情報資源センターだより

86 論語と算盤オンライン

『青淵』No.914 2025年5月号|情報資源センター長 茂原暢

 情報資源センターでは、2024年3月29日に「論語と算盤オンライン」(https://eiichi.shibusawa.or.jp/features/rongotosoroban/)を公開しました。これは、渋沢栄一の『論語と算盤』をデジタル化し、出典や解題などとともに公開するためのプラットフォームです。ここでできることは主に三つ、「『論語と算盤』の原点となる東亜堂書房版(1916年刊)を、当時の形で全部読めて、検索ができる」「編集著作物である『論語と算盤』の出典記事も読めて、本文との比較ができる」「解題によって『論語と算盤』刊行時の時代背景などについての情報を得ることができる」です。これらにより、「論語と算盤オンライン」は、最終的に『論語と算盤』に関する総合レファレンス・ツールを目指すものとなっています。

「論語と算盤オンライン」開発のきっかけ

 『論語と算盤』は、梶山彬が渋沢栄一の談話や講演録などをもとに編纂した10篇90章からなる訓話集、つまり「編集著作物」です。同書巻頭の「凡例」には、編者・梶山によって、「簡冊をなすがごときは、もとより男爵[渋沢栄一]の志にあらざるは」とあるように渋沢の意志によって作られた本ではないこと、「書中に蒐輯せるものは、男爵が時処に関はらず、物に応じ事に接して訓話せられたるもの」「書中、篇を設け章を別ちたり」として、編者が渋沢の数ある言説を「訓話」と捉え、10のテーマを設定して「篇」となし、その下に90の訓話を「章」として配置したこと、また「本書を編纂するにあたりては、これが資料はことごとく『竜門雑誌』に仰ぎたるもの」とあるように、竜門社の機関誌『竜門雑誌』を出典とすること(実際には『青淵百話:縮刷』からの引用もある)など、我々が『論語と算盤』に接するにあたり前提とすべきことが述べられています。

 「論語と算盤オンライン」開発のきっかけは、2017年に公開したデジタル版「実験論語処世談」の作業をしている際、同記事の中に『論語と算盤』によく似た文章を見つけたことにあります。たとえば、「実験論語処世談」の「太閤秀吉の長所と短所」は「乱世の豪傑が礼に慣はず兎角家道の斉まらぬ例は」と始まりますが、『論語と算盤』では「秀吉の長所と短所」という章の出だしが「乱世の豪傑が礼に嫻はず、兎角家道の斉はぬ例は」となっていました。そこで、『論語と算盤』の全文をテキスト化し、章ごとに、文中の単語やフレーズで渋沢のデジタル・リソースを検索して調査を行い、『論語と算盤』のテキストと適合度の高い記事を「出典」としました。また、『渋沢栄一伝記資料』に収載されていない、つまりデジタル化されていない『竜門雑誌』の記事は原本を目視で確認し、2025年3月までに90章のうち89章について出典74件を確認することができました。その概要は『青淵』に掲載したこれまでの「情報資源センターだより」で述べたとおりです。では、このような調査結果をどのようにデータに取り込んでいったのでしょうか?

原本の特徴に基づいたデジタルアーカイブの開発

 ここで我々が注目したのは、人文学のための電子テキスト構造化の国際的なデファクトスタンダードになっている「TEI(Text Encoding Initiative)」のガイドラインでした。渋沢栄一記念財団では、デジタルデータの汎用性と永続性の確保等を目的に、2018年より『渋沢栄一伝記資料』へのTEIの適用を検討するため定期的に勉強会を開催し、2021年には人文情報学の研究者とともに、「令和2(2020)年度国立歴史民俗博物館総合資料学奨励研究」の成果物として、「渋沢栄一ダイアリー」というTEIに基づくデジタルアーカイブを公開しました。このときのテキスト構造化については、人文情報学研究所監修『人文学のためのテキストデータ構築入門 : TEIガイドラインに準拠した取り組みにむけて』(文学通信、2022.07)に「TEIを用いた『渋沢栄一伝記資料』テキストデータの再構築:「渋沢栄一ダイアリー」公開まで」という論文にまとめています。この経験をもとに「論語と算盤オンライン」では、TEIのガイドラインに従って、編纂に関する情報を『論語と算盤』や出典記事のテキストに埋め込みました。

 このテキストデータについては、2024年7月21日に慶應義塾大学三田キャンパスで開催されたDHシンポジウム「図書資料の構造化:研究データとしてのテキストデータ構築」や、情報資源センターが主催した第26回図書館総合展でのフォーラム「「論語と算盤オンライン」を使ってみよう!」(2024年11月6日)、第157回デジタルアーカイブサロン(2024年12月13日)で発表したほか、若手図書館員DH勉強会(2025年2月15日)で取り上げられるなど、ささやかながら注目を集めています。近い将来、これらのテキストデータを公開し、梶山がまとめた渋沢の言説を「データの形」でも使えるようにしたいと考えています。

期待されること

 このデータ公開によって期待されることのひとつが、『論語と算盤』編纂過程の解明です。「凡例」で「渋沢男爵が、明治の初年大に慨する所あり、輒ち印綬を解きて野に下り、翻然として実業界に投ぜらるるに方り、『論語と算盤』とは必ず合致すべきもの、又合致せしめざる可からざるもの、換言すれば、『仁義と殖利』とは、其の根柢に於て必ずしも捍挌するものにあらざることを創唱し実践し、身を以て範を垂れ、且つ筆に舌に鼓吹せられ」と語っているように、梶山が渋沢の思想を十分に理解し、熱意を持って伝えようとしたことは間違いありません。そして梶山の仕事がなければ、梶山がその書籍に「論語と算盤」というタイトルを付けなければ、渋沢の思想や言葉が広く社会に浸透することはなかっただろうとも思われるのです。「論語と算盤オンライン」がその一助となることを願っています。



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