史料館だより

75 渋沢栄一が望んだ国際親善 子どもたちに託した想い

『青淵』No.901 2024(令和6)年4月号

 2024年の「桃の節句」をみなさまは、どのようにお過ごしだったのでしょうか。

 とても良いお天気の日だった3月3日、当館では講座「かわいい、かわいい人形さん、ようこそ日本へ!~記録映像でみる日米人形交流『青い目の人形』~」を開催いたしました。97年前に渋沢栄一が当時の子どもたちに託した大きなメッセージをあらためてご紹介する機会に恵まれたのです。

 本講座ではまず、当館所蔵の記録映像「Doll Messengers of Friendship」(1927年)を当館においては初めて公開しました。

 この記録映像は約10分間の内容で、1927年にアメリカから日本の子どもたちに贈られた「友情人形」(通称「青い目の人形」)が、アメリカでの送別会を経て、日本に到着し、その後、横浜や東京で開催された歓迎会、展示会などが、時系列を追って紹介される内容となっています。また渋沢栄一が、段飾りの雛人形を前に孫たちと楽しそうに過ごす様子や、「友情人形」をうれしそうに手にする様子も収められている貴重な映像です。

 この映像は、当時の文部省とともに日本国際児童親善会長を務めていた渋沢栄一らが出資して、アメリカで制作されました。その後、日本に残っていたフィルムは散逸し、所在不明となっていましたが、近年にアメリカでフィルムが発見され、シカゴ映像協会が修復し、現在は当館が映像データを所蔵しています。

 1924年、アメリカでは「排日移民法」が成立し、日本人移民が差別や偏見によって暗く抑圧された時代がありました。そうした中で、生きる希望や文化の尊さを伝え続け、次世代の社会を築く子どもたちに、希望の光を届けようとしたのが、渋沢栄一とシドニー・L・ギューリックでした。

 栄一とギューリックは、移民排斥問題解決など日米関係の改善に取り組み、互いの国の人々の声を聞き、複雑な状況下にあっても問題解決のために力を注ぎました。そして日米親善を目的として、未来を築く日米両国の子どもたちが、互いに「贈り物」をする計画を実現しました。

 ギューリックは、日本には子どもの豊かな成長を願って雛人形を親から子に贈り、お祝いする「雛祭り」があることに着目しました。そして栄一に相談をして、協力を依頼しました。

 栄一は、「日本国際児童親善会」を設立して会長となり、日本の外務省や文部省に働きかけを行い、1927年の雛祭りにアメリカの子どもたちから、日本の子どもたちへ、真心が込められたおよそ12000体の「友情人形」をお迎えしました。
 「友情人形」は「人形大使」として日本国内の幼稚園や小学校に届けられ、日米親善の大切なメッセージを伝えました。そしてアメリカと日本の未来への平和の懸け橋となって、日本中で歓迎されました。また「友情人形」は、当時、日本国内で流行していた童謡や、人形の瞳の色から「青い目の人形」と呼ばれたのです。

 なお記録映像では紹介されていませんが、その後、栄一は、この温かい友情の交歓によって日米の平和が続くことを願い、日本からアメリカへ、計五八体の市松人形を「友情人形(答礼人形)」として贈ろうと日本の子どもたちに呼びかけ、これも実現しました。

 こうした日米親善のために全身全霊で尽力した人々の思いと行動は、願いかなわず、日米両国は戦争の時代に突入し、日米交流は忘れ去られていた時期もありました。しかし、戦中、戦後の大変な時代を経て、温かな友情を大切にした方々の思いと、当時の「友情人形」や関連の資料が各地で公開されるようになり、再び注目を浴びることとなりました。
 2027年は、栄一とギューリックたちが取り組んだ日米友情人形の事業から100年を迎えます。最近、当館には友情人形に関連する資料の調査や展示協力の依頼が多く寄せられるようになりました。

 当館所蔵の友情人形の事業に関する書類等は、経年劣化が進んでいるため、容易に館外へ出すことが困難な状態です。100周年を前にして、私たち学芸員は、人形関係資料の公開の在り方を模索し、デジタル撮影を進めるように検討しています。

 先述の記録映像も広く公開できるように準備しており、栄一たちの平和への思いを広く紹介するために、まずは本講座を開催しました。記録映像は、英字幕があるものの無声であるため、日米人形交流事業を歴史的な観点から研究をされている大妻女子大学の是澤博昭教授にインタビューをしながら視聴をしました。是澤先生とお話をしながら会場の皆様と一緒に映像を観ることで、今後さらに調査研究の可能性があることが分かりました。是澤先生には引き続きご指導をいただきながら、私たち博物館の役割を果たせるよう努力してまいります。

 また本講座では、本年2月に当館にご寄贈いただきました、新発見の「友情人形」をお披露目することができました。97年前に日本に派遣されたアメリカの友情大使「ヂーン・クレア―・ダウニング」ちゃんです。当館では今後、来歴を調査して、一部補修などを行い、展示などを通じて皆様にご紹介する予定です。ご期待ください。

 文末になりましたが、本講座の開催にあたってご指導、ご協力をいただきました皆様に感謝申し上げるとともに、当日ご参加いただきました多くの皆様に厚く御礼申し上げます。そして皆様にとっても新たな春が、平和で温かなひと時なることを願っております。

(渋沢史料館副館長・学芸員 川上 恵)


一覧へ戻る