情報資源センターだより

26 グラスゴー大学アーカイブ部門との交流

『青淵』No.734 2010年5月号掲載|実業史研究情報センター長 小出いずみ

 実業史研究情報センターでは、世界のビジネス・アーカイブズ1)との交流を通して企業史料の管理や利用について各国での取り組みを学び、また日本に紹介しています。昨秋以来、グラスゴー大学アーカイブ部門と相互訪問を行いました。

グラスゴー大学アーカイブ部門訪問

 1451年創立のグラスゴー大学は、世界トップクラスの高等教育機関として124カ国からの学生が学んでいます。アダム・スミスを輩出した大学としても名高く、また産業革命期に栄えた地にあって経済産業分野に強く、しかも人文社会系、理系、それに芸術系にも定評のある大学です。
 アーカイブ部門はキャンパスから道路を隔てた所にあります。古い倉庫を改造した建物の狭い階段を3階分上がっていくと、入り口の掲示板にスタッフ全員の写真があって親しみやすい雰囲気を出していました。閲覧室は職員室からガラスの壁で見通せるようになっています。収蔵室は閲覧室と扉を隔ててつながり、階上も含めいくつもあって、中には環境を制御してある部屋もありました。スタッフは、責任者のレスリー・リッチモンド(Lesley M Richmond)さんのほか常勤・非常勤の職員を含め17人だそうです。

船の図面(造船所の記録)
船の図面(造船所の記録)

 アーカイブ部門の収蔵資料は、創立以来の大学および関係機関の記録(The University's records)と、2世紀以上収集が続いているスコットランドの企業や産業の記録(The Scottish Business Archive)の二つで構成されています。スコットランド産業アーカイブには、造船業、機関車製造業、繊維産業、鉱業、銀行業、醸造業、小売業、葬儀業などの400超の資料群があります。商品カタログや写真、船の図面など、経営史を超えて社会史の資料として使えるものが多く、歴史ドラマの時代考証などにもよく使われているそうです。

栄一関係文書、日本関係文書

 『渋沢栄一伝記資料』によると、渋沢栄一は1902年8月1日にグラスゴーに到着、お雇い外国人だった「ブラオン」氏らと会い、翌日午後にはブラオンと「ヒヤヒルド」造船所で進水式を見学、グラスゴー大学も訪問しています。この旨をリッチモンドさんに話すと、それはMacfarlaneのFairfieldだろうということがわかりました。

栄一関係文書、日本関係文書

 資料群"A R Brown Macfarlane & Co Ltd"は、栄一と交流のあったブラオン、つまりA. R.ブラウンが創立した会社の史料です。中には、彼の日本時代の文書もあり、例えば、前島密の名のある明治8年の雇い入れ書(写真)には、給料が1ヵ月4万円と記されています。ブラウンが日本郵船会社創立委員を農商務省から命じられた明治18年の証書もあり、同社を通じて栄一とも関係が深く、栄一のグラスゴー訪問では案内役であったと推測されます。
 他にも日本との経済的産業的な関わりを示す文書がさまざまな形で大学アーカイブに保管されています。またグラスゴー大学は長年にわたり日本から留学生を迎えていて大学アーカイブにはその記録もあります。2009年は日英修好150周年で、その一環としてアーカイブでも「グラスゴー大学と日本」という展示を行いました。2)

リッチモンドさん日本訪問

 リッチモンドさんは国際的にも著名でビジネス・アーカイブズに造詣が深い方です。グラスゴー大学アーカイブとしてもぜひ日本との繋がりをつくっていきたい、と、本年2月、大学美術館の教育普及担当者モニカ・キャラハン氏共々来日しました。実業史研究情報センターでは2月17日に「リッチモンド氏を囲む会」を開催、財団内外から約30名の参加がありました。リッチモンドさんは「スコットランド産業アーカイブと英国のビジネス・アーカイブズ」と題して講演しました(写真)。

リッチモンドさん日本訪問

 英国では、企業は一定の記録を永久に残さなければならないという法律3)ができた1856年以降、徐々に企業アーカイブズに関する体制が整えられてきました。第2次大戦後、経済史・企業史研究が盛んになった時期や不況で倒産企業が増えた時期には、とくに企業史料が関心を呼びました。ただ企業史料の管理について一致した手法はなく、法的な基準は非常に限定的で、また企業史料を扱うビジネス・アーキビストの特別な養成が行われているわけではありません。企業史料関係の全国組織、ビジネス・アーカイブズ・カウンシルでは、産業革命発祥の地英国で企業の歴史遺産を振興し、管理し、活用することを目指し2009年7月に「ビジネス・アーカイブズのための国民的戦略」4)を制定しました。
 グラスゴー大学での史料活用例では大学史のウェブサイトが紹介され、親機関での存在感が大きいことが推測されました。会場からは活発な質問があり、参加者の関心の高さが窺えました。

今後の計画

 実業史研究情報センターでは、世界のビジネス・アーカイブズ関係機関とのネットワークを強化することによって、日本のビジネス・アーカイブズの振興を図ろうとしています。2011年5月には、指導的立場にある世界のビジネス・アーキビストが渋沢史料館に集まって会議を行います。その際には、ビジネス・アーカイブズの価値をテーマとした公開シンポジウムの開催を計画しています。どうぞご期待下さい。

(実業史研究情報センター 小出いずみ)

1)ビジネス・アーカイブズとは、企業や産業の歴史を示す資料、またそのような資料を集めて管理・提供する部門や史料館のことを指します。

2)http://www.gla.ac.uk/services/archives/exhibitions/theuniversityofglasgowandjapan/
 (2010.4.4確認)

3)Joint Stock Companies Act 1856

4)National Strategy for Business Archives(England and Wales) [PDF 343KB] 
 http://www.businessarchivescouncil.org.uk/materials/national_strategy_for_business_archives.pdf
 (2010.4.4確認)


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