情報資源センターだより

81 ダイバーシティとビジネスアーカイブズ:渋沢栄一関連会社にみる継続企業の未来のためのアーカイブズ

『青淵』No.899 2024年2月号|情報資源センター 企業史料プロジェクト担当 松崎裕子

 情報資源センター企業史料プロジェクト担当は2023年11月9日に開催された企業史料協議会(会長:石原邦夫東京海上日動火災保険株式会社シニアアドバイザー)第12回ビジネスアーカイブズの日シンポジウム「ダイバーシティとビジネスアーカイブズ」にて、企画の趣旨説明を行うとともにパネル討論に参加しました。

 ダイバーシティ(多様性)に関しては、経団連が2017年5月に「ダイバーシティ・インクルージョン社会の実現に向けて」という提言を発表しています。経済産業省もダイバーシティを産業人材政策の柱の一つに位置付け、2018年6月に「競争戦略としてのダイバーシティ経営(ダイバーシティ2.0)の在り方に関する検討会」報告書を公表するとともに、「ダイバーシティ2.0行動ガイドライン」改訂版を公開するなど、ダイバーシティの尊重は、現代の企業経営、とりわけ人材分野における優先課題の一つです。

 背景には、20世紀後半以降進んできた雇用における機会均等政策の展開、経済のグローバル化による人材の多国籍化・M&Aの増加、2011年に国連が発表した「ビジネスと人権に関する指導原則」が「企業の人権尊重責任」を強調し、人権デュー・ディリジェンスの実行を推奨するなど、「ビジネスと人権」への関心の高まりといったものがあるでしょう。日本、そして東アジアにおいては、少子高齢社会の到来と労働力人口の減少も、とりわけ大きな課題として認識されています。

 本シンポジウムは、財界や国の動きに呼応し、多様化が進む社会において、全ての人が生きがいを持ち、安心して働くことのできる職場であるために、アーカイブズができること、ビジネスアーキビストの使命を考えることを目指して企画されました。

 パネルディスカッションでは、立教大学共生社会研究センター・アーキビスト平野泉氏がモデレータを務め、千葉県文書館アーキビストの中臺綾子氏、清水建設株式会社コーポレート企画室の畑田尚子氏がパネリスト、筆者はオブザーバーとしてパネルに加わりました。

 企業史料プロジェクト担当からは企画趣旨説明の中で、ICA/SBA(国際アーカイブズ評議会企業アーカイブズ部会)のネットワークを介してつながるIBM、HSBC、エボニックインダストリーズAG、P&G、フォード、ザ・マッカラン、ロシュ、ネイションワイド・ビルディング・ソサエティ、ユニリーバといった海外企業・ブランドのアーカイブズが、ここ数年、自社・自ブランドにおけるダイバーシティに関する歴史情報を積極的に発信し始めていることをご紹介しました。

 畑田氏は、渋沢栄一が第四代清水満之助時代以降相談役として深く経営に関わった清水建設で、2003年刊行の『清水建設二百年』編纂プロジェクト以来、同社アーカイブズにおける記録資料の収集、保存、データベース化、人材教育をはじめとするさまざまな分野での活用を担当してこられました。同社における「外国籍社員の就業」、同社のダイバーシティ推進の取り組みの歴史、社内報や業界誌に記録された建設業界のダイバーシティ、同社における女性活躍の道のりなど、刊行された社史には必ずしも含まれないダイバーシティに関わるデータが、担当者・アーキビストによって、もれなくアーカイブズに記録として蓄積されていることを示していただきました。また、時々の課題に応じて、アーカイブズに含まれる情報を社内・外に即座に提供するためには、社内アーキビストが記録資料を深く丹念に読み込むことが必要であることを強調されるとともに、ダイバーシティに関わる記録資料が、社内アーカイブ・社史資料体系のどこに見出されるのかを示され、来場者に大きなヒントを与えてくれたと思います。

 一方、中臺氏は、栄一が創立に関わった東京電灯会社の後身企業となる東京電力ホールディングス株式会社の付帯施設「電気の文書館」学芸員としての勤務経験をお持ちです。「ダイバーシティ」という言葉が存在しなかった時代の記録資料にも、実は当時の組織の中に存在した多様性が隠れていることを、日本発送電株式会社の『記念写真帖』を例として、鮮やかに示してくださいました。このことは、ダイバーシティに限らず、これから出現するさまざまな経営課題に関しても応用することが可能であることを意味します。つまり、アーカイブズの担当者・アーキビストは、アーカイブズ資料を新たな視点で読み解き直す作業によって、歴史の中に埋もれていた事実を発見し、その知識を活用しうる、ということです。東日本大震災を契機に始まった、東京電力社内イントラネットでの「社員のための電気の歴史」コラムの連載は現在も続いており、今回得られた過去の多様性に関わる知見も、同コラムのコンテンツとして人材教育に活用できるのではないか、という「電気の文書館」現役学芸員からの示唆と併せてご紹介いただきました。

 企業が将来も活動を続けていくこと、すなわち継続企業(ゴーイング・コンサーン)であることは、さまざまなチャレンジ・課題を乗り越えて、目の前に広がる、まだ見ぬ将来に向かって進み続けるということです。二つの栄一関連会社のアーカイブズを事例とした「ダイバーシティとビジネスアーカイブズ」に関わる本企画は、「アーキビストによる絶えざる記録のアーカイブ化が持つ力」、「アーカイブズ資料に潜む未知のテーマ」、「アーキビストが引き出す新たな知見が、未来に向かう継続企業の知識情報基盤となり得る可能性」を多くの方々に示す機会になったと思われます。栄一関連会社には記録を残し整備することの重要性が受け継がれていることを強く感じました。


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