情報資源センターだより

41 「歴史資料の保存と利用の基盤としてのディジタル・アーカイブ」 ― 全史料協大会 研究会参加記 ―

『青淵』No.779 2014年2月号|実業史研究情報センター長 小出いずみ

全史料協大会プログラム表紙
全史料協大会プログラム表紙

 2013年11月に学習院大学を会場として行われた全国歴史資料利用保存機関連絡協議会(全史料協)の全国大会に参加しました。14日、15日の二日間にわたって開催されたこの第39回大会には、総勢270名ほどの参加者があったそうです。
 今回は自由論題研究会の一つで司会を務めましたので、その内容をご紹介します。研究会の論題は、「歴史資料の保存と利用の基盤としてのディジタルアーカイブ」で、筑波大学図書館情報メディア系知的コミュニティ基盤研究センターの杉本重雄教授を講師として行われました。
 杉本さんのお話は、参加者の多くが係わっている公文書館など大半がまだ紙資料中心のアーカイブと比較しながら、デジタル・アーカイブの特徴を分かりやすく明らかにするものでした。デジタル・アーカイブとは、「何らかの方針に基づき、種々のデジタルコンテンツを選択、収集、組織化、蓄積し、長期にわたって保存するとともに利用に供するシステムまたはサービス」と定義され、基本的な機能は博物館(Museum)・図書館(Library)・文書館(Archive)に共通している。作成され、使われ、アーカイブに移管され、仕分け・組織化され、保存されて利用に供される、という文書のライフサイクルと比べると、「ライフサイクルは文書と変わらないが、デジタル化されると、リソースの管理と利用の環境と方法が変わる」と指摘されました。
 現在の制度ではMuseumとLibraryは異なる。デジタル化された資料の集積はDigital Museumと呼ばれたり、Digital Libraryと呼ばれたりしていて、その中身が資料のデジタルコピーである点ではこの二つに違いはない。ただ、サービスの仕方は元の資料の性質によって異なるはず。一方Digital Archiveと現行制度のArchiveの関係はどうかというと、デジタル・アーカイブは必ずしもアーカイブの専有物ではなく、MLA(博物館・図書館・文書館)を含むいろいろな組織に共通の言葉として理解したい。デジタル・アーカイブとはコンテンツとサービス基盤から成り立つものである、と用語を整理なさいました。
 デジタル・アーカイブというと英語のように聞こえますが、これは1990年代半ばから使われるようになった和製英語です。国際的な共通理解が成立しているものではなく使われ方が多様なため、実は伝わりにくい用語なのです。アーカイブは記録を「保存する」「閲覧する」ものと考えられて来ました。その「アーカイブ」の本来的な概念と本格的な制度が当時、日本に定着していなかったからこそ、この和製英語が成立し、独特の意味を持ったのかもしれません。
 デジタル・アーカイブの出現は、閲覧するアーカイブから、「使い、創り、つながり、伝える」アーカイブへの転換を可能にしたと、杉本さんは指摘なさいました。
 歴史資料の保存と利用の基盤、という観点からは、ボーンデジタルの問題が取り上げられました。現代の記録は「デジタル化」されたものではなく、電子公文書、電子書籍、デジタル画像、ウェブページなど、身の回りのものの多くが作成当初からデジタルでできている。今後これが増えていくことは間違いない。「これまで」と「これから」の記憶・記録では扱い方が異なり、ほとんどが初めからデジタルで作成される「これからの記録」をどうしていくかが今後の課題である。デジタル保存に対する不安はあるが、どんなものでも完璧に保存するという技術はない。保存は維持管理のための技術と管理体制の問題であり、これはデジタルも非デジタルも同じであって、次世代につなぐことが保存の基本、と提起されました。
 質問では、コンテンツの識別の問題が取り上げられました。識別子の重要性は国レベルの研究会でも認識されて議論されている。例えばMLAの所蔵資料については所蔵機関自体に識別子を付与し、それと機関内部で資料に付与される識別子を組み合わせ、それをネット上で流通しやすい形態の識別子(URLやURI)に合わせていくのがよかろうという議論になった、と紹介されました。
 量が多すぎて返って困難になっている問題についての質問に対しては、使いやすいものにするためには、利用者と情報技術研究者とのコラボレーションを進めなければならない。例えば検索エンジンの性能の向上には、研究者のニーズや探し方を技術に還元することが求められている。コンピュータを賢くするには、利用者のニーズを提供してもらう必要がある、と述べられました。
 「ニーズを技術に還元する」。今やデジタルは避けて通れない問題でありながら、全史料協関係者にはデジタル・アーカイブへの距離感がまだまだあります。それを結ぶカギはここにあるのではないだろうか、デジタル技術を利用する側はよりよい仕組みができるように技術者に対して声を届けるべき、と思いました。デジタル・アーカイブを「歴史資料の保存と利用の基盤」に育てられるかどうかは、実は全史料協関係者を初め私たちのような、技術の利用者からの働きかけにもかかっているのではないでしょうか。

(実業史研究情報センター長 小出いずみ)


一覧へ戻る