を成功に導いています。顧客リストにはプロクター&ギャンブル社、マクドナルド社、コカ・コーラ社、デルタ航空、日立といった会社の名前が見出されます。レイマン氏の講演の概要は下のようなものでした。

「人間は意味を探し求める存在である。現代では多くの被雇用者が離職しているが、それは自らが働く組織の物語を見つけることができず、その組織で働くことの意味を見出すことができないからである。離職者の何が問題なのかというと、それはcrisis of meaning「意味の危機」である。人間の活動には価値を持った目的や文化、あるいは徳が必要である。それがなければ人生の真の意味を感じられない。一方、組織はその起源に遡ることによって、価値を持った目的や文化の物語を生み出す。物語をつくる材料は、組織の中ではアーカイブズにしか見いだすことができない。アーカイブズは物語を提供することによって、人々の前向きな感情を後押しすることができる。アーカイブズの使命とはその組織の物語を広め、組織への注目度を高めることであるとも言える。経営者は通常このようなことを理解しない。しかし、真に成長を求めるなら、アーカイブズ=会社の資源に立ち戻ろう。アーキビストは組織内における資源を管理するもの、物語を語る人である。」

「クリエイティビティとオリジナリティは違う。オリジナリティはもともとは「起源」から派生した言葉である。それぞれの組織にはそれぞれの起源があり、それがオリジナリティの元になっている。ディズニーならば、ディズニー・アーカイブズに行ってみよう。そこで明らかになるのは「人々を活気づけ、励ます」というオリジナリティである。アーカイブズがそれを教えてくれる。」

「ペパーリッジ・ファーム社(クッキーなどの菓子メーカー)の例は次のようなものである。この会社は1928年にマーガレット・ラドキン(Margaret Rudkin)が、アレルギーを持った自分の子どものために、漂白していない小麦粉によるパンのレシピを考え出したところから始まった。後にこの会社は、クラッカー市場で2番手につけていたゴールドフィッシュ(小さい魚の形をしたクラッカー)を製造販売するが、アーカイブズの中に眠っていたラドキンの物語を発見した。そして「われわれはクラッカー会社ではない。われわれは子どもたちを健やかに育てるブランドである」というアイデンティティを明確にした。そこで、まず最初にそれまでのゴールドフィッシュから、硬化油脂(マーガリン)を取り除き、次に子どもたちと親たちに健康についての情報を提供する www.fishfulthinking.com というウェブサイトを立ち上げた。そしてパッケージの原材料部分の一番最初に「笑顔 smiling」を記した。いまやゴールドフィッシュはマーケットではNo1、売上高も二桁増を記録した。そして最も重要なのは、この国の子どもたちがいっそう健康になることである。」

「このように成果を上げる企業を目指すなら、ルーツに立ち戻ることである。アーキビストを訪ねなさい。アーキビストはあなたの組織の聖なるもの(what is sacred)を守っており、組織の中の他の誰にもまして潜在的な力をもっている人々である。「エートス」(ギリシア語で「出発点」を意味する)を発見して、収益性という新しい成果を刈り入れなさい。」

講演の中では、プロクター&ギャンブル社、カールスバーグ社、ペーパーメイト社のビデオクリップを見ることが出来ました。これらはそれぞれの企業が目指す目的、それぞれの企業が大切にする価値を映像表現したものです。これらのビデオはブライトハウス社が各社のアーキビストと協力しながら製作したということでした。基調講演後「感動した」「励まされた」という参加者の声を耳にしました。

[プレゼンテーション]

◆タイトル:アーカイブズ・リーダーシップ・インスティテュートからの見方
Perspectives from Archives Leadership Institute
モデレーター:スコット・グリムウッド Scott Grimwood
所属:SSMヘルス・ケア社 SSM Health Care
[編注]
SSMヘルス・ケア社はマリアのフランシスコ姉妹会(the Franciscan Sisters of Mary、女子修道会)を設立母体とする医療機関。ミズーリ州セントルイスを本拠に、ウィスコンシン、イリノイ、ミズーリ、オクラホマの4州で15の病院等を経営しています。SSMの名前の由来は1872年にセントルイスで医療活動を開始したSisters of St. Mary(聖マリアの姉妹会、マリアのフランシスコ姉妹会の前身修道会)に由来するとのことです。

