研究センターだより

38 合本主義プロジェクトのまとめ/成果出版物の刊行

『青淵』No.783 2014(平成26)年6月号

今回は、3月号に続き、合本主義プロジェクトについてのご報告です。2014年3月の二つの学会報告と4月の二つのシンポジウムの議論から興味深い論点をご紹介します。

1. 合本主義プロジェクトのまとめ

約3年間続けてきました合本主義プロジェクトは、次の四つの報告・シンポジウムで一応終了いたしました。

3月17日(月)世界経営史学会試行会議でのパネル報告(於フランクフルト、ゲーテ大学)
3月30日(日)米国アジア学会2014年年次大会でのパネル報告(於フィラデルフィア、マリオットホテル)
4月18日(金)シンポジウム「グローバル資本主の中の渋沢栄一」(於東京、東京商工会議所国際会議場)
4月19日(土)経営史学会関東部会合評会『グローバル資本主義の中の渋沢栄一 ―合本キャピタリズムとモラル』(橘川武郎、パトリック・フリデンソン共編著、東洋経済新報社、2014年)

最初の二つの海外での学会報告で興味深い点を2、3ご紹介します。まず、比較分析の面白さです。米国のロックフェラー・カーネギー、中国の張謇(ちょうけん 1853-1926)、朝鮮の韓相龍(ハンサション 1880-1947)など19世紀から20世紀初めに各国を代表する大企業家の比較分析を行うことにより、欧米の工業化、特に金融に関する発想や制度が、渋沢栄一を経由して中国や朝鮮に伝搬された点が多いことがあきらかになりました。技術移転という視点からも興味深い事実です。

続いて、合本主義や道徳と経済の一致という栄一の思想は、本当に他の地域でも実現可能なのかという問いでした。私益よりも公益優先という考えで、旺盛な企業家精神を満足させることができるのであろうか。企業家とはそれほど道徳的に行動できるのであろうか、という古くて新しい問題が提起されました。この問いかけに対して説得力のある解答を出すためには、さらなる研究の必要性を感じました。

次に4月に日本で行われた二つのシンポジウムです。4月18日(金)午後7時~9時に東京商工会議所国際会議場で開催された公開シンポジウムには、春雨の降りしきる中、約160名の聴衆が集まり、最後まで熱心に聴講しました(シンポジウムの詳細はこちらのページ)をご参照ください。ここで注目されたのは次の二つの点です。

一つ目は、フランス人のパトリック・フリデンソン氏が紹介したサン=シモン主義の栄一への影響です。産業家は国家社会のために事業を行わなければならないという考え方や、国家が経済社会に及ぼす影響について、栄一は、フランス人顧問を通じて、サン=シモン主義の影響を間接的に受けたのではないかと指摘しました。これは従来の日本でのサン=シモンに対する評価を大きく変える重要な問題提起で、今後議論が深まることが期待できます。

もう一つ興味をひいたのが、コメンテーターの由井常彦氏(明治大学名誉教授)から紹介された渋沢敬三がロンドンから祖父・栄一に送った手紙の内容でした。1920年代敬三は、横浜正金銀行ロンドン支店に勤務しながら、英国の資本主義を研究していました。渡英前に抱いていたジェントルマン資本主義とは違い、英国企業家は欲深い私益追求者だという現実を知り、落胆し、その内容を栄一に書き送りました。栄一はこの報告にかなり衝撃を受けたようです。敬三の手紙も「論語と算盤」という考え方に及ぼした国際的な影響の中に加えなければならない要素になりました。

4月19日(土)午後2時から5時まで、経営史学会関東部会(於文京学院大学)で開催された合評会では、討論者の加護野忠男氏(神戸大学名誉教授)が、マックス・ウェーバーの儒教理解を引用し、儒教に栄一の指摘するような企業家精神を引き出すような要素はあるのかという大きな質問と、各執筆者に対してそれぞれ鋭い質問を提起され、充実した討論が行われました。

2. 成果出版物の刊行

3月に刊行されました2冊の成果出版物をご紹介します。1冊目は、『ソーシャル・エンタープライズ論 ―自立をめざす事業の核心 On Social Enterprise 』(鈴木良隆編著、有斐閣、2014年2月)です。本書は、当財団寄付講座として、2009年度から2011年度まで一橋大学大学院経営学修士コース(後期)に開講された「企業家と社会」での鈴木良隆先生(一橋大学名誉教授)とゲスト・スピーカーの講義録をベースにしています。

社会にはそれぞれの時代、営利を手段とする方法ではなかなか対応できない困難な課題が存在します。渋沢栄一も近代日本において、率先してこの課題に取り組んできたわけです。本書は、そうした課題に応えようとする近年の潮流を、「ソーシャル・エンタープライズ」という言葉でとらえ、さまざまな角度から緻密に議論しています。

2冊目は、『「普通」の国 日本』(添谷芳秀、田所昌幸、デイヴィッド・A・ウェルチ共編著、千倉書房、2014年3月)です。本書は、当財団とミズーリ大学セントルイス校とが支援してトロント大学出版社から「日本とグローバル社会」(Japan and Global Society)叢書の第1巻として刊行された、Yoshihide Soeya, Masayuki Tadokoro and David A. Welch (eds.), Japan as A 'Normal Country': A Nation in Search of Its Place in the World (University of Toronto Press, 2011)を全訳したものです。

普通の国という言葉は最近あまり使われなくなりましたが、添谷氏(慶応義塾大学教授)の「日本語版はしがき」でも触れられているように、日本外交や安全保障政策をめぐる日本国内の議論は戦後一貫してほとんど変わっていません。これからの日本外交のあり方を考える知的な作業を行うためにも、「普通の国」とはどういうことなのか、またそれは望ましいことか、海外からはどのように見えるのかという基本的な議論を踏まえることが不可欠です。本書をご一読くだされば幸いです。

(研究部・木村昌人)


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