情報資源センターだより

25 アメリカの実業家篤志による図書館、マーカンタイル・ライブラリー -セントルイス・マーカンタイル・ライブラリー訪問体験から-

『青淵』No.731 2010年2月号掲載|実業史研究情報センター 専門司書 山田仁美

 2009年、日中米三国共同企画として渋沢栄一記念財団の渋沢史料館と中国南通博物苑、そしてミズーリ大学セントルイス校セントルイス・マーカンタイル・ライブラリー(以下SML)の各館で特別展『日中米の近代化と実業家』展が開催されました。渋沢栄一記念財団では2004年と2005年に「日米実業史競」をSMLと共催して以来、実業史資料を多数所蔵、展示を行う同ライブラリーと交流を続けています。
 日本では馴染みの薄いマーカンタイル・ライブラリーですが、アメリカにおける図書館の一形態、今日に継承された実業家の社会貢献の一例として、ここにその概要をご紹介したいと思います。

マーカンタイル・ライブラリーとは?

 19世紀初頭、まだ公立図書館が普及する以前には実業家篤志により設立された図書館が数多くありました。それらは成り立ちによってマーカンタイル・ライブラリーのほか「アセニアム」「ソサエティ・ライブラリー」などさまざまな名称で呼ばれていました。
 マーカンタイル(=商業の)・ライブラリーという名称の図書館は、商業を志す青少年教育の場として、またビジネスや経済関係の資料を提供・伝承する場として、地域の文化活動拠点の一角を形成していました。かつて全米には100を超えるマーカンタイル・ライブラリーがあったといわれていますが、公立図書館や教育機関の充実により役割を終えたのか、その名を冠する館は今日ではセントルイスの他、ニューヨークやボストン、シンシナティなどごくわずかです。その中でもセントルイスのマーカンタイル・ライブラリーは質量ともに充実したコレクションを持つライブラリーです。

セントルイス・マーカンタイル・ライブラリー

SML入口で来訪者を出迎える初代館長J.E.Yeatman胸像
SML入口で来訪者を出迎える
初代館長J.E.Yeatman胸像

 1846年、SMLはミシシッピー川以西で最古のライブラリーとして誕生しました。当時のセントルイスは急速な都市化に伴う風紀の乱れが懸念されていたのか、「大都市の若者を誘惑や愚かさから守り、有意義に夜を過ごせる場を提供するために実業家有志らによって計画・設置された」との経緯がSMLの年表に記されています。
 設立以来、SMLは地域の文化サロン的な役割も果たしてきました。ライブラリー内のホールではマーク・トウェインやオスカー・ワイルドら著名人の講演会やヨーロッパからの音楽家による演奏会も開催され、また南北戦争時代には州議会の会場となり奴隷制度廃止法案が検討されるなど、さまざまな歴史の舞台にもなりました。
 所蔵資料には、開設当初からの書物をはじめ美術品群、開拓史・交通史・自然史に関するコレクション、アーカイブズなどがあり、SMLはセントルイスと西部開拓、特にアメリカの鉄道に関しては全米最大規模のコレクションを保有しています。これら史資料の学術的利用をより一層推進するため、SMLは1998年にミズーリ大学内の専門図書館として現在の姿に生まれ変わりました。

歴史上の実業家たちについて調べ、思いを馳せることのできる場所

フランシス墓前で写真を撮る渋沢史料館の桑原学芸員
フランシス墓前で写真を撮る渋沢史料館の桑原学芸員

 昨年秋の日中米共同展の折りにSMLを訪問する機会を得た筆者は、現地で渋沢栄一に関する調査を試みました。『渋沢栄一伝記資料』には1909(明治42)年にセントルイスを訪れた渋沢栄一が現地で会った人物や訪問先団体の名称が記されています。そのカタカナや日本語訳された名称を元に原つづりを推測、SMLキュレーターJulie Dunn-Mortonさんに相談したところ、即座に、当時の電話帳から当該名を見つけ出し、中でもセントルイス博覧会総裁を務めたD.R.フランシスについては詳しいプロフィールと墓所までも確認してくれました。その素早い検索のおかげで調査開始から2時間後、筆者は同行の渋沢史料館学芸員と共にフランシスの墓所を訪れることができました。
 SMLを訪れ、またその歴史を俯瞰して特に印象深かったのは、目の前にあるニーズを素早く見極め、率先して行動を起こし、柔軟に対応する姿でした。筆者にはそれがまるで逞しい実業家のように思えました。その昔、行政の動きを待つことなく自ら率先して私財を投入し、青少年を育成する社会装置として、また情報を欲する人を支援する場としてライブラリーを設置した多くの実業家ドナー(寄贈者)たち。SMLはそんな実業家たちの姿や精神に思いを馳せることのできるライブラリーであると言えるでしょう。
 新たなメディアを駆使した情報発信にも積極的なSMLは、ウェブサイトに所蔵品の画像やカタログなど多くの情報を公開することで、その存在感をアメリカ国内だけでなく世界中に広めています。SMLのような機関との交流やウェブ情報の蓄積は、海外に眠る渋沢栄一情報を探す際のパス(path:小道)となることでしょう。
 実業史研究情報センターではこれらのパスを通じて内外の渋沢情報を探索・収集すると同時に、栄一の事蹟情報に至る"ハイウェイ"を構築すべく、さまざまな発信を試みています。

(実業史研究情報センター・山田 仁美)

参考:
St. Louis Mercantile Library: M-117: Archives of the St. Louis Mercantile Library and the St. Louis Mercantile Library Association
http://www.umsl.edu/mercantile/special_collections/slma-117.html(2010年2月16日参照)
http://www.umsl.edu/mercantile/collections/mercantile-library-special-collections/special_collections/slma-117.html(2014年8月30日参照)
ジョン・ニール・フーバー(ミズーリ大学セントルイス校セントルイス・マーカンタイル・ライブラリー館長)「セントルイス・マーカンタイル・ライブラリーの起源」『日中米の近代化と実業家』(渋沢史料館、2009)p.10


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