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『青淵』No.785 2014年8月号|実業史研究情報センター 専門司書 門倉百合子
実業史研究情報センターでは2014年4月23日に、「渋沢社史データベース」(略称:SSD)を公開しました。足かけ10年に及ぶこの事業の足跡をご紹介いたします。
会社の歴史を記した社史には、近代日本の経済社会発展に関わる様々な情報が詰められています。しかし一般の本屋に出回ることはまれで、たとえ入手できたとしても知りたい情報にたどりつくための索引があるのはごくわずかです。豊富な内容にもかかわらずアクセスの難しい社史の中身を横断的に検索するデータベースを作ろう、という話が持ち上がったのは、2004年も暮れようとするころでした。早速その話に加わっていた社史研究家の村橋勝子さんを座長に検討委員会を立ち上げ、社史の中身のうち著作権に関わらない目次、索引、年表、資料編のデータを細切れにしてそのまま採取する、キーワード付与などデータの知的加工は行わない、という方針を立てました。そして2005年から所蔵している社史のデータ集積を開始しました。採取された細かいデータはまるで玉ねぎのみじん切りのようで、いつか形のあるハンバーグにしたいと思いつつ、ひたすらデータを切り刻む日々が何年も続きました。
作業の終わった社史のデータを眺めていると、本文を見なくても様々なことが伝わってきました。そこで創業者がどんな思いで会社を立ち上げたのか、というところをポイントにした「社史紹介」を書き、作業スタッフで情報共有してみました。スタッフだけではもったいないので、渋沢栄一記念財団ウェブサイトにも掲載を始め、後には実業史研究情報センターのブログにも速報版を載せるようになりました。おかげで個々の社史の概要が頭に入り、おまけにブログというものの特性や意義、ウェブサイトとの違いをじっくり理解することが出来るようになりました。(SSDには「社史紹介」を「会社沿革と社史メモ」として載せてあります。)
データベースには渋沢栄一が関わった会社の社史を優先的に搭載しよう、という方針がありました。ところが栄一が関わった会社は約500社と言われ、その中には戦争をはさみ合併や分離で改称している会社も多く、現在どうなっているのか全く整理されていませんでした。会社特定の手がかりは社名なので、まず社名の変遷を把握することになりました。そして『渋沢栄一伝記資料』に載っている会社の変遷をひとつひとつ調べ、4年がかりで「渋沢栄一関連会社社名変遷図」をつくって財団ウェブサイトに掲載しました。栄一が直接関わった会社、その社名が変遷したり事業を継承した会社など、変遷図には1500社ほどを載せました。ようやく栄一の関わった範囲が見えてきたので、それらの会社が出した社史をピックアップしていきました。
さて、いつのまにかみじん切りデータは200万件を超えましたが、レシピの方は一向にまとまりませんでした。思いつくのはせいぜい学校給食程度で、これはという魅力に欠けていました。そこで国立情報学研究所高野明彦研究室の皆さんに相談したところ、見事なチームワークでさまざまなアイデアを取り入れたハンバーグが出来上がってきました。文字テキストにかける業種別のカラフルな円グラフというソースは、なにより絶妙な味付けでした。索引に仕掛けた隠し味もなかなかで、更にテーブルクロスはこんな柄にしよう、食器の並べ方はこうしたら、真ん中に飾る花は......などをとりまとめる怒涛の数週間を経て公開に至りました。なお今回は約1000冊の社史のデータを収録しましたが、2015年には更に500冊分のデータを追加する予定です。
レシピが固まる以前からデータベースの活用事例として、「おもしろ社史検索」というコラムをセンター・ブログにつづってきました。しかし社史のデータが本当に生きるのは「おもしろい事例」だけでなく、事故や災害や国際紛争などが発生したときに企業がどう対処したか、という点です。社史データベースの構想を開始してからの最大の出来事、2011年の東日本大震災の後すぐに、蓄積したデータを「関東大震災」で検索し、当時の企業がどのように対処したか調べてみました。そこで得られた知見は、「震災で甚大な被害を受けた会社の多くが、挫折することなく直ちに復旧へ向けた活動を始めた」「自社の復旧だけではなく、被災者を支援し、義援金を寄付し、自社製品を提供するなど復興へ向けた様々な協力活動をしていた」「震災を機に新たな製品を開発し、新しい市場を開拓していた」という3点でした。
現在はパラダイムの大きな変換期といわれておりますが、時代を超えて生き続ける先人の知恵があることも事実です。その知恵をぜひこのデータベースを通じて得ていただければ幸いです。
「渋沢社史データベース」トップページ
http://shashi.shibusawa.or.jp/
(実業史研究情報センター 専門司書 門倉百合子)