史料館だより

73 渋沢史料館企画展「鮫島純子さんが語る"おじいさま"」のご案内

『青淵』No.892 2023(令和5)年7月号

はじめに

 渋沢史料館では今夏、企画展「鮫島純子さんが語る"おじいさま"」を開催いたします。

 渋沢栄一の孫で、エッセイストの鮫島純子さんが本年1月19日にご逝去されました。100歳でした。

 純子さんは1922年、栄一の3男で実業家の渋沢正雄の次女として、東京・滝野川町西ケ原(現・北区西ケ原)に生まれました。「純子」の名は、栄一の命名によるものであり、純子さんは自分の名前をとても気に入り、栄一直筆の「命名書」と掛け軸を大切になさっていました。

 純子さんは幼少の頃より、祖父・栄一が住む東京の飛鳥山邸を訪れ、栄一と接したり、お話ししたり、飛鳥山で大切な時間を過ごされました。また栄一が亡くなったあとも、思い出の地にたびたびいらっしゃいました。

 純子さんのお話は、心のこもった思い出というだけでなく、歴史的な「記録」でもあります。純子さんが語る「おじいさま」・渋沢栄一は、穏やかで優しく、他人を敬い大切にする人物でした。家族だからこそ知っている栄一の姿を、純子さんの語りやイラスト等を通じて、多くの皆様に知っていただければ幸いです。以下、企画展の概要をご紹介いたします。

おじいさまとの思い出

 純子さんが生まれたのは1922年、大正時代です。そのころ、渋沢栄一は創立・関与した多くの企業や団体の役員を辞任し、実業界からは引退していました。その一方で栄一は国際親善、また福祉、慈善事業や街づくり、人材育成の支援などに精魂を尽くしていました。

 栄一の活動については『渋沢栄一伝記資料』などからうかがい知れますが、家族だけに見せる、家族だけが知っている「渋沢栄一」の姿を知りたく、純子さんからたびたびお話を伺いました。その際、純子さんは「おじいさまとは、私が10歳前にお別れしたので、薫陶を受けるのには幼すぎて、思い出はないのよ」と残念そうにお話をされました。しかし、純子さんの貴重な思い出話からは、栄一が幼い孫たちに対して、決して尊大な態度ではなく、孫たちの人格を尊重して、礼節をもって接していたことが読み取れました。まさに栄一が大切にしていた姿勢です。

 2005年に純子さんに制作していただいた作品(計10話)のうちの一話「庭の散歩と山高帽」は、本企画展のキービジュアルとしています。栄一の住まいがあった東京・滝野川町西ケ原(現在の飛鳥山・旧渋沢庭園内)を純子さんと一緒に散策した際、まず訪れたのが晩香廬でした。1916年に竣工した晩香廬が建つ広い庭は、純子さんほか従兄姉、孫たちが遊んだ場所で、いつ訪れても追想を賑やかに飾ってくれる思い出の地であると伺いました。

渋沢家の純子さん

 純子さんは従兄姉たちと一緒に「ご機嫌伺い」という名目で栄一の家へ遊びに行くときには、近所の方々には「行ってらっしゃい」、「おかえりなさい」と声をかけてもらい、温かい人々に囲まれて生活をしていたといいます。

 純子さんの自宅の居間には、栄一が揮毫した扁額が掲げられていました。徳川家康の有名な遺訓「人の一生は、重荷を負うて遠き道を行くが如し。急ぐべからず。」は、ことあるごとに慰めとなったそうです。そして両親は「父・渋沢栄一」の生き方や行動する姿を思いながら、純子さんたち兄妹を育てました。

 純子さんは、栄一の最晩年の姿に接し、幼かったために成人としての薫陶を受けることはできませんでしたが、栄一を心から尊敬していました。純子さんの心の中に流れる「渋沢家」のしきたりや出来事をご紹介します。

鮫島純子さんが伝え続けたこと

 純子さんから「おじいさまとの思い出」をお伺いすると、いつもほのぼのとした気分になりました。そして純子さんの言葉の端々から、日常を一つ一つ丁寧に、相手の心を大切に思いやりながら暮らしておられることを知りました。
 純子さんが2000年に出版した『あのころ、今、これから...』(小学館)というイラスト集があります。この著作は、純子さんの夫・員重さんの療養中に、純子さんが夫を励まそうと、二人で会話を交わしながらイラストを画き進めたことがきっかけとなりました。

 その後、純子さんは何冊もの著作を出版されたほか、各地で講演もしました。近年では、おじいさまがNHK大河ドラマの主人公や新紙幣の肖像に選ばれたことで、ますます執筆、講演の依頼が増え、純子さんは精力的におじいさまへの思いを語りました。「一日一日、一段一段、誠実に真心をこめて楽しい人生を生きていきたいと思います。」と、明るく前向きに、ともに過ごす人が幸せになるような言葉をたびたび述べていた純子さんは、おじいさまの思想や行動から多くのことを学んだのでしょう。

 純子さんは、おじいさまと過ごした時代、その後の戦争、純子さんの結婚、出産、育児、家族のことなど、「人生」のいろいろな場面を描いています。

おわりに

 現在私たちは、渋沢栄一の姿を文字、写真、映像などの資料でしか知ることができません。しかし純子さんに大切な思い出を語っていただき、さらにイラストを描いていただいたことで、資料だけでは伝わらない「温かな渋沢栄一」に触れることができた気がします。本企画展をぜひ多くの皆様にご覧いただき、新たな渋沢栄一の姿を知っていただく機会となれば幸いです。皆様のご来館を心よりお待ちしております。

 なお本企画展の開催にあたっては、鮫島家の皆様に多大なるご支援を賜り、また株式会社榮太樓總本鋪、株式会社光文社、株式会社帝国ホテル、株式会社文藝春秋の皆様にご後援、ご協力を賜りましたことを深く感謝申し上げます。

(渋沢史料館副館長・学芸員 川上恵)

*企画展の会期は本年7月1日(土)から8月27日(日)までです。詳細は渋沢史料館のウェブサイトをご覧ください。


一覧へ戻る