研究センターだより

11 第4回渋沢栄一記念財団寄附講座(慶應義塾大学)/渋沢北米セミナー/研究会

『青淵』No.702 2007(平成19)年9月号

第4回渋沢栄一記念財団寄附講座(慶應義塾大学)が終了しました(部長・木村昌人)

 2003年度から始まった慶應義塾大学法学部での渋沢栄一記念財団寄附講座は4年目を迎えました。今回は「世界に貢献する日本を創るシヴィル・ソサエティ」と題し、「グローバル・シヴィリアン・パワー」をキーワードに、4月から7月にかけて11名の講師が講義を行いました。講義の中心テーマは、世界に貢献するリーダーをどのように育てていくかでした。そのいくつかの講義のさわりを紹介します。

 初回は日本サッカー協会の田嶋幸三専務理事が、フェアプレーの精神で日本・世界の人々と友好を深め、国際社会に貢献し、スポーツを通じてトータルなリーダーシップを育成するのが同協会の目標であるとのキックオフの講義をされました。2回目は、本年度のコーディネーターである添谷芳秀慶大教授が、「日本をめぐるナショナリズムとグローバリズム」と題し、ナショナリズム、グローバリズムを「国家主義、国際主義」と定義し、国際社会を発想の基点にしないと日本は立ち行かないと強調されました。一般的に考えられているナショナリズム(右派)とグローバリズムとの対比とは少し異なり、「国際社会を発想の基点にするためには、まず冷戦後の変化と日本の課題についてよく理解することが必要で、その上で国際社会への貢献で足かせとなってきたものを取り除き、そうした環境の中で個を充実させる。さらにその個が社会と接点を持つためにはNGO活動が欠かせない」と話されました。

 入江昭ハーバード大教授は、歴史的・理論的な枠組みの中で、グローバルということはどういう意味なのかを説明された後、「国家を中心に世界を考えるとどうしてもナショナリズムの台頭をまねくので、トランスナショナルな活動のできるシヴィル・ソサエティこそ今後の主役になって個人とグローバル社会を結びつけていくべきである」と強調されました。北岡伸一東大教授は、主として国連を通しての日本の国際的役割と国連との協力活動を行っている国際NGOの活動について、国連次席大使時代のエピソードを織り交ぜながら講義を進められました。

 こうした理論編とも言うべき講義と並行して、世界の地域貢献や日本を支えるシヴィル・ソサエティの現場で活躍されている経済界、メディア、NGOの方々の臨場感あふれる具体的で説得力のある話が続きました。

 最終回は、ジェラルド・カーティスコロンビア大学教授が、再びキーワードの構成要素である「グローバル」「シヴィリアン」「パワー」に焦点をあてました。日本はなぜグローバルでなければならないのか、なぜ政府ではなくシヴィリアンなのか。日本に必要なパワーとは何か。なぜ「普通の国」ではいけないのか、などの本質的な質問を学生に投げかけました。500人近い聴衆の中で、初めの内はなかなか手が挙がりませんでしたが、次第に学生も引き込まれ、最後は時間が足りないほどの活発な討論になりました。本年度の講義録は、来春慶應義塾大学出版会から刊行の予定です。

ミズーリにおける渋沢北米セミナーとその報告会について(副部長・楠本和佳子)

 6月16・17日、ミズーリ州で渋沢北米セミナーが開催されました。私は企画には関わっていないのですが、セッションの司会を務め、また発表された12報告の内のいくつかに調査段階で協力しましたので、参加者として報告したいと思います。

 今年のセミナーのテーマはentrepreneurship(起業家精神)の日中米比較で、それに関連する4つのトピック―起業家精神の歴史、起業家を育てる環境、文化と起業家精神、ケース・スタディ―が設定されていました。そして各トピックごとに3人の発表者と1名のディスカッサントがついてひとつのセッションを構成します。午前中に1セッション、午後に1セッション、各2時間ずつという無理のないスケジュールだったので、土・日とも落ち着いて発表と討論が出来たと思います。

 セミナーはセント・ルイスから車で1時間あまりのニュー・へイヴンにあるシダー・クリーク・コンフェレンス・センターで行われました。ワイナリーが点在する州に位置し、周囲にはあまり家も見当たらない静かな環境です。鮮やかに咲き誇る花々、青空と白い雲、生温かい空気が、東京よりもずっと夏を感じさせました。その週末は他の滞在客も無く、ダイニング・ルームで3食を共にするので、セッション外の会話も弾んだようです。次期大統領選挙の行方が気になる私としては、アメリカ在住の参加者たちから現場の情報や意見を聞けたことがありがたかったです。 今回の北米セミナーについては、帰国して1ヶ月後の7月12日に財団職員向けに報告会を開きました。これまで研究部の事業についてこうした報告会を開いたことはありませんでしたが、今後もぜひ続けていきたいと思っています。

研究会を開催しました(副部長・楠本和佳子)

 6月25日、オークランド大学のローレンス・マルソーさんを講師としてお招きし、研究会を開きました。お話のタイトルは「板木と活字―近世から近代への印刷と出版―」("Woodblocks and Moveable Type: Printing and Publishing from the Early Modern to Modern Japan")です。印刷技術が木版から活版に変化するに伴い、出版物の様式や内容がどのように変化したかを話してくださいました。

 マルソーさんは江戸文学の研究で著名な方で、主要著書に『近世日本のボヘミアン文人、建部綾足』(原題:Takebe Ayatari: A Bunjin Bohemian in Early Modern Japan、2004年刊)があります。現在の研究テーマは近世日本における出版文化で、鳥山石燕の幽霊・妖怪絵本や、『伊曽保物語』(イソップ寓話集)の出版様式などを中心に考察していらっしゃいます。今回の研究会には出版を専門にする方たちが集まった為、これまでの思想史的な色合いを持つ研究会とは違った雰囲気のディスカッションが展開し、良い刺激を受けました。異なる資料群、方法論、言語を用いながらも共通する問題意識を発見することは楽しいことですね。


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