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『青淵』No.814 2017(平成29)年1月号
新年明けましておめでとうございます。
新しい年に大きな期待を寄せていらっしゃる方が多いかと思いますが、一方で、この先、世界がどのように進むのか読めない状況に不安を抱きつつ、世の安寧を願う方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。歴史に「たら・れば」はありませんが、渋沢栄一の事績・思想を検証し、「今、渋沢栄一が生きていたら......」を考え、それを発信することが、当財団のなすべき事業の一つです。
そこで、少し当時の栄一の国際社会に対する事績、発したメッセージを振り返ってみましょう。現代社会が抱える問題点からすると、視点はずれているかとも思いますが、次のような事例を紹介したいと思います。
国際的な役割を多く担った栄一は平和な国際社会を強く希求し、この方面においてもリーダーシップを発揮しました。
代表的な事績として、1909(明治42)年に渡米実業団の団長としてアメリカに渡ったり、日本国際児童親善会を立ち上げ、1927(昭和2)年にアメリカの宣教師シドニー・ギューリックの提言のもと日米人形交換を実行に移したりして日米関係悪化の解消、国際交流に尽力したことはよく知られるところですが、そのほかにも、今で言うNGO・NPO的な日米関係を緩和する民間の委員会にも深く関与し、国際交流を高め、情報の交換と国民感情の相互理解にさまざまな機会を与えたのです。
1906(明治39)年に発足した大日本平和協会で積極的に活動した会員でした。栄一は、国際平和が単にビジネスにとって絶好の条件を生み出すだけでなく、それ自体の道徳的価値によって有益なるものであるという自らの信念を説明しています。
1913(大正2)年、頂点に達した排日運動問題の解決を求めるため、日米同志会を結成し、その会長に就任したり、1916(大正5)年2月、日米両国民の相互理解の増進をはかり、その具体策を取りきめ、日米間に生じた意見の対立をすべて取り除くことを目的とした日米関係委員会の結成を牽引しました。
また1917(大正6)年に、日米の著名人100名以上を集めて設立された日米協会においても有力な参画者・支持者としての栄一の姿がみられました。日米両国民の交流を促し、両国の誤解を解き友好関係を促進するための意見交換の場所として機能し、現在に至る日米協会の基礎づくりの段階にも栄一は、いつも変わらぬ貢献者として存在したのでした。
国際連盟の活動と理想を支援するため結成された国際聯盟協会初代会長を務めた栄一は、国際連盟を世界平和への新しい希望の礎とみていたのです。
栄一は、1912(明治45)年に行った演説で、戦争が一国の経済を助けるという考え方を否定し、戦争が富を増すと考えることは、その人間の経済的真理に対する無知をさらけ出すとしています。
彼は個人的および国家的貪欲、人間対立、国際紛争という三つの原因から起きる戦争が経済的価値を生むと言う考えに反対の意思を表したのです。そして経済的利益に着目しつつ、世界がより豊かになるためには国際協力がいかに重要であるかを力説しています。国際的秩序は、平和的な「経済戦争」によってもたらされるべきだと信じていた栄一は、生産と通商の振興こそが、近代世界の中で生存・発展していかなければならない各国に共通な課題で、武器によらず、知識と生産の促進による「経済戦争」こそ、将来の戦争であるとしたのです。さらに、戦争を避ける唯一の方法は、社会の道徳的水準を引き上げることと考えていました。人間性と正義の原則は国際関係において有効であるだけでなく、商工業の利益とも合致するものとしました。「経済に国境なし」。人々が自らの利益を増進するため他人を傷つける必要はないことに気づくとき、恒久平和が確立し、無駄な戦争はなくなるであろうと考えていたのです。このように栄一は、強い信念を粘り強く伝え、平和な国際社会へ導こうとしたのでした。
しかし、アメリカが第一次世界大戦に参戦したとき、栄一は失望の色を隠せませんでした。アメリカこそその指導力により、世界を平和に導いてくれるものと期待していたからです。アメリカへの信頼は一時的に揺らいだとはいえ、彼の国際理解と平和に対する献身は変わらなかったのです。
このような栄一の人間性や事績・思想に関する深い理解を利用者にわかりやすく提供し、暮らしや仕事に活かすことで、各人・企業がよりよい社会づくりに積極的に参加し、社会に大きく貢献できるようにすることが、当財団の目指すところです。
そのために、デジタル版『渋沢栄一伝記資料』の公開をはじめとしたデジタル化、種々のデータベース構築による情報発信量の増加、資料・情報へのアクセス向上・利用促進をはかります。そして、最新IT技術の導入や、これまでの企画展等の成果を活かし、栄一が築いた人的ネットワーク、栄一の人間性についてもよりわかりやすく伝えることができる常設展示に加え、受付、会議室、閲覧コーナーの活用法をも加えた史料館リニューアルを進めていきます。さらに、他の研究機関等との協力促進を通して渋沢栄一思想の現代社会への応用・啓発プログラムの企画・実施も試みていきます。
民間の小さな組織が、国際的な視野に立つネットワークのハブとなり、社会的な大きなパワーの基となることをめざしていますが、職員一同が、なすべきことの意味を理解し、事業に当ると同時に、管理する側においては、その事業を永く推進していくために必要な、健全なる組織運営を心がけるよう、努めていきたいと思います。本年も引き続きご協力の程よろしくお願い申し上げます。
(館長 井上 潤)