研究センターだより

12 「日の出ずる社会の豊かさを実現する資本主義のイノベーション会議」/「産業技術史から見た渋沢栄一」

『青淵』No.705 2007(平成19)年12月号

「日の出ずる社会の豊かさを実現する資本主義のイノベーション会議」を開催しました。

 2007年9月9日(日)午後1時から5時まで国際文化会館で、プロジェクト13%と研究部共催で、下記のシンポジウムを開催しました。

「日の出ずる社会の豊かさを実現する資本主義のイノベーション会議」
基調講演 :21世紀の日本のイノベーション
  内閣府特別顧問 イノベーション25会議 座長 黒川清
パネル :明治の政・学・実から学ぶ社会的イノベーション
  『大隈重信』 東京大学社会科学研究所准教授 五百旗頭薫
  『福沢諭吉』 慶応義塾福沢研究センター準教授 西澤直子
  『渋沢栄一』 文京学院大学教授 島田昌和
  司会 ブルームバーグTV 小笹俊一
対談 :新しい時代の資本主義とは
  ソフィアバンク代表 田坂広志
  シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役 渋澤健(当財団理事)

 この数年間「小さな政府、規制緩和」のスローガンを掲げた構造改革が進められてきましたが、日本社会の発展を見据えたグランド・デザインはいまだに描けていません。それどころか、次々とやっかいな問題が発生しその対応に追われて、日本社会に活気が感じられません。また「ファンド資本主義」への反動からか東京市場の国際化もなかなか進まず、日本社会は10年ぐらい逆戻りしてしまったのではないかと思われるほどです。いまこそ「真の資本主義の根底を歴史から学び、また、いま、私たちは将来のためにどのようなイノベーションにより、資本主義を形成するべきかという方向性を識者および来場者と共に考える機会をフォーラムを通じて設けたい」という渋沢健理事の問題意識から、この会議を開催しました。

 当日は、日曜日の午後にもかかわらず150人近くの参加者がありました。渋沢栄一を始めとして、明治の民間指導者の改革者としての資質・資本主義の本質や日本社会の将来について、各講師がユーモアを交えながらも熱く語り、充実した会議になりました。

新プロジェクト「産業技術史から見た渋沢栄一」を検討しています。

 2008年度からの研究部の新プロジェクトとして、産業技術史という切り口から渋沢栄一の活動に焦点をあてることを考えています。栄一は海外からの産業技術導入や技術革新に積極的で、理化学研究所や帝国発明協会にも深くかかわっていました。詳しく調べていきますと、鉄道、製紙、水道などの技術導入に対して彼なりの思想を貫き、リーダーシップを発揮していていたことがわかります。(i)こうした栄一の思想と活動を、国際比較の視点も取り入れて明らかにする研究プロジェクトを立ち上げることができないか探っています。

 そのため、8月から9月にかけて東京商工会議所経済情報センター(元商工図書館)、外務省外交史料館、日本郵船博物館、横浜開港資料館、神奈川県立歴史博物館、北区行政資料センターと飛鳥山の二つの博物館などを訪問しました。改めて、近現代の王子・滝野川地域を、近代産業の揺籃地としてさまざまな角度から再検討すべきではないか、またそれが栄一の新しい側面を発掘することにつながるのではないかと感じました。「地域(北区)と渋沢栄一」、「地域(飛鳥山)と国際交流」などのテーマが考えられます。

 地方出張でも産業技術史の観点から興味深い体験をしました。10月20日・21日に四国松山で、経営史学会第43回年次大会(愛媛大学)に参加しましたが、その機会を利用して、新居浜(別子銅山遺跡と広瀬宰平(さいへい)歴史記念館)・今治(タオル美術館)・内子(商いと暮らし博物館、木蝋資料館)などの「近代化遺産」を見学しました。「近代化遺産」とは「日本の近代化に貢献した産業・交通・土木の建造物」と定義されています。(ii)

 別子銅山は17世紀に発見され、住友家が幕府の許可を得て、戦国時代にヨーロッパから伝わった技術を用いて精錬し、銅を産出しました。江戸時代には長崎出島から、世界へ積み出され、貴重な輸出品になっていました。日本人が改良を加えた精錬技術により作られた竿銅は、銅の含有量の多さからヨーロッパで注目され、大英博物館に展示されているそうです。明治に入り、広瀬宰平がフランス人技師を招聘し、鉄道を敷設、先端技術を導入、近代的な銅山経営を展開し、住友財閥の発展の基礎を築きました。明治になり、日本が西洋技術をいち早く取り入れることができたのも江戸時代を通じて培かわれた高い技(わざ)を持つ職人が存在してこそ可能になったといえるでしょう。

 空襲を免れ、新居浜の高台に現存する広瀬邸は重要文化財に指定されています。2階の望煙楼から、宰平は毎日浜辺に林立する住友関連の工場の煙突と新居浜港に出入りする貨物船からあがる煙を眺め、日本の繁栄する姿を満喫しました。当時煙突の煙は、まさしく近代文明と社会進歩の象徴だったのでしょう。

(研究部長/木村昌人)

(i) NHK「明治」 プロジェクト編著『NHKスペシャル 明治1・2』(日本放送出版協会、2005年)参照。
(ii) 清水慶一『ニッポン近代化遺産 - 明治・大正・昭和 知られざる物語』(NHK 知るを楽しむこの人この世界、日本放送出版協会、2007年)、6頁。同書では、別子銅山や富岡製糸場も近代化遺産の例として採り上げています。


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