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『青淵』No.813 2016(平成28)年12月号
今回は、中期計画(2016~2020)の新しいプロジェクトのシリーズ出版企画『渋沢栄一と「フィランソロピー」』(全8巻)について、お知らせいたします。
渋沢栄一は、近代日本を代表する実業家としてよく知られているため、経営史・経済史の側面からの研究はきわめて多く、渋沢の企業者活動の総合的分析がまとめられています。しかし、渋沢が600にも及ぶ公益慈善事業(団体)にも多大な貢献をしてきたことは、一般にはあまり知られていません。研究面でも、東京養育院を中心とした社会福祉、現在の一橋大学などを事例とした商業教育の高等化・人材の育成、太平洋問題調査会(IPR)を通した民間外交、明治神宮建立などから見る文化事業などをめぐる個別の事例研究は行われていますが、渋沢の「フィランソロピー」活動の全体像は把握されていません。
そこで、多方面にわたる渋沢の「フィランソロピー」活動を、八つの視点から多角的に分析し、渋沢の思想を重層的に考察するシリーズを発刊することにいたしました。その際、渋沢の思想の背景にあった論語、漢学の果たした役割を十分考慮し、渋沢の「公」、「国」、「民」、「私」に対する認識への解明も試みたいと考えております。
本来、フィランソロピーは、人類愛に基づく、個人や団体の慈善活動、奉仕活動など、自発的で利他的な活動を意味します。またこれは、アメリカでよく使われる言葉で、イギリスの場合はチャリティと呼ばれることが多いようです。しかし、日本社会にもこのような慈善・奉仕活動は古代から存在しました。そこで、本シリーズではキリスト教とのつながりが深いフィランソロピーとは区別する概念として明確にするため、「フィランソロピー」と「 」(カギ括弧)を付けて表記しました。
ところで、渋沢栄一の「フィランソロピー」に関する考え方は、アメリカからの影響が強いと言えます。彼は20世紀初頭に4回訪問したアメリカが、日本の将来に最も大きな影響を与えると直感しました。ヨーロッパや東アジアには見られない躍動感や多種多様な伝統や慣習を持つ移民を取り込み、経済社会を急速に発展させているアメリカ社会の包容力をビジネスだけでなく、政治、外交、文化、教育、思想、宗教など多方面から感じ取ったからです。
とりわけ渋沢は、アメリカの実業家が、各地で公益事業に莫大な資金を投入していることに瞠目しました。政府や地方自治体の手が及ばない公益事業を民間実業家が率先して行い、それが地域社会の経済・文化の振興や人材育成に大きな成果を上げていることに強い関心を示したのです。渋沢は、明治以降急速に導入されていった欧米の文明・文化と、儒教、神道、仏教などの旧来の文化とをどのように調和させるかを課題の一つと考えていました。アメリカのフィランソロピーの理念や活動についても、渋沢は欧米と日本の共通性と相違点に留意しながら慎重に取り入れ、日本での公益事業を進めていきました。
本シリーズは、近代日本の創造に大きな足跡を残した渋沢栄一に対する理解を深めるだけでなく、幕末から昭和初期まで駆け抜けた渋沢の91年の生涯を通じて、近世と近代の連続性と断絶性を再認識することも出来るのではないかと考えています。さらにこのシリーズが、21世紀の日本と世界が直面する課題解決のための一助となれば幸いです。
以上のような大きな目標を達成するために、さまざまな新しい試みを取り入れます。まず執筆者は、各巻8~10人とし、老・壮・青のバランスを考慮します。特に優れた若手研究者や今まで必ずしも渋沢栄一について本格的な研究をしていない各分野の気鋭の研究者を糾合することにより、斬新な切り口を見出します。見城悌治先生(千葉大学)、飯森明子先生(常磐大学)、井上潤(渋沢史料館)の3人に責任編集をお願いします。
また、各巻はそれぞれ異なる分野に属しますが、問題意識だけでなく、内容的にも共通する点が多いので、シリーズ内のほかの巻へと読み進めることが出来るように、横のつながりも重視します。ミネルヴァ書房がシリーズ出版を快諾してくださいました。各巻タイトル(仮)・編著者は下記のとおりです。
1.『東アジアの近代化と漢学』 町 泉寿郎(二松学舎大学)編著 (2017年1月刊行予定)
2.『帰一協会の挑戦』 見城悌治(千葉大学)編著
3.『医療・保健・福祉へのかかわり』 兼田麗子(桜美林大学)編著
4.『宗教へのかかわり─神道(神社)、仏教(寺院)、キリスト教(教会)、儒教』 山口輝臣(東京大学)編著
5. 『近代社会を支える人材育成への支援』(商業・女子・道徳・私学・留学生教育) 見城悌治(千葉大学)編著
6.『国際交流を通じた世界平和への希求』 飯森明子(常磐大学)編著
7. 『地方振興─その枠組(国立銀行・商業会議所・商業学校)と人的ネットワーク』 松本和明(長岡大学)編著
8.『文化の継承と創造─伝統保存と未来への思い』 井上潤(渋沢史料館)編著
2021年3月までに全8巻を刊行いたしますので、ご期待ください。
主幹(研究)木村昌人