研究センターだより

20 企業家とグローバル社会の創造−日中米3国を比較して

『青淵』No.729 2009(平成21)年12月号

企業家とグローバル社会の創造−日中米3国を比較して

企業家のへの期待

今回は、渡米実業団100周年記念事業と並ぶ今年度の大型プロジェクト「企業家とグローバル社会の創造−日中米三国の比較を通じて」についてご報告します。まずこのプロジェクトの狙いは、日米中3国の近代化の歴史や現状を踏まえたうえで、グローバル化の急速に進む21世紀社会で、企業家が果たす役割について検討し、何らかの提案をすることです。

本プロジェクトがEntrepreneurship(企業家精神とその行動)に注目するのは、なぜでしょうか。21世紀には、今まで以上に企業家が果たす役割が大きくなると考えられるからです。20世紀後半からのグローバル化現象の光と影を生み出してきたのは、まさしくビル・ゲーツに代表されるIT 関連起業家や日米中の様々な分野の企業家でした。国際社会の中核であった国家の役割に種々の制約や限界が見えてきた中で、企業家に期待される役割や社会的責任とは何でしょうか。

このような問題意識に立ちますと、19世紀から20世紀前半にかけてのスケールの大きな企業家精神とその行動がおおいに参考になります。シベリアとアメリカ両大陸横断鉄道、スエズ・パナマ運河開通などに代表される交通革命と電信電話の発明がもたらした情報革命により、世界は急速に狭くなりました。企業家活動は国境を超え展開され、多国籍企業が現れました。太平洋アジア地域でも近代化と国際化をすすめるにあたり、渋沢栄一・張謇・カーネギー・ロックフェラー・ハリマンなど企業家がリーダーシップを発揮しました。21世紀におけるこれら3国さらにはグローバル社会のあるべき姿を模索する上でも彼らの行動は大変示唆に富んでいるのです。

日中米三国の近代化と実業家―史料館との共同プロジェクト

このプロジェクトがユニークなのは、史料館の展示活動『日中米三国の近代化と実業家』と連携して進めたことです。

渋沢栄一は日本が近代国家として急速に台頭する日本の青写真を描いた重要な人物の一人として知られています。張謇(1853-1926)も渋沢と同様に官僚を辞し、企業家として清末から辛亥革命を経て江蘇省南通地方における近代化・産業化に貢献しました。一方、南北戦争後の再建時代から、いわゆる「金ぴか時代」に登場した米国の企業家たちは、今日のアメリカ経済社会の確立とそのグローバル化に大きな役割を果たしました。渋沢史料館、南通博物苑(南通)、マーカンタイル・ライブラリー(セントルイス)での展示は、シンポジウムでの議論を地に足がついたものにしました。

渋沢、張謇らは企業利益を拡大させただけでなく、公益も追求しました。渋沢と張は儒教から「公共」「慈善」という概念を、またカーネギー・ロックフェラーはキリスト教からフィランソロピーという概念を引き出し、慈善(フィランソロピー)活動を実践しました。彼らは商工業に従事する者も、政府も地方自治体も、さらには民間企業も非政府組織も、必ず"公共的"な側面を念頭に置いて活動すべきであると唱えたのです。言い換えれば、すべての社会団体は公共の利益と利潤追求の見通しとを関連づけて企業及び企業家の社会的責任を明確にすべきであると考え、自らが行動したわけです。

こうした過去の企業家精神やその行動は、現在、日中米の企業活動が直面している諸問題(規制緩和、税制、市場開放、環境問題など)や市民社会の育成・国際摩擦などの解決を考える時にも参考になります。さらに3国の企業家が公益と私益の調和を図るために、中央政府・地方自治体と企業(家)間でどのような関係を構築し、お互いの役割分担を考え、行動しているか、についての示唆が得られるのです。

プロジェクトの実施と今後のステップ

次のような日程でシンポジウムが開催されました。
 6月7日(日)−8日(月)
 第1回シンポジウム・ワークショップ(渋沢栄一記念財団)
 9月22日(火)−23日(水)
 第2回シンポジウム・ワークショップ(中国:南通)
 10月10日(土)−11日(日)
 第3回シンポジウム・ワークショップ(米国:セントルイス ミズーリ大学)

各会議には、中国、米国、ヨーロッパからの国際経済、経済史、経営学、経営史などの専門家10数名が参加し、活発な議論が展開されました。第2回の南通会議の翌日、南通市ビジネス・コンファレンスに参加した1000名を超える各国企業家が参加しました。来賓のあいさつで、同地に大型直接投資を行った王子製紙社長が渋沢栄一と王子製紙の設立、渋沢と張謇のエピソードを紹介し、このプロジェクトと展覧会の歴史的・今日的な意義を強調されました。

3つのシンポジウムの成果は、南通での公開シンポジウム、およびトロント大学出版会からの論文集刊行【2011年3月刊行予定】により、成果を広く世に問う予定です。将来計画している日中米3国の技術移転プロジェクトへの橋渡しとなるだけでなく、グローバル知的ネットワークを活性化し、世代を超えた人材育成にも役立つようにさらに努力していきます。

(研究部・木村昌人)


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