MENU
『青淵』No.850 2020(令和元)年1月号
新年明けましておめでとうございます。
本年は、渋沢栄一が3回目の還暦、生誕して180年という節目の年を迎えます。
昨年、新一万円札の肖像が渋沢栄一に決定したとのニュースが飛び込んできたことに加え、来年放映予定の大河ドラマの主人公に選ばれたということで、様々な取材、ご依頼等が後を絶ちません。リニューアル工事のため、昨年9月1日以降休館とさせていただいておりますが、来館者も8月末の時点でも、前年比2.5倍で推移しました。このように多くの方に興味を持っていただいていることを実感していますが、これは、東京近辺に限らず、渋沢ゆかりの地域自治体、事業体はじめ全国各地で大きな盛り上がりを目せているのです。また、これまで目が向けられなかった地域においても新史料の発見、事績の掘り起しが進んでいます。
日頃より栄一の事績・思想を普及させることを本務とする身としましては、単にその喜びに浸るということ以上に、正しい渋沢栄一像・実業家としての姿はもとより、様々な社会事業にも力を尽くした栄一の本当の姿をより広く、そしてより深く伝えられる良いきっかけになるという喜びを感じております。
渋沢栄一記念財団は、渋沢栄一に対する注目がより一層高まるといった状況の中で、渋沢栄一に対する評価が変化しつつあり、それをしっかり見つめ直す時と考えております。
このような機に接した今回は、改めて述べるまでもないかもしれませんが、今一度、渋沢栄一というのはこのような人物であるということを紹介すると同時に、今日なお目を向けられている側面を紹介したいと思います。生誕して180年を迎えるという歴史上の人物・渋沢栄一が今なお注目度を増し続けているのは何故なのでしょうか?
それは、栄一の事績・思想が決して過去の事績としてではなく、現代社会にあって今なお色せることなく、私たちに多くの示唆を与えてくれる彼の事績・思想だからであると思われます。
日本の実業家のリーダーとされる栄一。生涯関係した企業の数が約500ということからしても間違いないところですが、さらに言えば、生涯関係した社会事業は、600を数え、このことからも単なる実業家でないことはおわかりになると思います。むしろ日本の近代社会を創造し、全体を組織化したオーガナイザーとしての位置づけが与えられる人物なのです。
その栄一が現代社会において大いに活かされるものとして注目を浴びている点は、どこにあるのかをまとめてみます。
1つ目は、道徳と経済の一致を説き、企業倫理を徹底し、産業活動を活発化したことです。道徳観、倫理観の欠如から様々な事件が繰り返される今日、道徳的な観念を持った生産殖利のあり方を説いていた渋沢の考えが、非常に注目されています。
2つ目に、『論語』を規範にしたとする栄一。今日、資本主義のあり方が問われ中で、栄一が貫いた儒教精神が再評価され、栄一の考えとともに注目されています。
3つ目は、企業の社会貢献の先駆者としてです。現在、多くの企業が社会貢献事業を積極的に行っていますが、企業経営自体を社会事業として捉え、社会への責任を果たすことが、まずは社会貢献につながるとする考えた栄一の信念を見直すべきではとされています。
4つ目は、リーダーシップの発揮です。国内・外を問わず、確固たる先を見通したビジョンを示すことの出来る人物の出現が求められていますが、栄一がその求められる人物像として重ね合わせられているところがあります。
5つ目は、高齢社会の模範としてです。栄一は、最後まで自分のことは自分で行い、また、世の中のために貢献したいという姿が、この高齢社会にあって本当に模範的な姿とされています。
最後に、栄一は、官尊民卑の打破を標榜し、また、公益を優先し、官の補完ではない民間先導の活動によってこそ日本の発展があり国際社会への貢献があるのだという信念を持ち続けました。これからの時代は、栄一の思想と行動にならい、官民一体で新しい公益の実現を目指す行動が求められているように思います。
そのような折に、タイミングよく、本年3月末にリニューアルされた常設展示が公開します。これまでの展示と大きく構成を変え、栄一の人生を時系列でしっかり捉えることを一つの軸としています。決して単線でなかった人生、複線・複々線であり、しかも平行に進むのではなく、複雑に絡み合いながら進んだ人生を展示にて表現していくことになり、栄一の人間性や思想・事績に関する深い理解を利用者に提供出来ると信じています。
真の姿を問い続けることによって、渋沢栄一を単なる実業家ではなく、残した事績がそれを物語るように近代日本社会の創造者であり、組織者(オーガナイザー)としての位置づけを改めて捉えてもらえる好機として受けとめています。
節目ごとの再考、見直しは、とても重要であり、単に振り返るだけでなく、次につながるプランを構築する中で、維持すべきとところは残し、その時々に応じて変化を必要とするところは、適宜ふさわしい形を見出していくことが必要だと思います。そのためにも改めて渋沢栄一の事績・思考を見直し、その評価を広い視野に立ち、幅広く耳を傾け、その時の状況をしっかりと把握しつつ、適切なプラン構築に繋がる力を養っていきたいと思っています。
本年も引き続きご協力の程よろしくお願い申し上げます。
(館長 井上 潤)