▽タイトル:アーカイブズのアドボカシーに関する創造的な海外のプロジェクト
Creative archival advocacy projects from abroad
発表者:スザンヌ・ベロバリ Susanne Belovari
所属等:タフツ大学 Tufts University
[概要]
発表者はオーストリア・ウィーン出身。タフツ大学デジタル・コレクション&アーカイブズのレファレンスと収集担当アーキビスト。発表では、アーカイブズのアドボカシーに関する次のような事例が紹介されました。デジタル・プリザベーション・ヨーロッパ(グラスゴー大学HATII、ウィーン工科大学、デンマーク国家・大学図書館、オランダ国立公文書館、チェコ国立図書館他多数の機関が参加)の取り組みのひとつ、チーム・デジタル・プリザベーションによるデジマン(Digiman)キャラクターを用いた動画。クリスマス前のアドベント・カレンダー(クリスマスまでの日にちを数えるための暦)にならって、市内のアーカイブズがドキュメンタリー形式の番組を作るというウィーンでの試み。アーカイブズ利用者グループをターゲットにし、農産物に関するアーカイブズ資料を用いたインターナショナル・ハーベスター・コレクターズ・クラブのレッド・パワー・ラウンドアップ(Red Power Roundup)といった行事などです。

▽タイトル:ケンタッキーにおけるアーカイブズのアドボカシー
Archival advocacy in Kentucky
発表者:バレリー・エッジワース Valerie Edgeworth
所属等:ケンタッキー州図書館アーカイブズ部
Kentucky Department for Libraries and Archives (KDLA)
[概要]
ケンタッキー州におけるアーカイブズのアドボカシーに関して。今年2010年のケンタッキー・アーカイブズ月間記念祭(Kentucky Archives Month Celebration)の紹介。報告では、アドボカシー活動におけるウェブ2.0技術やソーシャル・ネットワーク・サービスの利用に関しては、まだ手がついていないということでした。

▽タイトル:NARAの標準を利用したアドボカシー活動
Advocation using NARA standards
発表者:リック・ブロンド Rick Blondo
所属等:国立公文書館記録管理庁 National Archives and Records Administration
[概要]
国立公文書館記録管理庁が定めた「36 CFR 1234 連邦記録収蔵施設標準」(the 36 CFR 1234 Federal Records Storage Facility Standards)は記録収蔵施設の設計会社や業者との契約に有用だということです。これらの標準は永久保存記録にとってふさわしい収蔵スペースを用いるために必要とされる細心の注意事項を明らかにしています。

▽タイトル:社内のソーシャル・ネットワーク・アプリケーションを通じて支持者を獲得する
Gaining advocates through internal social network applications
発表者:スティーブ・ハウスフェルド Steve Hausfeld
所属等:ネイションワイド保険社 Nationwide Insurance
[概要]
ネイションワイド保険社では1950年代にアーカイブズ委員会が初めて設置され、1970年代に入ってカレン・ベネディクト氏が初めて専門アーキビストとして雇われてアーカイブズ管理が行われていました。しかしその後業績悪化などもあり、1999年にはアーカイブズは閉鎖。2008年にアーカイブズ・プログラムが再開され、2009年の組織改編でアーカイブズはマーケティング部門に所属することになりました。一方2007年に「インサイド・オンライン」(Inside Online)と名付けられた社内イントラネット・ポータルの運用が開始され、イントラネット上にアーカイブズは「歴史とアーカイブズ・センター」サイト(History and Archives Center Site)を開設しています。月間訪問者数は平均350、コンテンツは年表、スペシャル・レポート、オンライン展示などです。その他、ヤンマー(Yammer)というツイッターによく似たマイクロ・ブロギングも採用されています。約11,000人が個人アカウントを持つほか、290のグループが登録しています。これは社内コミュニケーションに非常に貢献していると認識されているそうです。さらにIBMのLotus Connections 2.5も活用されています。ここでは「歴史とアーカイブズ・センター」がさまざまな社内コミュニティを結びつけるような役割を果たしているほか、「ホワイト・グローブ・クロニクル」(White Globe Chronicles)という名称のブログの運営も行っています。

