以下の内容は、事業当日の記録をもとに、渋沢栄一記念財団研究センターがまとめたものです。発表・配布資料は発表者の許諾を得て公開していますが、著作権は各発表者に帰属します。著作権、利用の範囲等については「このサイトについて」をご覧ください。
事業概要 | 2016年11月にデジタル版『渋沢栄一伝記資料』をインターネットを通じて公開したのを記念してシンポジウムを開催し、『渋沢栄一伝記資料』の成り立ちと意義を振り返るとともに、デジタル版『渋沢栄一伝記資料』の利用・活用法を紹介し、今後の可能性や課題について話し合った。 |
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事業実施日/期間 | 2016年12月3日(土) 13:30~17:30 |
開催地 | 渋沢史料館 |
主催 | 公益財団法人渋沢栄一記念財団、渋沢研究会 |
プログラム | PDFファイル |
関連リンク | 企画・セミナー等詳細: |
報告1 |
『渋沢栄一伝記資料』の成り立ち、その意義/ 井上潤(渋沢栄一記念財団事業部部長、渋沢史料館館長) |
報告2 |
歴史哲学とデジタルリソース/平井雄一郎(渋沢研究会) |
報告3 |
デジタル版『渋沢栄一伝記資料』の概要/ 井上さやか(渋沢栄一記念財団情報資源センター) |
報告4 |
デジタル版『渋沢栄一伝記資料』の可能性~研究、教育の現場から/ 山口輝臣(東京大学大学院准教授) |
コメント |
大島久幸(高千穂大学教授) |
コメント |
武田晴人(東京大学名誉教授) |
デジタル版『渋沢栄一伝記資料』公開記念シンポジウム開催報告
2016年12月3日(土)、渋沢栄一記念財団(以下、渋沢財団)は、渋沢研究会との共催でデジタル版『渋沢栄一伝記資料』公開記念シンポジウムを開催しました(於・渋沢史料館会議室)。同日は、46名の方々にご参加いただきました。以下では、その報告内容を簡単にご紹介します。
はじめに「『渋沢栄一伝記資料』の成り立ち、その意義」と題し、渋沢史料館館長の井上潤が報告しました。
こうした流れをくみ、1932年4月から歴史学者の幸田成友氏が、その後1936年に東京帝国大学教授の土屋喬雄が編纂主任となり編纂が進められ、途中太平洋戦争などによる情勢困難をへて、1954年10月、渋沢栄一伝記資料刊行会が『伝記資料』本巻58巻を完成させます。その後、竜門社が編纂主体となり1971年5月に別巻10巻をまとめ『伝記資料』全68巻が完成しました。
さて、この『伝記資料』の意義ですが、まず、『伝記資料』は渋沢栄一に関連する資料の二次的資料集であるものの、一次資料の入手が困難な資料の保存および伝承に寄与していること。また、一人物の事績を通して、日本の近代化等につき把握する一助となり得ることなどです。
最後に『伝記資料』の課題としては、掲載資料に関し、編纂者の資料分析はある程度行われているものの、広範な事績について専門性を備えた分析となっていたとは断言できない点が挙げられます。また、事業別に編纂されており、人的交流に関する検索がしにくい部分もあります。こうした課題に向き合いつつ、これを機に『伝記資料』およびそれに付随し新たに確認された資料等の再検証が進み、より広く一般に活用されていくことを期待します。
次に、資料がデジタル化されるということが、研究にどのような影響を与えるのかという観点から、渋沢研究会会員で日本近現代史がご専門の平井雄一郎氏より「歴史哲学とデジタルリソース」というテーマでご発表いただきました。
次に、主として社史など歴史を記録に残すことの重要性について触れたいと思います。渋沢栄一が創立等に関わった企業もほとんどそうですが、企業という組織共同体は大体40年もすると構成人員が完全に入れ替わります。一方で、制度的な組織としての企業は、経営が傾き資本が買収されない限り永続的に続いていきます。会社は続いているが昔とは中身がすり替わっていることがあるわけです。
別の視点で言えば、歴史というものをどう利用するか、どう操作するか次第で、共同体の在り方を自由に左右することができる、ある種の操作性、権力性や暴力性が、歴史には付きまとうと言えます。
日本語で「歴史」といっても、実際に起きた過去の出来事そのものと、それを書き記した歴史書や歴史論文などの歴史叙述に大きく二分されますが、重要なのは後者の歴史叙述には、常に根拠となる裏付け、典拠資料が必要であることです。
懸念すべきは、先述の『伝記資料』へのアクセス向上という利点とは裏腹に、歴史研究者として仕事をする際に、気が付かないうちに資料の洪水の中で身動きが取れなくなることがあるのではないかということです。こうした状況下で、主体的に資料を取捨選択し、歴史叙述を行っていく重要性を再認識する次第です。
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次に、渋沢財団情報資源センター専門司書の井上さやかが「デジタル版『伝記資料』の概要」を説明しました。
井上(さ) 渋沢敬三による「日本実業史博物館構想」を現代的手法によって再現する目的で、2003年に当財団に実業史研究情報センター(現・情報資源センター)が誕生した翌04年に、『伝記資料』デジタル化プロジェクトが計画されました。
