研究センターだより

10 第18回Japan Anthropology Workshop Conference/ケンブリッジ大学でセミナー/ケンブリッジ大学・大学図書館に渋沢―五百旗頭文庫寄贈

『青淵』No.699 2007(平成19)年6月号

第18回Japan Anthropology Workshop Conferenceに参加しました(副部長・楠本和佳子)

 3月13〜17日、ノルウェーのオスロ大学で開催されたJapan Anthropology Workshop(JAWS)の第18回大会に参加しました。JAWSはオックスフォード大学の人類学者が中心となって運営してきた学会です。2005年3月に香港大学で行われた大会が私にとって初のJAWS参加でした。アメリカから居を移して間もない頃で、ヨーロッパ系の学会の様子を見ることが目的であった為、報告はせず、パネルの司会を務めただけでしたが、「次回は自分の論文で参加を」と思っていたので、今回のオスロ大会ではパネルを組織して発表の機会を得ました。パネルのタイトルは「渋沢敬三と近代日本における社会科学の可能性」です。私と共に報告してくださったのは佐藤健二さん(東京大学、社会学・文化資源学)、鶴見太郎さん(早稲田大学、歴史学)、アラン・クリスティさん(カリフォルニア大学サンタ・クルズ校、歴史学)。ディスカッサントはマイケル・シャクルトンさん(大阪学院大学、社会人類学)が務めてくださいました。

 過去の『研究部だより』でもご報告してきたように、これは昨年も別の学会で2回、その度に異なるメンバーに参加していただいて行ったパネル報告なのですが、その根幹にあるのは「"アイディア"はボーダー(境界)を越えて流通できるか」という問題意識です。私たちが生きる世界には様々な境界があって、人間同士のコミュニケーションや相互理解の流れを阻みます。"境界"は言語、人種、国や文化の違いであったり、時間的・地理的距離であったりするわけですが、人文・社会科学研究においても、分野や国の境界が研究者同士のコミュニケーションを阻害します。異なる言語や独特の専門用語を使ってそれぞれの土俵で仕事をする為に、同じようなアイディアを扱っているにも関わらず、相互理解に至らない場合も多いのです。研究者を分割する境界のメカニズムを探求することがこのパネルの目的のひとつでした。

 パネリスト4人の報告は、渋沢敬三が構想した様々なアイディアやプロジェクトを例に取り、それらが現在の学問的な文脈においてどのような意味を持つか、なぜこれまで敬三のアイディアは広く流通して来なかったのかなどを検証しました。パネルとしてのまとまりは良かったのですが、残念だったのは、ディスカッションの時間が足りず、充分に議論を深めることが出来なかったことです。会場で聞いていた人々から出た質問も今回はやや的はずれなものが多いように感じました。ただ、毎回、会場からの反応が違うのも"アイディアの流通"という問題を考えるには面白く、そろそろこれまでの成果をまとめて流通させる時期が来ているのだろうと思いました。

 さて、今回の旅は私にとって初めての北欧訪問でした。ノルウェーは世界で最も豊かな国のひとつです。1960年代末から70年にかけて、ノルウェー沖で大規模な海底油田と天然ガス田が発見され、福祉国家、先進工業国として大きく発展しました。現在はロシア、サウジアラビアに次ぐ世界第3の原油輸出国ですが、1994年にEU加盟を国民投票で否決しています。学会終了後、アメリカにいる友人の計らいで、オスロ大学の若いノルウェー人研究者ふたりと語り合う時間が持てました。その国の状況は、そこに住む人々の話を直接聞いて、初めて実感として分かってくるものです。100人いれば100通りの経験と見方があるので、私が聞いた2人の意見がノルウェー代表とは言えないのですが、捕鯨問題、あと50年で石油が枯渇するといわれるノルウェーの将来、サミ族など少数民族の現状についての話など、面白く聞きました。その後、ノルウェー第2の都市であるベルゲンに2泊してハンザ同盟全盛期の面影を辿り、日本に戻りました。

英国ケンブリッジ大学でセミナーをおこないました(部長・木村昌人)

 3月25日(日)・26日(月)に英国のケンブリッジ大学クレアカレッジで、日本外務省ロンドン大使館とサントリー財団から助成を受け、第5回ABJセミナー(テーマ:二つの2国間関係:英米関係と日米関係の比較と展望、主幹:田所昌幸慶応義塾大学教授)を開催しました。今回はケム川沿いの緑豊かな美しいキャンパスで、ジェームス・メイオール、ジョン・ダン、クリス・ヒル、ザラ・シュタイナーといったケンブリッジ大学の政治思想・国際政治・英米関係史の大家が気軽に参加してくださり、大西洋をはさむアメリカ・ヨーロッパ大陸の中間に位置するイギリスの国際関係に対する味わい深い議論を聞くことができました。特にシュタイナーさんは、よく話題になる外交上の英米「スペシャル・リレーションシップ」とは、19世紀から20世紀半ばまでに両国のエリート間で醸成されたものであり、1960年代までは確かに存在していたが、その後の両国の国際社会での地位や国内社会構造の変化により、現在の英米関係は他の2国間関係と比べて、もはやスペシャルとは言えなくなっていると指摘しました。いままでアメリカの英米関係への思い入ればかり聞かされていただけに、シュタイナーさんの話は新鮮でした。ケンブリッジ大学へ留学中の田所さんと東アジア研究所のジョン・スベンソン=ライトさんが中心となり新しいメンバーを加えましたので、知的ネットワークがさらに重層的なものになってきました。

ケンブリッジ大学・大学図書館に渋沢―五百旗頭文庫が寄贈されました(部長・木村昌人)

 ABJセミナーと並行して、26日(月)の午後には渋沢―五百旗頭文庫(シブサワ=イオキベ・コレクション)の贈呈式がケンブリッジ大学・図書館で行われ、五百旗頭真氏(防衛大学校校長・当財団理事)の5千冊を越える日本政治外交分野の邦語文献と当財団からの現代日本に関する英語文献が寄贈されました。ケンブリッジ大学所蔵の日本関係図書の多くは文学・芸術分野でしたので、これだけまとまった近現代の社会科学分野の図書が寄贈されたことを東アジア研究所や図書館関係者は大変喜んでいました。


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