史料館だより

4 渋 沢 情 報 の 整 備

『青淵』No.662 2004年(平成16)5月号

 実業史研究情報センターでは、新たに専門司書を迎え、いよいよ本格的な活動が始まりました。センターには、目標ともいえるような、事業を支える方法論が3つあります。1番大きな手法はデータベース作りです。断片的な情報は調査して補い、いろいろな種類の情報を種類別に整理して、国際的にも多方面からの利用に堪えるようにするもので、これを「情報資源化」と呼んでいます。2番目は渋沢栄一の活躍の背景となった実業史にまで渋沢史料館全体の事業領域を広げることです。守備範囲の拡大によって、渋沢栄一の活動の意味を立体的に捉え栄一を歴史的に位置づけることが、より客観的にできるようになります。これは栄一を「文脈化」する作業であるといえるかもしれません。もう1つの手法は、アウトリーチの拡充です。飛鳥山の史料館に足を運ばなくても、史料館の活動の恩恵を受けられるようなチャネルを増やしていくことです。これにはITが大いに威力を発揮しますが、そればかりではなく海外での展覧会なども含みます。センターは常にこの3つの手法を意識しつつ仕事をしてまいります。

 実業史研究情報センターは、「青淵翁記念日本実業史博物館」の構想を現代的に実現しようとするものであることは、本誌1月号に記しました。旧構想は3つの部門で構成されており、その1つが青淵翁記念室でした。その部門にあたるような仕事で、本誌『青淵』読者の皆様にとくに関係が深いと思われるセンターの事業についてご紹介いたします。 
 渋沢栄一は非常に幅広く多岐に亘って活動しているうえ、長寿に恵まれて長期間の活動が可能でした。現在、史料館に収蔵されている渋沢栄一関係の資料は、実はごく一部にすぎません。たとえば渋沢栄一の日記は慶応4年から昭和6年まで合計30冊が残されていますが、それは現在、国文学研究資料館史料館に収蔵されています。栄一ゆかりの品々もあちこちに保存されています。膨大な資料に基づいて『渋沢栄一伝記資料』が編纂されたために、伝記的な事実の確認はこれによって可能になっていますが、今一度そのもとになった原資料にあたろうとする場合には、すぐにその所在が確かめられるようには情報が整えられていません。実は渋沢史料館に所蔵している資料についても全部が目録になっているわけではないのです。このように、渋沢栄一自身が書き残したものや彼の活動の直接的な記録、彼が暮らした場所など直接的なかかわりのある建物や品々などがたくさんの場所に散在しています。これらの資料に関する情報を仮に「原資料情報」と呼んでおきます。 
 一方、渋沢栄一は、実に多くの方々と交流があり、実際に栄一と会ったことがないさらに多くの方々にまで、直接的にも間接的にも影響を与えています。栄一の動静はいろいろな角度でニュースとして報道もされました。そして多くの方が栄一との出会いや彼に対する感想を記し、栄一の成し遂げた仕事や役割を研究し、評価し、それを出版しています。またテレビ番組でも何度も取り上げられました。これらは渋沢栄一本人に由来する記録などではありませんが、渋沢栄一が人々にどう受け止められたか、どう評価されているかを示す大切な資料です。このような資料に関する情報を仮に「渋沢研究情報」と呼んでおきます。 
 このように大きく分けて2種類ある渋沢栄一関係の資料についての情報を集約し、皆様が渋沢栄一とその時代について知るお手伝いをする、というのが、実業史研究情報センターの仕事の大きな領域の1つです。情報を集約して、渋沢栄一の事跡や記録が事実として確認され、歴史的に検証されるよう支援体制を整えることによって、青淵翁記念室は現代的に実現される、と考えています。 
 ところで、このような「原資料情報」や「渋沢研究情報」は、大体において栄一翁ゆかりの人々や場所の近辺にあります。またたとえば商工会議所の機関誌や社内報、地域のミニコミ誌など発行部数の少ない目立たない出版物に書かれていることもあります。そして本誌にもそのような記事がよく掲載されます。 
 そこで竜門社会員の皆様にはとくにご協力をお願いしたいのですが、皆様が渋沢関連の記事などをお書きになった場合、ぜひ情報をお寄せください。あるいは、どこかで見つけた、という情報も歓迎いたします。まだ書き記していないが、胸の内、頭の中にある、ということであれば、何かの機会に何らかの形で書き残すこともお考えいただけると、渋沢情報はより豊かになっていくことと思います。
情報の集積は、実はとても手間隙がかかるものです。データベースはコンピュータに任せれば出来上がる、というものではなく、その大元のところは、人海戦術といってもいいほど、まったくの手作業だからです。まず情報の信頼性を確認し、不明・不足の部分は調査し、大量のデータを扱うのに適切な情報型に整えます。それをひとつひとつ入力し、データベースとして組み立てていきます。一方では、入力されたデータが使いやすく引き出しやすくなるよう、設計を行います。信頼できる情報を集積したデータベースは、渋沢栄一を歴史に位置づける、という次のステップの基礎となります。
 実業史研究情報センターは史料館や研究部とは別個の部隊ではなく、史料館や研究部の神経系をになって共同しつつ、財団の事業全体を支えて活動していきます。

(実業史研究情報センター長 小出 いずみ)


一覧へ戻る