今般ウェブ上で公開いたしましたのは、『伝記資料』全68巻のうち、第一弾として本編57巻分になります。フルテキストの検索と、書籍版ページ画像の閲覧が可能です。書籍は、事業別・年代別の大きな目次項目と年月日からなる見出しに、綱文(こうぶん)と呼ばれるその日の出来事を簡単にまとめた要約文が付いており、続いて綱文の典拠となる引用資料群が収められています。書籍を構成するこれら三要素(目次項目、綱文、典拠資料)を再構築し、デジタル版でも必ず三要素を1セットで見られるようにしました。
では、実際にデジタル版を利用するにあたっての注意点ですが、デジタル版では書籍の内容を情報資源として利活用することを目的に、文字は新字に統一するなど、再現性よりも検索性と使い勝手の良さを優先したため、書籍通りの表記ではないことなどがあげられます。図表を含め、書籍の表記はページ画像でご確認いただくことになります。
公開に際し、最大の問題が著作権でした。日本の著作権法の保護期間に従い、保護期間中もしくは保護状態が不明な資料については、原則では非公開としています。全資料のべ38,000件のうち、3分の1が現在非公開ですが、適切な処理をすすめ順次公開資料を増やす予定でおります。
最後に、今後の課題ですが、第1に、さらなる使い勝手の向上、第2に、書籍への収録から外れた資料の追補、そして第3に、必要とするユーザーに届けるための認知度の向上です。いずれは、他機関のデータベースとの連携を図るなどし、広く活用されるようになればと考えております。
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最後に東京大学大学院准教授の山口輝臣氏に「デジタル版『渋沢栄一伝記資料』の可能性~研究、教育の現場から」と題して、デジタル版を実際に使用した手応えや課題などをご発表いただきました。
山口氏 私の専門の一つは、近現代における宗教で、大正期の一大事業である明治神宮について研究した際に『伝記資料』と出会い、以降、常に参照しています。つまりこの『伝記資料』は、経営史や渋沢栄一研究者に限らず活用できるものです。
こうしたところに、今般、デジタル版ができ上がったのですが、まず評価すべきは、利用にあたり、学生にテキスト化の基準つまり凡例の活用を促すことができることです。次に、画像とテキストを両方公開したというのも、画像で委細を確認できるため、大変有益です。
欲を言いますと、ウェブ上で途中まで検索できてしまうと、その前後の関連資料等にも目を通したくなります。このことから、例えば、国立国会図書館とか現在早稲田大学で公開されている大隈重信の関係文書などとのリンクができないかといったことを、今後の可能性として提案いたします。
いずれにしても、渋沢栄一は近現代の資料群のハブになり得る人物であり、そうした人物の『伝記資料』がデジタル版になったことによって、歴史家のみならず広く一般に活用されるようになっていくことは間違いありません。
他方、利用者が増えていくと想定し、書籍ではなく最初にデジタル版『伝記資料』と出会う人が出てくることに関しては、期待と不安の両方があります。
期待としては、これまでの利用者が思いもつかぬような利用法を何か発見してくれるのではないかということ。不安としては、『伝記資料』の構造を踏まえた利用が確実になされるのかということ。換言すれば、一次資料(原資料)と、明確に編纂が加えられた資料との違いが、初めてデジタル版にアクセスした人には判別が難しいかもしれないということです。それゆえ、伝記資料の構成を利用者によりわかりやすく解説するとともに、『伝記資料』についての本格的な研究が必要になってくると感じています。
最後に、高千穂大学教授の大島久幸氏、東京大学名誉教授の武田晴人氏から、4名の報告に対する所感等をお話しいただきました。
また、利用者側にとっては今まで見落としていた記事を発見できる可能性や、デジタル版『伝記資料』の登場により新しいユーザーを獲得できる可能性が提示されました。一歩踏み込んで探りたいのが、画像ではなくテキストデータであるがゆえの可能性―例えば、数値で検索し抽出できる事項についての研究の広がりと可能性についても興味がわきました。
いずれにしても、デジタル版の公開により、新しいニーズが生まれ、そのニーズに対し、渋沢財団が調整コストを負担しつつもデータの整備を進めていく。これらを渋沢財団が経験値として蓄積し、社会にどういった形で資産として継承していくのかについて期待しています。
『伝記資料』がデジタルデータであるということから、資料を探す時間が節約できるようになったことは確かです。一方で、言葉と言葉の相関性、関係の強さは、単語や言葉の単純な検索結果からは測ることができません。
むしろ私たちのような歴史研究者は、検索時間が節約されたということのありがたみを強く感じながらも、検索し得られた結果を用いて、どのような形で渋沢栄一や彼の事績を歴史の事実として描くのか―その描き方をどれだけ研ぎ澄ますことができるのかを再考する必要性、換言すれば自分を磨き上げる必要性を、今般のデジタル版公開によって突き付けられたような気がしています。
文・写真:渋沢栄一記念財団研究センター
機関誌『青淵』No.816 2017(平成29)年3月号初出
〔了〕