研究センターだより

44 「二松学舎と渋沢栄一」プロジェクト/「備中の漢学」を考えるシンポジウムの開催

『青淵』No.801 2015(平成27)年12月号

今回は、「二松学舎と渋沢栄一」プロジェクトと「備中の漢学」を考える二つのシンポジウムについてご報告します。

1. 「二松学舎と渋沢栄一」プロジェクトについて

近代日本の経済社会の形成に大きな足跡を残した渋沢栄一は、1909(明治42)年、古希(70歳)を迎えたのを期に実業界から身を引き、以後は道徳普及、女子教育などの文化事業や民間外交に尽力するようになりました。その活動は、前半生の実業に比べて必ずしも十分な成果を上げなかったともいわれています。しかし漢学者で、二松学舎の創立者三島中洲との交流によって生まれた『論語講義』は、渋沢の思想的基盤(道徳経済合一説)となり、そのエッセンスをまとめた『論語と算盤』は、中国語にも翻訳され内外で広く読まれています。そこで、二松学舎に焦点を当て、渋沢栄一の『論語と算盤』を今までとは少し違う視野から分析することにしました。

研究会を重ねるうちに、重要な論点が必ずしも明らかになっていないことがわかってきました。例えば、「論語と算盤」が渋沢栄一の思想と行動の基盤になっていることはつとに知られていますが、渋沢の論語理解は、本当にユニークなものだったのでしょうか。三島中洲との交流によって渋沢の論語理解は補強されたのでしょうか。また三島や渋沢の論語解釈は、当時の日本や東アジア(中国、朝鮮)の漢学界でどのように位置づけられたのでしょうか、などなどです。

次に中国との民間外交の分野でも課題が出てきました。1914(大正3)年、第一次世界大戦が始まる直前に、渋沢は、辛亥革命後の中国各都市を歴訪し、袁世凱をはじめとする中国政財界人と面談し、中国社会の近代化と実業協力による日中経済発展についての構想を提案しました。体調を崩したため、念願であった曲阜の孔子廟訪問は実現しませんでしたが、興味深いエピソードもあります。例えば旅行中の宴席で、渋沢は即興で漢詩を作り、出来栄えの良さに中国人が驚いたともいわれています。しかしながら、この渋沢の中国訪問についての日中関係、特に日中経済交流における評価は必ずしも定まっていません。

一方、二松学舎にとって明治後期から大正時代は三島が天皇侍講としての知名度や人々の大陸への関心を背景に生徒を集めた時期であり、漢学を取り巻く社会状況の変化の点で、注目すべき時期にあたります。

そこで本プロジェクトでは、二松学舎と渋沢栄一を手掛かりとして、20世紀初頭の日中間関係における文化的な交流の問題と、『論語』などのテキストや漢学関連の諸団体の動向について具体的に検討し、今まで十分に検討されてこなかった下記の論点について明らかにしようと試みました。

・渋沢栄一の論語理解の評価
「論語と算盤」(道徳経済合一説)を、近世・近代の日本における漢学の歴史の中で、どのように位置づければよいのか。同時代の中国、韓国の儒教理解や三国間儒教交流の中でどのような意味を持っていたのか。

・渋沢栄一と二松学舎との関係の解明
 -なぜ渋沢栄一は二松学舎の舎長に就任したのか。
 -渋沢と三島の論語に対する考え方の共通点と相違点。
 -どのような人材を二松学舎で育成しようとしたのか。
 -二松学舎(教職員、学生、卒業生)の渋沢観。

2. 「備中の漢学」を考えるシンポジウムの開催

先月号でご報告しましたように、この研究会の成果をより深めるため、9月10日と11日に、岡山の倉敷と井原で当財団が主催者となり、公開シンポジウムを開催し、参加者の皆さんと議論しました。実は幕末から明治にかけて、備中(現在の岡山県西部)には、著名な漢学者が輩出し自らが活躍するとともに多方面の指導者に大きな影響を及ぼしました。二つのシンポジウムでは、備中出身の三島中洲、阪谷朗廬と渋沢栄一との関係に焦点を当てました。近世から近代への激動期における東アジアの中の日本という視点から備中の漢学の果たした役割を浮き彫りにし、その現代的意味を考える良い機会になりました。研究会、学会報告やシンポジウムでの議論を盛り込んだ論文集は2016年夏にミネルヴァ書房から刊行されることになりました。

・備中倉敷学10周年記念シンポジウム
日時:2015年(平成27)9月10日(木)午後6時~8時30分
会場:倉敷公民館
演題:備中倉敷の漢学-三島中洲と渋沢栄一-
パネリスト:町 泉寿郎(二松学舎大学)―三島中洲、渋沢栄一、二松学舎の関係
      濱野 靖一郎(法政大学)―渋沢栄一と漢学
      于 臣(横浜国立大学)―中国から見た備中倉敷の漢学
      丁 世絃(関西大学大学院)―朝鮮から見た備中倉敷の漢学
コメンテーター:見城 悌治(千葉大学)
司会:桐原 健真(金城学院大学)

・興譲館シンポジウム
日時:2015年(平成27)9月11日(金)午後1時30分~4時30分
会場:興譲館高等学校 校友ホール
演題:備中の漢学-阪谷朗廬、三島中洲、渋沢栄一
パネリスト:桐原 健真(金城学院大学)-阪谷朗廬と備中の漢学、渋沢との関係
      町 泉寿郎(二松学舎大学)-三島中洲、渋沢栄一、二松学舎の関係
      見城 悌治(千葉大学)-渋沢栄一と漢学、道徳経済合一説
      于 臣(横浜国立大学)-中国から見た備中の漢学
      丁 世絃(関西大学大学院-朝鮮から見た備中の漢学
司会:木村 昌人(公益財団法人渋沢栄一記念財団)

主幹(研究)木村昌人


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