情報資源センターだより

61 「信頼」をテーマにした企業アーカイブズの国際会議に参加

『青淵』No.839 2019年2月号|情報資源センター 企業史料プロジェクト担当 松崎裕子

 「公益」に資する企業活動には、透明性を備えた、責任ある経営が求められます。ここ数カ月、有価証券報告書改ざんなどの企業不祥事の報道が増えています。渋沢栄一が説いた「道徳経済合一説」に立ち戻る必要を強く感じます。そして、この「道徳経済合一説」を現代において実践する一つの方法が適切な企業記録の管理と活用です。情報資源センターでは2004年から「企業史料プロジェクト」として、企業の史資料(アーカイブズ)の所在調査をはじめ、その適切な管理や効果的な利用の必要性の啓発、優良事例の調査と普及に取り組んできました。

 このような取り組みの一環として、情報資源センターでは2008年から、アーカイブズに関わる国際的非営利団体、国際アーカイブズ評議会(ICA、1947年設立)の分科会の一つ、企業アーカイブズ部会(SBA)の運営に関わってきました。SBAでは毎年世界各地で、運営会議と国際シンポジウムを開催しています。2018年度は11月14、5日の2日間、イギリス・ロンドン郊外の著名な植物園であるキュー・ガーデンに隣接する、イギリス国立公文書館(TNA)で「信頼」をテーマに、ビジネス・アーカイブズ・カウンシル(BAC、1934年設立)との共催でシンポジウムを開催しました。

 今年のシンポジウムの開催地イングランドでは、1838年に公記録館法によって公記録館(PRO、TNAの前身)が設置され、1958年の公記録法で政府公文書の管理が法制化されました。中央省庁から国立公文書館に公文書の移管を行い、一般に公開するというアーカイブズの仕組みを運用してきた長い歴史があります。今日ほとんどの文書がデジタルで作成される状況のもと、記録管理の専門家アーキビストやレコード・マネージャーの間では、このボーンデジタル記録の真正性や信頼性をどのように保つのかが大きな課題として認識されています。さらに、出所の明らかでない、信頼できない「フェイクニュース」がインターネットによって拡散される状況にも強い懸念が持たれています。このような背景から、「企業アーカイブズと信頼」が今回の会議のタイトルになりました。

 TNAのデジタル部門の責任者ジョン・シェリダンJohn Sheridan氏による会議の基調講演では、5歳の子どもたちにロンドン大火(1666年)の記録を示して、「どうして当時の人たちは皆死んでしまったのに、ロンドンで大火事があったことが事実だと分かるの?」と問いかけるTNAの子ども向けプログラムが紹介されました。ロンドン大火を見た人々がこの世を去った今、その事件が本当にあったことを証明することは、記録が信頼できる真正なものであるかどうかにかかっているわけです。基調報告を受けての発表では、今現在起きつつある事件を記録したデジタル記録が、数百年後にも証拠としての価値を保持する手法開発のために、ブロックチェーンに関する研究が進められていることなども紹介されました。

 筆者は「国境なき信頼」と題されたセッションのトップバッターとして、「証拠を持って心の琴線を打つ」というタイトルでの発表を行いました。これは、渋沢栄一記念財団のミッションと「道徳経済合一説」に基づいた情報資源センターの企業史料プロジェクトの取り組み、さらに日本における企業アーカイブズの優れた取り組みの事例であるパナソニック株式会社歴史文化コミュニケーション室の同社アーカイブズに関する取り組みを紹介するものです。日本の企業アーカイブズでは、記録資料は、社内外ステークホールダー間での経営理念やウェイの共有に必須のものとして、収集保存活用が図られることが特徴といえます。そして、アーカイブズを用いた経営理念やウェイの共有の結果としての良き企業活動が、企業への「信頼」を生み、これがさらに企業活動を発展させる点が重視されています。事例として取り上げたパナソニック社は、2018年の創業100周年にあたり、企業アーカイブズを利用したミュージアム活動の強化、社史編纂事業、史資料のデジタル化とデータベース化による活用促進を図っています。発表後、聴衆からは同社イントラネットで公開されているデータベースを高く評価するコメントをいただきました。

 会議には、イギリスをはじめとするヨーロッパ各国、アメリカ、インド、中国、日本(筆者)の150名を超える企業アーカイブズ、文書館、ビジネス、学術関係者が参加しました。特に、中国からは中国国家档案局の副局長以下6名の参加があり、同国における企業アーカイブズ、デジタル記録保存に関する関心の高さも感じた次第です。

 なお、情報資源センターでは、日本ではまだ紹介や研究の進んでいない、デジタル記録保存への取り組みを重視しており、TNAが2017年3月に発表した「デジタル戦略」(執筆者は前掲ジョン・シェリダン氏)を翻訳し、さらに解題を付し、財団ウェブサイトで2018年10月から公開しています。

イギリス国立公文書館「デジタル戦略 : 2017年3月」
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc016_tna01.html
解題
https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc017_tna02.html


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