質疑応答ではアーカイブズがマーケティング部門入りしたことの良否やソーシャル・ネットワーク・サービスのユーザー構成、またなぜヤンマーを採用したのか、といった質問が出されました。マーケティング部門はもともとアーカイブズのヘビー・ユーザーなので、アーカイブズにとっても良いことであったそうです。また、最もヤンマーを利用しているユーザー・グループには社長も含まれるという答えでした。ヤンマーは他のサービスと比較して選んだというよりは、とにかく最初に目についたので利用してみたということでした。

◆タイトル:金融サービス部門のアーカイブズのアドボカシー
Advocacy in financial services archives
発表者:クリスタル・ライクロフト Krystal Rycroft
所属等:サン・ライフ保険社 Sun Life Financial
[概要]
サン・ライフ保険社は1865年創業の、カナダで二番目に歴史の古い保険会社です。アーカイブズはこれまで3回ほど引っ越ししています。従業員は15,000人ほどですが、アーカイブズのスタッフは1名のみ。所蔵史料の書架延長は1.5kmほどです。アーカイブズのアドボカシー活動としては、バナー(垂れ幕)の作成、アンケート活動、執筆活動、ビデオ作成、アーカイブズ見学会の開催など。アーカイブズが協力して働く部署は、秘書室、法務、レコード・マネジメント、ビジネス・インフォメーション・センター、総務部門などです。先に述べたアドボカシー活動の結果、アーカイブズにはHVAC(暖房、換気、および空調)システムが導入され、役員会でもアーカイブズが取り上げられるという成果があったという報告がありました。このほかアーカイブズは米国における広告キャンペーン(テレビやウェブサイトでの広告、印刷媒体上、さらに公共放送=PBS)にも貢献しているそうです。「アーカイブズはお金を意味する」(Archives mean money)と訴えているとのこと。2015年に迎える150周年事業への対応が当面の課題ということでした。

◆タイトル:コカ・コーラ社ウェブサイト保存の実験プロジェクト
A pilot project in capturing Coca-Cola's websites
発表者:テッド・ライアン Ted Ryan
所属等:コカ・コーラ社 The Coca-Cola Company
[概要]
自社のウェブサイトを保存しようという初期の試みは失敗。最初のウェブサイトは残っていないそうです。スクリーンショットも試したが、この方法ではウェブの機能性(functionality)が失われてしまうのが判明。アドビPDFを用いてスキャンする方法でも機能性は確保できず、深層ウェブの保存には適さないのが明らかになったそうです。その後英国のHanzoを利用して今日に至っています。ウェブ・アーカイビングの頻度は四半期ごとです。今後の課題はイントラネットの保存。コカ・コーラ社アーカイブズには厳格な評価選別ポリシーがあります。ウェブサイトにおいて何を残し、何を残さないのかを定めるのも今後の課題だそうです。質疑応答では「そもそもなぜウェブを保存するのか」「検索方法」「保存したウェブの活用」といった質問が出ました。ウェブ・アーカイビングの理由は、ひとつには、アーカイブズ運営における長期的な展望から導きだされ、もう一つにはブランド・マーケティングに役に立つことが挙げられました。検索は全文検索可能だそうです。保存したウェブの活用は、今のところ内部的に要望があれば提供する、という状況です。

[関連ページ]

ウィスコンシン大学マディソン校図書館情報学大学院
アーカイブズ・リーダーシップ・インスティテュート ウェブページ
http://www.slis.wisc.edu/continueed/archivesinst/#skipped

