史料館だより

70 今こそ、足もとを見つめ直そう!

『青淵』No.874 2022(令和4)年1月号

 新年明けましておめでとうございます。昨年、大河ドラマ「青天を衝け」の放映をはじめ、各種メディアが様々なプログラムを組み、多面的に渋沢栄一を伝えてくださったことで、非常に多くの方が渋沢栄一に対して興味を持っていただけるようになったと実感しています。コロナ禍の影響で、イベント等の開催では制限が加わり、十分な形には至らなかったとは思われますが、渋沢ゆかりの地方自治体、事業体はじめ全国各地で大きな盛り上がりをみせたのです。また、これまで目が向けられなかった地域においても新資料の発見、事績の掘り起しが進んだのでした。

 日頃より栄一の事績・思想を普及させることを本務とする身としましては、単にその喜びに浸るということ以上に、正しい渋沢栄一像・実業家としての姿はもとより、様々な社会事業にも力を尽くした栄一の真の姿ををより広く、そしてより深く伝えられる良いきっかけになるという喜びを感じております。

 まさに今、真の姿を問い続けることによって、渋沢栄一を単なる実業家ではなく、残した事績がそれを物語るように近代日本社会の創造者であり、組織者(オーガナイザー)としての位置づけを改めて捉えてもらえる好機として受けとめています。
 渋沢栄一記念財団では、このコロナ禍の状況下であっても、これまで着実に推進してきた事業の成果、例えば、新たな資料・情報を駆使し、新たな手法によって展示をご覧いただけるようにしたことや、デジタル化した資料・情報を提供出来ていることは、財団がめざす事業目的を確実に達成出来ていると思っています。

 節目ごとの再考、見直しは、とても重要であり、単に振り返るだけでなく、次につながるプランを構築する中で、維持すべきところは残し、その時々に応じて変化を必要とするところは、適宜ふさわしい形を見出していくことが必要だと思います。そのためにも改めて渋沢栄一の事績・思考を見直し、その評価を広い視野に立ち、幅広く耳を傾け、その時の状況をしっかりと把握しつつ、適切なプラン構築に繋がる力を養っていきたいと思っています。

 それは、事業だけに目を向けるものではありません。事業もさることながら、その事業を支える土台自体をしっかりさせておかなければならないと思います。落ち着かない時だからこそ、足もとを改めてしっかり見つめ直す必要を強く感じます。

 今回は、改めて渋沢栄一の考えに則って、その点を見つめ直したいと思います。栄一は、事を起こす時の必要な条件・要件として次のようなことを提示しています。それらと照らし合わせながら留意点を見ていきます。

 ―つは、「周囲の事情に適応すべし」ということです。自分の力だけで事を進めることは困難であって、必ず周囲の事情を察知して、よくこれに適応するようにしなければならないということです。周囲の関連する諸種の事態によって振・不振を来すことへの注意喚起、周辺事業主と相助け合い進むようにという意味も含まれています。これは、担当するセクションの人間が担当する事業だけに目を向けるのではなく、自分の立場を弁え、推進すべき事業全体をしつかり捉え、「共同一致」の精神でことに当たれということを暗に示しているように思います。

 次は、「二重の手数(無駄)をかけないように」です。日頃の細かいチェックが大きな失敗を防ぐとしたことです。一見すると矛盾することのようですが、日頃の小さな手数の怠りが度重なると非常な大きな損失となり、殊に二重の手数を煩わすことになるということで、これも強く肝に銘じておきたいことです。

 その他にも、事を起こすにあたっては、公益性を帯びているかの確認、資金が確実に得られているか、人材(責任を負え、信頼に足る首脳、力を備えた実務者)の存在、詳細な事業・予算計画等の確認を求めています。そして、それら条件が整っていたとしても、さらに留意すべき点として挙げるのが、着手すべき時が時宜に適っているのかということです。せっかく良しとしたことを断行したところで、功少ない場合やかえって混乱に陥ることも想定出来たりします。心したい点です。

 さらには、「絶大なる忍耐力」が必要ということです。事を立上げ、進めていく上においてすべて順調に事が進むということはあり得ないもので、何かしら困難に遭遇します。ただ、まずはその困難に立ち向かい克服する心構え、耐え忍ぶ心構えの必要性を説いています。いったん立ち上げた事を長く永続させるための必須条件としているのです。それは、道義・道徳を重んじることによって得られるのと同様に「信用」を勝ち得るための重要事項であるということです。簡単に責任転嫁を図ったりするのではなく、自らの責任によって永続させる事の重要性を学ぶべきと理解出来ます。

 最後は、事を成す環境の整備です。ただ単に作業場なりの整理整頓を言うのではなく、事に当たる人の給与の体系から、キャリアハイに関わる体系までを整備された環境を言っています。

 以上お伝えしたような内容が、事を成す上での条件として渋沢栄一が示すものですが、栄一の事績・思想の普及を推進する本家本元だからこそ、より強く意識し、先に述べたような公にとって意義ある事業展開を図り続けられるよう、改めて足もとを見つめ直し、今年一年もより良い成果を挙げるべく精進してまいりたいと思っております。

 本年も引き続きご協力の程よろしくお願い申し上げます。

(館長 井上潤)


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