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『青淵』No.838 2019(平成31)年1月号
新年明けましておめでとうございます。
新しい年を迎え、渋沢栄一記念財団もまた新たな顔をのぞかせようとしています。一つは、これまでにも何度となくご紹介してきた渋沢史料館常設展示のリニューアルです。すでに設計段階に入っておりますが、少しずつその姿がイメージ出来るようになってきました。展示室の全床はもちろんのこと、エントランス、閲覧コーナー、そして重要文化財の晩香廬・青淵文庫も含めてのプランとなっています。現在の展示と大きく構成を変え、栄一の人生を時系列でしっかり捉えることを一つの軸としています。決して単線でなかった人生、複線・複々線であり、しかも平行に進むのではなく、複雑に絡み合いながら進んだ人生を展示にて表現していくことになると思います。これにより、これまで見えなかった「渋沢栄一」像の見える化が進み、栄一の人間性や思想・事績に関する深い理解を利用者に提供出来ると信じています。その際、映像・画像も駆使し、よりわかりやすくお伝え出来るようにしたいと思っています。さらに、最新IT技術を導入し、精製されたデジタルコンテンツにより、より多くの情報を提供できるようにしたいとも思っています。栄一の人生をたどり、栄一を知り、栄一に触れる空間が創造されようとしているのです。
そしてもう一つは、来館者が見学に際して意識を高めてもらうこともねらいとして、「栄一はなぜこのような行動をしたのか」、「なぜこのように考えたのか」といった問いかけを行う形を取るようにしたいと考えています。
問いかけるということでは、単に展示だけの問題だけでなく、財団の事業全体においても考えていくべきと思っています。現在の財団の目的は、「この法人は、渋沢栄一の偉業及び徳風を追慕顕彰し、渋沢栄一が終始唱道実践せられた道徳経済合一主義に基づき、経済道義を昂揚することを目的とする。」と定款にて謳われたています。これはこれで、大切にしなければならない目的ですが、さらに、「渋沢栄一の『真の姿』を問い続けることを通して、世のあるべき姿を考える。」ということも目的として加えるべきであろうと考えます。
これも、これまでにも何度となく触れてきました、「見えない」とされてきた渋沢栄一を「見える」ようにすることにつながるものです。
例えば、渋沢栄一が事業を起こす、事業体を維持する、それらの際の苦悩、葛藤、迷いなどに加え、晩年の自分の位置づけや、公人と私人との狭間での気持ちの揺れなどが考えられます。このようなものを追究し、「見える」ように出来れば、本当の意味での「人物」を扱うことになるのではと思ったりします。
また、これらのことは、展示にはなかなか置きかえられないものとされてきた中、今回のリニューアルでその可能性を求めて挑戦していくのです。そのためには、これまでにも試みてきたことですが、栄一が生きた時代背景をしっかりと捉えなくてはならないと思います。残された史資料を幅広い領域から重層的に、そして体系的に、多角的に分析し、よく言う資料の行間を読み解かなければならないということです。そのような積み重ねから、まさに「見えない栄一」を「見える栄一」へと導くことになると思います。
今、得られる渋沢栄一のイメージというと、強いリーダーシップを発揮する人、高い適応能力(柔軟性)、洞察力、未来志向、組織力、忍耐力、バランス感覚を備えた、世の中全体を見渡し、適切なる判断のもと、積極的に行動を起こす人、彼の世界に巻き込まれる中で、人を育たせ、事業を育たせた人といったところがあげられると思います。
これらの栄一のイメージを裏打ちするため、例えば、次のようなプロジェクトなども進めていきたいと考えています。
渋沢栄一の行動、考えを洗い出すというものです。様々な歴史事象(大政奉還、日清・日露戦争、第一次大戦、恐慌等)の中における彼の行動・言動の洗い出し、これは、同時代人との比較も必要と思っています。同様に栄一個人の事歴(幕臣、官僚、銀行〈破たん〉)の中での行動・言動の洗い出し、そして、時代の中での渋沢栄一の評価の分析などを通して様々な疑問点を抽出し、問いかけ、意見の集約をした上で、展示のみならず、デジタルコンテンツ作成・発信、セミナー等の開催などの財団事業への展開をはかっていきたいと思ってます。
真の姿を問い続けることによって、渋沢栄一を単なる実業家ではなく、彼が残した事績がそれを物語るように近代日本社会の創造者であり、組織者(オーガナイザー)としての位置づけを改めて捉えてもらえる好機として受けとめています。
以上のように真を問う一方で、今後の財団運営をどのようにすべきかも、模索しています。過去において「可能性を求めて」ということで、事業の拡大化路線がはかられ、個々の事業の充実度が増しました。やれるべきことはやり遂げたといっても過言ではないと思われます。改めてこれまで進めてきた事業を淘汰し、今後当財団がなすべきものは何かをしっかり見定め行きたいと思っています。
世界的に見通しの立たない社会状況の中で、当財団ならではの事業とは何かを問う、「実を問う」ことも重要視し、財団の発展を図って参りたいと思っています。
繰り返しになりますが、民間の小さな組織が、国際的な視野に立つネットワークのハブとなり、社会的な大きなパワーの基となることを目指していますが、職員一同が、なすべきことの意味を理解し、事業に当ると同時に、管理する側においては、その事業を永く推進していくために必要な、健全なる組織運営を心がけるよう、努めるべきと思います。本年も引き続きご協力のほどよろしくお願い申し上げます。
(館長 井上 潤)