ウィスコンシン大学マディソン校図書館情報学大学院 ウェブサイト
http://www.slis.wisc.edu/

ブライトハウス社 ウェブサイト
http://thinkbrighthouse.com/

デルタ社 ウェブサイト
http://www.delta.com/

カールスバーグ社 ウェブサイト
http://www.carlsberg.com

ペーパーメイト社 ウェブサイト
http://www.papermate.com

プロクター&ギャンブル社 ウェブサイト
http://www.pg.com

SSMヘルス・ケア社 ウェブサイト
http://www.ssmhc.com/internet/home/ssmcorp.nsf

マリアのフランシスコ姉妹会 ウェブサイト
http://www.fsmonline.org/

タフツ大学デジタル・コレクション&アーカイブズ スザンヌ・ベロバリ ウェブページ
http://dca.tufts.edu/?pid=91

マコ―ミック国際収穫コレクション
http://www.wisconsinhistory.org/whi/feature/mccormick/

インターナショナル・ハ―ベスター・コレクターズ・クラブ全国組織 ウェブサイト
http://nationalihcollectors.com/

ケンタッキー州図書館アーカイブズ部 ウェブサイト
http://www.kdla.ky.gov/home.htm

国立公文書館記録管理庁 36 CFR 1234 連邦記録収蔵施設標準 ウェブページ
http://www.archives.gov/about/regulations/part-1234.html

ネイションワイド保険社 ウェブサイト
http://www.nationwide.com/

ネイションワイド保険社沿革 ウェブページ
http://www.nationwide.com/about-us/history.jsp

サン・ライフ保険社 グローバル・ウェブサイト
http://www.sunlife.com/

サン・ライフ保険社沿革 ウェブページ
http://www.sunlife.com/Global/About+us/Our+history?vgnLocale=en_CA

コカ・コーラ社 ウェブサイト
http://www.coca-cola.com/

コカ・コーラ社ヘリテッジ ウェブページ
http://www.thecoca-colacompany.com/heritage/ourheritage.html

ハンゾー・アーカイブズ社 ウェブサイト
http://www.hanzoarchives.com/

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■行事情報:アメリカ・アーキビスト協会年次大会
       デイビッド・フェリーロNARA館長基調講演
       8月12日 ワシントンDC

10th Archivist of the United States David Ferriero
Keynote Address at DC2010
Annual Meeting of the Society of American Archivists, Washington DC

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◎テーマ:「最初の300日:得られた教訓」
The First 300 Days: Lessons Learned
http://vimeo.com/14239194

ワシントンDCにおける今年のSAA年次大会の全体会では、デイビッド・フェリーロ国立公文書館(NARA)館長の講演がありました。昨年のオースティン大会時にはNARA館長は空席(この期間はAdrienne Thomas氏が館長代理)でした。一昨年のサンフランシスコ大会時はブッシュ前大統領が指名したワインスタイン前館長が3つある全体会のうち最後の全体会に登壇、ブッシュ政権におけるNARAの改革をスピーチしました。このときの会場の空気は終始硬く、途中で席を立つ参加者も目につきました。これに対して今年のNARA館長の講演は全体会の最初に置かれて、またNARAでのこれまでの経験を率直に語るもので、聴衆にはかなり好意的に受け入れられたものだったと思います。

昨年(2009年)11月6日に第10代アメリカ合衆国アーキビスト(NARA館長)に就任したデイビッド・フェリーロ氏の略歴は次の通りです。

[フェリーロ氏略歴]

http://www.archives.gov/about/archivist/archivist-biography-ferriero.html

http://saa.archivists.org/Scripts/4Disapi.dll/4DCGI/events/speakerbio.html?Action=SpeakerBio&Time=1962116537&SessionID=1417234663mf961fzq371eb5bktm1k584y8j3t37v0x0199a3p43f9x20x2bmas5&SpeakerID_W=1524

フェリーロ氏はボストンにあるノースイースタン大学で英文学の学士号と修士号を取得後、同じくボストンのシモンズ・カレッジで図書館情報学の修士号を得ています。ベトナム戦争時に海軍に仕えた後、マサチューセッツ工科大学(MIT)の人文学図書館でライブラリアンの仕事のスタートを切りました。同図書館には31年間奉職し、副館長職を最後に、1996年デューク大学に異動。デューク大学では図書館館長兼図書館担当副学長として働いています。デューク大学時代フェリーロ氏は図書館の拡張・改修のために5,000万ドル(約50億円)の資金集めを成功させています。

