研究センターだより

19 渡米実業団100周年記念プロジェクトについて

『青淵』No.726 2009(平成21)年9月号

渡米実業団100周年記念プロジェクトについて

今年度当財団の大きな事業の一つである渡米実業団100周年記念プロジェクトについて、詳しくご紹介します。渡米実業団とは、米国太平洋沿岸商業会議所連合から招待を受け、1909年の秋、50名を超える日本を代表する実業家とその夫人、俊英な随行員が3ヵ月かけて大陸横断鉄道を利用して、全米の60以上の都市・地域を訪問、タフト大統領、発明家エジソン、鉄道王ヒルなど各界首脳と面談し、各地で大歓迎を受けた日本初の民間経済ミッションのことですi。明治初年に岩倉具視を団長とする大久保利通、木戸孝允、伊藤博文など政府の主要メンバーが1年以上米国と欧州を訪問した岩倉使節団は、日本の近代化を決定づけるほどの大きな影響をもたらしました。それに比べて1909年の渡米実業団は今日に至るまでの大型ビジネス・ミッションの嚆矢となったにもかかわらず、現在ではその存在すらもあまり知られていません。しかし渡米実業団は規模、参加者の顔ぶれや効果を考えると、民間経済界の岩倉使節団といえるほど重要なミッションだったのです。

渋沢史料館では8月15日から9月23日までテーマ展 シリーズ"平和を考える"「渋沢栄一、アメリカへ―100年前の民間経済外交―」で、この渡米実業団を取り上げています。渡米実業団参加者の子孫から寄贈されたアルバムから百数十枚の実業団一行の米国各地での写真が見つかったため、研究部のプロジェクトに参加した米国在住の研究者の協力を得て、3分の2以上の撮影場所や登場人物を特定しました。こうした新資料(写真、米国各地新聞記事など)の発掘から、20世紀初頭の米国各地での日米実業家交流の実態が明らかになってきました。9月12日(土)にはミニシンポジウム「渡米実業団100周年〜渋沢栄一と民間経済外交〜」も開催します。ii

渋沢栄一にとっても大きな収穫がありました。米国メデイアは、渡米実業団までは栄一を「日本のモルガン」というように、日本の大銀行家、実業界のリーダーとして紹介していました。出発から帰国まで4ヵ月にわたる大旅行の団長を務めあげたことにより、米国での栄一の知名度が格段に高まっただけでなく、人々から親しみと尊敬の念を抱かれるようになり、実業人、銀行家を超えた「グランド・オールドマン」に変わりました。その後栄一は、民間外交の切り札的存在となったのです。

次に渡米実業団の今日的な意味を考える必要があります。昨年秋のリーマン・ショック以来、自由と競争に基づく市場原理に強い信頼を置いてきたいわゆる「アングロサクソン型」資本主義に対する信頼性が失墜し、それに代わる新しいモラルある資本主義の確立が求められています。昨今、渋沢栄一の道徳経済合一説や「論語とそろばん」が注目を浴びているのも21世紀の資本主義の確立へのヒントが含まれているからにほかなりません。そこで当財団では、公益に関心があり、英語の堪能な経営者を募集し、今秋に「平成の渡米実業団」を派遣することにしました。

百年に一度といわれる経済危機と米国社会が大きく変わろうとしている中で、支持率の高いオバマ大統領のリーダーシップにより、米国は国際協調を重視し、急成長する中国やインドの動きを見据えながら、グローバル社会でのリーダーとしての地位を引き続き確保しようとしています。このようなときこそ、次世代を担う日本の企業家がグローバル社会のためにできることは何か、ビジネスとフィランソロピー(慈善活動)との共存をどのようにして行えばよいのか、などを米国各界のリーダーと語り合い、ロックフェラー財団などの見学により、フィランソロピーの実態を学ぶ必要があると感じたからです。

まず朝日新聞が取り上げ、共同通信が募集記事を配信したので、日経、東京、群馬などの各紙が企画の趣旨と募集要項の一部を掲載しました。おかげで中堅若手の経営者20名の応募者があり、書類選考と面接を経て7名の方々が決まりました。渋沢健理事が団長となり、11月15日(日)から22日(日)まで8日間、ワシントンDC、ニューヨーク、シアトルを歴訪します。事前勉強会も2回(7月28日、10月上旬)に行います。

平成の渡米実業団帰国後、12月または来年の1月に帰朝報告会を公開シンポジウム形式で開催します。100年前には帰朝報告会と同時に、『渡米実業団誌』iiiが刊行されました。現在、渡米実業団に関する第1級の資料になっています。今回の実業団の報告書も帰朝報告会の内容を加味して刊行する予定です。

一連の渡米実業団100周年記念プロジェクトが、閉塞感漂う現在の日本社会を変革するための一歩になることを期待しています。

(研究部・木村昌人)

i 木村昌人「百年前の日米実業団相互訪問」(上)(中)(下)(財団法人渋沢栄一記念財団『青淵』715、716、717号、2008年10月、11月、12月)
ii 渋沢史料館編『渡米実業団100周年記念 渋沢栄一・アメリカへ〜100年前の民間経済外交〜』(2009年8月)
iii 渡米実業団残務整理委員会編『渡米実業団誌』(1910年)。


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