史料館だより

62 明治150年に想う

『青淵』No.826 2018(平成30)年1月号

 新年明けましておめでとうございます。

 今年は、明治維新から150年の節目の年を迎えます。中村草田男ではありませんが、まさに「明治は遠くになりにけり」といったところでしょうか。政府も明治以降の歩みを次世代に遺すことや、明治の精神に学び、日本の強みを再認識することを大変重要なこととし、そうした基本的な考えを踏まえつつ「明治一五〇年」に関連する施策に積極的に取り組んでおられます。その中で注目したいのは、明治以降の近代日本を築いたのは政治家・官僚だけによってではなく、民間の人たちの力も大きかったとして目を向け、その一人として渋沢栄一を取り上げようとしていることです。

 これは、渋沢栄一を単なる実業家ではなく、彼が遺した事績がそれを物語るように近代日本社会の創造者であり、オーガナイザーである位置づけを改めて捉えてもらえる好機として受けとめています。

ところで、栄一自身が「明治」という近代社会への移行、またその時代そのものをどのように捉えていたのでしょうか。例えば、それは「徳川慶喜公伝」の編纂事業にみることができます。栄一は、とりわけ恩義を感じ、尊敬していた人物の一人というだけでなく、徳川慶喜が恭順の意を表して大政奉還に至った史実を後世に受け継ぎたいという思いから慶喜の伝記編纂を考えました。

 実は、飛鳥山の渋沢邸内に今も残る青淵文庫には、栄一自らが蒐集してきた漢籍類を納めて、晩年は自らの勉学の場所としたいと思っていたのと同時に、「徳川慶喜公伝』を編幕するにあたり、蒐集した資料をそこに収め、それを後世に受け継ぎ、また閲覧に供するような形に整えておきたいということを考えていました。残念なことに、関東大震災が起こり、日本橋兜町の事務所に残していた蒐集した「徳川慶喜公伝」の資料が事務所の崩壊とともに火災に会い、事務書類とともに焼失してしまったのです。

 栄一は、時代の重要事象を世に受け継がせていきたいという思いをもって、当時においては、公のために記録を活字化して書籍という刊行物によって遺された資料を公開するというような考え方を持つと同時に、記録をいくつかに分散させていろいろなところで見られる、活用してもらえる環境づくり、そして、いざ元の資料がなくなったときも情報として受け継がれていくということに頭がめぐっていたと思われます。

 また、明治神宮創建の事例からもみてとれるように思います。

 栄一は、明治神宮奉賛会の副会長として主に民間の人達からの予算を獲得する役割を担って、浄財集めに全国を奔走しました。

 内苑は国費で賄い、外苑だけを民間の費用によって賄うべきとし、各地の実業家達に説いてまわりましたが、その中で栄一が説いたのは、自分は、ただ単に信仰対象とした神社を造ろうとしているのではないということでした。明治天皇という存在と、その聖徳の意を表すものを設け、それとともに「明治」という世を長く後世の人達にも語り継いでもらうものとして設計しており、そのための浄財集めなのだというものです。

 外苑には絵画館や野球場、競技場、プールなど、国民の憩いの場を設け、その中で、人々に明治天皇・明治時代に触れさせる機会を作ろうとしたところが感じられ、栄一の明治神宮創建への思いが垣間見えるのです。

 これらの事例から、栄一が、近代社会を創造するにあたり、伝統的な文化を受け継ぐことの重要性を認識していること、明治という時代への移行の真意、明治の時代を受け継ぐ姿勢が見て取れます。決して懐古主義を主張するものではなく、新たな時代を構築する上で活かすべきものとして、受け継がせようとしたのでした。

 この栄一の考えを受け継ぎ、また、最初に述べたような、その考えの持ち主である栄一自身の実像をより正確に捉え、広く伝えるべく、当財団はこれまで挑んできたのです。

 そして今年、当財団あげて、さらに力を注いでいこうとしているのが、展示室の全床改装。受付、会議室、閲覧コーナーの活用法、最新技術等の導入についても検討を加えながら、これまでの企画展等の成果を活かし、栄一が築いた人的ネットワーク、栄一の人間性についても焦点を当てる常設展示リニューアルです。本年は、基本計画によってリニューアルのコンセプトを確立させ、基本設計へと進めていきます。

 大きな目標として、栄一を人として捉え、彼の人生を時系列でしっかり捉えるところにあります。決して単線でなかった人生、複線・複々線であり、しかも平行に進むのではなく、複雑に絡み合いながら進んだ人生を展示という手法を通じて表現し、これまで見えなかった渋沢栄一像を見える化させ、人間・栄一に関する深い理解を利用者にわかりやすく提供します。それを暮らしや仕事に活かすことで、各人・企業がよりよい社会づくりに積極的に参加することが出来、社会に大きく貢献出来得るものとなることと信じています。

 資本主義社会の再考、栄一の儒教倫理思想、社会事業への貢献実態等をグローバル、ローカルな視点を折りまぜながら追究してきた当財団での成果は、常設展示リニューアルヘの反映はもちろんのこと、現代社会への応用・啓発を目的としたプログラムの企画・実施へもつなげて参りたいと思います。

 以上、昨年も述べましたが、民間の小さな組織が、ネットワークのハブとなり、社会的な大きなパワーの基となるよう、さらに挑戦して参ります。本年も引き続きご協力の程よろしくお願い申し上げます。

(館長 井上潤)


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