2004年にニューヨーク公共図書館(NYPL)に移ってからは、4つの研究図書館と87ある支部図書館のシステム統合推進チームを指揮しました。これによってNYPLは全米最大規模の公共図書館、世界有数の研究図書館の地位を築くことに成功してしています。NYPL時代はさらに、グーグル社とマイクロソフト社との提携、75万点を収録するデジタル・ライブラリーの構築といった、同図書館のデジタル戦略の開発にも深く携わっています。NARA館長に指名された時点でフェリーロ氏はNYPLの館長職にありました。

[基調講演概要]

http://vimeo.com/14239194

講演では冒頭、前夜のNARAにおけるレセプションへの大会参加者、とりわけギフトショップで土産物を買ってくれた参加者への謝辞がユーモラスに述べられて、その場の雰囲気がずいぶん和みました。続いて8カ月の間に議会で7回、大統領には2回ほど答弁する機会があったことを語っています。

昨年はNARA設立75周年、そして今年はSAA結成75周年の記念すべき年です。フェリーロ館長は過去75年の歩みを振り返り、記録の整理が遅滞する状況、増え続ける記録、記録保管スペースの不足、劣悪な保存状況など、過去に人々が直面してきた問題は今日の問題でもあると語ります。しかし、過去20年間の電子記録に関する取り組みには不足があり、リチャード・コックスの著書を引用しながら、今日直面する電子記録の保存に関するさまざまな挑戦には、新しい考え方、新しい方法が求められていると言います。その一つとして、連邦政府の各機関のレベルで、これまで連携することのなかった主席情報官(chief information officer)と記録管理官(records management officer)の協力体制を築く取り組みを紹介しています(来月会議開催予定)。NARAは1968年以来電子記録を取り扱ってきた長い歴史を持っています。今後NARA自身が電子記録管理における指導的役割を果たしていかねばならないといいます。

政府記録を司る二つの法律のうち大統領記録法は電子記録も記録とする(1996年)一方、連法政府記録法は未だに紙媒体による記録しか対象にしていないというギャップがあります。

ERA(電子記録アーカイブズ)構築はNARAの歴史上最も大規模な事業であろうとフェリーロ館長は言います。ERAは2012年には完成予定ですが、これが終着点ではありません。ERAは国立公文書館に対して、すべての記録(電子ならびに紙媒体)のレコード・スケジュール、連邦記録の保存・検索も提供するシステムです。しかし連邦各機関内部における電子記録管理の方法を提供するものではありません。それについてはまた別に考える必要があります。

膨大な量の電子記録の保存と検索というのも挑戦すべき大きな課題です。議会図書館ではツイッターのつぶやきをすべて保存する取り組みを始めています。解析方法はまだ開発されていないのですが、膨大なつぶやきをすべて保存することが将来、この時代を研究する上で意味があるという考え方によって進められているプロジェクトです。NARAが担当する大統領記録に含まれるEメールも評価選別は行わずすべて保存するということになっています。検索手段の開発などは今後の課題です。このようなさまざまな課題に応えるためにNARAでは研究開発を強化し、さまざまなツールの開発が進められてきたことが報告されています。

フェリーロ館長が就任後感じたことは、電子時代にNARAが繁栄するためには、NARAの組織文化をより迅速で、リスクを負うことを厭わず、技術を賢明かつ創造的に利用するものに変えていく必要性があるということでした。現大統領が唱導するオープン・ガバメントの取り組みのためにも、このような変化がNARAには必要であると語っています。またオープン・ガバメントはNARA自身が目指すものとも一致するといいます。電子記録を含む政府記録への容易なアクセスを可能にすることはNARA自身の使命でもあるからです。

