研究センターだより

7 エレン・シャッツナイダーさんを迎えて/Asian Studies Conference Japan/2006年世界政治学会・福岡大会

『青淵』No.690 2006(平成18)年9月号

エレン・シャッツナイダーさんを迎えて(副部長:楠本和佳子)

 6月9日の研究会ではマサチューセッツ州ブランダイス大学の文化人類学者、エレン・シャッツナイダーさんを迎え、渋沢栄一とシドニー・ギューリックI世によるフレンドシップ・ドール交換についてのお話をしていただきました。エレンが現在執筆中の"Facing the Dead: Japan and its Dolls in the Mirror of War"(「死者に向かい合う:戦争という鏡に映った日本と人形」)という本の一章をベースにしたお話でしたが、人形、ひとがたというものが日本文化の中で果たしてきた役割を歴史的に分析した彼女だけに、渋沢栄一が日米の人形交換に抱いたビジョンを新鮮な切り口で解説してくれました。

 エレンと、ご夫君の人類学者、マーク・オースランダーさんは、現在もフレンドシップ・ドールの交換を続けているギューリックⅢ世ご夫妻と親しいとのことで、ディスカッションでは、その後のギューリック一族についての逸話も飛び出し、フィールドワークを根幹に据える文化人類学のスピリットが生き生きと息づくような会でした。ディスカッションは活発かつ刺激的で、実に研究会らしい研究会であったと思います。

 当日、エレンとマーク、そしてウィッテンバーグ大学の歴史学教授、ジム・ハフマンさん(国文学研究資料館が所蔵する実業史博物館の資料に関心をお持ちです)が渋沢史料館の見学をなさり、史料館の川上学芸員と実業史情報センター長の小出さんにお世話になりました。今後もこのような形で3つの事業部が協力して研究者にサービスを提供していければ、それは渋沢財団のユニークな特色になるのではと思います。

Asian Studies Conference Japanに参加しました(副部長:楠本和佳子)

 6月24〜25日にはAsian Studies Conference Japanという学会が三鷹の国際基督教大学で開催され、研究部は"Shibusawa Keizo and the Possibilities of Social Science in Japan"(「渋沢敬三と現代日本における社会科学の可能性」)というパネル報告を行いました。発表者はノリコ・アソウさん(University of California, Santa Cruz)、佐藤健二さん(東京大学)、藤田加世子さん(大阪大学)、楠本です。ディスカッサントはアラン・クリスティさん(University of California, Santa Cruz)でした。

 アソウさんは2月の研究会で発表してくださった渋沢敬三の「ひとつの提案」についての論文を推敲し、実業史博物館構想とその背後にある敬三の思想について、佐藤さんは敬三の絵引きのアイディアについて、藤田さんは日米実業史競の展覧会と観客の反応について、そして私は敬三の業績を民俗学と文化人類学の狭間から眺め直す試みについて発表しました。渋沢敬三の仕事を、民俗学や民具研究のフレームワークに留まらず、もっと大きな学問的文脈の中で考える作業が必要だとずっと考えていましたが、今回のパネルを組んだ意図もそこにありました。ともかくも第一歩を踏み出せたのではないかと思います。

 余談ですが、学会二日目にカリフォルニア・ステート大学のヴィヴィアン・プライスさんがオルガナイズした「建設現場で働く女性たち」というパネルがあり、労働史を専門にしている知人と共に参加しました。「ボツワナでは、伝統的に建設現場には女性が多く働いていたのだが、ヨーロッパのテクノロジーが紹介され近代建築が増えてからは女性が閉め出されるようになった」という話など、まさに"現代の実業史"と言っても良い発表が続き、大変面白かったです。

 この原稿を書いているのは7月中旬ですが、香港のSociety for East Asian Anthropology(アメリカ人類学会の分科会)の学会を終えて戻ったところです。余白がありませんので、こちらの学会の報告は─少し先になりますが─次回の「研究部だより」に書かせて頂こうと思います。

2006年世界政治学会・福岡大会への参加(部長:木村昌人)

 7月9日から13日まで、2006年世界政治学会・福岡大会が福岡国際会議場で開催されました。同学会が日本で初めて行う大会でしたので、世界各国からの2千名を超える政治学者が集まり約400の分科会に参加しました。今まで渋沢国際セミナーに参加した内外の研究者を中心に、「近代日本社会の形成者たち」、「郵政改革の政治学」、「進化する日本の政党制度」、「アジア太平洋地域の安全保障」という4つの英語による分科会を企画実行しましたが、どの分科会も盛況で活発な討論が行われました。

 10日午後の内閣府日本学術会議、日本政治学会、福岡市共催の市民公開講座では、「近代日本社会の創造者たち−福沢諭吉・大隈重信・渋沢栄一」と題するシンポジウムを企画実行しました。パネリストが最近の研究を踏まえて、一味違う3人の人物像を提示しました。まず北岡伸一氏(国連次席大使・東京大学教授)は、福沢の普遍性は、個人が自立するためには精神と経済の両方の自立が必要であると論じた点にあり、その意味では個人が国家を支えると同時に国家も個人の自立を支えることを忘れてはならないと論じました。次に五百旗頭薫氏(首都大学准教授)は、政治家大隈にとって早稲田大学創設や歴史教育はどのような意味を持ったのかについて、尾崎行雄や三浦梧楼らとの面白いエピソードを織り交ぜながら論じ、大隈を再評価しました。最後に渋沢雅英氏(渋沢栄一記念財団理事長)は、栄一が徳川慶喜の復権に尽力し伊藤博文の協力を得て実現させたことにより、明治日本はその正統性を確保することができたと指摘し、単なる実業家を超えた栄一をスーパー企業家と評価しました。

 官と複雑な間合いを取り続けた知的リーダーの群像から近代日本社会を再考するという刺激的な発表に触発され、2人の討論者ドナルド・キーン氏(コロンビア大学教授)・陶徳民氏(関西大学教授)とパネリストとの間で活発な議論が展開されました。司会の渡辺浩氏(東京大学教授)の提案で30分時間を延長しましたが、700人を超える聴衆は、最後まで熱心に耳を傾けていました。

 実は6月に関西大学で開催されたシンポジウムでも渋沢栄一が近代日中関係のなかで活躍した知識人や実業家の一人として焦点を当てられ、張謇や白岩龍平らとともに日中関係に及ぼした影響について議論されました。このように同時代の内外の人物と比較することにより、渋沢栄一研究の地平が広がったと思います。


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