研究センターだより

34 一橋大学グローバル人材育成推進事業「渋沢スカラープログラム」/第4回合本主義研究会

『青淵』No.771 2013(平成25)年6月号

今回は一橋大学商学部グローバル人材育成推進事業『渋沢スカラープログラム』と第4回合本主義研究会の議論内容の一部についてご紹介します。

1. 一橋大学グローバル人材育成推進事業「渋沢スカラープログラム」

3月29日(金)に如水会館で、一橋大学商学部が、2013年度から開始する「渋沢スカラープログラム」についての記念シンポジウムを開催しました。1875(明治8)年、森有礼、福沢諭吉らが中心となり、産業界の指導者育成を目的として、商法講習所が設立しました。一橋大学の前身です。国際的に通用する経済人を育成するため、米国のビジネスカレッジを模倣した私塾でした。国の基本は経済にあると考えていた渋沢栄一は、建学の精神や矢野次郎校長の教育方針に賛同し、益田孝らとともに商議員として、組織づくりと財政・運営面で支援しました。また、いわゆる申酉(しんゆう)事件※では、大学昇格問題をめぐって対立する文部省と東京高等商業学校の教職員・学生の間に入り、双方を粘り強く説得し、東京商科大学への昇格を実現させました。

こうした栄一の一橋大学との深い関係を踏まえ、商学部の学生を対象とした同プログラムが誕生しました。「論語と算盤」(道徳と経済の一致)を説き、合本法(組織)により、近代日本経済社会の基礎固めをした栄一の精神と行動を学び、「21世紀のグローバル・キャプテン・オブ・インダストリー」を育成することを目標にしています。「渋沢スカラープログラム」に世界中から優秀な学生が集まり、将来の世界に多大な知的貢献をもたらす学びの場となることが大いに期待できます。(シンポジウムの概要は、4月25日(木)日本経済新聞夕刊第6面をご参照ください。)

2. 第4回合本主義研究会

4月5日(金)・6日(土)の2日間、日本工業倶楽部の会議室で、渋沢栄一の合本法について、同プロジェクトメンバーが完成原稿を持ち寄り、その内容について突っ込んだ討議を行いました。参加者は、海外からジョフリー・ジョーンズ(ハーバードビジネススクール)、ジャネット・ハンター(ロンドン大学)、パトリック・フリデンソン(フランス社会科学高等学院)の三教授が、日本からは、橘川武郎(一橋大学)、島田昌和(文京学院大学)、田中一弘(一橋大学)、宮本又郎(大阪経済大学)の四教授の計7人でした。5日の昼食会では、渋澤健氏(日本国際交流センター理事長、当財団執行理事)が、栄一の「論語と算盤」や合本法の現代的意義について、英語で講演しました。中国古典に詳しい守屋淳氏(作家)も加わり、(1)「論語と算盤」とコーポレートガバナンスの違い、(2)合本法と資本主義との関係、(3)合本法をどのように英語表記するか、などについて議論しましたが、合本法をうまく説明できる英語表現はまだ見つかりませんでした。

2日間の研究会のエッセンスは次の通りです。

(1)経済活動が道徳的か非道徳的かの判断はどのようにして行うのか。何か基準や指標はあるのか。渋沢が関係した日糖事件(1909、明治42年)やフランス政財界の大物を巻き込んだパナマ運河疑獄事件などの例が取り上げられ、経済人の道徳について議論がなされた。19世紀後半からは、スキャンダルの規模が大きくかつ複雑になったため、経済人の道徳性を図る基準を決めるのは困難になってきた。

(2)栄一は投資の優先順位をどのようにして決めていたのか、実証的な事例を調べる必要がある。栄一は、短期、中期、長期の利潤をうまく組み合わせることにより、経済社会の基盤整備には不可欠だが、利潤が出るまでに時間がかかる銀行や鉄道などの事業を支えていたのではないか。

(3)道徳と経済の関係についてのアダム・スミスと渋沢栄一の主張の相違点は、栄一は公益の追求を経済人やその経済活動に期待していたが、スミスにはそうした考えはなかったこと。これは西洋と日本での個人主義や個人と国家社会との関係の違いから生じているのではないか。

(4)栄一の「論語と算盤」のユニークさはなにか。フランスでは17世紀にジャック・サヴァリ(1622〜1690年)が「完璧な商人」という分厚い著作の中で、あるべき商人の姿について語っている。また明の時代にも道徳と商業について、儒教の中で論じられている。栄一のユニークさは豊富な実業体験を踏まえた論語解釈にあると言えるのではないか。

こうした研究の成果を普及させるため、11月25日(月)にパリで "Pioneering Ethical Business: Shibusawa Eiichi and Gappon Capitalism(仮題)"と題する公開シンポジウム(英語)を開催することに決定しました。対象は、主にフランスの経営者、経済(史・思想)・経営(史・思想)研究者、在パリ日本商工会議所、ジャーナリストなどで、会場はOECDパリ本部会議場に打診しています。合わせて11月24日(日)には、パリ在住の日本人向けのシンポジウムの可能性も探っています。このシンポジウムに間に合うように、『資本主義と倫理−渋沢栄一の合本主義(仮題)』(日本語)の出版を進めています。

(研究部・木村昌人)

※ 申酉(しんゆう)事件とは、1909(明治42)年に、当時の文部省が、商業高等学校の大学昇格を認めず、東京帝国大学法学部法科商学として組織を統合したことに、教職員、学生が猛反発し、教員の辞職や学生の大量退学という存亡の危機に見舞われた事件です。申酉とは、申年の1908(明治41)年から酉年の1909(明治42)年にかけてという意味です。


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