自身のブログのタイトル「シチズン・アーキビスト」に対して批判があることに触れ、この場で自分の本意を語りたいとして次のように述べています。自分はこれまでNARAでのそれを含めて、一貫して研究図書館に奉職してきました。研究図書館では研究者は貴重な資料・コレクションを利用して研究成果を上げるとともに、その成果を後世に伝えることによって貢献したいと強く感じていることを知っています。その貢献意欲を実際の貢献へとつなげるために、さまざまなソーシャル・ネットワークが役立つのです。内部的にはすでにウェブ2.0的な技術を用いてのコミュニケーションが行われています。今後数年間にわたって予算が削減されることがすでに定まっています。そのような中でどのようにコミュニケーションを効果的に成し遂げるかが問われています。物理学の世界では、カオスのように見える状態も、適切な場所から眺めると秩序立ったものであるのが分かります。それと同じく、現在混沌としているようにみえる状況を、秩序だったものとしてとらえるためには識者によるダイアローグが必要です。そのためにウェブやその他のさまざまな媒体が利用できると考えているのです。

スピーチ自体は20分ほどで、そのあとの質疑応答時にその率直さが一層明らかになりました。次に述べるようなやり取りがありました。

議会ではNARAの一部門である国立歴史的出版物・記録委員会(NHPRC)の予算を削減しようという意見があります。NHPRCはさまざまな史料保存機関への助成金を支給する機関で、この助成金は史料保存・史料の整理に多大な貢献をしてきました。フェリーロ館長はこの点をさまざまなデータでもって証明する用意がある、予算の削減には応じられないと明言しています。

また新しいソーシャル・メディアについては、大変積極的にその利用を推奨しています。"Yes, until no" "Just go and do it"と表現しています。つまり、どんどん試してみる、問題が出てきたらそこで考えよう、ということです。記録を保存し、政府各機関を指導する立場にあるNARAは率先してソーシャル・メディアを自ら利用してみるべきだということです。ソーシャル・メディアの一例として、自分のブログ・サイトの更新方法についても語っています。フェリーロ館長はこのブログ記事の企画を考えるのが大好きであるといいます。次回掲載される予定の記事は、アフガニスタンを舞台に、戦場においてどのように記録は作成され、保持・保存されるのかというテーマだと明かしています。

会場から投げかけられた質問の一つは大統領図書館のあり方に関するものでした。本通信17号(2009年4月17日発行)「米国国立公文書館(NARA)大統領記録へのアクセスに関する意見募集」http://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bn/20090417.htmlでも触れたように、現在大統領図書館はNARAの組織の一部でありながら、設立資金は元大統領の私的な財団から拠出されるということになっており、資料公開をめぐって財団とNARAの間には意見が一致しない点があると言われてきました。質疑応答では、ニクソン大統領図書館の資料公開、具体的にはウォーターゲート事件に関する展示方法に関して、大統領側の財団とNARA(ニクソン大統領図書館)の間に意見の相違があること、またスピーチの2日前に(8月9日)にフェリーロ館長自身がニクソン大統領図書館のティモシー・ナフティリ(Timothy Naftili)ディレクターに会ってそのような話をした、ということが明らかにされました。フェリーロ館長はこの問題を、大統領側の財団とニクソン大統領図書館の間のコミュニケーション上の問題として語っています。

その他質疑応答ではNARAのための財団、教育分野でのアーカイブズ資料の活用、記録管理、資料デジタル化、スミソニアン博物館・議会図書館との協力、業者による資料デジタル化後5年間非公開原則などが話題となりました。

[関連ページ]

ウォーターゲート事件関連資料をめぐるニューヨーク・タイムス記事
2010年8月6日(フェリーロNARA館長の基調講演で触れられている)
http://www.nytimes.com/2010/08/07/us/politics/07nixon.html?_r=1

デイビッド・フェリーロ国立公文書館(NARA)館長 ブログページ
http://blogs.archives.gov/aotus/

ニクソン大統領図書館・博物館 ウェブサイト
http://www.nixonlibrary.gov/index.php

リチャード・ニクソン財団 ウェブサイト
http://nixonfoundation.org/

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■行事情報:第42回国際文書館評議会(ICA)円卓会議(CITRA) ビジネス・アーカイブズ関連会合
       9月11日-17日 オスロ(ノルウェー)

International Conference of the Round Table on Archives, CITRA

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◎テーマ:信頼とアクセス:デジタル時代における記録・アーカイブズ管理への挑戦
Trust and access: challenges to managing records and archives in the digital age

