研究センターだより

37 世界各地での研究成果の発表/成果出版物の刊行

『青淵』No.780 2014(平成26)年3月号

今回は、2011年7月から足かけ3年にわたる合本主義研究プロジェクトについて詳しくご報告いたします。

1. 世界各地での研究成果の発表

昨年秋から世界各地で、合本主義研究プロジェクトの成果について講演や報告をする機会を作ってきました。10月29日には、華中師範大学当財団記念寄付講座で、島田昌和先生が「21世紀に生きる渋沢栄一の経営思想―合本主義から合本キャピタリズムへ」という演題で講演され、200名近くの学生が聴講しました。

11月には渋沢栄一が約150年前に合本主義を学んだパリで、2つのシンポジウムを実施しました。まず11月25日には、パリOECD本部会議場で「Pioneering Ethical Capitalism」と題してシンポジウム(日英同時通訳)を開催しました。日本をはじめ、イギリス、ポーランド、ハンガリー、ポルトガルのOECD代表部大使や各国の職員、フランス人経済研究者、著名なビジネスパーソンなど予想をはるかに上回る約70名の参加者があり、午前中から熱心に聴講し、活発な質疑応答が行われました。翌11月26日にはパリ日本文化会館で「資本主義の仕組みと倫理」と題して日本語でシンポジウムを行いました。在仏日本人ビジネスマンなど約30名が参加し、午前中の短い時間でしたが、内容の濃い、実りある会議になりました。

パリでの2つのシンポジウムを踏まえて、4月18日(金)午後7時〜9時に東京商工会議所国際会議場で、公開シンポジウムを開催します。是非ご参加ください。

2. 成果出版物の刊行

本プロジェクト研究成果の出版として、『グローバル資本主義の中の渋沢栄一―合本キャピタリズムとモラル』(橘川武郎、パトリック・フリデンソン共編著、東洋経済新報社)が2月上旬に刊行されました。本書では、合本主義を、「公益を追求するという使命や目的を達成するのに最も適した人材と資本を集め、事業を推進させるという考え方」と定義し、渋沢栄一が唱えた合本主義の分析を通じて、21世紀グローバル資本主義の新しい可能性を模索しました。本書の目次は次の通りです。

はじめに
第1章 渋沢栄一による合本主義―独自の市場型モデルの形成
第2章 道徳経済合一説―合本主義のよりどころ
第3章 官民の関係と境界―世界史の中で渋沢栄一の経験を考える
第4章 「見える手」による資本主義―株式会社制度・財界人・渋沢栄一
第5章 公正な手段で富を得る―企業道徳と渋沢栄一
第6章 グローバル社会における渋沢栄一の商業道徳観
第7章 世界的視野における合本主義―資本主義の責任
第8章 資本主義観の再構築と渋沢栄一の合本主義

本書の内容を同書、「はじめに」のv〜viiに依拠して簡単に紹介いたします。第1章(島田昌和氏)では、会社の役職、資産、株式保有率など実証的なデータに基づき、経済界での渋沢栄一の客観的な位置づけを行ったうえで、渋沢の最大の功績は、多くの資金と人材が出入り可能な市場型経済モデル、つまり参入退出が自由なオープンマーケットモデルを形成したことと結論づけました。

第2章(田中一弘氏)では、渋沢栄一の思想の基盤である『論語と算盤』すなわち道徳経済合一説について、アダム・スミスの『道徳情操論』と比較しました。スミスは、正義に適ったやり方で商売する限り、自己利益の追求を第一にして行動しても、「神の見えざる手」により需給のバランスが取れるという競争市場のメカニズムを明らかにしました。が、一方渋沢は、公益を第一と考え、自己利益を第一には図らないことを重視しました。

次に第3章(パトリック・フリデンソン氏)で、「公」と「民」の関係という古今東西で注目を浴びてきたテーマについて、渋沢の事例を世界史的な広い視点から分析しています。こうした渋沢栄一の思想と行動は、19世紀日本、つまり近世と近代にまたがる日本経済史の中でどのように捉えればよいのでしょうか。第4章(宮本又郎氏)では、渋沢の合本主義を「顔の見える資本主義」とし、渋沢が果たした歴史的な役割を、株式会社の急速な普及と財界人として日本の経済界を育成、リードしたことと評価しています。

それでは渋沢栄一の商業道徳観のユニークさとは何でしょうか。同時代の内外の人々はそれをどのように見て、また渋沢はそれに対してどのように対応したのでしょうか。第5章(ジャネット・ハンター氏)は、海外、特に英国の日本の商業活動に対する厳しい批判について、同時代の日英両国メディア(新聞記事)を詳細に分析しながら、渋沢栄一の商業道徳の特徴を浮き彫りにしました。第6章(木村昌人)では、こうした海外からの批判に対する渋沢の対応を分析し、積極的な側面を注目しました。

第7章(ジェフリー・ジョーンズ氏)は、企業家の責任はどうあるべきかとの視点から、19世紀以降今日に至るまでの各国の企業や企業家の例を取り上げ、渋沢栄一の合本主義の特色を浮き彫りにしました。合本主義がキリスト教やイスラム教と比較して宗教色の薄い「論語」という、世俗的な倫理に基づいていることを紹介し、今日の資本主義世界は、合本主義を受け入れやすいのではないかと指摘します。

第8章(橘川武郎氏)は、リーマンショック以来の資本主義の危機的状況を抜け出し、新しいグロ?バル資本主義を構築するために、渋沢栄一の合本主義研究がどのような意味を持っているかについて論じ、本書全体のまとめにもなっています。ロナルド・ドーアの「金融資本主義」を引用し、英米型の資本主義と日独型のそれとを比較しながら問題点を浮き彫りにし、その解決策としての合本主義の可能性にも言及しています。

同書の合評会を4月19日(土)午後2時から5時まで、経営史学会関東部会(文京学院大学)で開催いたします。加護野忠男(神戸大学名誉教授)が、評者の労をお取りくださる予定です。

(研究部・木村昌人)


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