情報資源センターだより

20 SAA(アメリカ・アーキビスト協会)年次大会に参加

『青淵』No.716 2008年11月号掲載|実業史研究情報センター 企業史料プロジェクト担当 松崎裕子

 今年で72回目を数えるSAA(アメリカ・アーキビスト協会)の年次大会が8月26日から30日までの5日間、サンフランシスコのヒルトン・サンフランシスコを会場に開催されました。SAAは1936年に結成されたアーキビストの専門家団体で、現在会員数(個人および団体)は5000を超えます。今年の大会への参加者は1700名を超え、西海岸で開催された年次大会では最も多くの参加者を集めました。(過去最高は首都ワシントンDCで2006年に開催された70回大会で、このときの参加者数は2000名超でした。)
 会議の日程は、最初の2日間がアーカイブズ実務を学ぶための有料のワークショップやセミナーとサンフランシスコ市内および近郊にあるアーカイブズ施設の見学会にあてられました。一方、後半の3日間は約120の応募の中から選ばれた70あまりの分科会を中心に構成されていました。大会プログラム委員会の説明によると、公募で選ばれたのは今大会のテーマ「アーカイブズの革命/進化とアイデンティティ」に関わりがあって、現在SAAが戦略的優先順位として掲げる「技術(technology)」「多様性(diversity)」「社会的認知(public awareness)」の三つの分野にも緊密に関係しているもの、ということです。
 筆者は「アジア太平洋地域におけるアーカイブズへの社会的関心」と題するパネルディスカッションに、香港、韓国、オーストラリア、ニュージーランドのアーキビストとともにパネリストとして参加しました。実業史研究情報センターが今年2月に創刊したメールマガジン「ビジネス・アーカイブズ通信」と7月にウェブ上で一般公開を開始した「企業史料ディレクトリ」の二つの事業を、企業史料管理とビジネス・アーカイブズ振興のための取り組みとして報告するとともに、討論部分では日本におけるアーカイブズの保存、整理、普及の現状を述べました。アーカイブズに対する社会的関心が、わずかずつながらも広まりつつある日本の現状を、アメリカならびにアジア太平洋地域のアーキビストたちに伝えることができたかと思います。
 さらに、後半の3日間には先に述べた約70の分科会に加え、ニクソン政権時の大統領法律顧問ジョン・ディーン(John Dean)氏による記念講演、マーク・グリーン(Mark Greene)SAA会長による会長演説、合衆国アーキビスト(国立公文書館〈NARA〉館長)のアレン・ワインスタイン(Allen Weinstein)博士と、フランク・ボールズ(Frank Boles)次期SAA会長の講演といった全参加者を対象にしたセッションが開催されました。ディーン氏はウォーターゲート事件の一方の主役とも言える人物ですが、講演はブッシュ大統領による大統領命令13233号(2001年)が過去の大統領記録へのアクセスを妨げるものである点などを指摘するものでした。一方、ワインスタイン博士の講演ではNARAの当面する課題、とくに現政権の記録の保存への取り組みなどが述べられ、二つの講演は好対照をなすものでした。

アーカイブズの力(ちから)と専門的職業としてのアーキビスト

 さて、今大会の特色ならびに現在のSAAの課題を最も明瞭に示していたのは、「アーカイブズの力:アーキビストの諸価値とポスト・モダン時代における価値」と題された会長演説でしょう*。 
 グリーン会長は、「専門的技術」「集合性」「積極的な行動」「選別」「保存」「民主主義」「サービス」「多様性」「利用とアクセス」「歴史」の10項目をアーキビストが専門家として実践する価値として提示しました。そしてこれらの価値によってアーカイブズはただの「記録の保管庫」から力(ちから)を帯びるものになるといいます。アーキビストの存在価値の核心は、どの記録をいかに評価して残すかという「選別」、それもアイテムレベルでなく、より大きな集合的単位で行う「選別」に関する専門的知識と技能にあります。すべての記録を保存し整理することは人的にも空間的にもコストがかかりすぎます。すべてを残そうとすると、結局整理されないままの資料を大量に抱えることになり、未整理であることから利用もできない、最悪の場合スペース削減の掛け声とともにすべての記録が失われてしまう...。これは現代の記録事情としてしばしば目にすることです。アーキビストにとって根本的に重要なのは、資料(モノ)を単に残すことではなく、現在と将来の利用者が利用できるように資料を選別・整理・保存・提供することであり、アーキビストの仕事とは究極的には利用者(ヒト)に対する奉仕(「サービス」)である、という部分が最も印象に残りました。

 センターでは「ビジネス・アーカイブズ通信」をはじめとする情報発信媒体を用いて、SAAの動向を今後も引き続きお知らせしていく予定です。
* http://www.archivists.org/governance/presidential/GreeneAddressAug08.pdf

(実業史研究情報センター 企業史料プロジェクト担当 松崎裕子)


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