国際文書館円卓会議(CITRA、シトラ)は毎年1回開催されるICAの会議です。ICAの最高意思決定機関である総会が開催されるほか、執行委員会、プログラム委員会をはじめとするICA運営に関わる複数の会議が会期中に開催されます。これに加えて各国のアーキビストによる専門的なプレゼンテーション・セッションもプログラムの重要な構成要素です。

今年の開催地はノルウェーのオスロ、全体のテーマは「信頼とアクセス:デジタル時代における記録・アーカイブズ管理への挑戦」です。公式プログラムによると、「新しいデジタル・メディアの実践:電子メディアにおけるアクセス、ドキュメンテーション、プライバシー保護」セッション(9月15日)の司会は日本の菊池光興前国立公文書館長が担当することになっています。

オスロ会議 ウェブサイト
http://www.citra2010oslo.no/index.html

オスロ会議プログラム ウェブページ
http://www.citra2010oslo.no/calendar_of_meetings.pdf

今号ではビジネス・アーカイブズ関係者によるセッション「プライベート・セクター:デジタル記録・アーカイブズ管理と説明責任」の報告者と報告タイトルをご紹介します。クラフト社のベッキー・タウジー氏、コカ・コーラ社のフィリップ・ムーニー氏は本通信でもおなじみのビジネス・アーキビストです。今回、ノルウェー・グーグル社所属のヤン・グロンベック氏がどんなプレゼンテーションをするのか、知りたいところです。後日、発表資料へのアクセス方法や発表自体が公表されることを期待したいと思います。

[ビジネス・アーカイブズ関連セッション]

9月16日11時〜12時30分
◆テーマ:プライベート・セクター:デジタル記録・アーカイブズ管理と説明責任
Private sector: digital records and archives management and accountability

司会:マーティン・ベレンゼ Martin Berendse
所属等:オランダ/オランダ国立公文書館長 
The Netherlands/ National Archivist of the Netherlands

▽タイトル:クラフトのデジタル記録とアーカイブズに関するポリシー
Digital records and archives policy of Kraft
発表者:ベッキー・ハグランド・タウジー Becky Haglund Tousey
所属等:シカゴ・クラフト社アーカイブズ・ディレクター(米国) 
USA/Archives Director, Kraft, Chicago 
ICASBL運営委員 Bureau member ICA/SBL

▽タイトル:グーグル:公私の利益に奉仕する世界規模のソーシャル・メディアとしての将来の役割
Google: Future role as a worldwide social media serving public and private interests
発表者:ヤン・グロンベック Jan Gronbech
所属等:ノルウェー・グーグル社カントリー・マネージャー(ノルウェー)
Norway/ Country Manager, Google Norway

▽タイトル:すべての記録はどこに行ったのか? ウェブサイト保存の挑戦と機会
Where have all the records gone? Challenges and opportunities in capturing websites
発表者:フィリップ・ムーニー Philip Mooney
所属等:コカ・コーラ社ヘリテッジ・コミュニケーション・ディレクター(米国)
USA/ Director, Heritage Communications, The Coca-Cola Company

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[略称一覧]
ACA: Association of Canadian Archivists(カナダ・アーキビスト協会)
ARA: Archives and Records Association(アーカイブズとレコード協会)
ARC: ARC magazine: archives - records management - conservation
(SoAが発行する月刊ニュースレター)
ASA: Australian Society of Archivists(オーストラリア・アーキビスト協会)
BAC: Business Archives Council(ビジネス・アーカイブズ・カウンシル)
BACS: Business Archives Council in Scotland
(スコットランド・ビジネス・アーカイブズ・カウンシル)
CITRA: International Conference of the Round Table on Archives
(アーカイブズに関する国際円卓会議:ICAの年次会議)
CoSA:Council of State Archivists(米国・州文書館長評議会)
DCC: Digital Curation Center(英国デジタル・キュレーション・センター)
EDRMS:Electronic Document and Record Management System
(電子文書記録管理システム)
ERM:Electronic Record Management(電子記録管理)
ICA: International Council on Archives(国際文書館評議会)
LSE: London School of Economics and Political Science
(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)
MLA: Museums, Libraries and Archives Council
(英国 博物館、図書館、アーカイブズ評議会)
NAGARA: National Association of Government Archives and Records
Administrators
(米国・全国政府アーカイブズ記録管理者協会)
NARA: National Archives and Records Administration
(米国 国立公文書館記録管理庁)
RIKAR: Research Institute of Korean Archives and Records
(韓国国家記録研究院)
RMS:Record Management System(記録管理システム)
SAA: Society of American Archivists(米国アーキビスト協会)
SBL: Section for Business and Labour Archives
(企業労働アーカイブズ部会、ICA内の部会)
SoA: Society of Archivists(イギリス・アーキビスト協会)
TNA: The National Archives(英国国立公文書館)

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☆★ 編集部より:あとがき、次号予告 ★☆

SAA大会に参加してきました。終了後SAAのメーリングリストでは、ネットを使った遠隔地からの参加の試みを求める意見がいくつか投稿されていました。ビジネス・アーカイブズ部会ではすでに昨年からバーチャルな参加が可能になっています。方法はネットを通じて会場のビデオ画像と音声を受信し、遠隔地にいる参加者のコメントや質問はIMクライアント(インスタント・メッセンジャー)を通じて会場に送信するというものです。前部会長スコット・パイトル氏(Scott Pitol、The Pampard Chef社アーキビスト)によると、この方式はおおむね好評ということでした。バーチャルな参加方法によって実際の参加者数が減るといったことも特になかったとのことです。このような遠隔地からの参加方法は、来年以降はさらに開発されていくでしょう。

次号は2010年9月中旬配信予定となります。どうぞお楽しみに。

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◆◇◆バックナンバーもご活用ください◆◇◆

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◆◇◆配信停止をご希望の方は次のメールアドレスまでご連絡ください◆◇◆

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◆◇◆〈渋沢栄一記念財団からのお知らせ〉◆◇◆

□「企業史料ディレクトリ」:企業アーカイブズと企業史料の所在・概要ガイド

2008年7月22日公開いたしました。日本を代表する企業を中心とした企業アーカイブズと史料保存・学術研究機関合わせて30企業・団体・機関の概要、所蔵資料に関する情報を掲載しております。ぜひご覧ください。
http://www.shibusawa.or.jp/center/dir/index.html

□実業史研究情報センター・ブログ「情報の扉の、そのまた向こう」

「今日の栄一」「渡米実業団」「栄一情報」「栄一関連文献」「センターニュース」「今日の社史年表」「社史紹介(速報版)」「ビジネス・アーカイブズ通信(速報版)」「アーカイブズニュース」「図書館ニュース」をお届けしております。
http://d.hatena.ne.jp/tobira/

「アーカイブズニュース」では公文書等の管理に関する法律に関する動向やアーカイブズのデジタル化、資料の発見・公開に関わるニュースを随時ご紹介しております。

ブログ画面右側の「カテゴリー」にある「アーカイブズニュース」をクリックしてください。「アーカイブズニュース」として掲載した記事をまとめて一覧することができます。

・カテゴリーの紹介
http://d.hatena.ne.jp/tobira/20080203

実業史研究情報センター・ブログ「情報の扉の、そのまた向こう」はほぼ毎日更新しております。どうぞご利用ください。

□「渋沢栄一関連会社社名変遷図」

渋沢栄一がどのような会社に関わったか、それが今にどうつながっているのか、一目でわかるように業種別にまとめて変遷図にしました。現在101図掲載中です。社名索引もありますので、どうぞご覧ください。
http://www.shibusawa.or.jp/eiichi/companyname/index.html

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ビジネス・アーカイブズ通信(BA通信) No.32
2010年8月20日発行 (不定期発行)
【創刊日】2008年2月15日
【発行者】財団法人渋沢栄一記念財団実業史研究情報センター
【編集者】財団法人渋沢栄一記念財団実業史研究情報センター
      「ビジネス・アーカイブズ通信」編集部
【発行地】日本/東京都/北区
【ISSN】1884-2666
【E-Mail】
【サイト】http://www.shibusawa.or.jp/center/ba/index.html

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